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1959年北海道生まれで新潟の大学を出て、横浜勤務ののち、1986年から道北に住んでいます。最初は旭川で、次に1991年から2008年まで浜頓別町に住み、2年ほど旭川へ戻ったのち、士別経由で現在は和寒に住んでいます。 コンサ観戦に行ったことがあるスタジアムは、ドーム・厚別・室蘭・函館・アウスタ・ホムスタ・鴨池・味スタ・とりスタ・平塚・カシマ・うまスタ・富山・レベスタ・ヤマスタ・キンチョウ・フクアリ・埼スタ・べアスタ・Eスタ・昭和電ド・瑞穂・トヨスタ。(サテライトでは宮の沢・士別天塩川) コンサ以外では長居(セレッソ対ロアッソ)、ユアスタ(ベガルタ対アルビレックス)、ミクスタ(北九州対ザスパ)で観戦したことがあります。

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2012年02月04日

西ベルリンではほとんど写真を撮らなかったので、今日は写真はありません。

ドイツのアーヘンでモスクワ行きの列車に乗り換えたわけですが、空いていて、コンパートメントはベルリンまで貸し切り状態でした。
気楽と言えば気楽ですが、アーヘンまではサンフランシスコの人と楽しく会話していたので、ちょっと寂しい気分になりました。
それと、ちょっと不安が募ってきました。何に不安なのかと言うと、ユーレイルパスは東ヨーロッパはエリア外でした。(現在はでもポーランドやスロバキアはダメではなかったかな)
だから、ベルリンに行く際、東ドイツ内のキップを買って乗車しないといけないようなのです。
ところが、地球の歩き方に「ユーレイルパスを見せただけでフリーパスだった」との情報が載っていて、上手くいけばキップを買わずに済むと思ったのです。ドイツが分断されているから仕方なく東ドイツを通らないといけない事情から大目に見てくれるのかという気持ちからであって、無賃乗車してやろうという、ずるい気持ちはあまりなかったのですが。
アーヘンを22時くらいに出て、ケルン、デュッセルドルフ、エッセンを通り、日付が変わった頃にドルトムントを通りますが、すでに眠っていて、目が覚めたのは西ドイツと東ドイツの国境での停車で未明の4時頃。3月ですから夜明け前ですが、もの凄く明るいのです。監視塔がいくつもあり、凄い数の照明と兵隊で厳重に監視しているのです。
東西冷戦が終わる7年前で、まだベルリンの壁もあった時代ですから。
ここで降りず、西ベルリンに行くのならビザは不要ですが、キップを持ってないし、なんだか不安になってきました。
ここで列車から引きずり降ろされて収容所に収監されることはないだろうけど、銃を持った兵隊が大勢で列車を監視しているので、とても怖かったです。こんな光景は生まれて初めてですから。
20分くらいして発車しましたが、それでも不安でした。ベルリンへ行かず、列車ごと収容所へ行くのではないかと。
そうこうしているうちに車掌さんがきました。
ユーレイルパスしか持っていないと知り、たいそう怒りました。もちろん、割増運賃を払いました。
かなり怒っていたので、きっと地球の歩き方を見て、キップを買わずに乗る日本人が激増して問題になっていたのでしょう。
無事、朝7時頃にベルリンに着きました。西ベルリンの中央駅はBerlin Zoo駅という名称だけあって、駅前にベルリン動物園があります。朝食後、動物園へ行きました。
ここで初めてパンダを見ました。最近有名になったクヌートはこの動物園です。
駅前(町のど真ん中)に大規模な動物園があるのは凄いです。

東ベルリンは翌日に行くことにし、この日は西ベルリンを観光。
地下鉄が面白かったです。ここもスリリングだとは予想してなかったです。
西ベルリンが運行しているのは数路線あるのですが、そのうち2路線は始点と終点が西ベルリンですが、途中、東ベルリンを通るのです。
1路線の1駅だけは東ベルリン内で乗り降りができ、東西ベルリンを行き来できるのですが(もちろん出入国審査は厳重ですが)、それ以外の駅は徐行で通過するのです。
薄暗くて広告等もなく殺風景な、まるで廃墟のようなホームに監視の東ドイツの兵隊が立っている横を電車がそろりそろり通過するという、なんとも異様な光景です。もちろん、兵隊は銃を肩から下げています。
写真を撮ったら問題になるのではと心配で、写真を撮らなかったのですが、撮っておきたかったです。
この光景はベルリンの壁が崩壊する1989年秋まで続いたはずですが、この時代に見ておいたのは貴重な体験でした。
幽霊駅とも言われていましたが、こちらに詳しく書かれています。


post by かもめ

20:05

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