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HN aru 聖地厚別在住 旭川市出身 *変わらず当たり前 1964年生まれ *いい年齢になってきました 性別 ♀ たぶん *まだそうだ!たぶん 厚別・函館・室蘭ゴール裏 ドーム Gシート *今 違う 夢(妄想)・HFC最高幹部次席付電話受付係りなにそれ *ちょい自信なくなった(本気だったのか?!) 特技・ブログの文章が長すぎること *書けば長いのだが・・・
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2006年03月30日
巨大掲示板でございます。
自分は、ネットしたての頃、ちょうどネオ麦茶とかいうHNで書き
込んだ人が、その予告通り痛ましい犯罪をおかした。
それを新聞かヤフーで知り、探した探した。見つけました。
もちろん書き込んだこともあります。
ただ、どうも性に合わない。とんでもない輩が実際いますからね。
面白いものは好きなんですけどね。
どうせ参加するならと、議論する場所に参加して朝方まで語り
合ったこともございます。(イラク戦争の時ですかね)
医療問題系にも興味があったのでよく参加したものです。
昨日ですか、一番関心を持っていたある裁判の判決が出ました。
自分は、妥当な判決だと思いました。
電車男も見ました。ネットでね。あれって、嘘でしょ?
知らないけど。展開がおかしすぎる。
あり得ない~と思ってしまう人間です。
ドラマも見なかったし、本も読んでないのですが。
サッカー系では、ブックマークしているのは海外の鈴木隆行の
ところだけであります。あそこいいです。必死になって情報収集し
ているの見るとなごみます。
国内のは、昔は見ていましたが、つまらなくてつまらなくて一切
見ることをやめました。
また、探そうにも探せなくなっている有様にてめんどくさい。
さげる方法も今では忘れました。
そういえば、サポティスタで見たんですけど、
「俺が近所の公園でリフティングしていたら」という本が出たようです
けど、これは信じていいのかな?
なんか、惹かれるタイトルではあるんですがね。
何故、このようなことを書くかと言えば、息子らの言葉が
面白いのですよ。
メールで「ジャンプきぼんぬ」とか書いてくるし、何かを話していると
「くわしく」と突っ込んでくるのです。
これは、中学生。何やら色々なフラッシュなどが、2ちゃんねる
を見ていなくても簡単に見つけられちゃうみたいで。友達から送って
くるんですよね。それで、けっこう 「それって2ちゃん用語じゃ?」と
思うような言葉がバンバン出てくるんです。
対照的に高校生の長男は、まったくわかっておりません(笑)
弟が「あぼーん」と言った時、「何だ、それ」と反応。
さらに、何かを語った後に「これはチラシの裏だな」とか言うとまた、
兄は 「なんだそれ」 と無反応。
ネットと上手く付き合っていけるよう、自分自身も、親としても
きちんと考えなければなあ。とは思っております。
でも、2ちゃんねる=悪いもの とは決して思っておりません。
それこそ、もっともっと有害なものが世の中には溢れています。
根底から培うバランス感覚というか、ほどほどをわきまえる遊び心、
それを持っていれば楽しく使えるネットワールドだと私は思っています。
真面目だ。
2006年03月27日
・でもやっぱり引きずってる。
そこで思うのが、二者択一。
コンササポやめる。やめない。
もう試合行かない。行く。
答え。やめない。行く。解決しました。
・よくわからんが、選手同士の仲っていいのかな?
