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1959年北海道生まれで新潟の大学を出て、横浜勤務ののち、1986年から道北に住んでいます。最初は旭川で、次に1991年から2008年まで浜頓別町に住み、2年ほど旭川へ戻ったのち、士別経由で現在は和寒に住んでいます。 コンサ観戦に行ったことがあるスタジアムは、ドーム・厚別・室蘭・函館・アウスタ・ホムスタ・鴨池・味スタ・とりスタ・平塚・カシマ・うまスタ・富山・レベスタ・ヤマスタ・キンチョウ・フクアリ・埼スタ・べアスタ・Eスタ・昭和電ド・瑞穂・トヨスタ。(サテライトでは宮の沢・士別天塩川) コンサ以外では長居(セレッソ対ロアッソ)、ユアスタ(ベガルタ対アルビレックス)、ミクスタ(北九州対ザスパ)で観戦したことがあります。

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ロンドンへ

2012年02月08日

1982年3月29日(月)、ダンケルクで船に乗ります。
ダンケルクは第二次大戦の激戦地ですが、夜明け前で、激戦が繰り広げられた海岸を見ることはできませんでした。  
あと、ダンケルクは1メートルの長さ(子午線の1/40000000)を求めるための測量を、こことバルセロナとの距離を測量で求めたことでも有名です。(バルセロナと同経度なので)

船は4:10に出帆し、2時間20分後のイギリス時間5:30にドーバーに着きます。
イギリス国鉄の船なのか、フランス国鉄の船なのか不明でしたが、青函連絡船くらいのサイズでした。
船内に免税店があり、酒などを買う人で賑わっていました。
ドーバーに着く前から、下船口に大勢の人が並んでいました。
並んでいたというより、船倉のような車両甲板のような広い場所に大勢がひしめきあっていました。
豪華客船だとは思ってなかったけど、難民ボートに近い状態に戸惑いました。
案の定、近くで立っていた10歳くらいの男の子が泣き出しました。父親と思われる人は、なだめるどころか、「男の子なんだからしっかりしなさい」というような感じで叱責して、余計その場の雰囲気が悪くなり、早く下船になることを願いました。
まだ暗く、ドーバーの白い海岸(崖)・ホワイトクリフを見ることはできませんでした。

下船後、ドーバー6:30発のイギリス国鉄でロンドン・ヴィクトリア駅へ。ヴィクトリアは8:10着のはずが、8:30くらいに着きました。さっそくイギリスらしいと妙に感心しました。
ドーバーで列車に乗った際、4人ボックス席に2人で座っていたら、高校生くらいの女の子2人が来て相席なりましたが、ちょっとしたらいなくなりました。他に空いている席を見つけたのでしょう。
怪しい日本人の隣が嫌だったということはないと思いたい (笑
その女の子、フランスなまりの英語だったみたいで、言葉自体はよくわからなかったけど、ボディランゲージで「空いてますか?」「どうぞ、空いていますよ」とのやりとりは容易にできました。

ロンドンに着いたらさっそく観光を開始。ロンドン交通博物館へ。
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大英博物館は入館無料でした
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小学生の団体がいて、どこから来たのか互いに聞いたりして楽しかったです。 英語が通じるのは凄くありがたいものです。 これは見逃さないようにと思ってました。触るなと書いてあるけど、触る人が多いのか、今はガラスケースに入ってます。
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ここは戦利品蒐集館という感じですが、まさにこれは戦利品ですね。
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高校時代、BBCの短波放送でビッグベンの鐘はよく聞きしたが、生のは初めてでしたが、17:15なので1回だけ「カ~ン」でした。
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毎正時には学校のチャイムでおなじみのメロディー「キンコンカンコン」が聞けます。



post by かもめ

17:16

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