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HN aru 聖地厚別在住 旭川市出身 *変わらず当たり前 1964年生まれ *いい年齢になってきました 性別 ♀ たぶん *まだそうだ!たぶん 厚別・函館・室蘭ゴール裏 ドーム Gシート *今 違う 夢(妄想)・HFC最高幹部次席付電話受付係りなにそれ *ちょい自信なくなった(本気だったのか?!) 特技・ブログの文章が長すぎること *書けば長いのだが・・・
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2007年11月29日
思い出す。 初めてゴール裏に行った時のことを。 サルトして、歌って、選手のそれぞれのコールをして。 歌もいろいろあって、覚えてなきゃ 思い切って歌えないし、 選手のコールも覚えなきゃちゃんと出来ないし、 攻める時の応援の仕方、守る時の応援の仕方、 フリーキックやコーナーキックやキーパーが蹴る時の応援の仕方、 なーんにも あやふやなまま、ゴール裏に飛び込んだ。 見よう見まねでやりながら思った。 宗教のようだ・・・ ちょびっとのけぞりそうになったこともあった。 熱烈ゾーンに入った暁には さらに思った。 泣き女にはなりたくないと。 でもある時思った。 これは自分の意思でしていることなんだよな。 決して強制されてここに来たわけじゃないよな。 だから、洗脳でもなんでもない。 歌も応援の仕方も それは共通のものだからするんだ。 それが熱烈という場所で今ある唯一の表現方法なのだ。 一人が増えれば 少しは違う。そんな一人が増えればもっと違う。 そう信じることが出来た。 それを宗教のようだと思う自分と戦いながら 結局は そこが大好きだ。 人が泣こうがわめこうが悲鳴をあげようがため息をつこうが、 許せなくても、そんな感情に支配されている時間があるなら 応援する。 これは、教えてもらったことでもあり、しっかり体得してきた気持ちでもある。 応援は、わたしは信じることの表れだと思っている。 だから、どんな方法でもいいと思っている。場所が違っても。 あの場所で 歌もうたわない、手拍子もしない、でもとりあえず立っている。 いわゆる地蔵と言われる若い男性を知っている。覚えてしまった・・・。 野次だけは凄い。怒ってる。物凄い怒る。 今、思い出した。そうだ、彼は コンサの選手をとても怒る。 近い場所に何度かいたので 避難したこともある。 感性が合わない。つらいぞと思って。 でもなんだか、今は おこがましいけど許せる気持ちになった。 いや、書いててそう思った。 彼もコンササポなんだと、なんか初めて気づいた。 書きながら展開がころころ変わる。 コンサ教 万歳だと そういうことを書きたかったので まあなんとか辻褄あわせは出来たかな。
2007年11月29日
敢えて言おう。 自分はこれといった宗教には属していない。 こういうコミュニティーで 宗教の話なんかはタブーかもしれないけど たいした内容ではないと思うので書く。 書きたいのは コンサ教 なんだが。 母方は 洗礼を受けた人もいたし他界した祖母はミサにも通っていたらしい。 幼い頃 聖書がそばにあった記憶もある。 が、祖母の再婚した夫が真言宗だかで その夫が長男だったので 先祖の仏壇があり マリア像が家にありつつも 般若心経を唱えていたらしい。 でも、ある吹雪の日に、モルモン教の若い青年2人が扉をノックし、 祖母は 可哀想にと思い家に入れてあげて 話を聴き、(わたしも いた 高校生頃) ○○家に幸あり!みたいなことを唱和した覚えがある。 それだけだが。 勧誘宗教というものは、吹雪や大雨や嵐の時に何故かチャイムを押す。 しかも ランドセルを背負った小学生連れとか とにかくちびっ子を連れて来るケースが多い。 何かこう せこいシチュエーションではないか?と思うこともあるのだが、たまたまだね。 いや、別に 非難しているわけではない。 人生いろいろと想う。 夫のところは 日蓮宗っぽい。← っぽい?! やばくないか? 義理の姉は 日蓮宗のお寺に嫁いだ。どんつくどんつく。 結構 有名なお寺だ。 どでかいしゃもじのような 小さな太鼓のようなものをやおら持ち出し みんなで叩き出した時はのけぞった。 いやはやもう、典型的庶民というのか、仏様も何様もキリスト様もごっちゃごちゃ。 所帯を持った暁には 普通に神棚設置が念頭にあり 誰かに 「若いのに偉いねえ」と 言われたものだが、 実は 埃をかぶっている・・・やばいよ! うちだけですか? ひきましたか? コンサ教に たどり着けませんでした。 (続きあり たぶん) でも思うのです。 きちんと信仰を持ってらっしゃる方もいると思うんです。 しかし そういう信仰に関したことや 勧誘めいたものをわたしは目にしたことが ありません。 偉いな、みさなん、違う みなさん。 コンサというひとつのことで繋がっているコミュニティーに 本当に感動している自分です。 なのに、お返事ひとつ返さず よそにいちゃもんつけてるだけの暇はある自分です。 神様 仏様 仁王様 お不動様 空海様 親鸞様 キリスト様 アラー様 ごちゃごちゃ。 もう誰でもいい 許してつかわして。そいでもってコンサを J1にお導きたもうぜよ。
