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関東の田舎暮らしも長くなりました。 でも「住めば都」でアナログ人間の私にとってはちょうどいいのかもしれません。 正午と夕暮れの音楽が町中に流れる田舎から札幌を追いかけます。

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リアス式海岸

2008年05月30日

職場の同僚との会話

「equipさん、三陸鉄道には詳しいですか?」
「いや、僕は気仙沼までしか行ってないので、その先のことはよくわからない」
「リアス式海岸の醍醐味を味わいたいんだけど…」
「でも鉄道や道路ってかなり内側を走っているから見れそうで見れないんじゃないかな」
「………」

この同僚、この夏に2泊3日で計画しているらしい。
温泉もあればベストと言っているが、あの海岸線にはめぼしい温泉はない。


10年以上前の10月末、仙台へ出張したついでに小旅行をした。

古川から西へ向かい、鳴子温泉で一泊。
湯煙を感じる宮城県の、いや東北の代表的な温泉だった。
お土産は当然鳴子こけし。
クビを回すと音がするそれである。

翌日、鳴子温泉から小牛田に出て気仙沼に行ったのである。
有名なリアス式海岸の南端の町である。
市場でホヤ貝と三陸牡蠣を家に送り、名物のフカヒレの軍艦巻きを食べた。
泊まった所は船と徒歩で唐桑半島先端にある国民宿舎。
お客さんは10人ぐらいだったはずで、まわりは何もないから結構淋しかった。
ここは津波体験館が隣接していて、音と画面で再現している。
洞爺湖畔の火山体験館ほどではないけれど、津波の勉強をするにはちょうどいい。

リアス式と言っても、実際行くと断崖絶壁の海岸線で、上から見るとノコギリ刃のように
つながっている。
スペインのリアス地方の名前から取ったものである。

さて、気仙沼に戻り、バスで一ノ関に移動して新幹線で帰ったのであるが、気仙沼のバス
ターミナルの中で買ったたい焼きが今でも忘れられない。
1個60円だっただろうか、おばさんが焼いていたと思う。

気仙沼で感動したのがフカヒレでも牡蠣でもなく、たい焼きだったのが意外だった。


松山も行ったなあ

2008年01月27日

テニス仲間の一人が、昨日、出張先の松山から帰ってきた。
帰りの飛行機が出発直前に、整備とかで飛ばない可能性もあったみたい。

松山には私も一度、家族で行ったことがある。

その日の夜中、アトランタオリンピックの出場権をかけた、日本vsサウジアラビア戦があっ
て、道後温泉のテレビにかじりついていたのを覚えている。

あの試合に関しては何といっても前園だし、GK川口の表情も懐かしい。

松山城を散歩していた時のこと、子供にソフトクリームを買ってやったのであるが、丸太
に寝っ転がり、ボトッとクリームを地面に落としてしまい大泣き。
もう一回買うハメになってしまった。

さらに、制服姿の高校生のカップルが歩いていた後ろを子供が追っかけ、
「イッチニイノサン!」
と掛け声を出して2人の間に割って入るではないか。
そしたら、女の子が「ハイ!」と子供に何かを渡し、戻ってきたので見たらチョコレート
をもらった。
「すいません…」
意気揚々としている子供とは対照的に、恥ずかしくて恥ずかしくて…

(秘かに)でも、子供が追っかけたカップル、2人とも賢そうだった。
「あいつ(子供のこと)、結構見る目あるんじゃないか」と思った。

あれから10数年、そんなことはまったく覚えていないと子供は言うし、優雅な奴よ。

一応、主な見所には行ったし、道後温泉本館の風呂にも入ったし、五色そうめんなんかも
食べたはずなんだけど、松山で思い出すのはこの場面だね。


移り変わり

2008年01月05日

石狩街道の旧道を眺めていたら、昔あったはずの建物がずいぶん減って更地になっている
所が多かった。
昔のボーリング場をそのまま使っていた「東急ストア」もいつの間にか建て直していたん
ですね。

