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去舟庵海人です。 コンサドーレとヨットを楽しんでいます。 読書もします。 落語も好きです。 コンサドーレがどのように進化をし、変わっていくか 熱い気持ちを前面に出して応援していく所存であります
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2005年11月17日
麿が優勝したことで、我がコンサに勝利を与えてほしいと胸算用している私です。
と言うことで持ち株会に与えられるホームゲーム招待券を知り合いに譲りました。二人の友人同士で来てくれることが確定しております。
この機会にサポになってほしいと切に、きっと、絶対に、そしてずぅーと期待しているものです。
そのために二回に渡りレクチャーを敢行し、見るならアウェイ側B自由に席をとり、ホーム応援席のサポを見るべし。
寒いことを覚悟し、ひざ掛け等を用意していくべし。
また出来るだけ赤い衣服を着るか、赤いものを持っていくべし。
出来ればタオルマフラーを購入して、試合開始前のサポ応援に同調すべし。
このような状況を用意した以上、選手諸君。
サポ予備軍を感動させる試合を見せるべし。
2005年11月17日
コンサドーレといえば「ビョーキの人々」が居ると、知る人は知っていますが、この人たちにはホントに頭が下がります。
このような話をするのは、マスメディアが征也くんと大伍くんのトップ昇格を伝えた報道があったからです。
何せユースの応援のためにアウェイという言葉を感じさせないまでに追っかけていきます。
人数が三人でも旗持ち、太鼓をたたき、声を出し応援歌を張りあげると言うことを恥ずかしくも無く臆面も無く行動しています。
このような応援の中で育成された若武者がトップの中で活躍するのは、見ていても私は涙腺が緩みます。
ですから若武者になった藤田君、西君にあえて伝えたい。
このビョーキの人々はずっーと見ているぞ、背中をたたくし、押してもやるぞ。
日々の鍛錬をこの人々に見せてやってほしい。そして良いJリーガーになってほしいと希望する。
それから先輩の智樹くん、蝦くん、次から次と後輩たちが出てくるのだから、ゆめゆめ怠り無く精進したまえ。
わかっているだろうが。
そして私も何やかやビョーキまでとは言わないが、それに似た症状を感じている。
若武者の育ちを見るのはこちらまで元気をもらえるのだから。
頑張っていることの見ている時間を共有できることを素直に喜びたい。
2005年11月15日
皆さんのブログを見ていると、ちゃんとカテゴリーを作って書いていますね。
実は私もカテゴリーを設定しようかと思ったのですが、ほら根がズボラだから。
どうせ書くことは支離滅裂のほうだから、やっぱりね。
今までの書き込みを見れば一目瞭然でしょ。
いろいろな興味に首を突っ込むのだけど、長続きしないとの性格・態度ですから。
でも、カテゴリーや個人紹介にも書いたけど、長続きしているのがこのことだけですから。
楽しい趣味・娯楽はやっぱり大事。人生は楽しまなきゃ、ね。
2005年11月14日
勝ちきれない試合に、守りきれない試合が続きました。
監督の心痛、心よりお察し申し上げます。
サポも心痛、体の芯まで染み通ります。
でも次の試合があります。
選手は試合の中で鍛錬をしていると思っています。
本当の強さが心身に染み通るまで応援を続ける所存をここに宣言します。
テレビ観戦というのも結構しんどいですなぁ。
ピッチのそばでの応援がやはり疲れが少ないですわ。
2005年11月12日
毎日毎日、私的日記になっています。
今日一周忌がありました。彼は親友でした。同い年でもあります。
昨年の十二月、奥様より連絡があった時は危篤の状態でした。
本当にびっくりしました。
彼には事故は遭っても病気の言葉すら感じさせない男でしたから。
彼の職業はカメラマン。日高の山の中でヒグマを一年中追っかけていくようなドキュメンタリーの映像を撮っていました。
彼と酒を酌み交わした話の中では、焼酎を四、五本担いで行き、無くなったからまた下山して買いに行ったというような話を聞かされていました。
