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もっともっと、ずっとずっと、 車椅子を押していたかった。 消えない痛みが癒えるまで、 眠りたいと思います。 今まで本当にありがとうございました。 前へ、前へ。 いってらっしゃい・・・おかえりなさい。 エッチラホッチラ、元気にやってます。 さあ、新しい一歩です。 動き始めよう。 確かな形に。 そして、めぐりあう。 もう一度。 光を見つける。 冷静に。 掴む。 深化。 2025

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なかよし

2008年12月26日

ある朝、

私の少し前を、おばあさんが二人、歩いていた。


姉妹だろうか、友人だろうか、




おそろいのマフラーが、二人の仲のよさを象徴するかのように、

冬の風に揺れていた。



途中、喉が渇いたのか、自動販売機の前で足を止める、おばあさん達。



バッグの中から、財布を探すおばあさんの隣で、

もうひとりのおばあさんが、自販機を真剣に見つめてつぶやいた。


 「これ缶詰かい?」

 「んもー、缶詰なわけないっしょやぁ、ジュースだべさー!!」

 「あらそうかい、ガハハハハハハ!!!」

 「がはははははは!!!!」






・・・ナカヨシ、コヨシ。

ずっとずっと、そんなふうに笑っていてください。










先日、テレビで放送していた、

去り行く、しまふく寮のりょうぼ。さんの特集。


寮生達から、お別れにもらったという写真集の中に、

帰国する前日のエジの写真があった。



泣いているエジの隣で、もっと泣いている純貴。




切なかった。




切なかったけれど、





最高に、ステキな写真だった。






りょうぼ。さんがいた場所

2008年12月19日

もしも、あの時、

テレビをつける時間が数分、遅かったら、

別のチャンネルだったら、


私は今もきっと、しまふく寮の存在さえ知らず、

コンサドーレに出会うこともなく、


赤と黒を見ても、何も感じることのない、

全く違う日常の中にいたのだろう。





そして、このブログを始めることもなかった。





今にして思えば、このブログは、

りょうぼ。さんに語りかけるような、話しかけるような、

そんな気持ちで、綴ってきたような気がする。



  ねぇねぇ、あっこさん、

  寮メシ、作りながら。でいいから、ちょっと聞いてよ。

  あのさぁ、昔さぁ、あーんなことや、こーんなことがあってさぁ、

  それでさぁ、それからさぁ・・・




お世辞にも人気ブログとは言えない、ひとりよがりなこのブログを、

りょうぼ。さんが見ている可能性なんて、

限りなくゼロに近いけれど、


それでも私は、そんな気持ちで綴ってきた気がする。



だからこそ、続けられてきた気がする。










今の正直な気持ちを言えば、

りょうぼ。さんのいない、しまふく寮やコンサドーレは、

サッカーボールのない、サッカーの試合を観るような、


そんな深くて大きな喪失感の中にいて。





だけど、りょうぼ。さんが、時折、使っていた言葉、


・・・分岐点。



私は、この言葉が好きだった。




しまふく寮通信の中で、この言葉に出会う度、

私は、りょうぼ。さんの、優しさと強さを見たような気がしていた。







だから、もう少し、時間はかかりそうだけれど、

あの出会いも、この別れも、

意味のあるものだったと思える日が、きっと来るだろうと信じている。





りょうぼ。さんがいたから、

出会えたモノ、始まったコトが、いくつもあって、


たくさんのありがとうで、溢れています。




私の人生に変化をくれた。




6年間、お疲れ様でした。

そして、ありがとうございました。



あなたに出会えて、本当によかった。










 いつか、また、どこかで。














握手

2008年12月09日

雪祭りの会場に、イベントで来ていた、

当時の人気ヒーローの、ライオン丸と握手をした時、


その衣装の背中の隙間から、中の人の素肌が見えて、

「本物じゃない!!!」と、

とてもとても、がっかりした記憶がある。



あれから随分、時間も経ったが、

今、改めて、考えてみると、

握手する機会って、そう多くはなかったことに気付く。


挨拶する時でも、お辞儀はしても握手まではしない。

日本人だからなのか、たまたま自分だけなのか・・・



そんなことを考えながら、

私は、目の前に立つ、その人を見た。





・・・石井謙伍。





私は、少し戸惑うように、そっと手を差し出した。



不思議な感覚だった。






人は皆、きっとどこかで、繋がっている。



幼かった私を、ずっと見守ってくれた、

苦労ばかりの人生だった、祖母の手も。


不自由な体で、懸命に私を育ててくれた、

箸も満足に持てなかった、母の手も。


互いに、名前も顔もわからない、

見知らぬ、誰かの手も。






最終戦の札幌ドーム。


私は初めて、プロサッカー選手と握手をした。










誰よりも優しい笑顔のヒーローの背中には、


ファスナーは、付いてなかった。







12月

2008年12月03日

転校していく級友を、クラスのみんなで見送った、

夜の東室蘭駅のホーム。


吐く息は皆、白かった。



寂しさを隠すように、ふざけて、おどけて、

ひっくりかえって笑った。



・・・最後に交わした言葉は、なんだったろう。





友を乗せ、やがて動き出す列車。


窓を開けて、力一杯手を振る友の顔が、クシャクシャに歪むのを見た時、

気が付けば、まるで映画のように、みんなで列車を追いかけていた。





その時の場面を、最近よく思い出す。



セピア色で、スローモーションで。










先日、やっと買えた、

しまふく寮通信の本には、

知らない人の写真が、いくつもあって。


みんな、いい顔してて。

ピカピカに、輝いてて。


見てるだけで、こっちまで楽しくなるというのに、

何故だろう。


涙、出そうになる。









12月は、さよならがいっぱいあるって、


知ってたけど、知らなかった。