スポンサーリンク

2014年10月20日

ふたつの星。

なかなか更新できんかったな。

またひとり、旅立ってしまった。
しかも、痛ましい事故で、いきなり…

奥大介、沖縄で事故死…

金曜にその訃報を知ったとき、頭が少し混乱して、仕事が手につかなくなった。

なんで?
何があったの?
ほんとなの?

パソコンの画面を見つめながら、ただただ信じられなかった。

どうして、おっくんが???

そして、すぐに竜ちゃんのことが頭に浮かんだ。
大丈夫だろうか…

今の「キャプテン竜二」は、おっくんがいなければありえない、と言っても過言ではない。
理想のキャプテン像。
キャプテンらしい本当のキャプテンに初めて出逢った、みたいなことも言ってた。
竜ちゃんは、ずっとおっくんの背中を追いかけてたんだろう。

直樹は追い越すべき壁として。
奥くんは目指すべき光として。

そのふたつの道標を、いずれも猶予すらなく、いきなり奪い去られてしまったのだから。
心配にならないはずがない。

もちろん、強い子だから、乗り越えるでしょう。
直樹のときだってそうだったし。
そんなこと、殆ど出さないでしょう。
でも、心の痛手は計り知れない。

どうか、最後にお見送りさせてあげてほしい。
彼の今があるのは、おっくんのおかげ。
きっと、一番慕っていたから。

あの日。
久しぶりにおっくんに逢えることを、本当に楽しみにしていた、嬉しそうな笑顔が忘れられません…



おっくんに出逢った、2002年。
俊輔が夏にレッジーナへ移籍した年。
すぐにチームの中心になった。

初めて生で見たのは、2002年の夏、札幌ドームでの試合。
Vゴール決めたおっくん。
それまでの流れでも、おっくんのプレーは本当に目を引くものだった。

いつも笑顔。
いつもルーズソックス。

あの頃、直樹・おっくん・波戸ちゃんは、うちらにとってのアイドルだった。
25~26歳くらいだっけか。
まだまだ、ピチピチで。

おっくんは、面倒見がいい。
代表で人見知りしまくってたドラゴンを、みんなに馴染むようにしたのもおっくん。
だから、ドラゴンもとても慕っている。

まあ、ウィルにボール出さないで、ウィルが逆ギレしておっくん蹴ったってのもあったけどね。

2003年、2004年の連覇。

2003年、竜ちゃんがマリノスに入団しておっくんと出会ったんだよね。
古巣磐田相手の最終節。
あの年は直樹がキャプテンだったんだよな。
(あの時、何気にジェフが2位になってますのよ)

…あ、全部書くとキリがないや。

2004年。
最後のチャンピオンシップで、竜ちゃんのゴールをアシスト(CK)したのもおっくんだった。
2戦目のPKでも、一番最初に蹴って決めてた。
おっくん、PK上手だったなぁ。

竜ちゃんと共に、マリノスのふたつの星を手にした男。
その中心選手。

2006年には、キロロに見学いって、サインももらったなぁ。
で、やっぱ笑顔だったし。

その後、マリノスを戦力外になって、横浜FCへ。
ドラゴンも追っかけて行ったよね…

引退してから、横浜FCの強化部長にいきなりなった時は、正直驚いた。
ええ?
いきなり?

でも、もしかしたら、それが何か歯車を狂わせてしまったのかもしれない。
切られた経験のある選手が、選手を切る仕事に…
おっくんは優しすぎるので、ホントに精神的に参っていたとも聞く。

このあたりで、何かおかしくなったんじゃないか、と…
その後もよくない噂ばかりが先行し、本当のおっくんの姿が見えなかった。

そして今回。

たった3年程度で、大きなふたつの星を失ってしまった…


♪おーく! おーく! おーく! おーく! だいすけーーー!

あの笑顔を忘れません。
むこうで直樹と一緒に、またサッカー楽しんでください。

posted by ゆっきぃ |12:45 | 竜ちゃんの魂 | コメント(3) |