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息子がサッカーを始めたのでサッカーを観るようになり、1997年のフロンターレ戦でコンサにはまりました。自分自身は全くの素人です。観戦はSB席。ホームゲームの半分はCVSやってます。
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2013年08月18日
昨日の土曜日、午後から江別のイオンシネマ(旧ワーナーマイカルシネマズ江別)でやっと観てきました。1番スクリーンは4割くらいの入りでした。 大人向けの作品で判り難いという評価を聞いていましたが、決してそんな事はない。すんなりと心に沁みてくる良い作品だったと思います。 ただ、関東大震災や世界恐慌、取り付け騒ぎ、日中戦争、第二次世界大戦、東京大空襲、特高警察、言論弾圧、ヒトラーとファシズムなど、歴史の基本的な知識が無いと判り難いかもしれません。二郎は日本、ユンカース博士はドイツ、カプローニ伯爵はイタリアと、いずれも枢軸国の技術者ですが、枢軸国といっても若い人は判らないかもしれないですものね。 また、言葉の裏にあるものを感じられない人、描かれていないシーンを想像できない人には つまらない映画かもしれません。![]()
風立ちぬ、いざ生きめやも。
堀辰雄の同名小説(昭和13年刊行)に登場する ポール・ヴァレリーの詩の一節です。
小説では結核を患って高原のサナトリウムで療養する主人公の婚約者・節子 (映画では菜穂子ですが、菜穂子は堀辰雄の別の小説の主人公の名前です)と自らに語り掛ける詩句として登場しますが、映画の中では 戦争へ向かう暗い時代の中でも、自分の夢を追いかけて必死に生きる姿を描くことで、もっと広く、全ての人に向けて呼びかけているように感じました。
結核という病気が不治の病だった時代背景が判らないと、菜穂子の心情、行動も判り難いかもしれませんね。
菜穂子が登場する作品は そのまま「菜穂子」というタイトルです。
この菜穂子も 結核で高原のサナトリウムで療養していますが、節子よりも強い女性で、療養所を飛び出すエピソードもこの小説の中に出てきます。
宮崎監督は この二人を重ね合わせてイメージしたのかもしれません。
エンドロールで流れてくる 「ひこうき雲」。
荒井由実(現松任谷由美)の40年前の作品ですが、ぴったりでしたね。
最初、この曲を主題歌とする予定は全く無かったのだとか。
信じられない出会いです。
映画の中では、戦闘機や爆撃機が 多数飛んで行きます。
「でも 一機も帰って来なかった。」
パイロットを息子に持つ親として、このセリフはなかなか複雑な心境で受け止めました。
実際の堀越二郎氏も、この点に関しては 相当に複雑な思いを抱いていたそうです。
映画の中に登場する三葉翼、計9枚の主翼を持つ飛行艇は「カプロニCa.60 トランスアエロ」という実際に試作された機体で、試験飛行に失敗したのは実話です。
ジブリ作品を地で行くようなユニークな設計ですが、宮崎駿監督が若い頃からいかにカプローニの影響を受けていたかという証左でしょうね。
ユンカース博士は全金属製飛行機を世界で初めて製作した技術者で、当時は画期的な事だったそうです。
それまでは金属や木で枠を組み、それにベニヤ板や布などを張って主翼を作っており、だからこそ二郎が夢の中でカプローニの飛行機に乗り翼の上を歩くシーンでも、「桁の上を歩けば大丈夫」と言われているのです。
映画の中で堀越二郎が中心となって設計し、試験飛行に成功した飛行機は九試単座戦闘機。
逆ガル型の主翼が印象的ですが、試作2号機からは真っ直ぐな翼に変更されたそうです。
逆ガル翼でも実用化された機体はありますが、米軍のF4Uコルセアなど少数です。
九試の完成は昭和10年、零戦(零式艦上戦闘機)の完成は昭和15年です。
名古屋駅前にあった「カブトビール」の看板は、大正から昭和初期まで実在したそうです。
昭和8年に大日本麦酒㈱に吸収合併され、昭和18年に製造中止されましたが、平成17年から復刻されているようです。
機会があったら一度飲んでみたいですね。
日本禁煙学会がこの映画の喫煙シーンの多さにクレームを付けたそうですが、過剰反応だと思います。(僕は非喫煙者です。)
「はだしのゲン」を閲覧制限、貸出禁止とした松江市教育委員会にも同じような思いを感じましたが、どこかずれているような気がします。
さて、間もなくG大阪戦のキックオフ。
監督の言う通り、最後まで粘り強く戦ってほしいものです。
頑張れ、コンサドーレ札幌!