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関東の田舎暮らしも長くなりました。 でも「住めば都」でアナログ人間の私にとってはちょうどいいのかもしれません。 正午と夕暮れの音楽が町中に流れる田舎から札幌を追いかけます。
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2006年11月27日
土日の2日間、エントリーはしませんでした。 何をしていたかというと、1泊2日のテニス合宿に参加していたのです。 テニスを始めてから10年以上になりますが、このような企画に参加するのは初めてです。 今シーズンの試合がすべて終わったことで、いろいろな課題が見えてきました。 そうは言っても、ふだんテニススクールに通っているわけではないので、自分のプレーに ついてのアドバイスを受けるチャンスがありません。 今のやり方でいいのかどうか、それを知りたかったし、新たな練習方法を得たいと思いま して、家からそう遠くない所で20人限定の合宿をやるということを知ったので、武者修 行のつもりで出かけました。 1日6時間の練習や試合を2日間、一般的なテニススクールの2ヶ月分です。 今も筋肉が少し痛いのですが、目からウロコの充実した時間でした。 コーチから言われたことは、今のプレースタイルを矯正することではなく、少しの修正で 続ければよいということで、それなら何とかなるという感じです。 大人20人の合宿でしたが、昼に夜にとても面白かった。 仲間の中に、自分が所属しているサークルに誘ってくれる人がいたので、さっそく来週か ら仲間に入れてもらうことにしました。 同じ人とばかりやるとマンネリ化してしまうし、来年のリーグ戦とかを考えると上手い人 とやりたいという気持ちがあって、武者修行のつもりでアクションを起こしたかったとい うことです。 合宿は約4万円かかりましたが、無駄にしないように頑張ってみようと思います。
2006年11月27日
2試合連続の交代出場で、本当にデカイ仕事をやってくれました! テレビ画面を通して気持ちがよく伝わってきます。 きれいでなくていい、あれでいいんですよ。 アウェー側ゴール裏の緩衝地帯が、昨日の試合の物々しい雰囲気を感じました。 その一角で応援していた札幌サポーター、逆に一致団結できたのではないでしょうか。 テレビの音声もよく聞こえてました。 柏に2点取られてもあきらめてませんでした。 むしろあきらめかけていたのは私のほうだったかもしれません。 録画再生していた画面を早送りしたら、2-2になってビックリ! 改めて「これはちゃんと見なきゃ」という気持ちにさせられました。 スタンドにいた皆さん、ごめんなさい! 神戸は引き分けてしまったけど、石崎監督には「万年3位のジンクス」をより印象づけら れたと思います。 いや、本当に元気君はよくやってくれました!
2006年11月24日
素人考えなので、批判があるだろうことは承知の上です。 「ただの話題づくりではないか!」とか「ギャンブルじゃないか!」などと考える人もい るかもしれません。 だけど、今のコンサの状況を見た時に、そんなことを言える余裕があるのか? 戦力外通告の選手やレンタル選手の返却、また自ら出て行く選手もいることも想定しなけ ればならない中、果たして来シーズンはどうなるのか、闇の中に入ったままではないか! どういう戦力になるのかがわからないのであれば、思い切ってこれから自分のキャンバス に絵を描こうという人が監督をやってもいいではないですか。 そういう人のほうが、スタイルが確立されている監督よりはるかに楽しみである。 羽中田昌(はちゅうだ まさし)さんの簡単なプロフィールです。 小学校3年生からサッカーを始める。1980年 サッカーの名門韮崎高校に入学し、2年連続 で全国高校サッカー選手権準優勝。韮崎高校黄金時代のエースだった。高校卒業後、事故 に遭い、脊髄を損傷。下半身不随の生活を余儀なくされる。1986年に入った山梨県庁を19 95年に辞め、サッカーの指導者になるべく、スペイン・バルセロナに渡る。