1年ごとに同じ風景を見ると、必ず何かが変わっているのが札幌のように思う。

そういえば、年末年始の地下鉄の運転も普段とほとんど変わらなくなりましたね。
元日のバスは9時~19時で同じだったけど、来年以降もっと拡大するかもしれません。

旭川でさえ元日の市内線のバスは運休だというのに…

正月早々、仕事する人が増えて、ゆっくり休む暇もない。
ストレスがたまる一方ですね。

私も次の年越しは場所を考えたほうがいいかもしれません。
街の機能がストップする所がいいな。



大晦日、毎年のように行っていた小樽へは行かなかった。

ぱんぢゅうのマスター、海鳴楼の社長、ゴメンナサイ。

でも、小樽と絶縁したわけではなく、ここに寄った。
看板が目に入って、急に食べたくなった。
もう何年ぶりだろうか。

今回の帰省ではスープカレーを一度も食べなかった。
ロフトやロビンソンの中で見つけたお店はあったけど、お客さんがひとりもいないので、
足が遠のいた。
そういうわけでhirokiさんへのレポートは東京のどこかのお店に寄った時に…

玉光堂や旭屋書店で時間をつぶし、さて問題。

2007年の締めくくりに寄った飲食店はどこでしょうか?

私的には2007年シーズンのラストを飾るにふさわしい所。

答えはここです!



その後、スイーツを買って家に帰り、紅白を見ている家族を横にひとり読書をしながら2

008年を迎えたのでした。

本当は格闘技を観たかったが、テレビがすべて塞がっていた。


丸井南館

2008年01月03日

何だかんだで昨年は4回札幌の土を踏んだ。

仕事の時はダメだったが、残りの3回は丸井の南館に行くことができた。

優勝記念グッズを買った後はテレビとお付き合い。

熱烈サポーターのNさんが提供したという、2007年のゴール集と優勝セレモニーのD

VDが流れていた。

短い時間だったが、ちょうど秘密兵器のゴールの場面からであった。

スカパー!の映像しか知らない私にとって、京都戦と水戸戦の地元局の映像と音には「さ

すが!」というしかない。

テレビカメラの位置、集音マイクの位置、そして実況と解説。

同じゴールの場面でも、アングルが違うと新たな感動が生まれてくる。

京都戦の岡本や石井の場面、カメラの位置が違うおかげで岡本が外にパスを出す前に石井

が走っているのを確認できたし、正面のカメラで石井のPKがど真ん中を蹴って、平井の

左手にまともに当たってゴールになっている様子がはっきり映し出されている。

サポーターの歓声も同様。

スカパー!だと本当に30000人いるのかと疑いたくなるような音だったけど、そこは

地元局だった。

Nさん、いいものを見せてもらってありがとう!



このブログ、今回で500エントリー目でした。

実感はないですが…


旭川にて

2008年01月02日

明けましておめでとうございます。

北海道から戻ってきました。

滞在期間中は天気も穏やかで、私の中ではとても快適でした。

前回同様、旭川と札幌で過ごしました。

本年もよろしくお願いします。



旭川ではaruさんの青春の味であろう、だるまやのバナナ焼を初めて食べました。

アサヒビル取り壊しのために移転したそうですが、泊まったホテルから10分以上歩くん
ですね。
旭山動物園からのタクシーで止めてもらって覗いたのですが、予約しないと買えないとい
うので、ホテルにチェックインした後、出直しました。
でも、そのかいあって、ホカホカのバナナ焼を美味しくいただきました。

私が泊まったホテルは駅直結のホテルなんですが、前回無料でもらえた前田真三さんの写
真のカレンダーは品切れとのことで残念でした。
我が家ではこの人のカレンダーとともに部屋に飾っていたんですが、しょうがなく別の物
になりますね。

夕飯を食べに出かけたこのお店のカレーに子供は苦戦していた。
辛い物好きなのに、合わない辛さがあるんだなと正直驚いた。
失敗だったかなと…
新庄のサイン入りのユニやグッズを見た次の日に、当人の離婚の記事が出ていたのも驚き!

