2008年06月22日

Atsubetsu first match in1996

20080622-03.jpg

7月5日の清水戦は、13回目の厚別開幕戦なんですね!

オフィシャルの懐かしいユニを、ボーっと見ていたら、あと13日って。
次節アウェイのG大阪戦まで、あと7日じゃないですか!

アンデルソンと元日本代表DF箕輪を獲得したコンサ。

勝ち試合が見たいぞ〜!!

13年前は、オテーロの2得点とペレイラの得点で、鳥栖フューチャーズに勝ってますね。
知らなかった。これが、厚別不敗神話の始まりなんだ、きっと。


posted by かんち |14:17 | 懐かしのコンサドーレ | コメント(2) | トラックバック(0)

2008年05月13日

名古屋戦 ’01J1リーグ1stステージ第11節

’01J1リーグ1stステージ第11節:名古屋戦は、正直に言ってピクシーを見に行きました。したがって、この日の写真はピクシーばかりです。

ピクシーことストイコビッチは、’01シーズンの1stシーズンで現役を引退しました。私が、生でピクシーを見たのは、この試合が最初で最後になります。当然SS指定席、それもアウェイで見てました(笑う)

試合は、延長でも決着がつかず2−2で引き分けに終わりましたが、コンササポにしてピクシーを敬愛する私にとっては、神様の計らいと感じましたね。本当ですよ。

土曜日には、ピクシー率いる名古屋との一戦がありますが、どのような結果が待ち構えているのでしょうか。ピクシーには悪いですけど、今の状況では、コンサに勝って欲しいと思います。


20080513-00.JPG

前列左から、4大森征之、7ウリダ、10ストイコビッチ、11ウェズレイ、3平岡靖成、6山口素弘。
後列は、5古賀正紘、1楢崎正剛、13滝澤邦彦、18西澤淳二、19石川 康。

西澤選手が、名古屋の選手だったことがわかりました(爆)


posted by かんち |21:50 | 懐かしのコンサドーレ | コメント(3) | トラックバック(0)

2007年10月31日

記憶:2000年10月29日

10月29日になったらエントリーしようと考えていたのに、すっかり忘れていました。7年前の10月29日、厚別は歓喜に包まれていました。天候は晴れ。西日が眩しかった。

コンサは、この試合の前節(湘南戦)に昇格を決めていました。アウェイのため、TV観戦だったと思いますが、絶叫したのを覚えています。涙腺が開いていたかも。

そして迎えた10月29日は、ホーム厚別で大宮戦。引き分け以上で優勝が決まるとあって、入場者は大入満員(19,863人)。

実は、当日、用事があり観戦は断念していたのですが、早めに用事が済んだので、娘と2人で後半から観戦しました。当然、座るところが見当たらないので、ゴール裏とバックスタンドの間の通路の最前列で観戦しました。警備員さんもあの大入りでは、さすがに席についてとは言えなかったようです。(ビデオで見ると私と娘がしっかり写っていました。)

試合は、エメと播戸のゴールで勝利。試合終了を告げるホイッスルが鳴り響くと、もう上へ下への大騒ぎでした。何が何だか分からない状態です。

試合終了後、赤黒の勇者達が場内を一周。選手達がゴール裏にさしかかると、突然、岡田監督の胴上げが始まりました。2度3度、宙を舞う岡田監督。「胴上げは絶対イヤだ!」と言っていた割には、笑顔でしたね。苦笑いだったかも。

怪我の功名でしょうか、直ぐ目の前で胴上げが見られました。その時に撮った写真には、宙に舞う岡田監督の頭がはっきり写っています。(笑)

あれから7年。優勝はやはり目の前で見たいですね。12月1日の水戸戦だと最高かな。楽しみです。

posted by かんち |12:48 | 懐かしのコンサドーレ | コメント(0) | トラックバック(0)

2007年01月08日

’06J2リーグ第21節!

懐かしのコンサドーレも、今日で一応おしまいです。’06シーズンは終わって間もないので「懐かしの」を付けるのはどうかと思いますが、まあ細かいことは気にしない性分なので!

