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もっともっと、ずっとずっと、 車椅子を押していたかった。 消えない痛みが癒えるまで、 眠りたいと思います。 今まで本当にありがとうございました。 前へ、前へ。 いってらっしゃい・・・おかえりなさい。 エッチラホッチラ、元気にやってます。 さあ、新しい一歩です。 動き始めよう。 確かな形に。 そして、めぐりあう。 もう一度。 光を見つける。 冷静に。 掴む。 深化。 2025
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2008年12月09日
雪祭りの会場に、イベントで来ていた、 当時の人気ヒーローの、ライオン丸と握手をした時、 その衣装の背中の隙間から、中の人の素肌が見えて、 「本物じゃない!!!」と、 とてもとても、がっかりした記憶がある。 あれから随分、時間も経ったが、 今、改めて、考えてみると、 握手する機会って、そう多くはなかったことに気付く。 挨拶する時でも、お辞儀はしても握手まではしない。 日本人だからなのか、たまたま自分だけなのか・・・ そんなことを考えながら、 私は、目の前に立つ、その人を見た。 ・・・石井謙伍。 私は、少し戸惑うように、そっと手を差し出した。 不思議な感覚だった。 人は皆、きっとどこかで、繋がっている。 幼かった私を、ずっと見守ってくれた、 苦労ばかりの人生だった、祖母の手も。 不自由な体で、懸命に私を育ててくれた、 箸も満足に持てなかった、母の手も。 互いに、名前も顔もわからない、 見知らぬ、誰かの手も。 最終戦の札幌ドーム。 私は初めて、プロサッカー選手と握手をした。 誰よりも優しい笑顔のヒーローの背中には、 ファスナーは、付いてなかった。
2008年11月20日
暖かいなぁと思っていたら、 ある日突然、冬景色になってしまう北の国。 子供の頃は、雪が積もるとテンションも上がり、 すぐさま外へ飛び出し、雪だらけになって遊んでたっけ。 ・・・雪だるま、かまくら、雪合戦、ミニスキー。 まるで寒さなんて関係なかった。 母の子供時代は、竹スキーだったらしく、 急な坂道を、それはそれは華麗に滑走したと得意気に話すのだが、 イマイチ想像がつかなくて。 私は、車椅子の母しか知らない。 楽しいばかりではない、雪の季節だけれど、 寒い冬だからこそ感じる、ぬくもりがある。 凍えた体、急ぐ家路。 待ってる人がいても、ひとりきりでも。 あったかい場所があることは、あたりまえじゃないって、 冬はニンマリ顔で、教えてくれる。 毎年、毎年、アリガトさん。 とは言っても、雪なんて、 ホントは降ってほしくないというのが、本音なのだが、 エジが、喜んでくれるなら、 すべてを白く染める、雪降る季節も、 そう、わるくはないのかも。
2008年11月17日
いつからだろう。 近所で、よく遭遇する人がいる。 あっちでも会い、こっちでも会う。 毎日の同じ行動パターンの中でならば、 さほど珍しいコトでもないのかもしれないが、 いつもと違う時間、違う道、違う店でも、 何度も繰り返し会ってしまう。 まるで、懐かしいトレンディドラマのようだ。 で、その人は、 いつも同じ服を着ていて、 長い長い髪に覆われた顔は、青白く無表情だった。 ある時、ふと思った。 この人はもしかしたら、私にしか見えていないのではないだろうか、と。 こっそり隠れて見ていたら、スーッと消えてしまうのではないだろうか、と。 近所の別のおじちゃんと、普通にオシャベリしてました、ハイ。 たまたま、その人がとても特徴のある人だったから、 強く印象に残り、何度も遭遇していることに気付いただけで、 ホントは、同じような出会いが、他にも繰り返されているのかもしれない。 出会いって、どこか不思議。 今年、私はコンサドーレに出会った。 だから、他のサポーターのみなさんのように、 いくつもの熱い思い出や、重ねてきた歴史もない。 みなさんのブログ等を読む度に、 もっと早くに、コンサドーレに出会いたかったと思ってしまうのだが、 たぶんきっとこれが、私のタイミングだったのでしょう。 たとえば、3年前、5年前では、 私は、コンサドーレに出会ったとしても、素通りしていたかもしれない。 何もキャッチ出来なかったかもしれない。 そして来年、 私は、J2にめぐりあう。
2008年11月05日
