カレンダー

プロフィール

もっともっと、ずっとずっと、 車椅子を押していたかった。 消えない痛みが癒えるまで、 眠りたいと思います。 今まで本当にありがとうございました。 前へ、前へ。 いってらっしゃい・・・おかえりなさい。 エッチラホッチラ、元気にやってます。 さあ、新しい一歩です。 動き始めよう。 確かな形に。 そして、めぐりあう。 もう一度。 光を見つける。 冷静に。 掴む。 深化。 2025

最新のエントリー

月別アーカイブ

リンク集

カテゴリー

検索

笑って

2011年11月30日

今日も、笑って過ごせた。

明日も、笑って過ごそう。


これから先に、悲しみや涙が待っていたとしても、


泣くのは、その時その瞬間だけでいい。

だから、笑って過ごそう。





そう思って生きてきた。





そのせいなのか、私は人から、


「ねぇねぇ、悩みないでしょ?」


と、よく言われる。



もちろん、そんなことはないのだが、

じーっくり考えてみると、その通りだったりもする。







最近、思うんです。







人間って、それぞれがそれぞれの人生を生きていけるように、


うまい具合に、ちゃんと出来てるなって。











今年も、もう残りわずか。



そして、いよいよ最終戦。




コンサドーレに関わる、すべての人が、





最高の笑顔で、終われますように。







窓から

2011年04月29日

リビングの窓から、

ほんの少しだけ見える、お隣さんのガレージ。


そのガレージから、颯爽と自転車で飛び出して行く、

少年の姿を時々、見かけることがある。



時々といっても年に数回、偶然見かけるだけなので、

その度に、少年の成長に、変化に驚かされる。






坊主頭だったのが、ロン毛になっていたり、金髪になっていたり、






まだあどけなく幼く見えていた少年は、

いつも全速力で、いろんな階段を駆け上って行く。






もうずいぶん少年の姿を見ていないなぁと、思っていたある日の朝だった。




リビングの窓の、揺れるカーテン越し、




短く髪を切りそろえ、スーツに革の鞄を抱え、




少年は普通に現れた。




やんちゃに肩で風を切っていた少年は、いつの間にか大人の顔で、


だけど、まるで昔と同じように、颯爽と自転車で飛び出して行った。








 春は始まりの季節。






しまふく寮通信2が始まった、しゅんピーが卒寮した。






 春は始まりの季節。






続く悲しい出来事に、胸が張り裂けそうになっても、

下を向いてばかりはいられない。



人は傷つくたびに、強くはなれないけれど、


楽チンな人生なんてないから、



何度でも、立ち上がる。




泣きながらでも、立ち上がる。





スタート、そしてリスタート。







大晦日

2010年12月31日

静かに部屋に流れている、レミオロメン。

大晦日の歌。


うん、やっぱりいい歌。


なーんにもなかったようで、いろいろあった一年が過ぎ、

また今年も終わる。




おめでとう!!と言える、新年を迎えられることが、

なによりのお年玉で。






大晦日。






いつか訪れる最後の日に、心のどこかで怯えながら、



 誕生日、クリスマス、お正月・・・




その日をまた来年も祝えることを祈る、願う、





ありふれた、いつもと同じ大晦日。






2010年10月17日

初めて虹を見た時の感動を、

思わず駆け出していた、あの気持ちを、


ずっと忘れずにいたいと思う。




1972年 札幌オリンピック。




当時、私は札幌の宮の沢に父とふたり、暮らしていた。

幼かった私が、あの頃オリンピックをどの程度理解していたのかは、もう定かではないけれど、


部屋の壁に飾られていた、ポスターの中の五輪のマークを、

今でもはっきりと覚えている。



が、そのテーマソングである「虹と雪のバラード」のことは、

不思議と何も覚えていない。



きっと何度も耳にしていたはずなのに、

なにひとつ私は覚えていなかった。




そんな私が、数年前、


テレビで札幌オリンピックの映像を観た時、


そのバックに流れていた「虹と雪のバラード」を聴いた時、



何故だろう。


涙が出た。


いっぱいいっぱい出た。



理由は、わからない。









歌ってスゴい。


ホントにスゴい。









「虹と雪のバラードを歌う会」








スタジアムで、歌う。



コンサドーレを愛するみんなで、歌う。




「虹と雪のバラード」を、歌う。






・・・歌う!!!







