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HN aru 聖地厚別在住  旭川市出身   *変わらず当たり前 1964年生まれ  *いい年齢になってきました 性別 ♀ たぶん  *まだそうだ!たぶん 厚別・函館・室蘭ゴール裏  ドーム Gシート       *今 違う   夢(妄想)・HFC最高幹部次席付電話受付係りなにそれ  *ちょい自信なくなった(本気だったのか?!) 特技・ブログの文章が長すぎること  *書けば長いのだが・・・

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クリスマス食べ物

2007年12月26日

とあるエージェントが我が家に運んできた。
これは 鳥だ。
しかし 七面鳥かニワトリかわからない。メスの得意な人の手により味わえた。非常に
いや 非情に ジューシーな味わいだった。

200712242317000.jpg



post by car12

22:10

コメント(0)

昨日バルサの番組を見た

2007年12月25日

昨日たまたま新聞のテレビ欄を見ていたら
BS1で 「サッカースーパーレッスン・先生はバルセロナのトップスター」というのを
あると見た。

見たよ。全部見たよ。
デコやらロナウジーニョやらエトーやらが バルサのこどもたちに基礎レッスンしてるんです。
なんつー 幸せなちびっ子たちだろうかと嫉妬した。

基本をするのだけれど、いやもう 凄いなと。
うまく書けません。内容は とても勉強になりました。自分サッカーしませんけど。

これからはいろいろな場面でドリブルやかわし方やシュートのテクニックなども見る楽しみが出来たなと、
まあ、それがコンサでどこまで見ることが出来るかは別としても、
華麗なる展開には そこに至るまでの コツコツとした一人一人のたゆまぬ努力、
向上心、そしてチームメイトをきちんと評価できる(する)人間性や、そこにいることが
出来ることへの感謝の気持ち、 そして何よりも クラブへの誇りを感じました。

その番組は バルサが作った番組だというのは完全なる自分の憶測ですが
きっとそうだろうと思うし、いわゆる クラブチームの宣伝番組でもあったのだろう、
しかも 製作2005年のものであったので、昨日、ニッポンで放送されたものを偶然見た自分は
ラッキーであった。

選手の話す言葉は(翻訳だが) ほとんどが 「バルサは」 で始まる。
例 「バルサではこうなんだ」 や 「バルサはこうなんだ」

そういった話し方に、ひとつのクラブチームのあり方を見た思いだった。
昨日みたその番組は 2005年モノだったし、 いま現在 近い将来の彼らの動向は関係なく。

いつの日か Japanのサッカー選手が 「コンサは (あ、バルサに似てる・・・)」 と話す日が
くるのが楽しみだ。
フロントや 監督や チームメイトがどう変貌をとげようが 「コンサは」 と語りだすこと。
それまで生きてはいないと思うが、憧れるものが出来た。

そして思った。 やはり スペインに行きたい!と。
なんとなく 自分は 昔 スペイン人だったような気がするんですよね(ふっ、顔は平安だがな)。
昔というか、前世ですが。

ほんものを いつか見たい。

フラメンコも見たい。フラメンコギターも聴きたい。
アルハンブラ宮殿にも行ってみたい。
私が ギターの音色に一番 心揺さぶられたのは 「アルハンブラの思い出」を聴いた時。
小学生くらいの頃だったと思う。 それから サンタナの 「哀愁のヨーロッパ」を 聴いて。
ずっと忘れていたけれど、今 息子たちが二人ともギター大好きなのは 不思議な因縁だと思った。

長々と話がそれて行ってしまった。


身近な白い恋人人気と日記

2007年12月24日

また夜中のエントリーだ・・・どもならん。

日付が変わったわけだが、コンサの番組があったらしいことをこのオフィシャルブログで知る。
知らんかった・・・。
まあ、いいさ。12月1日に予約したDVDを期待しよう。

白い恋人はもう簡単に買えるのでしょうかね。
神奈川に親戚がいて、お歳暮とかそういうカタチばかりのことはやめようや雰囲気があり
どうせならお互い好きなものを要求しよう的な感じの暗黙の了解があり、
このたびは 初めて 「白い恋人」がたくさん欲しい!! 旨連絡がありました。
配って自慢したいタイプの親類なので 想像はつくんだなこれが。
もういっぱい送ってやるよ! 他のものならいざ知らず 白い恋人やニトリの光るランドセルとか!
だけど はとさぶれ はもういらない・・・

そういうわけでリクエストもあることだし、もう今日なんだが長男が一人 首都Tokyoに旅立つので
新千歳空港まで送るついでに 白い恋人や その他 じゃがぽっくるだったっけかな、そんな
リクエストもあったし、アレも美味しいのよね、それも買う予定。あるといいのだが。