いや、友達的に仲がいいとか悪いとかじゃなくて、
お互いにプロとして、尊敬し合っているのかな。
それって、チームで働く上で大切なことですよね。
とことん、話し合うとかしてるかどうかわからないけどして欲しい。
・カズにはやっぱり登場の時とか、帰りのバス待ち(?)の時には
コンササポからもかなりの歓声があがっていた。
自分もちょいと見た。
「相変わらずギャングのようなキング・オブ・カズだ」と呟いた時
「それを言うならキングカズであって、マフィアだ」と言われた気が
する。似たようなもんだ。
・ノノさんがいたのでバッチリ写真撮ってしまった。
現役引退、早すぎですよ。ノノさんのリモコン大事だったのに。
キャプテンシーを持っていた。コンサの選手の精神的なフォロー
してほしい。
・監督やら選手がバスに乗り込むところ、写真撮った。ミーハー。
試合は笛が鳴った途端に席を立って帰るつもりだったんだけど、
つい、人が群がってるの見ると「なになに?」と群れに混じった。
バスしか撮れてなかった。己の行動に嫌気がさす。
あんな写真撮ってどうするつもりなのか。保存だけしておこう。
でも、そばに居た少年とその母と昔からの知り合いのように仲良く
出来たことはいい思い出だ。
・dozeカードも落としたが、他のモノも落とした。一人の少年が拾い
他の仲間がずんずん進んで行くのに、わざわざ私に届けてくれた。
嬉しかった。
・長男がお世話になった中学時代の先生が離任する。
今、やつら卒業した者たちが、学校へ行っている。
きっと先生を泣かせているに違いない。
きっと、歌を歌っている気がする。
有難う、先生。あなたのおかげでみんな素晴らしい中学校生活を
送ることが出来ました。新地でも頑張ってね。
2006年03月26日
昨日、室蘭に行った気がします。
思ったより晴れていて、「それほどでもないね~」と余裕をかまして
いたところ、座っている間に寒さが身に沁みてまいりました。
ああ、いっそのことゴール裏に行ってサルトしたい!と切実に思い
ました。身体あったまるためには何かしなくてはと!と感じ、
手拍子、ぶつぶつコールを一人でやりました。
周囲は手拍子や歌はないのですが、ヤジだらけでした。
自分も獣のような奇声を発しまくりました。
録画したものも見ていませんし、試合の詳細はわかりませんが、
シュート数は圧倒的にコンサが多かったのではないでしょうか。
もう、どこも見ていないので適当な感想です。
でも、あまりにもはずれまくりでした。
「よっこっはまっ」のあまり種類のないコールがやけに耳につきます。
真似したくなりましたが、どうも上手くいきませんでした。
書きたいことはいっぱいあるけど、
室蘭から帰札してもうやけ酒ですよ!6時間飲み食い語り。
今のところは、それで帳消ししたような気分でスーパーサッカーを
見て、またどんよりとしました。この思いどうすればいいか。
室蘭やきとり、実は豚肉というものを食べたかった。
並んでたら「売り切れました!」と言われました。
また、dozeカードを落としてきましたよ。
どなたか、拾われた方がいらっしゃいましたらHFCに連絡して
頂けませんか。お願いします。一応再発行の手続きはしてきましたが。
うすっぺらいので飛んだかな。ああ、いつも何か落とす。
白鳥大橋を初めて走りました。素敵でした。
どの丘もあの丘に見えて迷いそうになりましたが、すんなり着きました。
室蘭、良い街でした。意外と近くてびっくりしました。
過激な気持ちがもうはや湧き出てきました。
ぬるサポ脱出!になるかもしれません。
2006年03月24日
ちょいとこの場を借りて、自分用日記書かせて下さい。
マジでマジで申し上げます。読むと魂抜かれますよ・・・。
それと、今回だけはスタッフの如きコメントなっしんぐにします。
追記。
大正生まれのおばあちゃんは、強く厳しく愛情溢れる人でした。
昔、陸上の選手でした。バレーボールの選手もしていました。
資格があったのかどうかはわかりませんが、教鞭を執っていた事
もありました。
結核だった夫を看取り、戦時中は一人娘を抱え疎開した先の四国
でなぎなたをふるい、いろいろな奉仕活動に頑張りました。
幼い一人娘は軍の配給所などに通ううちに残してきた子どもを想う
軍隊の方たちに可愛がられました。
その中の一人だった、同じく妻に先立たれ一人息子を北海道の
親戚に預けていた男性が、おばあちゃんに突然言いました。
「躾の出来ている娘さんだ。どうか、自分の息子の母親になって
欲しい」。おばあちゃんは、「いきなり何ですか?北海道??」
と思いましたが、北海道で心細く待っている息子さんのことを想い
はるばる娘を連れて、北海道に何日もかけてやって来ました。