’06シーズンは15試合生観戦。戦績は5勝3分け7敗でした。5勝は、21節、24節、26節、34節、そして39節です。この中から、観戦6試合目にして初勝利となった第21節を振り返りたいと思います。

試合は開始早々の4分、相手DFのクリアミスからOGで先制しました。しかし、25分、31分、羽地に立て続けにゴールされ1−2で前半が終了します。この時は、「また、負けかなあ。」と不謹慎なことを考えていました。まあ正直な気持ちでしたけど!

後半に入り、15分、フッキが蹴りなおしのPKをきっちり決めて同点。そして、22分、西谷が砂川のクロスを豪快にボレーシュート!ゴールネットに突き刺さるボール。実に見事なシュートでした。J's GOALの「J2ベストゴールを選ぼう!」の第2クールで見事1位になったくらいです。

そして、トドメの一撃は、フッキがドリブルから石井にパス、石井が落ち着いて右足でゴールを決めました。終わってみれば、4−2の再逆転勝利。西谷のシュートは何度見ても素晴らしいシュートです。

試合結果はこちら。


ちなみに、第1クールのベストゴール第1位は、第9節の加賀のあのゴールです!あれも信じられないシュートでした。そして、Amazing GOAL!でも第7節の鈴木、第8節の相川、第9節の加賀、そして第21節の西谷が選ばれています。何とフッキが一度も選ばれていませんね。不思議です!

もう直ぐ’07シーズンが始まります。ホーム初戦は、第2節(3月10日)かな?あと2ヶ月ですね!!!

posted by かんち |09:28 | 懐かしのコンサドーレ | コメント(3) | トラックバック(0)

2007年01月07日

’05J2リーグ第37節!

‘05J2リーグ戦で印象に残っている試合と言えば、10月22日函館で行われた山形戦です。すでに八雲に単身赴任していた私は、札幌組や地元組の友人と5〜6人で応援に出かけました。確か奮発してSS指定席だったと思います。

当日は、けっこうな雨で気温も低かったと記憶していますが、久しぶりに友人と会いスタジアムに着いて直ぐにビールを3杯ぐらい飲んでしまいました。

前半17分頃、トイレに行きたくなりました。試合観戦中はトイレには行かないようにしていたんですが、すでに限界でした。「トイレに行ってくる。点数入りそうにないし。」しかし、トイレの中まで聞こえてくる歓声。「やば〜い!」と便器に話しかけてしまいました。席に戻ると、やはりコンサが先制点を上げていました。前半18分、デリルスのクロスを西谷が右足で豪快に決めたそうです。

で、ビールで乾杯しました。そして、運命の瞬間がやってきました。またトイレに行きたくなりました。前半のロスタイムに入って直ぐだったと思いますが「混む前にトイレに行ってくる!」と言い残し、トイレへ。再びわき上がる歓声。「うそ〜!」。本当でした。砂川のパスを清野が豪快に右足で決めたそうです。

ビールを飲むためJRで出かけたとは言え、わざわざ函館まで行って、得点シーンを2回も見逃すなんて前代未聞です。過去にも、やむを得ずトイレに行ったことはありますが、多分見逃したのは2点ぐらいです。それが、同じ試合で2点とは。愕然としました。

その後は、トイレには一度も行かず頑張った甲斐があり、後半8分の見事なOGを見ることができました。実に見事なヘディングでした。試合はその後1点返されましたが、3−1で快勝しました。

友人達は函館泊まりなので、試合後、一人八雲に帰りました。侘びしかったですね。泊まれば良かった!勝ったとは言え、苦い経験です!

この試合のあと7試合が残っていました。戦績によってはJ1昇格が狙える状況でしたが、結果は2勝3分け2敗で、結局6位に終わってしまいました。最後の踏ん張りがあれば、3位以内も狙えたんですが・・・。

試合結果はこちら

posted by かんち |09:29 | 懐かしのコンサドーレ | コメント(0) | トラックバック(0)

2007年01月06日

’04J2リーグ第35節!