もう一つ、科学館が意外によかった。

プラネタリウムのデカさとシートの広さ、あれは本州でもなかなかないです。
しかも、最新鋭の機械で、子供が感動してましたもん。
カシオペア座からの北極星の発見方法、オリオン座の話など、懐かしかったな。
オリオン座の3つ並んだ星の右下にあるはずの星を夜空で探したんですが、ダメでした。
まあ、先日見た映画に出てくるやつなんですけどね。
展示もただ見るのではなく、体験が基本。
私は宇宙ゴマに挑戦し、少し目が回った。
あの科学館はもっと有名になってもいいと思う。

そんな時間を旭川で過ごして、札幌に向かったのでした。


ランタは残念でしたね。
宮澤君、ひとり気を吐いていたそうで…
コンサでの活躍を期待しましょう。


「けさい」

2007年12月06日

この言葉を目にしたのは夏の終りだったと思う。

秒刊を見ると何度も
「待ってけさい!」
見る度に笑っていた。

私の職場に宮城県出身者が2人いて、「けさい」のことを聞いてみた。

1人目の女性にはあっさり「知らない」と言われた。

それからずいぶん時間が経って、もう1人の男性に聞いてみた。


「聞いたことがあります」
やった!と内心思う私。

「実家が県北なんだけど、近所の60~70歳ぐらいの人が使ってた」
「これ食べてけさい…とか」
「若い人は使わないの?」
「使わないというか、使ってるのを聞いたことがない」
「テレビやラジオで使ったの聞いたことある?」
「ないですね」
「そうしたら、はじめから知らない人がいても不思議はないの?」
「そうだと思います。特に仙台なんかの都会では…」
「なるほど」

彼とはその後、私が10年ぐらい前に鳴子温泉や気仙沼などに旅行に行ったことをネタに
いろいろ話し込んだ。
学生時代に気仙沼の近くで交通量調査のアルバイトをしていたそうで、昼食を買いにコン
ビニまで片道4キロの道が本当に遠くて、買ったと思ったらもう時間だったという。
今まで深く話したことはなかったけど、とても楽しい時間でした。

彼と知り合った頃は頭のてっぺんのハゲが気になっていたんですが、ここ2ヶ月ぐらいで
ハゲがきれいになくなってた(笑)


「ドライブ vol.2」帰省道中記⑤

2007年08月23日

見市温泉旅館を後にして、江差に向かいました。
相変わらず天気はあいにくでしたが、大した影響はありません。

江差は私にとって初めての町。
ということで、江差追分のことを勉強しに「江差追分会館」へ。
何でも江差追分のルーツは長野県の軽井沢だとか。
全国大会準優勝の正師匠が歌ってくれる江差追分を聴いてから、隣接する食事処で昼食。
ここは「にしんそば」を注文。
3月の京都参戦の帰りに食べて以来です。

次に行ったのは再建された「開陽丸」
戊辰戦争の最後の戦いを知る意味でいい勉強でした。
ひとつ心残りは、ハンモックで寝ることができなかったこと。
規定の体重を数キロオーバーしていました。(涙)
せっかくビリーをやってきたのに…

江差駅にも寄った。
待合室に古本がどっさり。
自由に持って行けるということですが、そこで見つけた昭和11年の札幌の地図をもらい
ました。

この日は「姥神大神宮渡御祭」の初日。
雨の中、いくつかの山車を見かけました。



江差を離れ、この日の宿は「銀婚湯」

噂では聞いていましたが、とにかくすばらしかった。
北海道の温泉宿という感じがしなくて、伊豆の高級宿に泊まっているという感じでした。
部屋は掃除が行き届いてて落ち着くし、浴場はデカイし、食事はうまいし。
食後に部屋に届けてくれたかぼちゃ饅頭もよかった。
離れの露天風呂は入らなかったけど、吊り橋を渡って散歩しました。
何しろ土地が9万坪あるそうで、30分は歩いた。
これで1泊2食13800円は安いよ!

帰る時に玄関においた買ったばかりのビニール傘を別の客に持って行かれた。
宿主が平謝りしていたけど、逆に私が恐縮してしまった。
コンビニで350円だったから…(笑)


