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1978年生まれ。 コンサドーレ創立年度から応援を始め、1998年よりアウェイコールリーダーとなる。2003年春に札幌へUターン。 またコラムサイト「コンサイズム」では2001年末~2003年末までコラムを掲載。このブログではそのアーカイブと、当時を振り返るアフタートークをお送りします(予定)。

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aftertalk #21/22

2008年02月17日

clasics #21/22、変則的に2回分をまとめてという形でお送りしました。でまあなんでまとめたかって言うと、正直言って中身が薄かったから。メヒコの方々とエクアドルの方々とふれあって、テレビでは絶対に味わえないワールドカップの雰囲気を味わえたということを伝えたかっただけだし。そんな今となっては、思い出せるのは宮城スタジアムまでの殺人的な遠さ(仙台駅から2両編成の電車で20分→さらに田舎の一本道をバスで30分)と、バドワイザー一択のビール、特色がないけどバカ売れしていたグッズショップ(熱に浮かされて自分も買ってしまいましたが)という記憶くらいだ。あとサッカー的なところで言えばブランコ(メヒコの選手)はかっこよかったことか。

まあこの時期ぶっ倒れるかどうかのような生活をしてかなり荒んでいた自分いとってはいい息抜きだったんだろうけど、結局息抜きは息抜きでしかなかったというのも深く味わった経験でもあった。このころからさらに悪化していた仕事関係のこととか、それに伴って眠れないやら電車に乗ったら吐き気が止まらないわという毎日のオンパレード。ビールを何本も飲み干してやっと夜明け前に浅い眠りにつける、という平日を過ごしていた。どこか身体の調子が悪いんだろうけど、それは仕事に起因するものであって、仕事さえ何とか上手く回るようになれば自然とそういう毎日からは抜けられるようになるものだと信じてひたすらに我慢してた。結果としてはそれが大きな間違いで人生狂ったわけなんですが。あと、その少し前に患った蓄膿症がまだ治りきっていないからこんなに頭がふらふらしたり、集中できなかったりするもんなんだろうな、とも考えていた。どっちにせよ誰も気づいてはくれなかったし、自分で気づいて原因を探り当ててどうにかする以外にやりようもなく、何もない休日には病院に行く気力もなくベッドの上で眠れずにいるか、それともわけのわからない焦燥感に操られるがままにどこかの街をふらふらしているか、みたいな感じだった。こうやって書いているだけで相当ヤバいなこれ。

そのほかのことといえば、このころ自分の書いている文章がなんだか気に入らなくなってきていて、もうちょっといいもの書けないのかと悩んでもいた時期。体調が良ければパソコンの前で唸ったり、メモ帳持ってうろうろしたり。今のような文章だとあまりにも当たり障りがなさ過ぎるし、見かけのかっこよさばかりを追い求めているような気がするから、もっと強さというか、硬質で鋭い文章が書きたいなあ、と思っていた。それで7月の終わりくらいに開き直って文章の転換を図って、ようやく以前よりはしっくり来るものが書けるようになった。そういう転換期でもあったんだよなあ、この頃。


post by retreat

20:38

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