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寮メシ作りに関わって、今年で6年目になりました。 毎年、シーズンが終わる頃、課題を発見しています。 昨年は、本になったしまふく寮通信と厚別競技場での売店「しま福」 この2つのお陰で、たくさんの方とお会い出来るチャンスが増えました。 たくさんの方と笑いあう事が出来ました。 寮メシを大事にして、周りの人に感謝して、しまふく寮を愛して。 新しい寮生も加わって、また時間が流れていく。 J1という新しいステージを目の当たりにする。 凹んでも笑っても。 しまふく寮は、しまふく寮で。

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靴下

2005年12月15日

「い~~~~っす!!!」
加賀君がやってきた。彼は玄関のスリッパを履かずに靴下で滑り込む
ように食堂に入ってくる。
・・・・慣れた。最初は驚いた。

一番奥の厨房のカウンターまで4㍍くらいの距離を靴下で滑って
挨拶しに来てくれるのだ。

昨夜はユースの涼君が夕飯を食べていたので私も手前のソファーに座って
テレビを見ていたら「い~~~~っす!!!」だった。
・・・アタシ。慣れた。この登場にも。確信した。

ちなみに昨日の夕飯は『私たち』だけは・・お鍋ではなかった。
冷凍庫に入っていたカツやら春巻きやら鮭フライ等の余っていた
食材を揚げて、お浸しとスープで手短に支度をして、帰って来た
常君や剛くんと家族で食べたのです。

でも、涼君は少し体重が増えてきたので『お鍋』がいいとリクエスト
があったので(お言葉に甘えて)お鍋を(また)用意していた。
さて、食べな。・・と言った頃・・加賀君がソックス滑りで
登場したので「食べてきな!」という事になった。

対して面識のない二人がお鍋をつついていたにも関わらず対して加賀君
と面識もない私も、その場所を後にした。

一体何を話していたかは定かではない。

暫くして片付けに食堂に戻ったら既に涼君の姿はなく・・
そこはプチ社交場となっていて、剛君と常君と加賀君と3人で
お鍋を食べていた。
「やはり・・鍋はいいだろう。」と一人感慨に耽り自宅へと戻った。

今朝、食堂に入ったら、食器など洗って伏せておいてくれてた・・。
どなたかは存じませんがお心遣い感謝します。


夕飯はお鍋!

2005年12月14日

12月に入って、気忙しい。毎日考えさせられる事や寮にいても自宅のソファー
に座っていても何やら落ち着かない。

オフになったらやろうと・・やらなければならない事を横目で見つつ。
オフに入って5日。夕飯の献立が全く思いつかない。

初日は家族と涼君と外食。2日目はお鍋。3日目は鉄板焼き。4日目、5日目
共にお鍋。寮にいる子に「ご飯食べるか?」と誘い出して・・お鍋を
つついて食べる。毎日「お鍋っておいしいね~!」と心底思うので言って
見るが子供達は「・・・。」ノーリアクションです。
常君と涼君は「毎日でもいいすね!」と言ってくれる・・・。

でも、どう考えても「お鍋」は日本の最高の食事だと思う。
余計な油は削除できるし、野菜は沢山食べれるし、何しろ皆で同じ味を
共有出来てとてもいい。

出産後、なかなか体重が戻らなくて焦っていた。そして、そのうち増えた
体重にも慣れてきた。好きなものを作り、食べる。
親友の結婚式に出席する時にスピーチの事ばかり気に係りドレスの後ろの
チャックが半分までしか上がらない事になかなか気が付かなかった。

その時お鍋を食べ初めた。毎日毎日開けても暮れてもお鍋を食べた。
さすがに家族に迷惑がかかるので私だけ毎日お鍋を食べた。
炭水化物を減らして、とにかく野菜を沢山!お腹一杯食べるのです。
寝しなではなく寝る5時間前に食べ終われば凄くいいんですが。

“とんかつ”のように高カロリーで尚且つ目が食べたがる食べ物は
お鍋を食べ終わって満腹を感じた状態で真ん中の一番おいしい所を
食べるので食べた気になれる。ストレスを貯めないようにするのだ。