北海道に来て初めて出会った息子は、やせっぽちで威勢はいいけ
ど、ひねくれや。おばあちゃんは、娘のことより、息子となった男の子
の心を開かせようと頑張りました。
だんだん、おばあちゃんや姉に心を開いた弟は、
「ひゃっこい、ひゃっこい」と抱きつくようになりました。
おばあちゃんは、元々頭が切れて、お嬢様でした。怖いもの知らず。
よそ者なのに、婦人会を結成したり、調停委員をつとめたり、
新地でもばりばり活動を始めました。娘はいじめられっ子になってし
まいました。田舎でのよそ者への対応は、おばあちゃんの時代には
たくさんあったのです。だから、娘は勉強を頑張りました。
馬がいたので乗馬もしました。踊りも習って宝塚を夢みました。
終戦を迎え、おばあちゃんとおじいちゃんの生活が始まりました。
10代後半で家出した息子は今では数百人の社員を持つ社長さん
になりました。
おばあちゃんは現役をばりばり過ごした後、小脳出血で倒れました。
孫やひ孫を目に入れても痛くないほど可愛がったので、
孫はおばあちゃんをなんとかもとのように歩けるようにしたいと思い、
一緒に暮らす!と宣言してくれました。孫の夫も 「僕たちに面倒を
みさせて下さい」と言いました。
そして、孫夫婦といろんなところでず~っと暮らしました。
おばあちゃんの娘はその間ず~っと働いて、母親との距離が遠くなって
しまっている事にさみしさを感じはじめました。
孫もだんだん若さを失い、時々おばあちゃんに辛く当たることも出て
きました。
娘は仕事を辞めたのを機に、おばあちゃんとの絆を修復する時間が
欲しいと言いました。おばあちゃんは娘のところに戻りました。
時は残酷なものですが、そういう時を与えてくれたのでしょう。
おばあちゃんは間もなく肺炎を起こし入院しました。
意識不明の状態が約一年続きました。
娘は毎日毎日通い、おばあちゃんに話しかけました。
病院のスタッフには髪の毛を編み込んでもらったり、いつもそばに
あったぬいぐるみは時々洗ってもらって、ぬいぐるみ用のお布団も
作ってくれました。大切に大切に床ずれひとつ出来ませんでした。
娘がようやく母子との絆を感じ始めた頃、その時は訪れました。
娘と孫とひ孫だけ。病院の方はナースステーションにあるモニターで
見ていて下さった。家族だけに囲まれて、最後に大きく息をして
呼吸をとめました。心臓もとまりました。
まっすぐのぼっていくおばあちゃん。
みんなの声が今ではしっかりと聞こえているだろう。
歩いて走ることもできるだろう。
素敵な素敵なあるおばあちゃんの話でした。
御清聴有難うございました。
北海道べんろん大会のひとこまより、抜粋。
追記 おばあちゃんはサッカーが大好きでした。
テレビで緑の芝生が映ったら 「おかちゃん!」と言ってました。
家族が踊ると、不自由な方の手を大丈夫な方の手で持ち上げて
\(^o^)/\(^o^)/のように出来なかったけどしていました。
めんこいな、ばあちゃん!
2006年03月22日
なんだかんだ言って引きずっていたのかもしれない。
昨夜は録画をもう一度見るなんて書いておいて、よそのブログに
反応しまくり。なんか共感したり、ネチネチ書いてしまったり・・・
挙句の果てには、コメントしたところを一部忘れている始末。
いかんいかん。
いきなりジャンプの話です。
長野オリンピックで熱狂させてくれた原田雅彦選手が引退する。
24、25日に大倉山で最後の試合をする。
友人の息子はジャンプをしている。
それこそ、長野オリンピックで感動し近くの公園で自らジャンプ台
を作り、飛ぶ快感を知りのめりこんだそうだ。
原田選手のトリノオリンピックでの-200gの失敗。
自分はよくわからずにいたのだが、聞くところによると、
「まったく有り得ない」失敗だったそうだ。
小学生ですら、そのジャンプ後の測定には物凄く気を使い、たま
に、何かを隠し入れたり、スキー板を削る道具も持参するそうだ。
それなのに。
最も基本的な過ちをおかしてしまったプロ。
ここ一番の過大なるプレッシャー。計り知れない。
競技はまったく違う。スポーツ、プロというだけの意味合いだけで
比べることは、およそお門違いであろう事は重々承知だ。
サッカーにおいて、個人競技ではないチームで行うスポーツでは、
ここ一番、絶対に落としてはいけない激しい重圧。
それはいつ訪れるのか。
スポーツ無経験者が考えるにはあまりにも壁が高いが書いた。
原田選手。結果はどうでもいいから、気持ち良く飛んで下さい。
あなたを夢見てジャンプを始めた少年たちが確実に後を追っています。
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