昨シーズンのオフに、1998〜2003シーズンで印象に残っている試合を振り返りましたが、今日から’04以降を振り返ってみようかなあと思います。

なお、振り返る試合を選ぶに当たり自分なりの条件を設定しています。それは、生で観戦した試合でもちろん勝った試合です。

となると、’04シーズンは自ずと限られます。年間5勝しかしていません。ホームで勝利したのは3勝、その内、生で見たのが2試合、第3節と第35節です。第3節はドームで仙台と対戦し1−0の勝利、第35節は厚別で水戸と対戦し2−1の勝利。

どちらも、正直あまり印象に残っているわけではありませんが、劇的な勝利の厚別にしたいと思います。

この試合は、かなり膠着した試合でした。後半27分ようやくコンサが先制点を上げます。砂川のCKを曽田がヘッドではなくて左足で決めました。その3分後に同点に追いつかれましたが、後半37分、清野のクロスを相川がヘッドで追加点を上げ、そのまま逃げ切り勝っています。オフィシャルの過去の試合で確認しました。実は何も覚えていません!

どうもこのシーズンは、負けっ放しという印象しかなくて・・・!シーズンチケットでしたが、観に行くのが苦痛になって3試合ほどサボってしまいました。「負けが混んでいる時こそサポは応援しなきゃ。」何てことは言わないでください。ストレス溜まりまくりでしたから。勝った試合の記憶も吹っ飛んじゃうほどのシーズンでした。

とは言っても、このシーズンはコンサが絶対に通過しなければならなかった経験だと思っています。


試合結果はこちら

posted by かんち |09:23 | 懐かしのコンサドーレ | コメント(0) | トラックバック(0)

2006年01月11日

ウィル!

 ウィルのことを覚えていますか。ウィルは、コンサがJ1に昇格した’01シーズンにエメルソンに替わるFWとして大分トリニータからレンタル移籍してきた選手です。気性が荒いと言うか、感情をコントロールできないというか、そのため「俺王様」というニックネームもお持ちでした。

 そんなウィルでしたが、’01シーズンは岡田監督のコントロールが良かったのか、気に入らない同僚が居なかったのか、大活躍でJ1得点王にもなっています。コンサドーレ史上、後にも先にもJ1得点王はウィルだけです。まあ、コンサがJ1で戦ったのは3シーズンだけですが。(やや自嘲気味)ウィルは、FKも魅力でしたが、ためが作れてシュートも正確で本当に優れたプレイヤーでした。ウィルは、見た目はちょっと怖い感じもしましたが、カメラを向けるとニッと笑ってくれるサポには優しい存在でしたね。

 翌シーズンもコンサでプレイすることを望んでいたウィルでしたが、シーズン終了後、横浜F・マリノスに移籍してしまいます。どうやら、横浜では気に入らないことが多々あったのか、磐田との試合中に同僚を後ろから蹴ってしまい、一発レッドで退場、そして退団と相成ります。

 ’03シーズン、ウィルは札幌に戻ってきますが(またもレンタル)、ハットトリック達成後の翌第7節甲府戦で左足を負傷。全くついていませんね。回復の遅れに焦ったコンサ(失礼)は、大分からアンドラジーニを獲得しウィルは大分に帰ります。詳しい経緯は知りませんが、療養中の事件もまずかったですね。その後、大分との契約も満了、’04には、中国のCリーグでプレイしていましたが、今はどこで何をしているのでしょうか。

 でもね、’02シーズンもコンサにいてくれたらと思いますよ、今さら言っても仕方ないけどさ。まあ、ウィルが信頼していた岡田監督やなだめ役の野々村さんがいないコンサで上手くやれたのか疑問ですが。(それに柱谷監督じゃ・・・。)

 今回で懐かしいプレイヤーの紹介も終わりです。ペレイラやディド、アウミール、バーヤック、ジャディウソン、ホベルッチなどまだまだ書いておきたい選手も居ますが、続きは、’06シーズン終了後にします。  

posted by kalakaua |13:39 | 懐かしのコンサドーレ | コメント(0) | トラックバック(0)

2006年01月10日

’03J2リーグ第6節!

