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1959年北海道生まれで新潟の大学を出て、横浜勤務ののち、1986年から道北に住んでいます。最初は旭川で、次に1991年から2008年まで浜頓別町に住み、2年ほど旭川へ戻ったのち、士別経由で現在は和寒に住んでいます。 コンサ観戦に行ったことがあるスタジアムは、ドーム・厚別・室蘭・函館・アウスタ・ホムスタ・鴨池・味スタ・とりスタ・平塚・カシマ・うまスタ・富山・レベスタ・ヤマスタ・キンチョウ・フクアリ・埼スタ・べアスタ・Eスタ・昭和電ド・瑞穂・トヨスタ。(サテライトでは宮の沢・士別天塩川) コンサ以外では長居(セレッソ対ロアッソ)、ユアスタ(ベガルタ対アルビレックス)、ミクスタ(北九州対ザスパ)で観戦したことがあります。
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2017年06月06日
九州遠征最終日は少し時間があるので香椎線に乗りました。博多から8㎞ほど小倉よりの香椎駅からキハ47に乗ります。香椎線は17年前に北の方半分は乗車済みですが、南側半分は乗ってなかったので全線完乗をめざします。 終点の宇美駅。炭鉱があったころは賑わっていたはずで、線路は何本もあったようですが、今は1本しかない棒線なので、列車は1編成しか入れません。ちなみに、香椎線は石炭を港に運ぶための路線だったので、東西に走る鹿児島本線を南北方向にクロスする路線です。 「しんばら」ではなく「しんばる」です。こちらも「はら」ではなく「ばる」です。隣の原町も「はるまち」。鹿児島本線の駅ですけど、こちらもそう。筑肥線のこちらも同じく、「まえはら」ではなく「まえばる」熊本にある西南戦争の激戦地の田原坂(たばるざか)もそうですね。 廃止した大隅線の柊原(くぬぎばる)や下小原(しもおばる)もそうです。 宮崎県にある自衛隊基地の新田原(にゅうたばる)もそうです。 九州は「はる」「ばる」と読むのが多いですね。 ところで九州では原っぱのことを「はるっぱ」と言いませんよね? なぜ九州では「はる(ばる)」と読む地名が多いか調べてみたら、朝鮮の影響で、ソウルのようにルで終わる、あるいはフルで終わる地名が多かった(次第にハルに転訛)したそうです。 そして、漢字は地名ができたあとに入ってきたので、地名に漢字を当てる際、「原」の漢字を使ったのでそうなったということになるようです。 福岡空港から11:40発のJALで帰りましたが、選手は乗っていませんでした。午後の便に乗ったのかと思ったら、到着が1時間遅れたそうだから、午後便でもないようで、羽田経由だったのか、ちょっと不思議でした。 コールリーダーさんは乗っていたので挨拶しておきましたが。 飛行機に乗ってびっくりしたことが一つありました。 隣の席の人が往路と同じ人だったのです。 10年位前にも一度ありましたが(そのときは旭川・羽田でした)、いずれもクラスJなので、同じ人に遭遇する可能性が高いのでしょう。 隣人は札幌に単身赴任で福岡の実家に週末帰るという人でした。金曜を有給休暇にして3連休にしたのでしょう。 札幌15時発の旭川行きライラックは、発車間際に乗ったのにも関わらず、相席にならず、ゆったり座れました。美唄から先はがらがらでした。やはり年々乗客が減っているんでしょうね。Sきっぷフォーを廃止した影響も、多少はあるはずです。これは復活させていただきたいですね。近文駅が見えたらあと3分ほどで旭川駅。近文駅に停車したら、どんだけありがたいか。20分以上早く帰れるんだけど。近文駅そばにある倒産したイナドメの工場にはいまだ看板がそのまま残っています。倒産して8年もたつのに。
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1959年北海道生まれで新潟の大学を出て、横浜勤務ののち、1986年から道北に住んでいます。最初は旭川で、次に1991年から2008年まで浜頓別町に住み、2年ほど旭川へ戻ったのち、士別経由で現在は和寒に住んでいます。 コンサ観戦に行ったことがあるスタジアムは、ドーム・厚別・室蘭・函館・アウスタ・ホムスタ・鴨池・味スタ・とりスタ・平塚・カシマ・うまスタ・富山・レベスタ・ヤマスタ・キンチョウ・フクアリ・埼スタ・べアスタ・Eスタ・昭和電ド・瑞穂・トヨスタ。(サテライトでは宮の沢・士別天塩川) コンサ以外では長居(セレッソ対ロアッソ)、ユアスタ(ベガルタ対アルビレックス)、ミクスタ(北九州対ザスパ)で観戦したことがあります。
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