スピード

2010年07月30日

「この間、駅前で見かけたよー!」

 「先週、動物園に行かなかった?」

  「昨日、すすきのでフラフラしてたでしょー!?」


そんなふうに時々、私は複数の人から目撃される。



が!!!



私はその日、そこには行ってはいない。




どうやら私にソックリな人が、この札幌にいるようなのだ。



ただそれは、ソックリとかいうレベルなどではなく、

「私」そのものらしい。



顔、体型はもちろん、歩き方から服のセンスまで、

もう何もかもが、「私」なのだという。



目の前まで来て、視線が合っても全く反応がないので、

そこで初めて別人と気付くらしく、



中には、いくら別人だと説明しても、


「酔っぱらってたみたいだから、覚えてないんだねぇー。」


と、最後まで信じてもらえない人までいた。







この世界のどこかに、


いや、とても近くに、



もうひとりの私が、まぎれもなく存在する。






 不・思・議






数ヶ月前、

TVに映る征也を見ながら、私は無意識につぶやいていた。


 「征也も今年、結婚かぁ・・・」






 不・思・議






そして、おめでとうございます。





でっかい幸福と、もっとでっかい責任を、



だっこして、おんぶして、




全速力で、走れ征也。





ゆっくりゆっくり、歩け征也。







刻む

2010年02月05日

もうカレコレ、

20年は使っている、目覚まし時計の長針が取れた。


数年前の秒針が取れた時とは違い、今回は長針だ。

時計を見ても、時間がサッパリわからない。


さすがに、もう使えないかなぁと思っていたら、

針がなくても、ちゃんと私の起きる時間を覚えていてくれた。






たかが、目覚まし時計。






だけれども、20年間、朝の弱い私をずっと支えてくれたサポーターで。




 幸福な朝も、普通の朝も、孤独な朝も。


 もう忘れてしまった朝も。




生活環境が変わる度、目覚めの時刻を変えながら。







20年は、やっぱり長い。



・・・アリガトウ、コレカラモヨロシク!!













コンサドーレのみんなや、

チームを離れていった彼等も、


新しい時間がスタートしているようだ。



ブログ等で、元気そうな姿を見ると、本当にホッとする。





 あぁ笑ってる、頑張ってる、始まってる。





寝室のベッドサイドの携帯電話の隣の一番いい場所で、


変わらず動き続けている、針のないあの時計のように、




それぞれが、それぞれの時を刻んでいる。





進んでいる。







月のように

2009年11月10日

いつの頃だろう。

月が、どこまでも追いかけてくることを知ったのは。



 銭湯の帰り、祖母とふたり、見上げた夜空。



そんな大発見に驚き、いつまでも月と追いかけっこする私を見つめる、

あったかい祖母の目が、たまらなく懐かしい。



 「見て見て、ばあちゃん!!まだ追いかけてくるッ!!追いかけてくるよぉー!!!」



どんな感動も、そのまま声に出して、言葉に出来た。




高い建物なんて、ひとつもなくて、



星も月も、今よりずっと近くにあった。














そして、遠かったゴール。


謙伍のゴール。



もっと、もっと、


ずっと、ずっと、見ていたい。




追いかけていたい。






帰り道

2009年07月23日

ひとり、家へ帰る、帰り道。

ある日、私は帰る道をちょっとだけ変えてみた。


何か、理由があったわけでもなく、

無意識に誘われるように、私はその曲がり角を選んだ。



もう何年も暮らしている町だというのに、

そこに広がる、見知らぬ町並み。





 こんな店が、近くにあったのかぁ。

 こんなでっかい公園も、あったんだぁ。

 あらま、ゴミ屋敷まであったよぉ、わおッ!!





