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1978年生まれ。 コンサドーレ創立年度から応援を始め、1998年よりアウェイコールリーダーとなる。2003年春に札幌へUターン。 またコラムサイト「コンサイズム」では2001年末~2003年末までコラムを掲載。このブログではそのアーカイブと、当時を振り返るアフタートークをお送りします(予定)。
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2008年05月18日
clasics #49という話でした。未だに父親の話をされると、すこし構えてしまう。コンプレックスっていうのはなかなか脱出できないシロモノで、ここから逃れられるには自分自身がとんでもない方向に成長してしまうのか、自分が結婚して子どもが生まれるか、親が亡くなってしまうのか、どれか時を迎えたらなんだろうな。不謹慎ではあるけれど、親子の関係性(父と息子、あるいは母と娘)っていうのはそういう人生の中でも大きなイベントがないと、回避したり乗り越えたりできるものではないと思う。反抗期を迎えたあたりからかれこれ15年以上回避し続けているけど、どうしても逃れることができてない自分はそう考えている。 負い目というのか、劣等感というのは常に持っている。小さいときから苦労して会社でたたき上げの営業マンになり今や悠々自適で自己実現をしている父親に比べて、自分のなんと矮小なことか。日々の仕事に怯え、小さな事を面倒くさがり、そのくせ恨み憎しみばかりを生み出してそれを燃料として日々働いている自分との差、まるで自分のやりたいことを先回りしてあらかた果たされてしまったような錯覚。実際はそうではないとわかっていても、そう思ってしまうのはなぜだろう。運に恵まれなかっただけで、学はあったし、才もあった。良く本を読んでいたから、自分も影響されて本を読むようになったし、自分が大学へ行きたくても金銭的な事情で行けなかったということから学ぶ事への投資は惜しまなかったし、それだけいい高校、いい大学へ行くようにハッパをかけてきた。僕はそれが自分でも望む道だと思っていたから進学して、父を超える人間になってやると思っていた。それが今ではどうだ、ちっとも頭が上がりやしない。まともに目を見ることができない。義務的に帰る盆と正月。たまに実家へかける電話も、罪滅ぼしとアリバイづくりのためだ。話すのも母親だけだし。生まれてすいません、どころではなくなってしまってきている。 このように自分自身が不肖の息子であるからなのか、自分が結婚して子どもができて、なんていうのを考えることなどできない。幸せな家庭なんて縁がないと思っている。結婚するのはタイミングがあれば可能性はあるけど、自分のこのどうしようもない遺伝子を受け継いだ人間がこの世に生まれてしまう、そのことが怖い。自分自身をコントロールすることで精一杯の状況で、結婚を考えることはおろか恋愛などを考える段階にも立っていない。あと2年もすれば僕が生まれたときの父の年齢になってしまうというわけで、そういった「幸せ」を求める気持ちはすっかり臆病になっている。とりあえず自分が生きていくことが親にとっての幸せだと、そう思っていただくしかない。誠に申し訳ない。 誇りと自信を持って生きていくことのできる未来だなんて、本当に来るのだろうか。
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1978年生まれ。 コンサドーレ創立年度から応援を始め、1998年よりアウェイコールリーダーとなる。2003年春に札幌へUターン。 またコラムサイト「コンサイズム」では2001年末~2003年末までコラムを掲載。このブログではそのアーカイブと、当時を振り返るアフタートークをお送りします(予定)。
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