最初 空港まで送ることには「助かる」と言っていた息子も
「頑張れ!」みたいなゲーフラ作って見送ると言ったら JRで行くからいい。と突っ放された。
泣くかもしれないと言ったら、言葉を失っていた。

いつかのエントリーで シブヤに行く!って書いたら 東京の大学行くと勘違いされたけど
違う。違うんだ。
講義を受けに行くだけなんだ。 クリスマスに3泊4日 一人過ごすのもオツだよね。
泊まるホテルは青山なんだそうだ。
青山! なんかすごくない? こないだヒデがミランの選手をご招待したのは南青山のホテル。
近いのかな わくわく。 名前だけで興奮してる田舎庶民親ここにありだ。

まあそんな感じでどんな感じかわからないけれど、いつまでもパソコンに向かっていると
うるさい人間が家にいて (今、トイレに起きてきた…) 窮屈このうえないので、
ああ、なんとかしなくてはいろいろと。

寝る。


post by aru

01:10

日記 コメント(3)

師走としたら師匠が(家族ネタ)

2007年12月21日

師走も大変だ というようなことを書こうと思い珍しく検索して
http://d.hatena.ne.jp/keyword/%BB%D5%C1%F6
こんなところを見て 
「忙しくて師匠も走ると言ういわれから。」
を見て、クリックしたら
http://d.hatena.ne.jp/keyword/%bb%d5%be%a2
こんなところに飛んで、ここまできたら 地縛霊かもと たった今 おののいた。
(まあ、Takayuki.S のことで 超個人的おののきだが)

まったくの家族ネタですので どうかスルーを。 日記っす。

あろうことか、昨日 中3次男坊が 骨折し手術と相成った。
もうネタにするしかない。

その日、わたしは飲んでいた。明け方まで飲んでいた。
帰宅は6時頃だったかなー! 朝でごわす。
眠りこけてた午前10時37分。自分の携帯が鳴る。
中学校からだ。
寝ぼけながら聞こえたのは 「○○くんが、怪我したのでお迎えを!」

最近流行ってたっぽいバレーボールで ネット際でのジャンプ。
着地時に 味方の接触あり バランスをくずし 足首くにゃり。
まあ、そんな情報だけのまま 病院へ赴くことにした暢気な親子であった。

混んだ病院。普通に待ち、普通にレントゲンを撮った後から 何やら慌しくなる。
すぐに診察室に呼ばれて 医師の最初の一言。
「まいったねえ~」
「折れてますよねえ。 この折れ方ね、手術だねえ~ 今日しちゃおうか!」

それまで 手術になったら笑えるね♪ ただの捻挫だよね♪
とはしゃいでいた親子は その一言にさらに はしゃいだ。
「あら!息子 今日の 『医龍2』 の最終回 すごく楽しみにしてたんですけど!」
いや 手術自体は簡単だから 見れると思いますよー たぶん(笑) と医師くんが言う。

*いや、実はこのドクター ご自身はサッカーをされていて、お仕事では
 札幌ドームをお使いになる コンサじゃない 某球団の選手たちの治療もするという猛者であった。
 看護師さんに こそりと 教えてもらって 「凄い先生なの、ラッキーですよん」 なんて言われた。
 おお! 別に興味のない分野ではあるが 同じ手に 愚息の治療もされたか!と思い
 今 少し はしゃいでいる。 というか 周囲に吹聴している。

てな感じで ふわふわしたまま 入院手続き。
息子は いわゆる採血されただけで じっと見ていたのだと推測するが 蒼白。
それまでは 片足でピョンピョン跳ねていたのが いきなり車椅子。 かわゆかった。
あたしゃ、入院準備のために 一度家に帰ったりしながらも ふわふわ。
夫に連絡がついて 初めて涙が出たさね。 
なんか 急に 採血ごときで蒼白になった息子を思い出したのと、普段まったくしない緊張を
していたのが緩んでしまった。 甘いな・・・

でもって、Opeは最後だったので 夕方はずっと 息子のベッドサイドにいた。
昨日発売だったコンサの雑誌をそれぞれ用に2冊買い 熟読。
(某所に自分発見。泣きたくなった。 また 芳賀選手の可愛い写真に爆笑)
飽きたので 鶴を折り始めるわたし。

ふと気づいた。 己の息子のために折っていると思われたら大変だ! 恥ずかしすぎる。
しかも 午前中に折れたのに(骨が) もうこんなに折っている(鶴を)親! と思われたら
物笑いのたねどころか 鶴折り職人と思われる! あり得ない量の鶴を入れたコンビニ袋を持参
していたので カーテンの隅で 足音に気をつけながら ひたすら折っていた。

全身麻酔で行われた手術は あっちゅーまに終わり
とりあえず朦朧としながらも 意識の回復しつつある息子を見て 空腹だった自分は
夫と あっさりと帰宅。 空腹に意識を失いそうだったので ラーメン食べに行った。
帰ってきてから 家族で 心配しながらもゲラゲラ笑い、
足の折れた(術後)本人は 松葉杖で 本日午前に退院。
折れたのは右足外踝部で 今は しいね固定。 明日仮装具をつける。
松葉杖は 1ヵ月くらい続きそう。 冬休み中でよかった・・・

てか 受験生だ! 冬期講習も申し込んでない! 申し込まなきゃ! 送迎の日々だ!