選手の中でも脂肪が付き易い人はいるので、体脂肪が上がって問題になる
前に申告してもらえれば、別メニューになる。

まず、野菜が一杯入ったお味噌汁を沢山食べさせて、煮物。魚。ノンオイルサラダと
メインの胸肉や赤身の肉を半分位だします。
ご飯も必要以上に取り過ぎないです。
食べる順番を注意するだけで、カロリーは大幅に減らせられて栄養バランス
も摂れていればリバウンドもしないのです。


スポーツ選手でなければ、豆腐や温野菜を沢山とるようにして夜の炭水化物を
減らせばダイエットになるのです。

肌や髪も乾かずに体重だけ落とせるなんて女性には有難いですよね。
偏った栄養では、ストレスやリバウンドと戦わなくてはならないし。
お肉や魚も摂るけれど意識的には色々なお野菜を沢山摂るのです。

今の季節にはピッタリのお鍋。私は生姜を薄切りにしてガリガリかじります。
体は温まるし、風邪がひきにくくなります。
選手は2人しましたが2人とも体重、体脂肪ともに落ちました。
一人の子は確か4㌔位。一人の子は7㌔。
私の場合・・体重を10㌔近く落としました。女性は慌てて落とすと
よくないので5ヶ月位かけてですが・・。

リバウンドはしませんでしたよ。

水炊きした残り汁にカレールーを入れてカレー雑炊にチーズトッピング。選手が好きな雑炊です。
(ダイエッッターはお味見程度に)お試し下さい。




・・で・・今日の夕飯は・・・お鍋しか思いつかない・・!

 

  


門出!

2005年12月13日

「じゃ!またね!いつでも遊びにきてね!」

薄暗い住宅街の一角。雪明りが頼り。
野田君の真っ白い歯が相変わらず爽やかでホッとする。

昨日は野田君のお引越。しまふく寮の玄関はダンボールの箱が並んでいた。
べっぴんさんのおねーちゃんが車で迎えに来てくれた。
入寮したころからグッと増えた荷物。
どうやら乗り切らないようで「だったら、送ってくか!」と言う事になり、
寮監と常君とまだ雪道のコツをつかみきれていない私の運転で野田君と残り
の荷物を乗せて10万キロを突破したセレナは走りだした。

40分位車で走った頃、野田君が育った街へとたどり着いた。
近所には割りと大きい公園があり札幌では珍しくない雪山が出来ていた。

「きっと・・この公園で暗くなるまで遊んでいたんだろうな。しかも
そんなに前じゃない筈だろな。」

荷物を降ろしているとこれまた爽やかなお父さんとこれまたべっぴんさんのお母さんが
いらしてくれた。お二人共とてもにこやかに対応して下さった。

荷物を降ろし終わり雪明りの下で「じゃ!またね、いつでも遊びに来てね!」

「親孝行しろよ!また連絡するからな。」と寮監。
常君は柔らかな顔で笑っていた。

来た道を辿りしまふく寮まで無口に帰った。


昨日の昼は、クラブハウスから帰る権ちゃんと徐君を待っていた。
最初に徐くんが走って階段を2段とびで駆け上がっていった。
「ご飯は?時間あるの?」「いや!もう出ないと!」
「わかった!頑張って!!」皆さんがおっしゃるように月並みな言葉だった
かもしれないけれど多分それが一番適切だったと思う。

暫くすると権ちゃんが慌てた顔で帰って来た。自宅から慌てて出て行くと
急いでいるのにも関わらず私に手を差し伸べてくれた。
握手をしながら「いっちょ!かましてきてね!」
・・・適切だったのだろうか・・。
すっきりとした顔で「ハイ!」と笑って自室へと走って行った。

トライアウトなんて、誰でも受けれるものではないし、続けて行く上で
また経験する事になるのかもしれないのだから挑戦する事は無駄な訳
があるわけない。そうだ、無駄なんてあり得ない。

一番最初に京都でのトライアウトを終えたエビ君も帰って来た。
夕べの残りのトントロ定食を作って急いで食べさせて慌てて彼も寮を飛び出していった。


 常君と野田君が残したメッセージが3人の靴箱に集合写真と共に挟まっていた。
みんなの顔が確実に切り替わってます!

