カレンダー

プロフィール

1978年生まれ。 コンサドーレ創立年度から応援を始め、1998年よりアウェイコールリーダーとなる。2003年春に札幌へUターン。 またコラムサイト「コンサイズム」では2001年末~2003年末までコラムを掲載。このブログではそのアーカイブと、当時を振り返るアフタートークをお送りします(予定)。

最新のエントリー

月別アーカイブ

リンク集

カテゴリー

コメント

検索

aftertalk #15

2008年01月29日

clasics #15でした。
正直こないだパラグアイネタを書いたので書くこともあんまりないような気もするが、まあ「『パラグアイ』という言葉をご存じの方はいらっしゃるでしょうか?」という出だしはまるっきりアホだと思う。

でもまあ前回書いたときにうろ覚えだった「パラグアイ」の由来がここを読んでちゃんと思い出せたので良かった。過去のものはじっくり読むということもなくデータを掘って載っけているので。コパアメリカで4失点したことなんてすっかり記憶の彼岸に飛んでってましたよ。この「cllasics」のデータは最初FDDに取ってあって、もうFDDなんて使わないやーと思ってUSBメモリに移しておいたものを使ってる。ちゃんと一回ずつテキストデータとHTMLを保存してた。自分で書いたものは気恥ずかしかったりして保存しない質なんだけど、コンサイズムの原稿だけは取っておいてあるっていうのは当時の自分にとっても大事だったということなんだろう。探している途中で大学時代のレポートとか卒論が出てきたけど、あまりにも酷い出来だったので見なかったことにした。書いていたのは家のパソコンと、ちょこっとだけモバイルギア。どっちにもATOKを入れて「WZ EDITOR」というエディタでずっと書いていた。今でも同じエディタを使ってる。

当時のパラグアイの映像とかコパアメリカの映像なんて残ってはいないからどういうふうに、というのが上手く例えられないのだけど、アルゼンチンリーグでボカの試合なんかを見ていると、ゴールが決まったときに見にくいからゴール裏の上の方に固まっていたボケンセたちがわーっと駆け下りてゴール裏の金網に一斉によじ登るような感じ。YouTubeあたりで探せばそういう動画もあるんだろうけど、探すのは一苦労なので。ゴールが決まったときの高揚とか、感情の爆発とか、そういうのはどこの国でも一緒なんだなあと思う。けれどももっと喜びたかったから、ああいう「仕込み」をしたんだろう。結局パラグアイができたのはあの一試合だけだったんですけどね……。


post by retreat

23:36

コメント(0)

この記事に対するコメント一覧

コメントする