コンサドーレ札幌サポーターズブログ

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2005年12月29日

アシスとビジュのこと!

 アシスとビジュを覚えていますか。2人とも1999年にコンサに入団した比較的アタリの選手です。

 アシスは、フルネームをロベルト・ジ・アシス・モレイラといい、ブラジル選抜にも選ばれたことのある選手で、FKを蹴りに行くときの大また歩きで自信満々の態度が印象的でした。(FKもそこそこ見られたものでした。)このシーズンは、外国人選手を総入れ替えし、アシスのほか、MFのクレーベルとFWのリカルジーニョを補強したのですが、アシスを除きシーズン途中で退団しています。

 そのアシスも、シーズン終了後、引退。現在は、9歳年下の弟ロナウド・ジ・アシス・モレイラの代理人をしています。ロナウドとは世界年間最優秀選手(FIFA)に2年連続選出されたロナウジーニョのことです。(念のため。)コンササポにとっても自慢(?)ですね。

 そして、シーズン途中に入団したのが、アンドレ・ルイス・ジ・ソウサ・シルバことビジュです。とにかく、ビジュの運動量はとても人間とは思えないほどで、相手ゴール前で攻撃に参加していたかと思えば、一瞬の相手カウンター攻撃に反応、猛ダッシュでボールをカットすると言った具合でした。

 ビジュは、戦術云々というより本能でプレーするタイプで、歴代外人選手の中でもかなりの人気者でした。サッポロ・ビージュという段幕も笑えましたね。あの段幕の左下にビジュのサインが入っていたのですが、サインは、段幕を作成したサポが白旗山での練習終了後、ビジュに段幕を披露し貰ったものです。(私、当日、偶然見かけました。違っていたらごめんなさい。)ビジュは、結局2002年シーズンまでコンサに在籍しましたが、歴代の外国人選手の中で、人気は1番だったかも・・・!

posted by kalakaua |19:22 | コンサ・コンサ |

2005年12月29日

’99J2リーグ第9節!

 1999年と言えば、岡田武史氏がコンサドーレの監督に就任し、1年でJ1復帰という期待で盛り上がりました。岡田さんの人気は絶大で、岡ちゃんフィーバーと言える状態でした。

 シーズン当初は、後に岡ちゃん自身も語っているとおりJ2を甘く見ていたのか、散々の成績でした。第8節終了まで2勝6敗、室蘭でのホームゲームも1勝2敗で負け越していました。このような成績にもかかわらず、5月2日、厚別初戦のヴァンフォーレ甲府戦は、異常な盛り上がりでした。多分、岡ちゃん効果だったと思います。(観客15,000人ぐらいだったかな。)

 私も、最初は、「岡ちゃんってどれ!」といったスタンスで、家族と観戦していたのですが、吉原宏太が前半22分、27分に立て続けに得点し、後半開始3分に3点目をあげハットトリックを達成した頃には、もう岡ちゃんどころではありませんでした。ハットトリックを達成した宏太は、右足をゴール裏の看板に上げ得意げにポーズしたのを覚えています。かっこよかったですよ。競技場は、お祭り騒ぎの盛り上がりでした。
 その後も、新外国人アシスが直接FKを含む2得点、リカルジーニョが初得点を上げ、終わってみれば6対0の爆勝でした。

 この勝利からチームの調子も上向き、勝ち星を重ね一時は3位まで順位を上げたのですが、27節から29節までの3連敗と35節、36節(どちらも厚別でのホームゲーム)の連敗で、結局、年間成績5位でシーズンを終えることになります。

 このシーズンは、外人選手に泣かされたシーズンとも言えますが、岡田さんが「外人選手は博打みたいなもの。」と言っていたのが印象的でした。(発言内容は、少し違うかも知れませんが、要するに使ってみないと分からないということでしょうか。)

 そして、シーズンオフには、コンササポにとっては、初めての人気選手の移籍(もちろん吉原宏太選手のことです。)という辛い経験もすることとなります。
 やはり、チームは強くなければいけません!そして、来シーズンの外人FWは誰それ云々よりアタリでありますよう、切に願っています。

posted by kalakaua |15:31 | コンサ・コンサ |

2005年12月23日

バルデスとマラドーナのこと!