分岐点は門出なんですね。札幌は柔らかな陽射しです。
彼等が未来に向かって足を踏み出した大阪がどうか柔らかな陽射しで
彼等を包んでくれたらいいと願っています。

春から大学生になる事を選んだ野田君が大学生になりプロの世界と大学生
の二つを経験する事が財産に繋がりますように。

みんなの門出なので深夜ではなく朝に書き込みたくて。

彼等は誰一人とってもみんな素晴らしい!
勇気を持って不安に勝って札幌にきてよかった!会えてよかった!
寮が出来てホントによかった!


post by murano

08:16

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2005年12月12日

 オフを待ってくれてたかのように一面雪景色。
今も窓の外には、チラチラと雪が舞っています。

昨日夕飯の時に常君と剛くんとスキーの話になり剛君いわく
「オレ、スキーめっちゃ上手だよ!」と自信満々だった。


常くんは、コンサドーレ札幌スポーツスクール fut's で去年子供達と
一緒にスキー教室に参加してくれた時が初めてでおもしろかったと言っていた。

剛くんが「めっちゃ、上手!」と言い切ったからには証明せい!という話に
なった。

食事が終わって、トヨタカップが終わって私のところへやってきた彼等。

「村野さん!ソリ貸して下さい!」「・・・・そりかいっ!」

2台のそりを貸してあげたら引きずって二人で何処かへ出掛けていった・・・


・・・20分もしないうちに帰ってきた・・・。

騒がないように遊んだからなのか、ジャージだったからなのか、
ソリだったからなのか。


昨日の昼ごろ・・常君が近所の子供と共に雪かきをしていた・・。
3階の窓から見つけたその光景はなんだか面白かった。

野田君はさすが北海道出身スノボはやっていたらしい。想像したら・・
似合うなぁ。

野田君って、喜怒哀楽を余りださないんだけれど、真っ直ぐ目を見て話て
くれて、時々真っ白い歯を見せて笑ってくれると・・・得したな・・。
と思う。

しまふく寮生がスキー場で転んでいたり笑っていたり、持ち前の腿の
筋肉ですぐ滑れるようになって競争してる所を見てみたいな。

昨日の夜、家族を起こさないように小さい音で音楽を聴きながらブログを
書いていた。今電源を入れたら余りに小さい音だった。
たいして環境は変っていない筈なのに。
夜というのは、耳や気持ちが研ぎ澄まされてしまうからなのだろうか。

今夜は、ジョカトーレだ。今まで、次の日のことを考えてタイムリーに
見れなかったけれど、今夜は膝を抱えて体育座りで自宅のテレビの前に陣取って
みよう。始まる前に食堂に行って誰か座っていたらレンジでチンして作る
アツアツのポップコーンとホットココアでも出してやろう。

食堂にコタツを置いてやりたいなぁ。


post by murano

08:52

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しまふくライブ♪

2005年12月11日







彼等の歌声が聴こえてくるようではありませんか?


彼等の歌は上手でした。“しまふくライブ”だけにしておくのは非常に
もったいないです。
ファン感謝イベント等でお披露目しても十分だったと思います。

急遽、部長の一声で始まった即興ライブ。
彼等2人は、わずか5分たらずでユニットを組みました。

楽譜を用意して、古いギターのチューニングをして、
「たけし,これにしよっか。」でサヨナラバス

私は、幸運にも、たまたま一番前の席に座っていました。
カメラマンの娘が「ママ。ないてるの?」覗き込み・・。
静かに誰にも見られず泣いていたいなって思いながら指で拭きながら
後方を見ると・・顔を真っ赤にして歯を食いしばって・・
一心不乱に泣いている子。

いつからか・・そんな風に泣けなくなっている事を寂しく感じました。
そして・・そんな風に泣いている彼をとても羨ましくおもいました。
寮生が泣いているのは一つの思いだけではなかったでしょう。