「ドライブ vol.1」帰省道中記④

2007年08月22日

世界チャンピオンの内藤大助選手を生んだ豊浦町に寄った。
「北の湘南」と呼ばれているこの町は結構気に入っている。

ただ、この町も活気がなくなっているように感じた。

商店街が新しくなったが、お店の看板がわかりにくいし、それ以前にお店の数が少なくなった。
昔あったはずのTデパート、T薬局、ラーメンの◯京亭などはなかった。

そんな中での内藤選手の朗報は豊浦にとっては希少価値なんでしょうね。
亀田大毅との初防衛戦、是非勝ってほしい。

ホタテ焼きでもと思ったら、「しおさい」でしか食べることができないようで、妥協して入店。
ホタテフライ定食を食べて、地元の菓子屋で「苺ちゃん」を買い、豊浦を出た。



八雲終点まで高速を使い、そこから熊石方面へ。

この日の宿は「見市温泉旅館」である。
山の中の一軒宿で、温泉と食事を堪能した。
数日前からの雨で、目の前の川は溢れんばかりの水量。
流木も見えた。

天気はあいにくだったが、露天風呂のことを考えるとこの天気で大正解。
心配していたアブが飛ばないので、かえってゆっくりできるのである。
それにこの温泉は元々熱めの湯。
雨水が程よく露天風呂の湯加減をしてくれて、雨の合間に入ればだんだん熱くなって、お湯
の力を味わえる。
とてもいい温泉でした。

注文をつけるとすると、部屋の掃除がなってない。
いたる所に髪の毛や柿の種が落ちていた。
アワビの踊り焼きも美味しかったのだから、掃除ぐらいしてくれ!

ねっ! 経営者の大塚さん! ※織田一族の末裔だとか


「ペナント」帰省道中記③

2007年08月21日

プロ野球観戦なんて10年近く御無沙汰していた。
最後に行ったのは横浜が日本一になった1998年9月の横浜 vs 巨人戦。
大魔神佐々木を観るつもりで浜スタに行ったが、巨人の大勝で観ることはなかった。

小樽から札幌に戻った私は裏札幌ドームに参上。
話のネタにと思い、日ハム vs 楽天戦を観戦しました。
この日は高橋北海道知事、上田札幌市長がキャンペーンやら何やらで来ていました。
試合のほうは日ハムの逆転負けで4連敗。
翌日から8連勝してしまうのだから、大したものである。

野球を卒業した私ではあったが、今までの野球観戦で意識したことがなかったものを発見。
それはセンター上に掲げられている2つのペナント。
1つはパリーグ優勝ペナント。
そしてもう一つは日本シリーズ優勝ペナントである。
前年のチャンピオンとして、シーズン中、2つのペナントに見守られながら試合できるの
である。
なんて幸せなことだろうか。
北海道に来る前の日ハムは、裏東京ドームと言われていたのだ。

3塁側内野自由席に座った私のまわりは親子連れの多いこと。
母親たちが着ているシャツの背番号は「11」とか「41」とか…
とにかく若い人が多いのには圧倒された。



そういう中で私がやったささやかな抵抗は、売店で「聖地! 厚別!」のTシャツを買った
ことである。


「余市にて」帰省道中記②

2007年08月15日

小樽より先に余市に行ってきました。

前夜、すすきのの「魚御殿(4代目のお店です)」で散々食べまくったにもかかわらず、先日
見たあさ吉さんのブログの誘惑に負け、「海鮮工房」に行きたくなったのです。

「海鮮工房」は3年ぶりでしょうか。
その時は生赤ウニ丼を食べましたが、今回の狙いは680円のいくら丼です。
昼に行列ができるのは前に勉強しているので、10時過ぎに余市に到着。
いくら丼とともに、余市産の赤ウニを刺身で食べました。
ウニは前日も食べているのにね(その時は浜益産の白ウニ)。
合わせて2880円也。
いろいろな人の意見の通り、いくら丼はボリュームがありました。

もう一つ、余市行きの目的がありました。
それは駅2階のジャンプスキーの展示でして、年末の時は休業していたのです。
船木和喜をはじめ、余市には名選手が多い。
笠谷幸生、川村有司、東輝、桜井仁、斉藤宏哉などなど…
スキーの展示とともにジャンプスーツに触れることもできました。
スポンジを触るような感覚ですね。
地味な体験でしたが、長年ジャンプを見ている私にとっては感動ものでした。

小1時間ぐらい余市にいた後、小樽に向かったのでした。



今日という日を考えれば「あの話題」に触れないわけにいかないのかもしれません。
ただ、ここは敢えて静観します。
不幸中の幸いは、食による被害者・犠牲者が出なかったことでしょう。

夜のニュースで大きく取り上げられた時、コンサのスポンサーであることも画像入りで紹
介していました。
毎年のように事件が起こると「ああ、今年もか…」みたいに慣れちゃってしまっている。
変な話、地元から遠い所に住んでいると、空気が読み取れなくなるんです。

それでもリーグ戦は続く。