 バルデスとマラドーナを覚えていますか。

 デリー・バルデスは、元パナマ代表でパナマの怪人などとも呼ばれていました。もちろん、歴代のコンサFWでは最高だと思います。彼の忘れられないゴールシーンと言えば、何と言っても98Jリーグ1stステージ第11節のヴィッセル神戸戦ですね。
 後半32分、相手DFがGKへバックパス。疾風のごとくボールを追いかけるバルデス。凄まじいスピードに焦るGK。空を切るGKの右足。転がるボールをゴールネットに突き刺すバルデス。
 後にも先にも、こんなゴールを観たのは、この時だけです。それぐらい、バルデスの足は凄かったわけですが、次節のジェフユナイテッド市原戦ではハットトリックをやっちゃうなど絶好調でした。

 そして、バルデスと言えばウーゴ・マラドーナですね。あのスーパースター、ディエゴ・マラドーナの弟ですが、コンサ史上最高の選手の一人だと思います。当時、マラドーナとバルデスの関係はホットラインと言われており、随分2人でゴールを演出したものでした。
 また、マラドーナのFKも見応えがありました。98年の何節かは忘れてしまいましたが、左コーナーポスト付近から放たれたマラドーナの右足FK(CKだったかも知れません。)は、そのままゴールニアサイドに吸い込まれて行ったのです。私は、思わず「え”ー!」と唸ったものです。
 その時のマラドーナのコメントは、「相手GKがファーサイドにポジションを取っていたので、空いていたニアサイドを狙ったのさ!」と言った内容だったと記憶しています。ほんと凄いです。

 しかし、こんな選手が在籍していたのに、結局、コンサはJ2に降格してしまいました。降格が決まった試合後、泣き崩れる関を抱きしめるマラドーナの優しい横顔が目に焼き付いたままです。今は、何をしているのかなあ!

posted by kalakaua |11:03 | コンサ・コンサ |

2005年12月23日

’98Jリーグ2ndステージ第17節!

 1998年11月14日厚別公演競技場で、98Jリーグ2ndステージ第17節が行われました。
 対戦相手は、横浜フリューゲルスでした。1試合でもこのチームで試合を続けたいというフリューゲルスの選手、スタッフそしてサポの熱意によるものなのか、結果は、1対4のコンサドーレの大敗でした。

 私は、当時10歳の息子と浦河町から観戦に向かいました。宿泊は、現在のシェラトンホテルで、確かツイン1室2名で11,000円の格安パックだったと記憶してします。12時頃、ホテルにチェックインしたのですが、フロント付近に見慣れた顔を見つけました。何と、14時キックオフの試合を控えたマラドーナが立っていたのです。ほかにも有馬賢二やペレイラもいました。

 私は、ビックリしてしまい、写真を撮ることもサインを貰うことも思いつかず、「頑張って!」の一言すら掛けられませんでした。今思うと、声ぐらい掛けていればと思う反面、いくら選手を激励するためとは言え、試合前にホテルで昼食会とは、何か違うんじゃないのと思えてなりません。(まだ、こんなことやっているのかなあ…)

 この試合のあと、フリューゲルスは天皇杯を勝ち続け、消滅するチームが優勝するという劇的な結末を迎えます。
 一方、コンサは、J1参入戦を、神戸、福岡と戦い、絶対有利と言われていましたが、結局1勝もできずにJ2へ降格という辛酸を味わうのでした。

 もの凄い寒風の中、震えながら応援したあの日のことは、忘れられません。
 来年こそJ1への切符を絶対に勝ち取ってほしいものです!