寂しさ、悔しさ、不安、憤りのない思いが彼等の心を痛くしている。

封筒を開けた瞬間は固まってしまったでしょう。
でも、今は笑ってる。相手を気遣える。モチベーションをあげる努力。
こんな事で負けてしまう彼等では無いと思っています。
 
体にはプログラムが組み込まれていて、小学校で始めた
サッカーがどんどん上達していって、色んな試合で負けて、試合に
出れない屈辱を味わいながら、いつの間にか悔しさを隠す事が
上達していって・・
でも、悔しいから頑張って。時々流されて弱い自分に気が付き。
また頑張ろうと思う。
頑張ろうと思う気持ちを育てれば育てるほど大きくなる。
その為には、残念ながらきっと痛みが不可欠。

私には親友と言える友人が2人います。
一人は、幼稚園の頃からの幼なじみ。
もう一人は高校の同級生。何があっても、どこにいても存在を感じる。

そんな風に感じれるのは、まだ私が子供と言える年齢で知り合ったから
なんじゃなかと思っています。傷つき易く純粋な頃。

そんな年齢で毎日、一緒に練習して、笑って怒って話して、歌って遊んで。
そんな素敵な時間に無駄などなかったんじゃない?

新しい場所は、最初は居心地は良くないかもしれない。
でも、適応出来る。気が付けば笑ってる。『住めば都』を作るのも
自分。
自分の可能性を作るのも自分。(エビ君に日々復唱させてる言葉です)

 また笑って話せる時がくるさ。僕が僕らしくいるから♪ってね。

神様は出来る人にしか試練は与えないって・・やっぱり以前読んだ
自己啓発本に書いてあったし。(また自己啓発本か・・)

今の不安が甘っちょろいっていつか思うこともあるかもしれない。
その時乗り越えるために今があるなら受けてたってやればいい。


私も神様も・・勝手な事言っちゃって・・って思うけれど、私もこれから先
きっと色んな事が起きて・・でも、両足で踏ん張って家族と自分が
なんとか踏ん張って乗り切れるようにちょっとづつでもいいから
強くなりたい。


 その時アタシも頑張るから!キミ等も頑張れ!!!


・・・・また書きたかった本題から横道にそれてしまったようです。
しかも、ブログではなくて手紙に摩り替わってしまいました。

廊下のダンボールが少しづつ積み上がってきたのが原因なのか。
私の性格だからなのか。



 今日書こうと思っていた事は・・また改めて。



post by murano

21:48

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“5人”

2005年12月10日

「うたいびと はね」“4人”という歌をご存知ですか?
私は、初めて聴きました。

“納会”が終わって権ちゃんが「村野さんも一緒にカラオケいきませ
んか?」

と誘ってくれたのでホイホイとついて行きました。
タクシー2台に別れていきました。
近所のカラオケボックスです。

私とスタッフは遅れて行きました。もう先に権ちゃん、智君、剛君、
常君、は先に行って歌っていました。
部屋に入って割と直ぐにこの・・「うたいびとはね」“4人”が流れ
ました。剛君と常君の選曲で2人で。
すごく、すごく歌詞が心に染み渡りました。

なんだか、歌詞をきいていると同期5人(智君、剛君、常君
エビ君、カズ君)の関係にダブって聴こえて切なくなりました。
新川からご飯を食べに来てくれるようになって知り合った5人。
まだ、あどけなさが残る5人でした。
いたずらが、すぐばれてしまう詰めの甘かった5人。
(もうちょっと、うまくやればいいのにぃ!)と思っていました。

性格は、様々。マイペースな子、心配に為る程優しい子、純朴な子、
お調子者な子。人懐っこい子。

レトリバーの子犬のようにじゃれあい、それがこぜりあいになり
最後は笑ってる。
・・そんな事の繰り返しをたくさん見ていたので、いつの間にか
こぜりあいでさえも私もなんとも思わなくなってきました。

