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もっともっと、ずっとずっと、 車椅子を押していたかった。 消えない痛みが癒えるまで、 眠りたいと思います。 今まで本当にありがとうございました。 前へ、前へ。 いってらっしゃい・・・おかえりなさい。 エッチラホッチラ、元気にやってます。 さあ、新しい一歩です。 動き始めよう。 確かな形に。 そして、めぐりあう。 もう一度。 光を見つける。 冷静に。 掴む。 深化。 2025 2026

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J1がくれた涙

2008年10月20日

昨日、

コンサドーレに、ひとつの答えが出た。


ホントは、心の奥にずっと隠していた答えだった。

ずっと見て見ぬフリをしていた答えだった。


でも、やっぱり答えは変わらなかった。




そして、その答えを見つめた、ひとりひとりに、

それぞれの受け止め方があった。

それぞれの涙があった。



感情表現は、誰も皆、同じではない。

だから、時に相手に伝わらないこともある。



そんなこと、みんなもわかっていたはずなのに。


深い悲しみが、みんなから優しい笑顔を奪ってしまったのかもしれない。






小さな摩擦が生まれた。





選手も、監督も、スタッフも、

そして、サポーターも、



みんな同じ悲しみの中に、いたはずなのに。


ただ、一緒に泣きたかったはずなのに。




どうして、人の気持ちは、すれ違ってしまうのだろう。











そして、今日、

少し早く目が覚めた私は、ひとり外へ出てみた。


ひんやりとした朝の空気が、昔から好きだったから。

まだ眠ってる街の、蒼い景色が好きだったから。




もう昨日は終わった。


胸を張って言える、新しい目標が出来た。


新しい夢が出来た。



きっとまた、いろんなことがあるだろう。

嵐の夜もあるだろう。




・・・カマワナイのさ、オソレナイのさ。




コンサドーレが、指す方向へ。





涙は、もう乾いてる。







牛になりたかった人のサテライト

2008年10月17日

まだ、私がチビっ子だった頃、

近所のチビっ子軍団の、たまり場の小さな空き地で、

みんなで遊んでいた時だった。


ひとりの女の子が得意気に言った。

「昨日、うちのママ、ご飯たべて、すぐ寝たら、ウシになったんだよー!!」



あの頃は、「食べてすぐ寝ると牛になる」と、よく言われていたのだが、

「ウソだー!!」

と、さすがに誰も信じなかった。


「ウソじゃないもん。ホントにウシになったんだもん!!」

「おまえの母ちゃん、ウシに似てるだけだよー!!」

「ちがうもん!!」

「ウシよりブタに似てると思う!!」

「ギャハハハハハハハハハ!!!」


「ママはブタじゃないもんッ!!ウシだもんッ!!!」






そんな風に笑い飛ばした私達だったが、

それからの私は、どうしても牛になりたくて、

食べたら、すぐに寝るという、チャレンジを繰り返し、

その度に叱られ、そして夢は夢のまま終わった。








あの頃の、まっすぐな瞳や心は、

今、どこにあるのだろう。


いつ、どこに置き忘れてしまったのだろう。









先日のサテライトリーグ千葉戦は、

私にとって、初めてのサテライトで。


すぐ目の前で戦う彼等は激しく、風のようで。



飛び交う声、真剣な眼差し、悔しそうな横顔。


走る!!倒れる!!



また、立ち上がる!!!









かつて、サッカー少年だった彼等の瞳は、今もまだまっすぐで、




私がずっと探してる答えを、無言のまま、





教えてくれたような気がした。






カズゥ変身!!

2008年10月14日

カズゥと呼ばれている、カズゥ。

どうして小さい「ゥ」が付くのか、

その理由や経緯は、わからない。



そんなカズゥ。


私はカズゥがピッチに現れると、ワクワクが止まらない。


それは、子供の頃に観たアニメやヒーロー番組で、

仲間がピンチの時に駆け付けて、悪いヤツラを叩きのめす、

あのトキメキにも似た、ワクワク感で。



そして、まるで必殺技のように放たれる、カズゥ・キィィィック!!!