2007年11月18日
さあ、幸せはここにあり。 しかし。 今 ちょびっと録画見てた。おかもっちゃんのゴールシーン見た。 そこで泣くなよ サポーター。 サッカーは最後まで気を抜けないんだ。 何回も経験しているだろう? 最後の最後まで 長い笛がふかれるまで 決して油断してはいけない。 ウルウルしてる場合じゃないんだよ! 録画したもの見て書いてるから 該当したかもしれないサポよ もし見たらごめん。 勝てるなんて思ってましたか? 厳しい試合になることは最初からわかっていたことだ。 すべて決まってから泣けということだ。 油断したり諦めたら終わりだ。 選手の気持ちに できるだけリンクさせて 最後まで油断せず諦めず。 泣くのは嬉しい時だけにしないかい? 今日は10回エントリーしそうだよ。
2007年11月17日
コンサ歴が短いからかな。 つらい時期をあまり知らないからかな。 関係ないよ、そんなのはね、たぶん。 わたしは 明日 いつも通りの気持ちでいきます。 興奮してない。 あらまどうしましょう。 普通にいこうよ。 そんな気がしてます。 普通というのは 個々人違うと思うけれどね。 今まで自分が出来ることは精一杯してきたつもりだもん。 明日も同じ。 特別に 変えるスタンスも何もない。 今日の飲み会 いつもは必ず2次会当然だったのを 平謝りしてやり過ごしてきただけ。 わたしはいつも熱いから(笑) 別に明日特別ってことはないんだよね。 延長戦上にあるものだものね。 ただ、いつも居たのに きっと居たはずなのに 何も残せず逝った名もなき人のぶんは 背負いたいです。 平常心すぎて怖いくらいです。
2007年09月17日
仙台戦でですね。 いつものように熱烈ゾーンに席を取っていただきました。 たぶん 15日のエントリーにある画像の白い部分の上にいたんですけど。赤持って。 画用紙と共にUSの書いた文章も入っていました。読みました。 ちゃんと掲げました。 綺麗だったはずです。 試合は終わりました。 人々がそれなりに去った後に おもむろにゴミ袋持って ゴミ拾いしました。 幸いというか、自分の熱烈ゾーンはそれほどゴミは落ちていませんでしたが、 USの文章の載った紙が置き去りにされていたので、これはどうするべきか? 迷いましたね。 息子に 画用紙を集めさせました。 実際 ゴミは少なく よって 画用紙を集めるほうに気持ちがいきました。 ふと見ると、画用紙が 平らに置いてある場所を見つけ、 ああ、あんなふうに置けばいいのね。 そう思い丸めた画用紙を広げて 平らに重ねていった。 US登場。 「こんなんじゃ 持ってく時大変じゃね?」 あわわ。 ごめん!こんなふうに置いてあったからこんなふうに置いちまったよ! 「いや、いいっすよ」 マジごめんね 丸めたほうがいいなら手伝うよ。マジで。 「いや、自分らが勝手にやったことだから 自分らでなんとかしますよ」 ほんとにいいの?じゃ今度手伝うよ。 そうして退場。 息子が言う(中3)。 かあさん、めちゃくちゃ睨まれてたよ。 なに?! 誰にさ! めがね? 「違う めがねじゃないほう」 どんなふうにさ! 「なんか うざいおばさんみたいな目してさ」 そうかい。 もくもくと階段を降り通路を歩く。 あのさ! じゃ その時にかあさんにつつくなりして教えてくれるのが人情ってもんじゃない? かあさんは、そんな視線気づかなかったよ。 もし それに気づけば あの場で どうにかなったかもしれない。謝るとかなんとかさ。 ただ黙って見てて 後になってから 「あの時こうだったよ」なんてずるいよ! 告げ口だよ!←意味不明 息子は言った。 「これ以上話すと喧嘩になるからいい」 ぶはあああ。 それでもわたしは言った。ふと気づくと言っていた。 「あのひとたち、疲れてたんだよ。わたしたちの何倍もね。仕方ないの」 え・・・・・? わたし、USかばってる? おかしな展開になったもんだ。いろんなことが見えてくる第4クール。
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