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去舟庵海人です。 コンサドーレとヨットを楽しんでいます。 読書もします。 落語も好きです。 コンサドーレがどのように進化をし、変わっていくか 熱い気持ちを前面に出して応援していく所存であります

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春というよりも疲れ です

2012年02月15日

昨夜もソファで横になったら

睡眠を頂き

気がついたら
もう少ししたら本日にということで

今のこの時間に更新てな訳で

ですから書きたいことが

夢とともに去りぬ


今夜はがんばれない
なぜなら会合、いや研修があって

遅くなる

ということで
帰宅は寝ることで落ち着く

でわ


post by 去舟庵海人

12:53

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ホイットニー逝く

2012年02月12日

また好きな歌手が逝ってしまいました。

ホイットニー・ヒューストン

好きな理由はバラードを心地よく歌ってくれることです。
そして何よりも最大な好きなことは

英語の歌が聞き取れる

拙い語学力、英語のヒヤリングが

彼女の歌には耳になじんで入ってきます。

同じように好きな歌手にカレン・カーペンター
カーペンターズの彼女です。

どちらも聞き取りやすい

そして私の耳に心地好く染み通る

でも彼女達の歌はこれからもずっと残ります。
たとえ身体が天国にいっても です。

今私たちの地上には心が残っています。
そう思いたいです。

でわ


post by 去舟庵海人

18:46

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確かに豪雪地帯とは言え

2012年02月09日

倶知安とか岩見沢は道内でも屈指の豪雪地帯ではありますが、今シーズンはちと、いやとんでもなく

降りすぎです

石狩川を越えたら、そこは雪国どころか雪しかない みたいな。

そして札幌市内だって

札幌新道あたりから南に道をとると

雪がすくなぃぁぁーーー

今日だって北方面にはあからさまに雪雲があります。
そして街中は晴れ

寒いですけど

やっぱり太陽の光は暖かく感じます

たぶん

Jリーグが開幕する頃には

春が

きっと


豪雪地帯の方々、春はすぐそこです

もう暦は春になっていますから

気休めの言葉になったでしょうか?

でわ


post by 去舟庵海人

21:40

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じたばたしています

2012年02月05日

毎年使っているソフトがあるのですが、今年はどうしても更新できないとじたばたしておりました。

今まではCDが送られての更新、バージョンアップですがネットでの更新になったのです。
つまりは自分の能力のなさを再認識しました。

せっかくの日曜日が・・・・

でも

やり遂げないと

税金が戻ってこない。

とられている、いや収めすぎている税金を返してもらわないと。

こればかりは

相手様の都合では動いてはくれません。
自分の行動が欠かせないわけで・・・

明日からまたトライ です。

でわ


post by 去舟庵海人

19:47

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時はすでに遅し。。。か

2012年02月04日

更新が2日も空いて、どうしたんだろうとのご心配をかけてしまい、単に眠たくて更新できなかった、本当は寝たが、いやネタがなかったのだろうとのつっ込みにはどう受け答えしようかと思ったブログは立春です たぶん。

恵方巻も落花生撒きも

なかった

ええ、買うのを忘れた  です、はい。

そんな春

今年は日捲りカレンダーがないので、困ったときのネタがありません。

いつもの年なら

雑学を語るところです。もちろん他人様の知識の受け売りですが。

ここまで

書いてきましたけれど

ネタ

忘れた

何を書こうとしたのか です。

しょうがないので

でわ


post by 去舟庵海人

21:06

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ここは南極、いや北極

2012年02月01日

朝出勤する際に道路に表示されている温度計があります。

確か一昨日は「-18度」でした。

これを見た時は!!!!!!

ところが

今朝

「-20度」

さぶぅ

じゃない

いくら田舎とは言え、ここは札幌市内ですぞ。一応市内???