スペインサッ カー協会公認「カタルーニャ・サッカー・コーチング・スクール」に通う傍ら、地元サッカ ークラブ「オスピタレット」のユースチームにつき、指導の実践を学ぶ。バルセロナに5年 間滞在中、2冊の本を出版し、サッカー記事などの執筆活動を行う。 2000年秋、バルセロナ生活の最後に50日に及ぶ旅を敢行。妻と車でヨーロッパを廻り、各 国の歴史、文化、特にサッカーの違いを実感する。帰国後は、講演活動やイベント出演など 多方面で活躍中。暁星高校でコーチとして指導の実践を積みながら、サッカー史上初の車い す監督を目指す。 彼はつい先日、S級ライセンスを取得し、またコーチをしている暁星高校は13年ぶりの 全国大会出場を果たしました。12月30日の開幕戦に登場します。 確かに車いすの監督だとリスクはある。 例えば、彼自身が言っていますが、「自分で選手に対して手本を示すことができない」 だから、コーチが彼の考え方を理解して選手に示す必要があるので、意思の疎通が本当に 大事。一枚岩でなければできない。 それでもなぜ羽中田さんを推すのかというと、「夢」を与えてくれる人だから。 バルセロナに5年間住んでいたという経験から、スペイン語も堪能だろうし 何と言っても選手に「世界」のサッカーを語れる! 今まで札幌の監督をやった人の中で「世界」を語れたのは岡田さんぐらいではなかったか。 岡田さんは日本代表監督は言うまでもなく、ドイツにいた経験がある。 そんな時代の話を聞いていたであろう、吉原・大黒・播戸・山瀬・今野はフル代表や海外 でプレーするまでになった。 選手をやっている以上、彼らに世界を意識させないと大きな成長は望めない。 さらにFCバルセロナのソシオ(後援会員)であることから クラブ経営の知恵を期待できる! 不況が続き、スポンサー獲得が容易でない北海道で、彼がどういう知恵を出してくれるか 興味がある。 そして 彼のサッカーの考え方は今の路線を継承できる! 彼はこのように言っている。 目指すサッカーは「ゆっくり攻めて、ゆっくりゴール」という。「ゆっくりゴールを目指 すには、バランスの取れた相手の守備を崩さなければならず、カウンターで失点するリス クがある。でも、多くのプレッシャーを受ける中だと、世界に通用するテクニックを磨け ると思う。W杯など世界レベルになると、得点チャンスは少なく、自らチャンスを作らな ければならない」と説く。VF甲府が演じる、選手全員が連動した高い流動性のある攻撃 を展開するサッカーを視野に入れる。 あと、監督未経験の彼なら安く契約できるはずです。 彼が監督になったとして避けて通れないのはマスコミの取材攻勢でしょう。 私も含めてはじめは「車いす監督」という目で見るかもしれない。 だけど、時間が経てばそういうことは何でもなくなってしまうと思う。 取材は北海道のみならず、全国版になるのではないか。ドキュメンタリー番組ができるか もしれない。 それでも、コンサが「車いす監督」にチームを任せたということで、周囲はマイナスの目 で見ないと思う。 ただ、選手はいつもマスコミに見られている中でトレーニングする覚悟が必要である。 私は羽中田さんがコンサで監督できるチャンスはこのタイミングしかないと思っている。 J1でのオファーはあり得ないと思うが、J2なら3年以内にオファーがあるように思う。 ただ、コンサであれば、このタイミングを逃すと別の監督で2~3年行くだろう。 考えがまとまらない所もありますが、私はHFCが彼に是非チャレンジさせてほしいと願 っている。 あくまで素人考えなので、他のブログでも意見が出てくればと期待しています。
2006年11月23日
久しぶりでしたね。
7月26日の味スタ以来のゴールでしたっけ。
ヴェルディ戦とは縁がありますね。
あの時と違って、試合を決定づけるゴールに意味があります。
あの時は先制ゴールだったけど、海本のゴールで追いつかれましたからね。
これで11月26日の柏戦にも帯同できると思いますから、今日と同じ途中出場になる
かもしれないけど、デカイ仕事をしてください。
柏は今日の負けで焦るでしょうから、チャンスだと思うよ!
石崎監督に「万年3位のジンクスは今も生きてるんだ」と突きつけましょう!