北海道中、いや海外までもカメラを持って絵葉書一枚送ってくれたのが懐かしい思い出になりました。行った先が全然覚えていませんけど。
頑丈と丈夫がピッタリと思っていました。
彼がこの道に入ったのは就職したのが映像記録会社ということもありますけど、彼がカメラマンになると言ったとき、私たち親友仲間はびっくりしました。カメラなぞいじったなんて話聞いたことがありませんでしたから。
大体会社に就職すると言い出したのも、卒業間近の頃でその前の年に新設されたばかりの会社でした。新入社員1号と言うわけです。
荷物運びから始め、一人前になって、そしてひとり立ちしていろいろな仕事振りを本人から聞くことが、私との付き合い振りでした。
年に一度か二度薄野あたりで飲み、近況を語り合ったものでした。
本人が忙しいのでいつも呼び出されて行くというのが通例でした。
その時はいつもヨットに乗ろうと言って、とうとう出来ずしまいでした。
作品はたくさんあると思いますが、その仕事で皆さんと関係している話があります。北海道の市町村は202ありましたけど、その大部分の市町村の歴史と四季を撮るという仕事をしていました。おそらく見た方もいるのではないかと思います。
そのような機会がありましたら、「撮影 大釜亨一郎」とありましたら彼の大切な一ページです。
彼の話はまだまだありますけど、また折に触れて書きたいと思います。
合掌
2005年11月11日
コンサドーレのブログなのに、コンサの話が出てこない超私的なブログです。
ホントすみません。
昨日の続きの話はまた今度と言うか、ほら根がズボラだから。
話がちと変わりますが小樽港マリーナは皆さんご存知でしょう。
ヨットとかモーターボートとか、大きい船が並んでいますよね。
その中にモータークルーザーが陸置きにされている中の一隻が、マストトップ(操縦席)の横にコンサドーレの旗がなびいているんです。
これが私もサポの一員ですので、気になって気になってオーナーはどんな人だろうと夢想しているんです。
ひょっとしてあのパパの持ち物かと思ったりして・・・
ここ何年も聞き損ねている私がいます。
それにつけても、お金があったらクルーザーのオーナーになって、スピンネーカーにコンサドーレのエンブレムを付けたら爽快だろうなぁと夢見ています。
スピンネーカーとは追い風の時に上げる帆のことを言います。
カラフルな帆を見たことがあるでしょう。あれがそうです。
比較的軽めの素材でこのごろはウィンドブレーカー代わりに上着になっているものがありますので、意外と皆さん知っている素材です。
2005年11月10日
今日HBCの番組で「永六輔の誰かとどこかで」を聞くことがありました。
その中で永さんが佐渡でのフェリーを乗った際にこの言葉を聞いたとの話をしていました。
船の左舷側を「ポートサイド」、右舷側を「スターボードサイド」と呼ぶ慣わしが有るけど、どうしてだろうと話していました。
永氏は調べて話すべきなのだが、知らないまま話すのだがとお話していました。
皆さんもそうでしょうが「左」とか「右」とか言わずに英語で呼称するのはと不思議と思われるでしょう。
船もそうなのですが、航空機業界も同じ呼称をしています。これは船舶業界の慣わしをそのまま踏襲したからです。
この話は、実は前にも「バー オフサイド」のHPの掲示板にも書いたことがありますが、少し補足したいと思います。
あれから私の話が誤りがあったらまずいと思いまして、ちょっと調べてみました。
でも、やはり間違いがありましたらどうぞ指摘してください。
左舷側をポートサイドと呼ぶのは、左に陸を見る帆走をするためと言うことからきています。ではなぜ左側? それは海上交通は右側通行すると言う国際ルールがあるからです。英国を基準にしていますので反時計回りで航行する決まりです。これが全世界に普及して各国にも左側と呼ぶよりポートサイドと呼ぶ方がわかりやすくなったものと思います。
それでは右舷側は? 陸を見ることが無い方は星を見て航行すると言うことと思っていました。もちろん今はそう言う話は間違っていないのですが、最初はステアリングボードと言うことらしいです。
昔は右舷側に舵がありました。よく東南アジアで見ますが舟にエンジンを伸ばして航行しているのが光景がありますが、あんな感じです。
