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HN aru 聖地厚別在住  旭川市出身   *変わらず当たり前 1964年生まれ  *いい年齢になってきました 性別 ♀ たぶん  *まだそうだ!たぶん 厚別・函館・室蘭ゴール裏  ドーム Gシート       *今 違う   夢(妄想)・HFC最高幹部次席付電話受付係りなにそれ  *ちょい自信なくなった(本気だったのか?!) 特技・ブログの文章が長すぎること  *書けば長いのだが・・・

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ひっきー主婦は坂道を転げ落ちる

2008年02月25日

自分のことなんです。
パソコンに向かうとつい何かやらかしてしまいそうで ほとんど向かわず
パケ放題の携帯電話を駆使して 見たいところは見ていました。

車のエントリーに コメントを下さったみなさま、有難うございました。
必ずお返事しますから。気が向いたらまたのぞいてやってください。

なにかあるとすぐに獣のように反応し、そのうち開き直って
さらに獣となって 書かなくてもいいようなことまで 自ら追い討ちをかけるように晒す。

これは一種の悪循環というものでしょうね。

思うんですよ。
自分でも。
こいつアホ。
年齢にふさわしい品格のかけらも持ち合わせていない。
しかも 女だという。
さらに、こんなのが時々親ぶったこと書いてる。
終わってるな。

ネット上ではこんな感情も素直に出せる一面もあるから、そういった他者の感想を
目撃したこともあるし、自分も思ったことがあったから、なおのこと、
ああ、今の自分は転げ落ちている最中(もなかじゃないよ)かもしらんと 想像してしまう。
こういうのを自意識過剰、あるいは被害妄想、あるいは 負の思考回路という   by aru。

いつからこうなったんだろう ひーん(馬じゃないよ) 一応 なみだ目モード。

他者にも 自然にも いいことひとつもしてないじゃないの。

どこかで(いや、知ってますけど)カウンセリングカテゴリを作成したと拝見しました。
出張サービスはありですかね。

修正可能でしょうか。このブログ。
潮時なのは ISDNでもなくて、この我がブログなのかもしれません。
これでもけっこう思いつめてるんですよ!
光にしようかとエントリーした翌日に 「光にしませんか?」とNTTから電話がきました。
なんという偶然。なんというすばやい対応。
まだしてないけど。

こういうのにコメント誰かくれますか? 自分は欲しがるくせに 与えられてないんですけど・・・
ああ、また少し転がった。

*注意 なぐさめ不要


post by aru

23:19

日記 コメント(3)

マニュアル派?AT派?日記

2008年02月23日

車の運転免許持ってる方は 運転好きですかね。
仕方なく運転してますかね。
必要に迫られ 気づけば生活の必需品となっていて あまり考えないですかね。

私は車の運転が大好きです。
札幌に来てから あまり楽しんでないなというのが本音ですが、
いろいろな土地に住み、近隣の町におもむいたり 抜け道を探すのが好きでした。
こうして今 札幌に住み 行く場所もいちいち考えたり、
気軽におもむきたいな・・・行ってどうする・・・何するよ・・・
みたいな現実的な考えが脳裏をかすめるような つまんない人間になってしまうと、
走行距離もおのずと減りつつあります。

免許をとった時に たまたまうちにあった新車がマニュアル車だったので
ためらうことなくマニュアル車の免許をとりました。
自分が免許を取得した頃は まだAT車はそんなにメジャーじゃなかったような。
いえ、これは自分の感想です。もう バリバリAT車の時代だったかも!

今時分は どちらかを選択するみたいですね。 やっぱ、マニュアルじゃない?
などと書いてみる。

それでも教習の中で 「AT車授業」も含まれており、 教官に 「楽なのよ、これ」と
言われ 乗りました。 別に楽だともなんとも思いませんでしたがね、緊張してたから。

前にも書いたかな・・・ 人によく喋るので 書いたことあるかもしらんが、まあいいか。
AT車は 信号待ちなどの時 ブレーキを踏んでなきゃならない。
何故なら ブレーキから足をはずすと 車はのろのろと進む。

「はい、この現象をなんといいますか?」 教官からの質問。
AT車に乗るのは カリキュラムの一環で体験学習♪みたいな感覚でいた自分はおののいた。

・・・・・ わかりません。
教官  「ほら、コーヒーに入れる アレ。アレですよ!」
私    「・・・・マリーナ・・・かな」
教官  「それはパンに塗るやつじゃなかった?じゃなくてね ほら、あれ!あるでしょアレ!」
私   「く、クリープ!!!」
教官  「当たり!」

そんな時代でした。

オートマに乗り始めてから マニュアル車との違いに苛立つこともあった。
まあ、いきなり セダンのマニュアルから ワゴン車のATになったのだから 仕方がないけど。
しかもディーゼル車だったし、エンジンの綺麗なぷるるるるーな音や
回転数が上がっていくときの高揚感は 経験することもなく。 いつかまたマニュアル車に乗りたい!
と思っていた。

でも、結局 好きな車に出会えたけれど、AT車。 気持ちマニュアルモードついてるけど
あの、半クラの感覚はもう味わえない。クラッチ板・・・ 普通の交換時期より早かったなあ・・・。
ああ、へたくそだったのね。 ぶるんぶるんきききーどはらっしゅ!な運転は どこかですれと。

先日の新聞で 十勝でそういった自家用車でぶるんぶるん出来るところがあると知った。
行きたい。
行きたいー!


post by aru

11:24

日記 コメント(9)

ナビスコ日程慣れてないので

2008年02月21日

ナビスコカップの案内があったので
つくづくオフィシャルを見て 確認した。
いやはやびっくら。

そうか、室蘭、函館はナビスコだったのか!

