スポンサーリンク

2009年02月15日

『世界の終わり、あるいは始まり』   歌野晶午

“世界の終わり” とくれば “ハードボイルドワンダーランド” と続くはずなのだけど、今回は “あるいは始まり” です。
“葉桜の季節に~” が割と面白かったので、歌野晶午作品の2冊目に選んだのがこの本です。



20090215-01.jpg


幼い小学生を狙った連続誘拐殺人事件。誘拐された子供達は皆、銃殺死体で発見された。その残虐な手口の犯人は、、、、、、、、

主人公は 小学6年生の息子の部屋から 被害者の父親の名刺など、息子が犯人かもしれないと疑わせるものを発見してしまう。一度抱いてしまった疑惑はどんどん膨らんで行き、疑惑を否定するために息子の部屋を調べることで、更に疑惑を固める証拠を見つけてしまう。





 以下、ネタバレあります。注意! 





続きを読む...

posted by aozora |11:45 | 本の話 | コメント(2) | トラックバック(0)

2009年02月15日

『夜を賭けて』  梁石日

20090215-00.jpg


昨秋 『闇の子供たち』 を読んで衝撃を受け、もう一冊 梁石日の本を読んでみたい思い、手に取ったのが この本。小説としての良し悪しというよりも 事実が持つ圧倒的な迫力、この本からも強い衝撃を受けました。 

舞台は昭和33年、僕が生まれた年。前半は大阪城の隣に広がる 広大な大阪造兵廠(大阪砲兵工廠)跡から 生活のために屑鉄を掘り出して売り飛ばしていた在日朝鮮人、通称アパッチ族の したたかで逞しい姿と 警察との壮絶な戦いが 生き生きと描かれています。
後半は 一転して長崎県にある大村収容所が舞台。日本のアウシュビッツと呼ばれていた施設の悲惨な実態と、それと戦う人々の姿が描かれます。
前半と後半は 舞台といい 文体といい 雰囲気といい 全く別物と言っても良いくらいですが、日本という強大な権力が行う理不尽な仕打ちと戦い続ける姿、金義夫と初子の愛情がそこに一貫性を与えています。
最終章で わずかですが ほっとさせられたのが救いでしょうか。しかし、現在も 在日コリアンの方々は いわれない偏見や差別と 戦っているのでしょうね。



大阪砲兵工廠跡は現在、大阪城公園となっていて、当時の面影は全く無いようです。
大村収容所は大村入国管理センターとなり、近代的な施設に変わっているようですが、内部の実態は 殆ど変わっていないのだとか。
恥ずかしながら 大村収容所の事は 知りませんでした。
知らない事は まだまだたくさんあります。



この作品の前半部は映画化されていますが、まだ観ていません。
今度DVDを探して 是非観てみたいと思います。

小松左京の「日本アパッチ族」は このアパッチ族をモデルに書かれたらしいのですが、知りませんでした。開高健の「日本三文オペラ」も このアパッチ族をテーマとしているようです。

梁石日作品としては 次回は 『血と骨』 を読みたいですね。





posted by aozora |00:46 | 本の話 | コメント(0) | トラックバック(0)