札幌に来て最初の1年は、彼等との接し方が全く掴めず、自信もなく
必要以上の言葉はうまく交わせないまま過ぎていきました。

2年目に彼等5人が加わった事によって大きく変れた切っ掛けを作って
くれた5人でした。
普通に話してもいいんだ。って。

彼等には、多分そんな意識等全く無かったでしょう。
だけれど、私には大きな大きな力を分けてくれた5人です。

去年の最後の夕食の話は私の以前のブログにも書いたように
去らなければならない彼等に切なさを感じていた日に
いつもなら直ぐにテレビをつける5人が「今日は音楽がいいっす。」
と言って、私がばかみたいに繰り返し流していた平井賢の
「思いが重なるその前に・・」でいいです。と言ってくれて。
(恥ずかしかったな・・)
5人並んで1年間ありがとうと言って黄色い紙袋に入った茶色い手袋をくれました。

お出かけの時に時々使いましたが、お茶を飲んだ時とかはずすと
無性に心配になって何度もバックの中を探します。
高校を卒業したばかりの彼等が私に元気とエネルギーをくれました。
お婆さんになってもバックの中を探すと思います。

エビくんは、カラオケにはいなかったけれど、剛くんと常君が2人で
歌ってくれた「うたいびとはね」は“5人”でした。

もう一度聴きたいので、近日中に買ってこようと思っています。

 


post by murano

23:14

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2005年寮メシ

2005年12月09日






今日のランチをもって2005年『寮メシ』は暫くお休みになります。
と・・いっても、食堂へ行って「目」があったら作りますけど。

オフといっても、彼等はトライアウトを受ける選手やリハビリ等で宮の沢の
クラブハウスへは行く事になるのではないでしょうか。

・・冷めないうちに慌てて撮ったので・・(いいわけ・・)
しかもスプーン置き忘れてる。
しかもソース散ってるし。

スペアリブを乗っけたサラダ。
鶏胸肉のトマトソースパスタ。
ようていメロンのフローズン。

デス。

タバちゃんと池ちゃんとダイゴ君も来てくれました。
タバちゃんと握手出来ました。
もっとごっつい手かと思ったら、私の手の方が肉厚?と思うほど
温かくてしなやかな手でした。

雑誌やテレビで見るよりずっとひとなっつこい笑顔が素敵な人ですね。

ランチが終わって片付けてから〔しまふく食堂大掃除大会〕です。

9ヶ月の間に厨房卵を割った数・・多分4500個?
      お米は・・・1600㌔??
      レタスの数・・・不明
      作った食事の数・・3500食?

私の計算があっていれば・・ですが。
献立のノートは三冊になりました。


去年よりもずっと私を楽にしてくれたこの厨房に感謝を込めて。
厨房はピカピカになりました。

そして、厨房よりも更に私を助けてくれたのは相方のトモちゃん
です。
    
たくさんのフォローをしてくれてホントにありがとう!
来年もあーしよーこーしよーいいながら頑張っていこね!

そして、しまふく寮にたくさんの美味しいお野菜やお米を定期的に
送って下さったJAようてい様。
新川で始めた頃から応援して下さって有難うございます。
お蔭様で彼等の負担を大幅に削る事が出来ました。
何も無駄にすることなく胃袋に納まりました。ご馳走様でした。

アクアクララ様もたくさんの美味しいお水を有難うございました。
夜中に彼等がこっそり食べるラーメン等にもお湯が出て大変役にたちました。
  
札幌市水道局様の“札幌の水”は練習に行く際や部屋で彼等が飲むのに
とても便利でした。暑い夏には半冷凍して練習中も冷たい水を
飲めたので彼等も喜んでいました。

最後になりましたが、サポーターの皆様より美味しい季節の果物や
お漬物や彼等の写真やレシピやお手紙等本当に有難うございました。

これからも選手がより身近に感じて頂けるような“しまふく寮”での
彼等を紹介出来ればと思っています。


『納会』のミニライブの写真をアップさせたかったのですが
アーティストに確認するのを忘れてしまったので許可を頂けたら
ご紹介したいと思っています。






しまふく寮一期生『納会』

2005年12月08日










 『ウイ~~~~っス!!』カチンとグラスがぶつかる音と共に
しまふく寮の納会が始まった。

テーブルにはお鮨やピザや彼等の好きなものをたくさん並べた。
しまふく寮のファミリー総勢20名がしまふく食堂に集まった。
生ビールのサーバーをお借りしてきたのに余ったらどうしよう・・。