どんなストレスも、吹っ飛んでしまう。


ココロは快晴。


気分爽快。







私の中のカズゥのイメージは、

クールなヒーローなのだが、


選手ブログに時々登場する彼は、

ちょっと、違ったりもする。





変身前のヒーローなのだ。






電話ボックス

2008年10月06日

あの頃、

あたりまえに、

どこにでもあった、電話ボックス。


こっそり家を抜け出し、電話ボックスへ走った、あの夜。

何度も何度も深呼吸して、ダイヤルした、暑かった夏休み。



人と人を繋ぎ、いくつものドラマが生まれた場所だった。




真夜中の電話ボックス。



雨の電話ボックス。





「会いたい・・・」と、泣いた彼女も。


正直な気持ちを言えずに、大切なものを失った彼も。




繰り返される喜怒哀楽の、その傍らに、

いつも寄り添うように、ただそこにあった電話ボックス。







止められない時の流れの中で、消えていくモノは、たくさんあって。



便利になりすぎた世界は、どこへたどり着くのだろう。







ふと、思った。


明日、携帯電話を置いて、家を出よう。





「・・・・・・」





そんな小さな勇気さえ、失くしてる自分を、笑ってやった。







post by た

18:48

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シマふく隊&りょうぼ。さん、そして

2008年09月29日

ヨックンですッ!!

 ミックンですッ!!

  ホックンですッ!!


3人そろって、シマふく隊でーすッ!!!



と、そんなステキな夢を見た、その翌日、



ちえりあエコフェスタにて、りょうぼ。さんのトークショー。


松田聖子のようにキュートに、

中森明菜のようにセクシーに、

あーんな話や、こーんな話を繰り広げ、

全てを語り終えた後、舞台を去って行くその姿は、

まるで、山口百恵のラストステージのようだった。



と、例えが、おもいっきり「昭和!!」だったことには、

わざと気付かぬフリをした、その翌日、





第27節 FC東京戦。



ピッチには、いつもいるはずの二人の姿はなかったけれど、


彼等は、

誰かに頼りながら戦ってきたわけでも、

誰かの背中に隠れながら戦ってきたわけでもないから、

なにも恐れたりはしない。


そう、いつだって、ベストメンバー。



幾重にも重なる、様々な感情が、伝わってくるような激しい試合の結果は、



・・・1-2



プロとして、人として、男として、


胸を張れる結果を出すことは、とてもとても大事なこと。





だけど、結果だけが全てではないことも、みんなは知っているから、


また、彼等に会いたいと思うし、

もっと、彼等を見続けたいと願う。


まだ、終わらない。






そして、純貴。

おめでとう!!!


みんなが、あなたを待っていました。





なにもかもが、これから始まります。







と、いろんなことを考えさせられた、その翌日・・・



おばちゃん

2008年09月24日

おばちゃん。

不死身で無敵、

世界最強の生命体、おばちゃん。


宇宙空間でも生きられるんじゃないか!?つーくらいの、

圧倒的な存在なのに、何故か、どこか憎めない、


ぷりてぃーな、おばちゃん。




私の思い出の中にも、そんなイメージそのままの、おばちゃんがいて。



父とふたり、宮の沢に暮していた小学生の頃、

隣に住んでいた、おばちゃん。


くるくるパーマで、エプロンからハミ出た巨体に買い物カゴさげて、

学校帰りの私に、いつも、

「お父さん、今日も遅いのかい?ウチおいで、ゴハン食べにきな!!」

と、金歯を輝かせながら声をかけてくれた。




豪快で大声で地獄耳で、なんでもありのおばちゃんを、

怖がる人もいたけれど、



長い長いひとりぼっちの寂しさに負けて、

隠れるようにして泣いていた私を見つけ、

ギュウっと抱きしめ、一緒に泣いてくれた、おばちゃん。


ついつい仕事中心の生活になってしまい、家を留守にしがちな父を、

本気で怒鳴りつけていた、おばちゃん。


誰よりも強く、誰よりも逞しく、

誰よりも優しく、誰よりも涙脆かった、おばちゃん。


ありがとう。

ありがとう。


ありがとう。





あの頃、暮していた家は、もうなかったけれど、

今でも、宮の沢にいるのかな。



コンサドーレの応援、してたら嬉しいな。






post by た

14:17

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変わらない

2008年09月19日

笑った。

歌った。

また、笑った。



久しぶりに会えた友は、相変わらずで。


会う度、いつも同じ話で。


でも、それがサイコーに楽しくて。





みんな、あの頃とは色々と変わってしまったけれど、

いろんな荷物、抱えてるけれど、


会えば、いつだって、あの頃のまま、

なにひとつ、変わってない。




今度、いつ会えるか、わからない。


これが、最後かもしれない。



だから、




笑った。


歌った。



また、笑った。



そしてそして・・・





こっそり、泣いた。






シアワセって

2008年09月17日

母の歩行訓練に付き添った午後、

リハビリ室は、少しだけ暑かった。


車椅子を使わずに、母が歩ける距離は、ほんの数メートル。

入院中に、筋力が衰えないように、毎日リハビリに通っていた。


うっすらと汗をかきながら、いつもの半分程しか歩けなかった母が、

「まだ、こんなに歩けるんだから、お母さんは幸せ者だぁ。」

と、そう言って、ちょっと笑った。





時々、

シアワセって、なんだろうと、わからなくなる。


なんの悲しみもなく、なんの苦しみもなく、

なんの悩みもなく、なんの迷いもなく、

なんの痛みもない、そんな人生なんて、


これっぽっちも、うらやましいとは思わない。





・・・ホントニ、ソウ?