うーむ。
一番近いので3月23日(日)13:00 
川崎フロンターレ戦 室蘭入江運動公園陸上競技場
ときたもんだ。

うーむ。
うーむ。

行くよもちろん! しかし うーむ。

で、次は
5月25日(日)14:00
ジェフ戦 函館市千代台公園陸上競技場。

これは大丈夫だろういくらなんでも。 頑張らなきゃいろいろと。


故郷1 (日記)

2008年02月21日

故郷でもなんでもないんだけど
時々 無性に恋しくなり 帰りたくなる場所がある。
あそこだけは なんとなく特別。

わたしが生まれたのは旭川で、結婚して子どもが出来て でもすぐに夫の転勤が決まるまで
その土地から離れるということは あまり覚悟していなかった。(←詰めがいつも甘い)
本当は 育児休暇を経て復職するのが希望だったけれども、夫がいないんじゃ話にならない。
いくらつぶしのきく職業に携わっていたとしても、また乳飲み子抱えながら知らない土地で一から
やり直すだけの根性がそのころの自分にはなかった。
絵に描いたようなマリッジブルー及びマタニティーブルーを とことん味わった。
(母と祖母は わたしの目につかないように そっと 塩をまいていた 後に聞いた)

初めて住んだ知らない土地。それは富良野。 めっさ 近いわね。今にして思うと。
でも 海外のような気分だった。さみしくてさみしくて。
それも 山すそのようなところに住処があって ベビーカー押すのも一苦労。
免許をとりました。26歳で ぴったり26万円かかりました。
教習所で 仮免落ちました。 泣きました(笑)
一応バリバリ仕事していた名残があったので 怒られるってことに慣れてなかったのかと
あとで自己分析。 
でも、長男は そこで 新たなジジババに出会う。 こよなく愛され今に続く。
本当のジジ(夫の父)を 「おじちゃん」と言い 富良野のおじちゃんを 「じいちゃん」と呼ぶ。
そのたんびに わたしは気を失いそうになった。

そのあと北見へ。次男はここで誕生(神社じゃないよ ちゃんと日赤で産んだよ)。
そして深川。
そして恵庭。
そして 稚内だ。 (そのあと 札幌の今の場所に)

稚内が無性に恋しくなる時がある。なんでだろう?

海があったからかなあ。とふと思うのである。
内陸育ちの自分にとって 海とは 留萌あたりまで車走らせ(友達の) 泳ぎに行ったり
キャンプに行ったり 夏の華やかな そうサザンオールスターズが必ずBGMにあるような
そんな場所であった。

ところが。違った。海水浴が出来るのは ある一定の場所で それも2週間ひらければいいとこ。
てか、海水浴した覚えないや。

なんか長くなります。 稚内に初めて行った日のこと。そこでの2~3年。
少しずつ書きたくなりました。画像もなんにもないけれど。

しばし コンサとまったく関係ない思い出話 突入しよう。


post by aru

20:12

日記 コメント(0)

中国との試合(代表)

2008年02月20日

いろんな見方があるでしょうが、
久しぶりに血が騒いでしまいました、代表戦。

とは言いつつ 叫びもせず 石のように固まって食い入るように見つめてしまった試合でした。

あのスタジアムの雰囲気も含め 審判も含め やっぱりサッカーだ・・・と思ってしまった。

いいとか悪いとか理屈じゃなくて 「目が離せないわ!」 モードで 
ふとテレビ画面の光線が変わった時に 自分がテレビ画面にうつって、
「なにこの正座したおばさん!」 と ひいたけど、
がちがちになって見ておりました。

自分の目には ファールとそうでないものの区別がいまだはっきりわからないのだが、
リプレイされて 足がボールにいってるか そうじゃないかは 後でわかるけれども
ボールのないところや 追ってる時などの
激しいタックル的な当たりは その判定基準がいつもよくわからない。

こんなこと書くのはお叱りを受けそうだが、倒れる側ってどうなんだろう。
後半ばたんばたんと 倒され痛がる選手が続発していくうちに
中国側から見たら 「あれっぽっちで倒れてる ブーブー」 だったのかな なんて。
いや、そういうことなんかも ちょっぴり思ったですよ。
わたし痛くなかったから・・・あああ。

それにしても山瀬は 立派になったのう・・・ 今更ながら知りました。
もう素直に 喜んでしまった。
今野は きっと 3年毎くらいの写真を並べたら違いがはっきりわかるんだと思うけど
札幌の時と なんら変わっていない風貌に 土のにおいというか ぬくもった。そして良い。

相馬さんが 「イラっ」としたり、スタジアムが 実況曰く 「モヤっ」 としてたり
手持ち花火のようなちょっぴりショボイ発炎筒みたいなのが出たり 何かピッチに投げ込まれたり
いろいろありましたが、最終的に面白くてごめんなさい。

安田選手の状態はどうかな。大丈夫だといいけれど。
担架で右手で左手を持っていたから 胸とかより肩のあたり痛めたのかななんて思ったけど
わからない。

楢崎はやっぱり 今まで代表で選ばれた中でずーっと一番好きなGKだ。
そして中澤 いいなあ。ひょうひょうとしてて。 

なんか最後 「フラッシュいかがですかー」 か 「クラッシュいかがですかー」という
意味不明な音声をマイクが拾っていたが あれはなんだったんだろう。