この言葉がなまってスターボードと呼ばれるようになったみたいです。
右左と呼ばない一番の理由は、船舶が沖合いはるか遠くを航行する時は左右の感覚が欠如するのが最大の理由です。頼りにするのは北半球は北極星、南半球は南十字星です。
英国の帆船は北極星を見る方向はやはり「スタ(★)ーボード」というのがしっくり来ます。陸が見える方は「ポート(港)サイド」になるでしょう。
ではなぜ必ず左側に停泊着岸するのかと永氏も言っていました。
実は反対側は着岸しづらいのです。右側から着岸するのは帆走船にとって難しい操船になるのです。北風が(あくまで英国基準です)追い風の場合、停船が出来ないのです。北半球の多くの国もやはり同じです。ですからこれが慣わしになったのです。
それじゃ、今の船舶はエンジンがついているのではないかと思うでしょう。
確かに操船はしやすくなりました。北風に負けないで操船航行することが出来る時代になりました。
実はエンジンの特性があるのです。右回転(時計回り)でプロペラが回ります。
これが左舷に着岸する理由でもあるのです。モーターボードを操船もしくは乗ったことがある人なら気がついたことがあると思います。
発進する際、舟の舳先が右側に振れるのです。離岸する時はこれは便利です。
しかし右舷側に着岸しているときは離岸発進する時は舳先を岸にぶつけないようにしなければなりません。タンカーなど大型船が離岸する時はタグボートのお世話になるのはひとつの理由はこれです。大型船は動くのが大変と言うのが一番の理由ですが。
実は最近小樽港でフェリーが着岸に失敗して小型船にぶつけたと言う事件がありました。大型船の船長さん、航海士さんは大変です。思うように操船できないのですから。船長さんは永年のキャリア持っているのにです。
少し長くなりました。この続きはまた明日にでも書きます。
取り留めなく、あちこちに飛びながら書いて行こうかと思っています。
2005年11月07日
今、うちのヨットクラブ会長から連絡がありました。
その話によりますと小樽署から連絡がありまして、小樽の張碓あたりにディンギーが流されていたとの事でした。
どうやら誰かがヨットを持ち出していたずらで流してみたいです。
ウチのヨットクラブの艇ではないですが。
それで問題が二つあります。
ひとつは他人の持ち舟を勝手に持ち出したこと。
ふたつめは持ち出して遭難したのではないかと言うことになります。
つまり海保の所轄と言うか、捜索をしなければならない状況に見舞われます。
強風波浪注意報のさなか、捜索する海保の人たちに多大な困難を与えてしまいます。
ディンギーという舟はひっくり返りやすいものです。
習熟した技術が必要です。
ヨットは楽しい遊びです。しかし迷惑をかけてはいけません。
初心者はベテランに習い、覚えこんで行きます。
乗りたいなら、そう言ってほしいと思います。
私たちもそうでした。ベテランに教えていただき、その楽しさを知りました。
遊びは人を困らせるものではないはずです。
2005年11月06日
今日の試合は昨年のころを思い出せます。
横パスばかりで前に進みません。
せっかく取った一点も簡単に取り返されました。
集中力が切れてました。
しかし昨年と違うのは負けていません。
今の順位は最下位ではなく5位です
今のサボは下を向かないで帰ることが出来ます。
来期シーズンを楽しみに出来る私がいます。
2005年11月05日
皆さん、私も始めちゃいました。
どうぞ宜しくお願いします。
本家のホームページが更新できなくなりまして、作り直そうとしていたところ
こっちの方が簡単との事だそうで・・・
コンサだけではなく、ヨットの方も書く込むことがあるかと思います。
とりあえず、ずぼらな者ですからそれとなく書き込みします。
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去舟庵海人です。 コンサドーレとヨットを楽しんでいます。 読書もします。 落語も好きです。 コンサドーレがどのように進化をし、変わっていくか 熱い気持ちを前面に出して応援していく所存であります
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