なんもなんも・・一時間もしないうちにお店で使われるタンクは
空になって、缶ビールやらいろんな種類のアルコールがグラスに
注がれていきました。

しまふく寮で、みんなで集まってこうやって飲む事。
まったく初めての経験。
1年に1度のいろんな思いを込めた納会。

権ちゃんの顔が少し赤くなり、常君の目の周りが赤くなり・・
少しずつアルコールが回ってきた頃。
サポーターの方が試合の時に歌ってくれる歌を常君が歌い始めと共に
皆のお酒が加速。

いろんな声が飛び交いいろんなテーブルで大きな笑い声。
うちにあった古いギターを持ってくると徐くんが弾き語り。
剛君がハモリ♪だした。
いつの間にかそこはステージになりミニライブが始まった。
一番最初に歌ってくれたのは 「ゆず」さよならバス

隠していたけれど誰もの気持ちの中にあるおもっ苦しい何かが
徐くんと剛くんの歌で前向きな素直な自分になっていいように
思えた。

歌を聴きながらオイオイと泣いているもの、笑っている者、様々。
そのうち・・大合唱♪ ミスチルや19をみんなで歌った。

ショートコントの時間もやってきた。
野田君と石井ちゃん、常くん。
石井ちゃんが手にネタ紙を握っていながらコントが始まりまって。
どれもこれもしまふく寮であった事件を小ばかにしたネタだったので
お腹がよじれるほど・・というか、イスから転がり落ちてしまいました。
思い出したら今でも笑えます。

それからスピーチの特訓の為石井ちゃんが代表して私とトモちゃんに
素敵な写真の寄せ書きをもらいました。
すぐ「えっとぉ。」とか言っちゃったりするので5回程やり直しコール
入りましたがスピーチの成果は上がりました。

ヒーローインタビューで堂々と誰よりも上手に喋れるようになるはず。
(皆さん!いつか驚かないでくださいね。)
権ちゃんが選んでくれた素敵なエプロンも頂きました。
彼等と過ごした9ヶ月共に素敵な宝物がまた増えました。

しまふく班長の権ちゃんが最初に挨拶をしてくれました。
このしまふく寮での出来事や想いを一人一人が立って話しました。
聞きながら、話しながら誰もが泣いています。
トレーナーの首の部分を伸ばして、顔を隠す人、袖は涙で濡れて
しまっています。
送る人も送られる人も心を素直に開放したようです。

20歳くらいの不安定な気持ち、忘れたくなくても忘れてしまっている
いろんな気持ち。

少しだけ、近づけたような感じでした。

これから、別々の道を歩いていくけれど、しまふく寮の一期生であったこと
プロとしてコンサドーレの選手であったことこれは事実なのだから何も
悲観する必要等ない!と。
今日は『送別会』ではなく『納会』なのだ。プロサッカー選手として
いつか必ず終わりが来る、だけれど関わっていたいと願うなら諦めるな。
そして、プロじゃなくなった時のその先の人生のが長いのだ。
これからも自分を大切にして欲しい。

と・・村野寮監の締め括りの言葉でした。



まだまだ・・何時間かの出来事のほんのひとコマです。
歳をとっても忘れたくないから今の気持ちを残しておきたいので
また・・改めて。

エビ君は、トライアウトの為に昨夜実家に一度帰りました。
きっと今頃は、京都です。
頑張れ!エビ!恥はかいて何ぼ。だよ。
行動を起こせた事がかっこいいよ。



post by murano

11:33

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しまふく寮って名前

2005年12月07日

しまふく寮って名前・・改めていい名前ですねぇ。
寮の名前を公募したと小耳にはさんで決まったと聞き・・で・・
「しまふく寮」最終的には何個かの名前が残って選手等の希望で
「しまふく寮」になったと聞いたような気がします。
先程改めてネットで確認してみたら2人の方が同じ名前を思いついたのですね。
住所を書くことって本当に多いのですが、