そんな小さな小さな冒険も終わる頃、

大きな家の前で、ひとり黙々と筋トレをしている少年の姿が目に入った。


坊主頭の中学生。


真剣に筋トレを繰り返している途中、

ふと少年は私に気付き、ハッとした顔をした。


そして、恥ずかしそうに、逃げるように、

少年は、家の中へ・・・




 うん、うん、わかる、わかる。

 こっそり、頑張ってる姿って、誰にも見られたくないよなー。




この年頃の男の子ならば、特にそうだろうと思った時だった。



玄関のドアの前まで行った少年は立ち止まり、

一瞬、空を見上げ、振り返り、キーッと私を見た。


力強い眼差しだった。


そして、ゆっくりと元の場所へ戻り、筋トレを再開した。


さっきよりも激しく。


何かを振り払うかのように、もっと激しく。













いつもと違う、帰り道だった。














コンサドーレの彼等の帰り道。





赤黒を脱いで、スパイクを脱いで、



ちゃんと、迷わずに、




たどり着けているのだろうか。






突破

2009年07月05日

その人はいつも、がむしゃらで。


失敗しても、うまくいかなくても、がむしゃらで。



笑われても、怒鳴られても、


ヘコんでも、ベソかいても、



ただひたすらに、がむしゃらで。





何度、倒れても、倒されても、



ギブアップはしない。




諦めたりはしない。






その人はいつも、がむしゃらで。




切ないくらいに、がむしゃらで。







感謝

2009年05月26日

すっかり忘れていたけれど、

いつのまにか、ブログを始めて、


一年が過ぎていましたよ。


おもいっきりマイペース更新なのですが、

正直、続けられると思っていなかったので、ビックリです。






今、改めて読み返してみると、

アチャー!!イタタタタッ!!!の、オンパレードだったりするのですが、

何度も訪れていただき、誠にありがとうございます。

もう少しだけ、頑張ります。








このブログのきっかけになった、しまふく寮通信。


果てしなく遠い存在だった、コンサドーレに、そして選手たちに、

めぐりあわせてくれた、りょうぼ。さん。



コンサドーレを応援して、アツクなって、

しまふく寮通信を読んで、あったかくなって・・・



そんな日々が、とても心地よかった。







・・・感謝。







今日も、車椅子を押しています。



流されるように続く、


昨日と同じ今日を、繰り返す日々の中で、



ヒーローになれなくても、その他大勢のひとりでも、


キラキラじゃなくても、ピカピカじゃなくても、




やっぱり、人生は素晴らしい。





だから、感謝。







選手ブログ

2009年03月02日

いつも、楽しみにしている、選手ブログ。


基本、サッカーのことを、よくわかっていないということもあってか、

読むのは、コンサドーレ中心なのだが、


時折、他のチームの選手のブログを開くことがある。



理由はない、ただの気まぐれで。



当然、その選手のことも、所属するチームのことも、

なにひとつ知らない。



だけど、そこに書かれた言葉には、確かにどこか見憶えがあって。



 ありふれた日常も、歓喜も、感謝も。

 隠しきれない焦りも 痛みも、涙も。



いつも、すぐそばで見てきた風景だった。








見知らぬ誰かの選手ブログ。


その中に綴られた想いに触れる時、








知らない町も、知らないチームも、知らない選手も。


彼等のために、声を枯らしているサポーターも。





なにもかも全てを、


ただ両手いっぱいに、ハグしたくなる、


この気持ちは、何故なのか、



その答えなんて、きっといらないんだと、そう思った。






プレイバック

2009年02月17日

彼女の長男の祐太朗が、

歌手デビューしたという話は、少し前から知ってはいた。


なになに、PeakySALT・・・?


