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1978年生まれ。 コンサドーレ創立年度から応援を始め、1998年よりアウェイコールリーダーとなる。2003年春に札幌へUターン。 またコラムサイト「コンサイズム」では2001年末~2003年末までコラムを掲載。このブログではそのアーカイブと、当時を振り返るアフタートークをお送りします(予定)。

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aftertalk #12

2008年01月18日

classics #12でした。

開幕戦は広島空港からビッグアーチへの足を全く考えないまま行ったなあ。他のサポーターの方が借りたレンタカーに折良く乗せていただいたけど。一泊したんだったかなあ。それとも日帰りにしたんだったかなあ。観光もしないで帰った記憶があるから、日帰りだったのかもしれない。なんにせよ試合のインパクトが後ろ向き満載で強烈だったのでお好み焼き食べた以外はほとんど覚えていない。3失点目あたりから一緒に応援してた人がトラメガ下ろして呆然としてたなあ。気持ちはわからないでもなかったけど、開幕してしまった以上諦めるわけにもいかなかった。訳のわからないまま失点を重ねるチームを見ながら「なんで?なんで?」ってずっと思ってた。ピッチ練習開始のときに柱谷のチャントを歌っちゃったから?外人がハズレだから?4バックだから?って。真相がどうあれ、歯車が全くかみあっていない感はずしずしとのしかかってきていて試合が終わった後には怒りも何も残らなかった。あそこで何も言えなかったことが自分の甘さなんだろうと今でも思う。

そんな気持ちを引きずりながら翌週は高知で仙台戦。こっちは逆に試合のことをさっぱり忘れてしまっている。というのも、ずっと前から有休を使って2泊3日でいろいろ回るぜ!と考えてもろもろ予約していたので、これまたタイミングの悪いことこの上ない。でもせっかくなので前泊して高知市電をほぼ前線乗りつぶし(そして高知港で黄昏れる)高知城とかレンタカーで坂本龍馬記念館とか行ったなあ。宿泊先のホテルに仙台の選手が泊まっていたり。こういうことばかり憶えているのは、試合内容がスッカスカだったんだろう。もしくは開幕戦でやられすぎて脳内が逃避行動起こしてたか。試合後最短のタイミングで思い出せるのは仙台サポの友人がバス(仙台から高知までバス!)から手を振ったことくらい。正直すごく萎えた2週間の出来事だった。前泊だったから観光できたようなもんでもあるし。

で、おみやげ(義理は通す)抱えて会社に行ったら「弱いねえ」のオンパレード。それでもっと萎えちゃったし、こんなに萎えてていいのか俺、とか、なんで応援で流れを変えられなかったのか、とか思うところはいっぱいあった。開幕にしてもう変えられないくらい強烈な負の流れだったといえばそれまでなんだけど、それをどうにかしてプラスにまで持っていくのが応援の力だと思っているから、そうできないのが辛かった。「しっかり向き合うことが大切」と書きながらも、あのとききちんと向き合うことができたかというと、まったくゼロだ。そして終わってからようやく怒り出すんだからなあ。沸点が低いのかどんだけ抑えてたんだかと。

「最悪からのスタートなんだから、何も怖くない」だなんて、そんなはずはなかった。J2に落ちることを何度も何度も考えてしまって、どうしようもなく怖かったはずだ。ただそれを他人に見せるのが怖くて虚勢を張り続けていたし、張り続けていなければならない理由も立場もあった。それとは別に弱音を吐き続ける自分とのバランスが取れなくなっていくっていうのはわかってはいたけれど、それでもあんなに続けていたのは、なぜだったんだろう。


post by retreat

21:43

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