「しまふく寮管理室」って書くとき「あ~寮の管理人さんなのだな。」と職業も併せて明かす事になります。
選手のDMによく「ほふく寮」と書かれて届く事があります。
そんな時・・「あ~~しまふく寮でよかったなぁ。」と思います。
自分でも住所を書くときは気をつけて“し” “ま”を間を取って書くように気をつけています。
だって、いい名前ですものね。

今年のしまふく寮は、名前にピッタリのメンバーでした。
寮が出来た時、どこかの方に竹刀を頂きました・・・・。
一体・・どうなっちゃうのだろう ・・・??と思いましたが竹刀は
管理室に立てかけてありますが、何の役にも立たなくてホントによかった。
12時には、自室に入るという決まりまで原則としてあるのですが、夏頃だった
と記憶していますが窓を開けて大騒ぎしていた選手がいて・・


寮監が怒鳴って乱入!正確には・・・静に近寄って扉を思いっきり蹴上げて
 怒鳴り散らぁす!(彼等よかよっぽど大声かと・・)

その時、5人くらい部屋にいたらしいのですが・・とんでもないカッコを
していたらしく・・。とんでもないカッコをしていた選手は、そのままの
状態での説教・・・。

寮監は、休みの日には行き届かない所を掃除してくれます。
なるべく節約出来る所は節約の心で・・。
下水だったり、あんなとこや・・こんなとこ・・。
下水掃除に至っては、窓を開けながら作業しても本当に臭いんですが、
きっちりした人なので、プロのような手仕上げでピカピカにしてくれます。
・・そんな時・・常君は「手伝いましょか?」と優しいので「おう!」と
寮監と下水のアナに頭を下げて手伝ってくれた事もありました。

エビ君は、下水掃除の刑に処せられた事もありました。

任務を終えた二人の青年は、「出されたものは、残すまい!と心に誓いました!」・・・と言っていました。

手前味噌ですが寮監は顔も態度も怖いですが、時折見せる優しさや
長年のマネージャーで鍛えた配慮は1級品です。


まだまだ・・村野寮監の熱のこもったエピソードはあるのですが今回はこの辺で・・。



懐かしい顔

2005年12月06日

昨日は凄く嬉しかった事がありました!
1年振りに「吉瀬君」に会う事が出来たからです。
「いやいや~~!1年なんかじゃ、全く変らないねぇ~!」と言ったら
「変りたくないっす!」とはにかみスマイルが返ってきました。

余り口数の多い人ではないけれど、彼のつっこみはおもしろいのです。
もっぱら阿部君につっこみが入る光景を目の当りしていたのですが。
昨日は久しぶりに会った仲間と楽しい時間を過ごせたのではないでしょうか。

昨日ちょっと面白い話を聞いちゃいました。

石井ちゃんの「MVPアクエリアス1年分」をどうすんだよ!と言う話になった
そうで、どうしようか・・と迷う石井ちゃんに常君が
「お前、迷う必要などないだろ!!そんなのは、しまふく寮に“フキ”だよ。“フキ”!!」
ふきって・・・。

昨日夕飯の支度の時に私が手を滑らせてお皿を割ってしまいました。
ご飯を食べてる常君がカウンターを覗き込み「大丈夫ですか?!
手切っちゃうからお皿自分片付けましょか?」
ご飯を食べながら剛くんが「村野さん!村野さん!大丈夫ですか?」
モグモグしながら声だけレスキューさながらの緊迫した小芝居で私を和ましてくれました。





・・・・・。





しまふく寮生は、前がどこにあるかを真剣に模索しています。
一日毎に行動を起こしたり起こそうとしています。
誰もがより良い明日を迎える為に頑張っています。
たくさんのご心配やご配慮は彼等に伝わっていると思います。