人生って、まだまだよくわからないけれど、


山頂から見下ろす景色も、谷底から見上げる景色も、


きっとそれぞれに、意味や価値があるはずだから、



これからコンサドーレが、たどり着く場所に、




たとえ、どんな風が吹いていたとしても、





決して、フシアワセなんかじゃないと、信じているのです。







ジャッジ

2008年09月03日

6年間で4つ。

私は全部で4つの小学校に通いました。

そして、その最初の学校が、宮の沢の小学校でした。


それまで、祖母に預けられていた、室蘭の大沢町にある小学校に入学する予定だったはずが、

急遽、父がひとり暮す、札幌の宮の沢へと変更になった、大人達の事情を、私は知らない。



小学1年生から4年生までを過ごした、宮の沢。

父と二人だけの暮らしは、何かと不便だったけれど、

私はあの町が大好きだった。


父は仕事が忙しく、家にいる時間もあまりない日々。

寂しくなかったといえば、嘘になる。


朝、起きたら、誰もいない。

学校から帰って来ても、誰もいない。

そして、そのまま一人、次の朝を迎える。

あたりまえの日常だった。


  「いってきます」「いってらっしゃい」

  「ただいま」「おかえり」


あの頃の私には、縁のない言葉だった。


それでも、私はあの町が好きだった。



 飛距離を競った公園のブランコ。

 チョウチョやバッタを捕まえた原っぱ。

 石をぶつけて栗を落として拾った林。

 ミニスキーで滑った、おじさんが作ってくれた雪山。

 路面電車、地下道、歩道橋、そしてマルちゃん。



なにもかもが、夕焼けの色のようにあたたかく。






今でも時々、

あの頃の小さな自分に会いたくなると、

訪れてしまう、宮の沢。


元気いっぱいに駆けていく、あの頃の自分には、

もう追いつけないけれど、

小さな私は振り返り、大人になった私をじーっと見つめ、

両手で大きく、ある時はマル、ある時はバツと、

私をジャッジしてくれる。





時に迷い、くじけそうになる私に、パワーをくれる宮の沢に、

もうひとつ、特別な場所が増えた。



ひたむきに、ボールを追い続ける彼等に会いに行く。






ココロ、ハズム。






闘志

2008年08月27日

ある日、

切れた蛍光灯を取り替えようと、椅子に上がり手を伸ばした時、

私の中の「恐怖のスイッチ」が入ってしまった。



・・・高所恐怖症。



普段、無意識に生活している時には平気なのだが、

何かのタイミングで、スイッチが入ってしまうと、

椅子の高さでさえ、クラクラッとして気絶しそうになるのだ。



手にした替えの蛍光灯を、落としそうになりながら、

私は必死に椅子の上で、恐怖と闘った。





そうだ人生とは、闘いなのだ!!!