‘03J2リーグ戦で印象に残っている試合と言えば、4月12日室蘭で行われた第6節福岡戦です。当日は、あいにくの雨天だったと記憶していますが、震えながら、それでもビール片手に応援していました。

 このシーズンは、ホベルッチとベット(元セレソン)そしてウィルという超強力な補強をしましたが、ホームゲームで3人が顔をそろえたのは、この試合だけでした。室蘭まで見に行って本当に良かったと今でも思います。

 試合は、一方的なコンサペースで、21分ホベルッチ、23分には砂川が得点し前半を終了、後半に入り16分、21分、40分、ウィルが立て続けに得点し、ハットトリックを達成しています。

 誰もが、この試合をきっかけにコンサの快進撃を予想したと思いますが、ベットがホームシックで退団、その後、ホベルッチがジョアン・カルロス監督と衝突し退団、ウィルも怪我が原因で退団してしまいます。本当に一瞬のキラメキとはこのことでしょうか。

 ただ、鹿島でも名古屋でも選手と軋轢を生み、特に名古屋では3人の主力選手を首にしたジョアン・カルロス監督を招へいした時から、嫌な予感はしていましたが。(監督も結局解任され、張さんが2年続けて後始末をすることとなります。)

 そして、‘01シーズンでJ1得点王になりながら横浜F・マリノスに移籍し、再び札幌に戻ってきたウィルに関しては、’01シーズン最終戦、札幌ドームの客席から寂しそうに試合を観戦(累積?)していた横顔を覚えているだけに、もう一花咲かせて欲しかったものです。あと、ホベルッチのFKすごかったですね。

 印象に残っている過去のコンサの試合を振り返ってきましたが、今回で一応終了です。柳下監督が就任した’04以降については、今シーズン終了後、3年分まとめて振り返りたいと思います。どのような、結果が待っているのか楽しみです。


posted by kalakaua |18:55 | 懐かしのコンサドーレ | コメント(0) | トラックバック(0)

2006年01月10日

’02J1リーグ2ndステージ第15節!

‘02シーズンは、チームにとってもサポにとっても、あまり思い出したくないシーズンだと思います。

 岡田監督の後を引き継いだ柱谷監督は7試合で1勝しかできず早々と交代、サルベージと言われたイバンチェヴィッチ監督は「もうアイデアがない。」と言い残し辞任、最後は、張さんが助監督から監督に就任と監督の交代が続き、当然結果も年間30試合で5勝しかできまず、J2に降格となります。

 そんな‘02シーズンで、翌シーズンに期待を持たせてくれたのが、最終戦(2ndステージ第15節)の広島戦でした。このシーズンは、逆転負けや延長Vゴール負けが多く、イバンチェヴィッチ監督の辞任の原因とも言えますが、最終節は、コンサが延長Vゴールで勝った唯一の試合です。

 試合は、前半7分小倉のゴールで先制するものの、前半終盤に同点にされ、後半2分、8分に得点を許し3対1と完全に負け試合でしたが、10分に曽田、39分に相川が得点し同点に追いつきます。その後、終了間際の42分に逆転され、万事休すかと思われたところ、その1分後に曽田が得点し同点に追いつきました。試合は延長戦に突入、延長前半9分、曽田がヘッドで得点しVゴールで勝利を収めます。まさに一喜一憂する何とも目まぐるしい試合展開でしたが、本当にエキサイティングで盛り上がった試合でした。

 曽田はハットトリックの大活躍でしたが、1点目と2点目は相川のパスを右足でシュート、そして3点目は森のスローイングをヘディングシュートした得点でした。もちろん、この試合のMIPは曽田選手です。試合後、ヒーローインタビューを受ける相川選手と曽田選手の笑顔が印象に残っています。

  


posted by kalakaua |12:10 | 懐かしのコンサドーレ | コメント(0) | トラックバック(0)

2006年01月08日

’01J1リーグ2ndステージ第5節!(堀井選手へ感謝を込めて!)