レミオロメン、 なにげに好きだったりします。 といっても、CDも持っていなければ、コンサートにも行ったこともなく、 ちゃんと口ずさめる曲といえば、サビでいきなり、切なさMAX!!にしてくれる、 「粉雪」くらいしかないという、 レミオの彼等にとって、まったくアリガタミのないファンなのですが、 それでも、やっぱり好きだったりするわけで。 たぶんきっと、彼等の周りを包む空気とか、流れてる時間とか、 見えない色とかが、私を静かに癒してくれているのでしょう。 どこかまだ、未完成な彼等をゆっくりと、知っていけたらいいなと思っている。 コンサドーレを、ゆっくりゆっくりと知っていったように。 街も人も、 足早に、セワシナク過ぎていく現在、 ゆっくりとしか生きられない人がいる。 今の時代に、まだこんな人が残っていたのかと驚いてしまうほど、 純粋で、透明で、まっすぐな人。 私は、そんな人に出会うと胸が震えてしまう。 めったに出会えないその人は、 ある意味、不器用だったり、生きるのが下手だったりするから、 時に、いいように利用されたり、騙されたりしてしまう。 嫌味や皮肉にも気付かずに、エヘヘと頭をかいて、ニコニコして、 だけど、心の奥の深い深いところでは、やっぱり傷ついていて。 それなのに、いつだってニコニコしてる。 分刻み、秒刻み。 誰も皆、ラッシュアワーの中。 立ち止まる場所さえ、見つけられない。 どうか、どうか、 正直で屈託のない、あの優しい笑顔が、 これから先もずっと、 消えることが、ありませんように。
2008年10月17日
まだ、私がチビっ子だった頃、 近所のチビっ子軍団の、たまり場の小さな空き地で、 みんなで遊んでいた時だった。 ひとりの女の子が得意気に言った。 「昨日、うちのママ、ご飯たべて、すぐ寝たら、ウシになったんだよー!!」 あの頃は、「食べてすぐ寝ると牛になる」と、よく言われていたのだが、 「ウソだー!!」 と、さすがに誰も信じなかった。 「ウソじゃないもん。ホントにウシになったんだもん!!」 「おまえの母ちゃん、ウシに似てるだけだよー!!」 「ちがうもん!!」 「ウシよりブタに似てると思う!!」 「ギャハハハハハハハハハ!!!」 「ママはブタじゃないもんッ!!ウシだもんッ!!!」 そんな風に笑い飛ばした私達だったが、 それからの私は、どうしても牛になりたくて、 食べたら、すぐに寝るという、チャレンジを繰り返し、 その度に叱られ、そして夢は夢のまま終わった。 あの頃の、まっすぐな瞳や心は、 今、どこにあるのだろう。 いつ、どこに置き忘れてしまったのだろう。 先日のサテライトリーグ千葉戦は、 私にとって、初めてのサテライトで。 すぐ目の前で戦う彼等は激しく、風のようで。 飛び交う声、真剣な眼差し、悔しそうな横顔。 走る!!倒れる!! また、立ち上がる!!! かつて、サッカー少年だった彼等の瞳は、今もまだまっすぐで、 私がずっと探してる答えを、無言のまま、 教えてくれたような気がした。
2008年09月19日
笑った。 歌った。 また、笑った。 久しぶりに会えた友は、相変わらずで。 会う度、いつも同じ話で。 でも、それがサイコーに楽しくて。 みんな、あの頃とは色々と変わってしまったけれど、 いろんな荷物、抱えてるけれど、 会えば、いつだって、あの頃のまま、 なにひとつ、変わってない。 今度、いつ会えるか、わからない。 これが、最後かもしれない。 だから、 笑った。 歌った。 また、笑った。 そしてそして・・・ こっそり、泣いた。
2008年09月17日
母の歩行訓練に付き添った午後、 リハビリ室は、少しだけ暑かった。 車椅子を使わずに、母が歩ける距離は、ほんの数メートル。 入院中に、筋力が衰えないように、毎日リハビリに通っていた。 うっすらと汗をかきながら、いつもの半分程しか歩けなかった母が、 「まだ、こんなに歩けるんだから、お母さんは幸せ者だぁ。」 と、そう言って、ちょっと笑った。 時々、 シアワセって、なんだろうと、わからなくなる。 なんの悲しみもなく、なんの苦しみもなく、 なんの悩みもなく、なんの迷いもなく、 なんの痛みもない、そんな人生なんて、 これっぽっちも、うらやましいとは思わない。 ・・・ホントニ、ソウ? 人生って、まだまだよくわからないけれど、 山頂から見下ろす景色も、谷底から見上げる景色も、 きっとそれぞれに、意味や価値があるはずだから、 これからコンサドーレが、たどり着く場所に、 たとえ、どんな風が吹いていたとしても、 決して、フシアワセなんかじゃないと、信じているのです。
2008年09月03日