日立台は都合で行けませんので、試合中「念」を送っています。
2006年11月22日
今シーズンは赤字決算。 チームはJ2残留。 そして、監督の退任。 あと、札幌にも雪が降ったとか。 サポーターをやっている以上、これらのことはすべて受け入れなければなりませんね。 ここから逃げる時はサポーターをやめる時です。 でも、毎年長い冬に耐えている北海道人であれば、辛抱できると信じたい。 私は逃げないし、辛抱しますよ! 報道では次の監督はこれからということらしい。 何人かの候補が上がっていますが、どうなんでしょう? 別にフロントがあげた名前ではないのですから。 これは私の希望ですが… 次の監督に発信してほしいメッセージは、ズバリ「夢」です! 素人考えですが、報道に出ている監督経験者では「夢」は発信できないと思います。 選手やサポーターに「夢」を見せてくれる監督でないと春は来ない。 いろいろな意味で。 HFCにはそういう点で幅広く調査してほしいです。 今、私が言いたいのはそのことです。 前のエントリーで言いました、素人考えの監督希望者は近いうちに書かせてもらいます。 素人なりにもう少し情報を集めてからにします。
2006年11月21日
全国高校サッカー選手権、コンサ入団が内定している前橋育英高校の岩沼俊介君と熊本ル ーテル学院高校の岡本賢明君の2人ですが、明暗が分かれてしまいました。 まず前橋育英の岩沼君(背番号6番)の群馬県大会決勝戦。 レフティーということで左ボランチで先発し、途中右足首を負傷するもテーピングで結局 フルタイム出場。 試合は延長戦になり、PKで1点を取った前橋育英が前橋商業を下し、全国大会へ。 2回戦から登場し、1月2日、市原臨海競技場で那覇西高校(沖縄)と対戦します。 なお、神戸に内定している左サイドバック三澤君(背番号17番)も注目です。 一方、熊本ルーテル学院の岡本君の熊本県大会。 こちらは準々決勝で熊本国府高校に敗れてしまいました。 1-1から延長戦でも決着がつかず、PK戦は2-4でした。 ちなみに熊本県代表は大津高校です。 知っての通り、ルーテル学院からJチームへの内定者が全部で5人もいますが、思ったよ うには行かないものです。 地元の室蘭大谷高校も2回戦からの登場ということで、旧多々良学園に勝って、中山元気 君に刺激を与えてほしいものです。 そういえば、11月30日に来期の戦力外通告がされるんですね。 いつの間にかカウントダウンが始まっているではないですか。
2006年11月20日
今朝、パソコンを開けたら水戸戦のコールリーダーからトラックバックが届いてました。 outsiderさんの「OUTSIDERなサポ日記」です。 彼の顔や応援風景などは、あの日のことを綴ったエントリーからわかると思います。 彼は夜勤明けだったようですが、そうした日常がある中でコンサのためにあちらこちらに 出かけて応援をしているし、また、本人は代行と言っていますが(確かにアウェーの名物 リーダーはいなかった)、この日の数百人のコンササポを引っ張っていく個人的な気持ちが 書かれていて、私自身の知らなかった世界を見せてもらえたような気がしました。 「率直に一言・・・安心しました!!」 この一言に彼のすべてが集約されていると思いますが、彼と彼を支える仲間にしかわから ない所もあるでしょう。 そういう点では私のほうがアウトサイダーです。 だけど、前にも書いた通り、彼らによって私は「コンサの勝利」とは別のいい気分を与え てもらえました。 すべて合わせて13000円の出費は無駄ではなかったですよ。 26日の柏戦も夜勤明けで行くのかもしれません。 その日のコールリーダーが誰なのかは関係なく、ゴール裏の先頭集団が一致団結すれば、 スタンドのサポーターもどこにいようとまとまるはずです。 そんな人たちにも支えられている選手たちは幸せを感じてほしいですね。
2006年11月19日