 2001年は、3年ぶりのJ1リーグと言うことで、もの凄く盛り上がったシーズンでした。チケットが完売と言う試合も結構ありましたね。

 このシーズンで、印象に残っている試合と言えば、播戸がゴールを決めて大喜びした1stステージ第6節ガンバ大阪戦、厚別競技場2万人応援のあった第9節鹿島戦、ウィルがハットトリックを決めた2ndステージ第7節神戸戦もいいですが、やはり、ここは堀井岳也の延長Vゴールで勝った第5節清水戦を取り上げます。

 ‘01J1リーグのコンサの戦績は、1stステージの前半こそ勝ち星に恵まれましたが、後半から失速、急遽補強したのが、J2の山形で10得点をあげていた堀井選手です。

 清水戦は、開始早々の7分澤登に先制されましたが、後半5分にアダウト、34分にウィルが得点し逆転、久しぶりの勝利だと思っていたら、ロスタイムに同点に追いつかれてしまいます。

 堀井は、ウィルの得点後、播戸と交代して入ったと記憶していますが、延長前半14分、大森のパスをゴール前で、堀井が軽く右足に当てたと言うか触れたボールはループシュートのようにゴールに吸い込まれたのでした。そして、観客が総立ちになったのは言うまでもありません。この試合のMIPを受賞したのも堀井です。

20060108-14.jpg

 しかし、堀井がこのシーズンにあげた得点は、この1点のみであり、その後も、怪我もあったのでしょうが、あまり得点していませんね。
 多分、来季は期するものがあると思います。故郷甲府での活躍を期待しています。


posted by kalakaua |18:08 | 懐かしのコンサドーレ | コメント(0) | トラックバック(0)

2006年01月07日

エメルソン!

 エメルソンを覚えていますか。覚えているに決まっていますよね。

 エメは、‘00シーズンにサンパウロFCからレンタルで移籍してきた選手ですが、前年‘99にはU−20ブラジル代表にも選出された選手です。
 エメのデビューは、余りにも鮮烈でした。シーズン開幕戦の鳥栖戦でいきなりのハットトリック。そのスピードに口があんぐり状態でした。(スカパーで見てました!)

 その後も得点を重ね、第9節までの7試合(このシーズンはJ2のチームが11チームのためお休みの節がありました。’06シーズンもそうなりますね。)で9得点。シーズン初観戦となった5月4日の湘南戦(厚別初戦)でも、ドリブルから右足シュートで1得点をあげ、まさに救世主現るという感じでした。結局、エメはこのシーズン31得点をあげ、J2得点王になっています。

 当時19歳のエメは、ラテン気質ということもあったと思いますが、陽気でサインや写真にも気軽に応じてくれました。今でもビジュやアウミールと一緒に笑顔で写真に収まっているエメを見ると、「良いやつだったなあ!」と思ってしまいます。

 しかし、エメは家族と離れてやはり寂しかったのでしょう。ブラジルに帰国するとなかなか帰ってこなくてヤキモキしましたね。また、時間にルーズなところがあったようで、堪忍袋の緒が切れた岡ちゃんに「もう、(練習に)来なくて良い!」みたいなことを言われ、最終戦を待たずブラジルに本当に帰ってしまいました。(間違っているかも知れませんが。)

 その後、‘01シーズンは、川崎経由で浦和に移籍し、今は中東のどこかにいるようです。

 でも、私は今でもエメが大好きです。金の亡者みたいに言われた時期もありましたが、ブラジルから出稼ぎに来ている彼が金のために動いても致し方ないと思いますし、何より、‘00シーズンは4試合しか負け試合を見なくとも済んだのですから。

 エメ資金5億とか、日本に帰化してU−23代表入りとか、エメの気持ちにお構いなしに回りが騒ぎすぎたような気もします。そんなエメは、まだ24歳です。

posted by kalakaua |22:53 | 懐かしのコンサドーレ | コメント(1) | トラックバック(0)

2006年01月07日

’00J2リーグ第25節!