posted by kalakaua |00:45 | コンサ・コンサ |

2005年12月15日

押尾コータロー

 昨日、七飯町文化センター・パイオニアホールで、押尾コータローのコンサートを見ました。

 開演は、定刻19時。ほぼ満席(キャパ1,000席)です。七飯町へは初めて来たそうですが、観客は、思ったよりノリが良く、多分、かなりの方がリピーターと思われます。(10月9日・10日の札幌道新ホールでの公演にも行っていたようです。僕も含め。)

 演奏曲は、インデーズデビューアルバムから「戦場のメリークリスマス」、メジャーデビュー後のアルバムから「Tension」、「翼~you are the HERO~」、そして最新アルバムから「オーロラ」、「コンドルは飛んで行く」、「Passion」などで、ラストはすっかりお馴染みの「ボレロ」でした。この間、1時間30分。(短い)

 しかし、5分ほどして衣装を替えて登場したコータローはノリノリで、アンコールはいつものメンバー紹介から始まり、30分ほど。

 メンバーと言っても、押尾コータローのソロですから、「onベース押尾コータロー、onエレキギター押尾コータロー、onフォークギター押尾コータロー、on津軽三味線押尾コータロー」と紹介しながら、フォークギター1本でそれっぽく弾くのですが、これがまた凄いです。

 ベースギターでは、「ドラえもん」、「ウルトラマン」、「サザエさん」を弾きながら、会場を一週、エレキギターでは、ジミヘンやディープ・パープル、フォークギターでは(彼の音楽ルーツはフォークソングです。)、松山千晴、津軽三味線は吉田兄弟も真っ青です。

 「ずっと…」と言う曲でアンコールも終了。「また来るからねー!」を連発してステージをあとにしました。

 ご承知だと思いますが、ギターは弦を弾くものですが、彼は、叩いたり、つねったり(これは嘘)しますし、時にはギター自体を叩きます。なので、目と閉じて聞くと、3人くらいで演奏しているように思えるのですが、目を開けると、1人しか立っていません。そんな、超絶技巧を駆使するギタリストです。それにトークも面白いですよ。

 かなりの曲がCMで使われているので、きっと一度は耳にしたことがあると思います。

 いや、「ほんま良かったでー!」(彼は関西人です。)

 画像は、最新アルバム「Panorama」のジャケットです。

 


posted by kalakaua |12:02 | 音楽・コンサート |

2005年12月13日

DAVID SANBORN!

 今日は、北海道厚生年金会館で行われたデビッド・サンボーンのコンサートに行ってきました。

 パーソネルは、アルトサックスのデビッド・サンボーンのほか、ジェフリー・キーザー(キーボード)、マイク・ポープ(ベース)、テリオン・ガリー(ドラムス)、ドン・アライアス(パーカッション)のクインテット編成でした。

 ジャズのコンサートは、普通は途中で休憩があるのですが、最初に休憩がないとのアナウンスがあり、もしかしてかなり短いかなあと思いましたが、思ったとおりアンコールを含め1時間40分のステージでした。
 しかし、メンバーはそれぞれ芸達者で、予想以上にグッドなコンサートでした。

 アンコールを含め、8曲ほどのステージでしたが、チャップリンの名曲スマイルやマーカス・ミラーの曲を演奏し、最後は精根尽きたという感じのステージでした。とても満足のいくコンサートでした。

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posted by kalakaua |23:59 | 音楽・コンサート |

2005年12月13日

横浜フリューゲルスの思い出!

 横浜F・マリノスの「F」が、1998年のシーズンをもってJリーグから撤退した(異論はあると思いますが)横浜フリューゲルスのことだというのは、ご承知のとおりです。

 1998年は、ワールドカップの開催年で、どこのチームも夏期合宿を行っていたと記憶しておりますが、フリューゲルスの合宿地は室蘭市でした。合宿中の7月4日、どなたかの伝手だったのでしょうか、若手の3選手が1日だけ浦河町にやってきました。その3選手とは、高卒ルーキーの遠藤保仁(現ガンバ大阪)と大島秀夫(現横浜F・マリノス)、そして入団2年目の氏家英行(現ザスパ草津)です。