水戸戦観戦から一夜明けた今日はテニスの地域のレクリエーション試合でした。 これもチーム戦で、ミックスダブルス3組を出して、予選リーグと各組同順位同士による ブロックトーナメントを行ないます。 今年は18チームが参加して、サンデーテニスの私のグループとしては、中位にいればO Kです。 勝負は三の次なので、やったことのない相手とやることが私の願望です。 練習試合などでやった人だと手のうちがわかるので、マンネリ化してあまり面白くありま せん。 午前中小降りだった雨が昼から本降りとなり、最後は「最後までやってくれ」でした。 私の願望通り、4試合やって相手はすべて知らない人でした。 結果は1勝3敗でしたが、明らかに力が違って歯が立たないという試合はありませんでし た。 負けの原因はイージーミスでポイントを失って、試合の流れに乗れないこと。 これがすべてでしたね。 ハプニングは2試合目のことです。 相手の男性とラリーをしている時にラケットのガットが切れてしまった。 私は同じモデルのラケットを2本持っているので、当然もう1本のラケットに交換。 ところが、同じ展開になった所でまたガットが切れてしまった。 そうなると話にならず、仲間のラケットを借りて試合を続けたが、もうだめぼ。 今までこんなことは一度もありませんでした。 試合後、家に帰って昔のモデルのラケットを持って来て3試合目からやりましたが、使い 勝手が違うので、思うようなボールが出せない。 すべてが終わって、帰りにテニスクラブに行き、ガットの張り替えを急遽頼んできました。 2本で工費が3000円です。 あと、ガットとグリップテープは以前の買い置きを使って、全部で7000円ぐらい。 7月に張り替えて約4ヶ月ということで、そろそろとは思っていたのですが… 肝心な時にこんなハプニングを起こしているようではまだまだですね。 次の週末は復活します。 とんだ一日でした。
2006年11月18日
札幌の流れの時間帯、FKやCKを得るたびに、ゴール裏のコールリーダーが 「決めよう! 決めよう!」 とモチベーションを上げようとしている光景が印象的でした。 アイカーのゴールはそんな願いが込められたものなのではないかと思います。 遠いサイドでの出来事だったので、左足で蹴ったボールが転がってネットを揺らすまでは わかりにくかった。 「ああ、入ったんだ」という感じで… だから、ゴール裏サポーターの歓声のトーンが低かったはずです。 ホームの雰囲気を知らない私としては比較のしようがないのであるが、とにかく今日もア ットホームな雰囲気であった。 「バックスタンドのサポーターの皆さん、来年もここ(笠松)に来るんだから、一緒にやり ましょう!」 「もう2メートル移動して固まってやりましょう!」 場内放送のスピーカーの近くで、声がかき消されたこともあったが、本当によくまとまっ ていたし、清々しさを感じた。 インベーダーみたいな守備の動きをする水戸ちゃんと引き分けたとしても、それなりの気 分で帰れたんじゃなかったかな。 本当にコールリーダーさん、良かったよ! 「好きですサッポロ」の後、彼の結びはこの一言。 「みんな最高だ!」 シャトルバスに乗るのをやめ、東海駅までランニングする私がいたのでした。 話は変わって、水戸市内を歩くのは10数年ぶりでした。 5月の時は東海駅から行ったので、水戸はスルーしています。 10数年前に行った駅前のフランス料理店を探したのですが、駅前が再開発されていて、 見つけることができませんでした。 コース料理に出てくるパンが美味しかったのと、バターが手作りなんです。 値段もリーズナブルだったので、次のチャンスがあればと思っていたのですが… あとは南口側の桜川の畔を散歩しました。 晴れていたんだけど、風が冷たくて、ラーメンを食べた直後の汗が乾かないうちに歩いた 分、体が冷たくなってしまった。 大事には至りませんでしたが… 家から水戸までは片道4時間以上かかりますが、シャトルバスに乗った人の中で、旅行カ バンを手に明らかに北海道から駆けつけている人には頭が下がります。 今ごろ宿やどこかで勝利の2次会をやってるんでしょうね。
2006年11月17日
仕事から帰宅するなり石油ファンヒーターを入れた。
12月上旬並みの寒さと言う。
明日もほぼ同じ陽気らしいので、笠松へは寒さ対策をして行きます。
水戸ちゃんは3年ぶりの3連勝がかかっているとか。
それは同時に札幌から3勝目をあげることになり、5月の笠松は札幌から3点取った。
何だか3づくしだ。
ならば明日はそれを打ち払うべく、散々な目に遭わせなければ!
本来であれば明日は仕事が入って行けないはずでした。
しかし、状況が急展開して仕事がなくなり思いがけないチャンスが生まれました。
一昨日、仕事を手伝ってくれないかと別の部署の者が私の所に頼みに来たが、当然キャン
セル!
そして昨日、チケットを購入(A席1500円でバックスタンド・ゴール裏両方OK)
せっかく手にしたチャンス、朝早く出発して、意気揚々と帰れる我が身でありたい。
そういうわけで、日帰り旅の報告は遅くなります。
では笠松まで行ってきます!
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