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去舟庵海人です。 コンサドーレとヨットを楽しんでいます。 読書もします。 落語も好きです。 コンサドーレがどのように進化をし、変わっていくか 熱い気持ちを前面に出して応援していく所存であります
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2006年02月13日
世間様はトリノに向いているのに、このブログは34年前のことをぶつぶつと書き連ねている私です。
オリンピックは今でこそアマチュアだけではなく、プロも参加できるようになりました。
でも、34年前は一騒動ものでした。なんせプロというより宣伝することをしただけで追放でしたから。
この札幌もそのような騒動があり、選手が出場どころか本国に帰還を命じられたりしました。
今とは隔世の感がありますね。
宣伝というのはメーカー名の入ったスキー板を見せて写真をとるというようなことでした。ですからメーカー名も小さくプリントもしくは縫取りとしなければならなかったのです。
アマ資格がずいぶんとうるさい時代でした。
IOC会長さんはブランデージさんでしたが、プレスセンターまで足を運んで慰労しに来てくれました。
その時の写真もありますがすべて札幌市に寄付いたしました。
ちなみに新聞紙上に乗った写真は私たちアルバイトが伸ばしたものを乾燥させて各国に郵送もしくはFAXしました。
FAXといえば写真電送することですが、この札幌のときに本格的に実用化されて使用されました。
結構大きな機械というより、今の卓上型のコピー機なみの大きさでしたが、なんたって時間がかかることこの上ない(現在の機械に比べてですが)。
A4ぐらいの写真を一枚送るのに約一時間ぐらいかかっていましたから、大変でした。
でも時差を考えるとこれでも当時良かったのかもしれません。
もうひとつFAXはカラーじゃありません。白黒というより白黒じゃないと送信できませんでした。
センサーがもうひとつの時代ですから、白黒じゃないと識別できないのです。
ですからカラーの写真は郵送もしくは特急便(飛行機便)で、それ以外では新聞に速報として載せる場合はFAXという対応でした。
ついでにFAXの中身はを想像してください。地震の揺れを針でなぞるみたいに、ドラムに写真を巻きつけて針がその白黒の陰影をなぞるといった方式の機械でした。当時はこれが最新式の機械でした。
写真はカラーと白黒が共存していた時代でもありました。
そういえば、写真のフィルムが事務所に届けられた時にホント驚きました。
棺おけみたいな箱にすべてがフィルムが入っていました。
メーカーはコダック。あれだけの量はどうなるのかと思いましたけど、あっと言う間にさばけてしまいました。
確かにフィルムを使う量はプロのカメラマンです。一人で2、30本は一日で使っています。
この時に私はカメラのモータードライブなる代物にお眼にかかりました。この道具ならすぐになくなるわけです。
もうひとつモータードライブの使う理由があります。
撮影する対象は千分の一、万分の一を争うスポーツです。
機械仕掛けでなければいい写真は取れません。
これが最大の理由でしょう。
まだまだ、この話は続きます。
トリノオリンピックが終わってしまう。
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