 シーズンオフの暇潰しに、印象に残っているコンサの試合を書いていたら、もうすぐキックオフ2006ですね。開幕まであと2ヶ月、早いものです。

 さて、2000年J2リーグで印象に残っている試合と言えば、J1昇格の決まった第38節の水戸戦や優勝が決まった第40節の大宮戦をあげるのが常識的かも知れませんが、ここは、7月29日(土)厚別で行われた第25節の浦和戦を取り上げてみます。

 この日は、ハッキリ言って満員御礼状態で、私が着いたときには、B自由席はアウェイしか空いておらず、それも何とか空けて貰って座ったような状況でした。
 試合開始前、ゴール裏では、ゴール裏サポによる応援イベントがありました。参加できなくて残念でしたが、逆に写真を撮る幸運にも恵まれ、その見事さに感動したものです。

20060108-17.jpg

 それに引き換え、浦和と言えば、発煙筒は焚くわ、ドーレ君にペットボトルを投げつけるわと、やりたい放題で、全く呆れたものです。(以後、こういうことはありません。念のため。)

20060108-18.jpg

 試合は、前半に浦和が先制したものの後半18分に田淵、41分に大森が得点し、逆転勝ちしました。試合内容自体はほぼ互角だったように記憶しています。それにしても、浦和サポの傍若無人ぶりに頭に来ていたので、勝って、すごく気持ちよかったのを覚えています。

 それから、5年、浦和は天皇杯で優勝だとか。
 今年は、コンサの年にしたいものです。(天皇杯で優勝すると言うことです。)


posted by kalakaua |13:53 | 懐かしのコンサドーレ | コメント(0) | トラックバック(0)

2005年12月29日

アシスとビジュのこと!

 アシスとビジュを覚えていますか。2人とも1999年にコンサに入団した比較的アタリの選手です。

 アシスは、フルネームをロベルト・ジ・アシス・モレイラといい、ブラジル選抜にも選ばれたことのある選手で、FKを蹴りに行くときの大また歩きで自信満々の態度が印象的でした。(FKもそこそこ見られたものでした。)このシーズンは、外国人選手を総入れ替えし、アシスのほか、MFのクレーベルとFWのリカルジーニョを補強したのですが、アシスを除きシーズン途中で退団しています。

 そのアシスも、シーズン終了後、引退。現在は、9歳年下の弟ロナウド・ジ・アシス・モレイラの代理人をしています。ロナウドとは世界年間最優秀選手(FIFA)に2年連続選出されたロナウジーニョのことです。(念のため。)コンササポにとっても自慢(?)ですね。

 そして、シーズン途中に入団したのが、アンドレ・ルイス・ジ・ソウサ・シルバことビジュです。とにかく、ビジュの運動量はとても人間とは思えないほどで、相手ゴール前で攻撃に参加していたかと思えば、一瞬の相手カウンター攻撃に反応、猛ダッシュでボールをカットすると言った具合でした。

 ビジュは、戦術云々というより本能でプレーするタイプで、歴代外人選手の中でもかなりの人気者でした。サッポロ・ビージュという段幕も笑えましたね。あの段幕の左下にビジュのサインが入っていたのですが、サインは、段幕を作成したサポが白旗山での練習終了後、ビジュに段幕を披露し貰ったものです。(私、当日、偶然見かけました。違っていたらごめんなさい。)ビジュは、結局2002年シーズンまでコンサに在籍しましたが、歴代の外国人選手の中で、人気は1番だったかも・・・!

posted by kalakaua |19:22 | 懐かしのコンサドーレ | コメント(0) | トラックバック(0)

2005年12月29日

’99J2リーグ第9節!