6年間で4つ。 私は全部で4つの小学校に通いました。 そして、その最初の学校が、宮の沢の小学校でした。 それまで、祖母に預けられていた、室蘭の大沢町にある小学校に入学する予定だったはずが、 急遽、父がひとり暮す、札幌の宮の沢へと変更になった、大人達の事情を、私は知らない。 小学1年生から4年生までを過ごした、宮の沢。 父と二人だけの暮らしは、何かと不便だったけれど、 私はあの町が大好きだった。 父は仕事が忙しく、家にいる時間もあまりない日々。 寂しくなかったといえば、嘘になる。 朝、起きたら、誰もいない。 学校から帰って来ても、誰もいない。 そして、そのまま一人、次の朝を迎える。 あたりまえの日常だった。 「いってきます」「いってらっしゃい」 「ただいま」「おかえり」 あの頃の私には、縁のない言葉だった。 それでも、私はあの町が好きだった。 飛距離を競った公園のブランコ。 チョウチョやバッタを捕まえた原っぱ。 石をぶつけて栗を落として拾った林。 ミニスキーで滑った、おじさんが作ってくれた雪山。 路面電車、地下道、歩道橋、そしてマルちゃん。 なにもかもが、夕焼けの色のようにあたたかく。 今でも時々、 あの頃の小さな自分に会いたくなると、 訪れてしまう、宮の沢。 元気いっぱいに駆けていく、あの頃の自分には、 もう追いつけないけれど、 小さな私は振り返り、大人になった私をじーっと見つめ、 両手で大きく、ある時はマル、ある時はバツと、 私をジャッジしてくれる。 時に迷い、くじけそうになる私に、パワーをくれる宮の沢に、 もうひとつ、特別な場所が増えた。 ひたむきに、ボールを追い続ける彼等に会いに行く。 ココロ、ハズム。
2008年08月13日
例えば、スーパーの片隅に、 無造作に置かれた、ダンボールの箱。 その前を横切ろうとして、ふと立ち止まる。 ・・・ずっと忘れていたことが、胸をよぎった。 高校を卒業した私が進学の為、室蘭を離れ、札幌で一人暮らしを始めた頃、 時折、送られてきた母からの小包のダンボールの箱。 箱の中いっぱいに詰められていた、食料や衣類や薬。 そして、箱の底に忍ばせてあった封筒。 いつも、お金と手紙が入っていた。 元気にしていますか。 風邪なんかひいてませんか。 ちゃんと食べてますか。 困ったことはありませんか。 今度、いつ帰ってこれますか。 不自由な手で書かれた手紙の文字は、弱々しく今にも消えそうだった。 こっちでも買えるから、送らなくていいと言っても、 何度も何度も送られてきたダンボールの箱。 たふん、きっと、 それは、どこの親子の間にもあった、ありふれたやりとりで。 心細い初めての一人暮らしは、いろんな試練があって、 強がる若さは、ホントは弱くて、 そんな時に届く、ダンボールの箱に、 まるで、子供みたいに泣いた、 ひとりぼっちの夜が、誰にもあって。 コンサドーレの選手にも、届いているかもしれないダンボールの箱。 ・・・まったく、あの子ったら、電話ひとつ、よこさないんだから・・・ ぶつぶつブツブツと、文句を言いながら、 今日も、どこかで誰かが、箱いっぱいに詰め込んでいる。 楽しそうに、幸せそうに。
2008年07月11日
各テレビ局で放映されている、大家族シリーズ。 ついつい、どれもこれも観てしまいます。 賑やかに、しっちゃかめっちゃかな日々の中に、 つい見落として忘れてしまいそうな、大切な何かに気付かされる、 そんな大家族の日常。 決して特別ではない、ありふれた風景。 ある意味、しまふく寮も大家族で。 血のつながらない家族であるが故の、いろーんなコトがきっと繰り返されている毎日。 しまふく寮通信に綴られていない部分にこそ、たくさんの物語があって、 そしてそれがみんなの一生の宝物になっていくのだろう。 世界中のほとんどの人が、見知らぬ他人のまま終わってしまう人生の中、 まるで空気のように、そばにいてくれる家族や仲間達に、 感謝の気持ちは、いつも言えていない。 あふれるほどに、いっぱいなのに。 手を繋いで、肩を組んで、 支え合って、競い合って、 抱き合って、互いの涙を受け止めて、 時にそっぽ向く日があっても、気が付けば共に笑ってる。 それだけでいい、それでいい。 たとえ、一緒にいられるのが、今だけだったとしても。
2008年07月08日
ボールを自在に操る。 すこい!! まるで魔法のようだ。 さすが!! でも、激しい試合となると、そう簡単にはいかない。 相手も魔法を使えるから。 どんな状況下でも、自分を見失わずに冷静でいたいと思うけど、 それこそ、とてもとてもムズカシイ。 己のコントロールは、ボールのコントロールより難しいのかもしれない。 私は自分の気持ちを素直に表現するのが苦手な子供だった。 喜ばせようとしてくれている大人達に、 嬉しいとか、楽しいという気持ちを、ちゃんと伝えようと考え過ぎて、 それが見えないプレッシャーとなり、逆にあまり喜んでいるように見えなくなる。 少しがっかりしたような大人達の顔を見る度、私は自分を責めた。 大人になった今でこそ、変に頭で考え過ぎることもなく、自然体でいられるが、 それでもやはり、心のどこかに残っているような気がする時がある。 ゴールを外れるボールと、素直になれない気持ち。 だからこそ、人生は楽しい・・・のかもしれない。
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