あたしは 毎晩飲みに行く予定だったのに。
飲んだくれのわたしへの バチが 息子へ? 
すまん。
まあ、これも人生だ。
終業式に 松葉杖で登校することを 楽しみにしている。
「こんな新鮮なネタなくして冬休みに入るのは絶対いやだ!」

ネタ命で生きている我が息子がめんこい。 
でもさ、今 病院から電話きたよ。 医療費 10万超えたよ・・・
授業中の怪我だから なんとかなるかいな?

師走は 大変だ。 みなさまも 転ばないように気をつけて下さいね。
わたしは その病院の駐車場で 転びましたが 大事にはいたりませんでした。

そうだそうだ、先日のエントリーで間違いだらけを (いつもだけど)
指摘してくださった複数の方がいらっしゃいました。ありがとうございました。
後ほどなおします。


post by aru

14:55

日記 コメント(5)

CWC。民放よ・・・

2007年12月18日

早めに寝たら目が覚めてしまった。

アフリカ代表(?)とレッズの試合ももちろん面白かったけど、
いやあ、やっぱりミランとボカの決勝 凄かった。 (ので レッズの試合 忘れた)
今までさほどトヨタカップに興味も持たいでいたけれど見たのはやはりレッズのおかげだな。

レッズに負けた エトワール・サヘル(?)のシェラミティ(?)の涙に、この大会への
想いを初めて痛感できたのは大きかった。この人 クリスティアーノなんとやらに似てた。
もちろん レッズのワシントンの号泣にも心揺さぶられたのだが。
実はボカを応援してました。
9軍まであるというボカのクラブ。あと、ボカジュニアーズの スタジアム見たり
サポーターの名前のダンマクがあったりする、そんなクラブに魅力感じてしまって。

でもミランも今まで悔しい思いたくさんしてきたわけだし、試合始まったらもう、
なんというか、凄い凄い!だらけで。 レベルと言うかラベルの違い歴然ね。
あったりまえじゃん。

コンサを応援している時は ひたすら応援モードなので 試合の内容はてんで
わかっていないで見てる。それはスカパー観戦でも どうしても ちゃんと見れない。

でも、このたびのクラブワールドカップは 燃えてしまった。 特に決勝。

しかし、トヨタカップだから仕方ないのかもしれないけれど、民放にはもう・・・
さんまもいらん!どいつもこいつも いらん!
なにあれ。

カカがスタジオに来たときには、もう恥ずかしくてたまらなかった。
まともなこと聞けるやつはおらんのか。

腹がたってきて、そのうち 息子たちと レッズの選手なんていらねーよ!にまで発展。
むしろ彼らに失礼ではないか! カカに覚えているか?なんて・・・恥ずかしいったらない。
ミランは レッズに 1-0 というスコアで勝ったけど、そりゃ勝てばよかっただけなんだよー。
5-0くらいで勝って欲しかったとか もう サッカーで息子と久しぶりに意気投合した。

まあ、落ち着け自分。

ミランにはまるでセネガルのような人がいたし、そう言うと 息子に それは人種差別だと
怒られるし。
 「黒人のお洒落なドレッドヘアーなだけだ イエローモンキーに言われる筋合いはない」 なんてな。
インザーギはもう34歳なのか。あいかわらずいい男だな。そんなこと思ったり。
ボカの パラシラ(?)の 普通の髪型から一本垂れ下がってた麻紐のような髪の毛も 
あそこまでいきついた経過が激しく気になったし。
スタジオにいた ボカサポーターのモレールさんの出番が非常に気になったり。

ほんと 余計なことにばっかりに気が散って 普通にサッカー中継してもらいたかった。
試合が終わってからの特番までの長いことといったら話しになりません。
CM50個くらい垂れ流してたように思った!(←大げさ) 

決勝は素晴らしかった。
Queen の We are the champion が流れている時に思い出した。
12月1日にも ドームで流れた。
♪We are the champion  ふーふーふー
 We are the champion   たりらー
 We are the champion  We are the champion 
 うーふはうーふはうーふは うーふは らりらー

そんな感じで きちんと歌えなかった大勢の仲間に また思いが馳せた。