 当日は、フィジカルトレーニングやちょっとしたお遊びがあり、リフティングもありました。リフティングの見本は、遠藤君ともう一人(どちらかは忘れました。)がやりましたが、あまり上手くなかったと記憶しています。

 練習後、こども達はグッズをもらい、記念撮影にサイン会です。私は、この日のためにポラロイドカメラを購入し、撮ったその場でサインしてもらったのですが、遠藤君だけサインではなくて署名してくれました。(普通に「遠藤保仁」と書いたわけです。)画像をお見せできないのが残念ですが、何か、笑えるでしょ。これですっかり遠藤君のことが気に入り、今でも応援しています。

 こんな楽しい一時の数ヶ月後には、フリューゲルスの親会社であった佐藤工業がスポンサーからの撤退を表明したのです。この年は、コンサドーレのJ2降格もあり、悲しい年でした。

 実は、この日のことを思い出したのは、12月3日の最終戦で、草津のリザーブに氏家君の名前を見つけたからです。二人に比べ、氏家君は伸び悩んでますね。大宮の10番だったこともあるのに。

 画像は、11月14日厚別で行われたコンサの試合における、フリューゲルスサポの応援風景です。

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posted by kalakaua |16:13 | サッカー(コンサ除く) |

2005年12月03日

有終の美そしてJ1へ!

 今日は、久しぶりにSS指定席で観戦しました。昨日、B自由席を買ったのですが、急にサンクスウォークを間近で見たくなり、当日券売り場で買い換えました。堀井選手をはじめ、コンサドーレを去る選手にお別れがしたかったし・・・。
 
 開始早々の先制点には、唖然茫然でしたが、清野選手と石井選手が決めてくれて、2対1で勝ててよかった。特に、石井選手の公式戦初得点を見ることができて満足です。デルリスの怪我のため、予定よりかなり早い出場だったと思いますが、決められて良かったですね。なので、はずした1点は見なかったことにします。

 来年の目標は3位以内。サポもしっかり応援しなければと思います。道南に単身赴任中のため、何試合観戦できるかわかりませんが、精一杯応援します!ちなみに、今シーズンは10試合しか観戦できませんでした。(10試合の成績は5勝3分2敗でした。とりあえず、満足!満足!)

 コンサドーレに関係する皆さん、本当にご苦労様でした!来シーズンは、みんなでJ1に昇格しましょう!




 


posted by kalakaua |19:05 | 現地観戦 |

2005年12月01日

BOZ SCAGGS JAPAN TOUR 2005

 本日、北海道厚生年金会館で行われたボズ・スキャッグスの公演を見てきました。

 彼は、もともと西海岸では有名でしたが、1976年の大ヒットアルバム「シルク・ディグリーズ」で、当時流行していたAOR(アダルト・オリエンテッド・ロック)を代表する世界的なスターになったミュージシャンです。

 コンサートは、定刻の19時を10分ほど遅れて始まりました。1曲目から大ヒット曲「ロウ・ダウン」です。ほかにも、「ジョージア」、「リド・シャッフル」など「シルク・ディグリーズ」の曲や「スローダンサー」など、懐かしい曲もたくさん演奏してくれました。
 特に、私の大好きな「ハーバー・ライト(港の灯)」は、キーボードによるイントロと言い申し分なしで、聞けてよかったです。本当に。

 最近は、ジャズのスタンダードを集めたアルバムを出しているようで、「ビウィッチト」などの名曲も演奏されました。なかなか味わい深かったと思います。

 ステージは、1時間半ほどで終了しましたが、アンコールで3曲もやってくれたので、正味2時間のコンサートとなりました。アンコールの曲は、1曲目が、あの有名な「ウィア・オール・アローン」、あとの2曲はジャズナンバーでした。

 歳を感じさせないとても満足のいくコンサートでした。


posted by kalakaua |23:27 | 音楽・コンサート |