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1978年生まれ。 コンサドーレ創立年度から応援を始め、1998年よりアウェイコールリーダーとなる。2003年春に札幌へUターン。 またコラムサイト「コンサイズム」では2001年末~2003年末までコラムを掲載。このブログではそのアーカイブと、当時を振り返るアフタートークをお送りします(予定)。

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aftertalk #14

2008年01月25日

clasics #14でした。

日立台で味わった絶望というのはそれはけっこう凹まされたものだった。つい先日に気楽な立場でちばぎんカップを見に行ったのと同じ場所で、山瀬以外はなすすべもなく敗れてしまった。前の週に気持ちよく名古屋に勝ったのは神様が魔法をかけ間違えただけだったのか。左サイドラインでロブソンがキープして突破、と思ったら簡単に柏の選手に吹っ飛ばされたときに、「ああ、このガイジンはハズレなんだな」としみじみ思ったものです。ちっとも動けやしない。どうにかなるんだろうかこのチーム、と思いながらどうにかしようとしていたんだけどどうにもなることもなくそのまま試合終了。

このときの自分の周りの出来事についてはよく憶えていないけど、相当にキツい時期だったことだけは確かだ。体調は悪いし(前回書いた蓄膿症が完治していない)眠れないし仕事はうまくいかないというか失敗だらけだったし、という悪循環のループから自分を振り払えないままどんよりしていた。「ムネオハウス」とか「雪印」とか柏サポに言われてもなにも感じない程度には。「移転反対」だけはしっかりやったけど。個人的にあのスタジアムの臨場感は国内屈指だと思っているし。
そういうどよどよした気持ちをどうにかフットボールで吹き飛ばしてしまいたいとも思っていたんだけど試合は寒いし天候も寒いまんまで、人生ってこういう悪い循環が続くものなのかもなー、とか思って柏で飲んで電車がなくなって帰れなくなったりした。なんだろうな、飲んでないとやってられない、そんな感じ。ワールドカップがこの年の6月に日韓で共催されるということに対しても、なにそれ?おいしいの?っていう感じで、特にチケットをなんとしてでも手に入れるとかそういうことは全く思ってなかった。マイナーな試合のチケットが誰かから流れてきたら見に行こうかと思っていた程度。それよりも現状の札幌をどうにかしなければ。降格を阻止しなければ。そんな考えばかりが頭の中を駆けめぐっていた。そのためには、とにかく、声を上げることしかできない。できるだけ大きな声で応援することしかできない。小さかったら周りを鼓舞し、大きかったらもっと盛り上げ、チームのために、勝利のために、泥臭くてかまわないからゴールを決めること、どんなかっこ悪くても勝利を掴むこと、それが今の札幌に一番必要なことであり、そして現状、勝利からは一番遠い場所にいることを知っていた。
声を上げなければ、と思っていても、この頃の自分は社会の中では声を上げることもできなかった。ほんとうは声を上げて、行動を起こして、変えていくのだろうけど、何をどう変えて、なんのために動いていいのかわからない。上司は相談を取り合ってくれない。どうしたいのか、どうすればいいのか、まったくわからないまま毎日が過ぎた。会社はコアタイムつきのフレックスなんだけど、ぎりぎりに出勤することが多くなった。会社に行きたくない気持ちがどんどんピークに達しつつあって、どうしようもなくなってこっそりさぼったりもした。
あと、外に一人で営業周りに行ったときや出張に行ったときは会社に帰りたくなくて、適当な理由をでっち上げては本ばかり読んでいたり、ふらっと公園でぼんやりしていたりした。本当に何をどうしていいのかわからず、歩きまくって忘れようとしたり、酒で忘れようとしたり、自分の後ろにいる「何か」を振り払おうと必死に追い出そうとしていた。自分のことは自分の問題。他人に相談するなんておこがましいし、どうせろくな返事なんて帰ってくるわけがない。そう思ってひたすら現実逃避のように本を読み、音楽を聴き、フットボールに意識的に溺れていった。それ以外の生活なんて、どうでも良いや、という考えさえ起きてきていた。でもひとつだけ、たったひとつだけ、欲しいものがあった。それは現実を受け止めて、それに耐えきれる勇気。あるいは、それをよしとせずに動くための勇気。その勇気をフットボールに助けて欲しかった、助けられたかった。
けれど、あの時の札幌のフットボールは、僕に何も与えてはくれなかった。美しいシュートでなくてもいい、泥臭くボールを追う姿だけでいい、それだけで十分だったのに、それすらも見ることができなかった。「それでも人生は続く」なんてかっこいいことを書いてはいるけれど、僕はどんどん精神的に崖っぷちに追い詰められていって、そしてついにある日、いつもの通勤で乗り換えを待つホームに並びながら、意識が遠くなって汗が体中から噴き出た。たまらずふらふらとベンチに座り、呼吸が落ち着くのを待っ。30分ほどしてようやく治まってきたので会社に行き、70%程度の力で働いて、早々に切り上げて帰宅した。何故こんな風になってしまったのかは、まだわからなかった。そんな状況でコールリーダーが務まっていたのは奇跡と言う他になかった。

CONSISM本編では強がって書いていたけど、あの文章のほとんどは自分に向けて書いたものだといっても差し支えない。勇気が欲しい、手に入れたい、と心の底から思っていながらもこの頃の僕は、一方的に悪くなるばかりの環境から必死に立ち直る術をなんとか掴もうとしたり、必死に忘れようとしたり、自暴自棄になったり、していた。誰も助けを呼ばなかった。すべて自分自身の問題だと信じ込んでいたからだ。今にして思えば、誰かに相談した方がよかったのかもしれない。でもそれは自分の中で巣くっている矮小なプライドが邪魔をして、できなかった。そしてまた自分自身の矮小なプライドに怒り、悲しみ、蔑んだ。仕事をどうこうするというよりも、誰か助けて欲しかった。
こうして僕自身の混乱は度を深め、7月にはぶっ倒れてしまうことになる。


post by retreat

23:42

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