そのバンド名の意味は、よくわからなかったけれど、



 とうとうきたか、やっときたか。



私は心のどこかで、ずっとその日を待っていたような気がする。







山口百恵。


私は、彼女の生き方が好きだった。








先日、テレビでようやく、その息子の姿を見ることが出来た。



母親に似ていた。




昔々、雑誌で百恵ちゃんのその頬に、

まだ赤ちゃんだった彼が、そっと手を伸ばしている写真を見た記憶がある。


ちっちゃくて、ぷくぷくした手だった。




母親と同じ道を選んだ、その彼が今、

どんな大人になり、そしてどんな歌を唄っているのか、


なにひとつ、さっぱりわからない。



だけれども、そんなことなど、もうどうでもよく、

ただ無条件に愛情を感じ、応援していることに気付く時、


私は、自分が単純な人間でよかった、と思った。













遠い遠い、いつか。


コンサドーレの選手の子供たちが大人になり、

父親と同じ、赤と黒のユニフォームを着て、


ピッチに立つ時が、もし訪れたとしたならば、


きっと私の目には、その戦う息子の姿に、あの日の父親の姿が、


何度も繰り返し蘇り、そして重なり、



やがて、涙で何も見えなくなるのでしょう。






もう会えない

2009年02月11日

今年の雪まつりも、今日で終り。

1950年の、たった6つの雪像から始まって60回。



 すごいねー。



私は毎年、この雪まつりが終わると、春のスタートを感じている。


とはいえ、実際のトコロは、

まだまだ、ぜんぜん、おもいっきり、冬ッ!!!なのだが、


私の中では、もう既に春で、いつもこの時期になると、

周囲から「おめでたい奴」光線を、浴びまくりなわけで。




そんな私にも、今年は別の想いがあった。




・・・エジに見せたかったなぁ。




大雪像も、でっかいスベリ台も、あの混雑も。




突然、帰国した、もう会えないエジ。



札幌ドームで、一度だけ会えたエジは、

まだあどけなくて、日本人にはない陽気な笑顔が似合っていた。










思えば、

会える人より、会えない人のほうが、はるかに増えてしまった。


 名前も思い出せない人。

 最後まで他人で終わった人。


 そして、忘れようとしても、忘れられない人。









どうしてだろう。


いつも、そばにいる人と、



ずっと、一緒にはいられないことを、



つい、忘れてしまう。






2009

2009年01月05日

恐る恐る、

 そぉーっと、

  乗った体重計。



・・・



・・・・・




・・・・・・・





「セーーーフ!!!!!」







毎年、この時期になると、こんな恐怖と戦っている方、

たぶん、少なくないのでは???









さてさて、

あけました、2009年。


 おめでとうございます。




今年もまた、


たくさんの「ありがとう」と、

たくさんの「ごめんなさい」を、

アンバランスに積み重ねながら、


きっと、あっという間に一年が過ぎてしまうのでしょう。




そしてすぐに、恐怖の体重測定の日が、やってくるのです。










・・・コンサドーレを信じて、また一年。









  今年もよろしくお願い致します。






なかよし

2008年12月26日

ある朝、

私の少し前を、おばあさんが二人、歩いていた。


姉妹だろうか、友人だろうか、




おそろいのマフラーが、二人の仲のよさを象徴するかのように、

冬の風に揺れていた。



途中、喉が渇いたのか、自動販売機の前で足を止める、おばあさん達。



バッグの中から、財布を探すおばあさんの隣で、

もうひとりのおばあさんが、自販機を真剣に見つめてつぶやいた。


 「これ缶詰かい?」

 「んもー、缶詰なわけないっしょやぁ、ジュースだべさー!!」

 「あらそうかい、ガハハハハハハ!!!」

 「がはははははは!!!!」






・・・ナカヨシ、コヨシ。

ずっとずっと、そんなふうに笑っていてください。










先日、テレビで放送していた、

去り行く、しまふく寮のりょうぼ。さんの特集。


寮生達から、お別れにもらったという写真集の中に、

帰国する前日のエジの写真があった。



泣いているエジの隣で、もっと泣いている純貴。




切なかった。




切なかったけれど、





最高に、ステキな写真だった。