ワタシもガンバる。

ミンナもガンバる。


コンサもガンバる。





闘いが終わる度、現実は残酷にその色を変えていくけれど、

コンサドーレは諦めない。


鋭い視線も、突き刺す言葉も、



涙や痛みさえも、闘志に変えて、




コンサドーレは、前へ進む。






ダンボール

2008年08月13日

例えば、スーパーの片隅に、

無造作に置かれた、ダンボールの箱。

その前を横切ろうとして、ふと立ち止まる。


・・・ずっと忘れていたことが、胸をよぎった。





高校を卒業した私が進学の為、室蘭を離れ、札幌で一人暮らしを始めた頃、

時折、送られてきた母からの小包のダンボールの箱。


箱の中いっぱいに詰められていた、食料や衣類や薬。

そして、箱の底に忍ばせてあった封筒。

いつも、お金と手紙が入っていた。



  元気にしていますか。
  風邪なんかひいてませんか。
  ちゃんと食べてますか。
  困ったことはありませんか。

  今度、いつ帰ってこれますか。



不自由な手で書かれた手紙の文字は、弱々しく今にも消えそうだった。



こっちでも買えるから、送らなくていいと言っても、

何度も何度も送られてきたダンボールの箱。



たふん、きっと、

それは、どこの親子の間にもあった、ありふれたやりとりで。




心細い初めての一人暮らしは、いろんな試練があって、

強がる若さは、ホントは弱くて、

そんな時に届く、ダンボールの箱に、

まるで、子供みたいに泣いた、

ひとりぼっちの夜が、誰にもあって。




コンサドーレの選手にも、届いているかもしれないダンボールの箱。





・・・まったく、あの子ったら、電話ひとつ、よこさないんだから・・・


ぶつぶつブツブツと、文句を言いながら、


今日も、どこかで誰かが、箱いっぱいに詰め込んでいる。





楽しそうに、幸せそうに。






隠してた

2008年08月06日

高校野球。

北海道の高校が負けた。


こらえきれない涙を、どんなにどんなに帽子で隠しても、

肩や背中は正直で。




・・・勝って涙、負けて涙。




私には、こういう涙の経験がない。


だから、涙のシーンを見ると、切なさと同時に、

うらやましく感じたりもする。





一緒にがんばってきた仲間と、同じ涙を共有できるということ。



そういう機会もないまま、今までの人生、過ごしてしまったなぁと、

思いかけて、気が付いた。



そんなことはなかった。


機会は何度もあった。




ただ、私が人前で絶対、泣けないだけだった。





ずっと、涙を隠していただけだった。






post by た

16:44

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待合室

2008年08月01日

激しい雨が降った先日、

手術を終えた母が病室に戻ってきた。

大きな手術ではなかったので、会話はすぐに交わすことが出来た。


母と二人きりの病室。


母は迷うように、けれど、しっかりとした声で話しはじめた。


それは、母が結婚して間もなく、妊娠した時の話だった。

まだ若く、やりたいことや夢もあった母は、

出産への結論をすぐに出せずに、かなり悩んだという。


そして、最終結論を出す日、

母は病院の扉を開ける瞬間になっても、まだ迷っていたらしい。


病院の待合室には、ひとりの見知らぬ老婆が座っていた。

着物をきちっと着た、とても上品な老婆だった。

その老婆は、初めて会う母に突然こう言った。


・・・子供は産みなさい・・・子供は産みなさい・・・


母はその時の言葉を、耳ではなく直接、心で聞いたような気がすると言っていた。


不思議な感覚の中、気が付けば、いつのまにか老婆の姿は、待合室からいなくなっていたらしい。


迷っていた母は、まるで最初から決めていたかのように、出産という道を選んだ。



それから、



無事、出産を終え、母親になった幸福感に包まれていた最中、

母は発病し、長い長い闘病生活を迎えることになる。


母にとって生涯たった一度だけの出産になった。





何故、母が今になってこの話をしたのか、

そして、あの時の老婆がどういう存在だったのか、

それは、わからない。


でも、ただひとつ確かなのは、あの老婆がいなかったら、

今、自分がこの世にいなかったかもしれないということ。







久しぶりだった、母の入院。

医療の現場は、相変わらずの激務で、

みんなハードワークを繰り返していた。

ベッドの上の人も、それを支える人も。





人は誰も強くない。

ヒーローなんて、ホントはいない。

それでも毎日、みんな戦ってる。

自分のため、そして誰かのため。




ある者は、白衣を着て、



ある者は、赤と黒のユニフォームを着て、




また、ある者は・・・







夏の色々

2008年07月23日

夏になると、何故か観たくなるドラマがあるんです。


「早乙女タイフーン」


数年前に深夜に放映していた、夏の海を舞台にしたドラマです。

たぶんきっと、観ていた人は少ないかと思います。



 夏ッ!!!


 海ッ!!!


そして、コメディー!!!だというのに、不思議と胸の奥を切なくさせる、

素敵なドラマでした。






甘酸っぱい夏の思い出って、ちょっぴり痛かったりするけれど、


昔々から、


夏は、人を大人にしたり、子供にしたりと、


とても慌ただしく、そして厳かに過ぎていく、





嗚呼、過ぎていく。






post by た

16:35

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宮の沢の大家族

2008年07月11日

各テレビ局で放映されている、大家族シリーズ。

ついつい、どれもこれも観てしまいます。


賑やかに、しっちゃかめっちゃかな日々の中に、

つい見落として忘れてしまいそうな、大切な何かに気付かされる、

そんな大家族の日常。


決して特別ではない、ありふれた風景。




ある意味、しまふく寮も大家族で。

血のつながらない家族であるが故の、いろーんなコトがきっと繰り返されている毎日。


しまふく寮通信に綴られていない部分にこそ、たくさんの物語があって、

そしてそれがみんなの一生の宝物になっていくのだろう。





世界中のほとんどの人が、見知らぬ他人のまま終わってしまう人生の中、


まるで空気のように、そばにいてくれる家族や仲間達に、


感謝の気持ちは、いつも言えていない。


あふれるほどに、いっぱいなのに。





手を繋いで、肩を組んで、

支え合って、競い合って、

抱き合って、互いの涙を受け止めて、

時にそっぽ向く日があっても、気が付けば共に笑ってる。



それだけでいい、それでいい。






たとえ、一緒にいられるのが、今だけだったとしても。