 1999年と言えば、岡田武史氏がコンサドーレの監督に就任し、1年でJ1復帰という期待で盛り上がりました。岡田さんの人気は絶大で、岡ちゃんフィーバーと言える状態でした。

 シーズン当初は、後に岡ちゃん自身も語っているとおりJ2を甘く見ていたのか、散々の成績でした。第8節終了まで2勝6敗、室蘭でのホームゲームも1勝2敗で負け越していました。このような成績にもかかわらず、5月2日、厚別初戦のヴァンフォーレ甲府戦は、異常な盛り上がりでした。多分、岡ちゃん効果だったと思います。(観客15,000人ぐらいだったかな。)

 私も、最初は、「岡ちゃんってどれ!」といったスタンスで、家族と観戦していたのですが、吉原宏太が前半22分、27分に立て続けに得点し、後半開始3分に3点目をあげハットトリックを達成した頃には、もう岡ちゃんどころではありませんでした。ハットトリックを達成した宏太は、右足をゴール裏の看板に上げ得意げにポーズしたのを覚えています。かっこよかったですよ。競技場は、お祭り騒ぎの盛り上がりでした。
 その後も、新外国人アシスが直接FKを含む2得点、リカルジーニョが初得点を上げ、終わってみれば6対0の爆勝でした。

 この勝利からチームの調子も上向き、勝ち星を重ね一時は3位まで順位を上げたのですが、27節から29節までの3連敗と35節、36節(どちらも厚別でのホームゲーム)の連敗で、結局、年間成績5位でシーズンを終えることになります。

 このシーズンは、外人選手に泣かされたシーズンとも言えますが、岡田さんが「外人選手は博打みたいなもの。」と言っていたのが印象的でした。(発言内容は、少し違うかも知れませんが、要するに使ってみないと分からないということでしょうか。)

 そして、シーズンオフには、コンササポにとっては、初めての人気選手の移籍(もちろん吉原宏太選手のことです。)という辛い経験もすることとなります。
 やはり、チームは強くなければいけません!そして、来シーズンの外人FWは誰それ云々よりアタリでありますよう、切に願っています。


posted by kalakaua |15:31 | 懐かしのコンサドーレ | コメント(2) | トラックバック(0)

2005年12月23日

バルデスとマラドーナのこと!

 バルデスとマラドーナを覚えていますか。

 デリー・バルデスは、元パナマ代表でパナマの怪人などとも呼ばれていました。もちろん、歴代のコンサFWでは最高だと思います。彼の忘れられないゴールシーンと言えば、何と言っても98Jリーグ1stステージ第11節のヴィッセル神戸戦ですね。
 後半32分、相手DFがGKへバックパス。疾風のごとくボールを追いかけるバルデス。凄まじいスピードに焦るGK。空を切るGKの右足。転がるボールをゴールネットに突き刺すバルデス。
 後にも先にも、こんなゴールを観たのは、この時だけです。それぐらい、バルデスの足は凄かったわけですが、次節のジェフユナイテッド市原戦ではハットトリックをやっちゃうなど絶好調でした。

 そして、バルデスと言えばウーゴ・マラドーナですね。あのスーパースター、ディエゴ・マラドーナの弟ですが、コンサ史上最高の選手の一人だと思います。当時、マラドーナとバルデスの関係はホットラインと言われており、随分2人でゴールを演出したものでした。
 また、マラドーナのFKも見応えがありました。98年の何節かは忘れてしまいましたが、左コーナーポスト付近から放たれたマラドーナの右足FK(CKだったかも知れません。)は、そのままゴールニアサイドに吸い込まれて行ったのです。私は、思わず「え”ー!」と唸ったものです。
 その時のマラドーナのコメントは、「相手GKがファーサイドにポジションを取っていたので、空いていたニアサイドを狙ったのさ!」と言った内容だったと記憶しています。ほんと凄いです。

 しかし、こんな選手が在籍していたのに、結局、コンサはJ2に降格してしまいました。降格が決まった試合後、泣き崩れる関を抱きしめるマラドーナの優しい横顔が目に焼き付いたままです。今は、何をしているのかなあ!

posted by kalakaua |11:03 | 懐かしのコンサドーレ | コメント(1) | トラックバック(0)

次へ