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関東の田舎暮らしも長くなりました。 でも「住めば都」でアナログ人間の私にとってはちょうどいいのかもしれません。 正午と夕暮れの音楽が町中に流れる田舎から札幌を追いかけます。
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2007年11月04日
「森本・賢介の1・2番は今後10年分のヒルマンの財産だよ!」 9月に帰札した時に会った友人の話である。 例の招待券をあげた人物で、先日の徳島戦に参戦してくれた。 彼に会った時はヒルマン監督が退団すると発表された後。 当然次の監督の話になった。 「ヒルマン野球を継承するなら白井ヘッドコーチがいいと思うんだけど」と彼。 「白井さん、地味過ぎない? 外国人監督が合ってそうな気がするけど」と私。 「ヒルマンの考えに近い人がいるのかな」 そんなやり取りをやって店を出ようとした時に目に入った新聞の見出し。 ~次期監督は梨田氏~ リーグ優勝して辞めた監督は何人かいたと思うが、シーズン途中で退団が表に出たのはヒ ルマンが初めてではないだろうか。 SHINJOも引退を早々と発表して日本一になったから、ファイターズはそういう流れのほう が優勝するのかなと思っても見た。 確かにクライマックスまではよかった。 だけど、日本シリーズまでその神通力は続かなかった。 前回のエントリーがその理由と私は考えている。
プロ野球を熱心に見ていたころの記憶で鮮明なのは、ジャイアンツの藤田監督。 トラ吉が「日雇い監督フ・ジ・タ!」と叫んでいたあの監督である。 彼の3年間のリーグ戦の成績は1位・2位・1位で、1981年に日本一。 大沢親分率いる日ハムとの後楽園決戦で、江川がマウンド上でフライをキャッチして終わ ったやつである。 1983年は広岡監督率いる西武に敗れて日本一を逃したが、次の年から王監督になった。 当時は「ピッチャー鹿取!」が流行語。 でも、私にはこれという理由もないのに藤田監督を切ったことに不満だった。 今回のケースはシーズン途中で自らが退団という前例がないケースで、リーグ優勝が決ま ったのは後の話である。 結果が出た以上、私は今の野球のやり方をベースにして、監督をはじめとする人事もそれ に沿って考えるべきだったと思う。 優勝に貢献したコーチを切るのは釈然としない。 ヒルマンもあのタイミングでアメリカに行く必要はなかった。 元ヤンキースのトーリ新監督をドジャースが発表したのは2日前じゃないか。 さあ、ハムはこれからどうなるんでしょうか? はっきり言って、来年のテーマは4・5番でしょ!
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