昔は寒かった。
私は相変わらず田舎から縁が切れないな、そう言えば。

田舎だったから、母の実家は冬には二階から家を出ていたな。
それだって、今は札幌市内。当時は篠路町。

て言うか、今だって住んでいる所は元は篠路町だわさ。

もう一つ想い出した。

札幌市と合併した後でも電話は市外局番だった。
定山渓と双璧をなす田舎。定山渓も市街局番の地だった。

もう一つ
叔父は僻地赴任していて、叔母と結婚した。
今も存在する鴻城小学校の校宅にいたわけです。
すでに100年以上の歴史ある篠路にある学校で。

きりが無いのでこの辺で


post by 去舟庵海人

21:12

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走り去って行きますな、日々のことですが

2012年01月31日

グァムのキャンプ情報が少ないので、どうも ねぇ。

日々のあれこれもあれだし。

だからと言ってもこれとしたものがありませんし。

あるのは雪だけですし。

富士山が自身、いや地震で噴火しないかと・・・ とか

まあ

何を言いたいのかと言うと

ダルのお金  とか

宝くじが増額された とか

ねぇ

一日空けたブログなのに

ねたが

でわ

皆さん、インフルエンザにはくれぐれもご注意を

お得意様が体調不十分な時に罹患して・・・
入院とか  お大事に ぐらいしか言えません。


またの

でわ




post by 去舟庵海人

23:28

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しあわせのパン

2012年01月29日

「しあわせのパン」という映画が昨日公開されました。

モデルとなっていた人が我が家とのつながりがあることがわかりました。

息子がこのガラス作家の方とコラボで展覧会を開いていました。
何人かのいろいろなジャンルの人たちとです。

私も初日にこの会場、テンポラリースペースにお邪魔していました。
ご挨拶をしているのです。

この方、高臣さんは洞爺湖に工房を開いています。

「洞爺湖」

懐かしい響きの言葉です。

今は虻田町と合併しまして「洞爺湖町」となりましたが、その前の洞爺村には散々お世話になりました。

かれこれ20数年前毎週ヨットを持って行きセーリングを楽しみました。

ですから、洞爺湖町の看板にヨットが書かれているのは私たちの行動と自負しています。

そんな洞爺湖の月浦地区もよく通りました。

今となっては縁を結んでいたと思います。

洞爺湖の四季のおりおりは感じています。

もちろん冬にセーリングを敢行した「強です」の我々ですから。

洞爺湖に関してしは、何度でも書いていますが

以前書いたことは忘れていますので繰り返して書くことをお許しください。

でわ


post by 去舟庵海人

19:17

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勉強になります

2012年01月21日

昨日、コダックのことを書いたら、早速rさんからコメントをいただきました。
フィルムメーカーも世界から少なくなってきたと書き込んだら、まだまだあります。
そんなことが分ってきました。

お約束の検索をするとこれ

昔からのカメラをお持ちの方々、心配要りません です。

私も一台持っていますので安心しました。

さて

札幌オリンクピックで思い出したことがひとつ。

札幌市内で写真館を営んでいた浅井さんという人を思い出します。
元新聞社のカメラマンで定年後写真館を開きました。

ここは素人のカメラマンの現像の場所を提供してくれる所でした。

撮ったネガを持ち込んだら、いろいろなトリミングを教えてくれる。
そして写真はトリミングでいろいろなことができる。

そんな楽しい場所でした。

下手な写真、ピンボケな写真が自分で面白く味付けできました。

もう、この写真館はないかと思います。

でも懐かしい

写真は撮るだけではない、そんな楽しさもある。

昔話になってしまいました。

でわ


post by 去舟庵海人

23:31

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コダックがなくなった

2012年01月20日

正式なことを言えば会社更生の手続きをしているのだろうから、なくなったという言葉は不当ですが、やっぱりなんかイメージが失われたという気分です。

私がコダックを感じたのは

「札幌オリンピック」

いわゆる雑用のアルバイトでプレスセンターにつめていました。
そこは通信社の合同体。

記者とカメラマンが全世界から集合していました。

そしてカメラマンの道具はカメラとフィルム

つまりはフィルムは

「コダック」

もちろん富士フィルムとさくらフィルムもセンターにはおりました。
後はドイツのアグファももちろん。

もっとも今現在はフィルムメーカーは世界にこの4社のみかと思います。
間違っているならどうぞご指摘願います。

フィルムの歴史は「イーストマン・コダック」そのものです。

本題の昔話に戻ります。

そのカメラマンに用意されたフィルムはもちろんコダックです。
その物量は棺おけぐらいの箱に全部入っていました。
そして使用量はほぼ一日で全量がなくなりました。

カメラマンが数十人、そしてカメラにはモータードライブを装備されていました。
私はこの時初めてモータードライブなるものを知りました。
それはそうです。コンマ二桁ぐらいのスピードの競技を掴み取るのですから。

なくなります。棺おけに入っていたフィルムが。

あれからちょうど40年

フィルムそのものが無くなってしまいました。

フィルムの現像もです。

今はカメラ、というよりケータイ、もしくはスマホ

手軽になりました。そして簡単に撮影できるようになりました。

でも

たぶん残るような気がします。

レコード針もそうですが、フィルムも残ると思います。

その両方とも実に人間に頼っています。
人との係わり合いが結構残っているものは少ないながら残ると思います。
真空管のステレオとかラジオもです。

ゲルマニウムラジオなんて、あまりにもローテクすぎて笑えます。
でもそれが楽しい。

レコード盤もフィルム写真も手間がかかる。
だから面白いし、楽しい。

コダックさん、草葉の陰でそれを眺めて笑っていてほしい。


post by 去舟庵海人

22:55

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