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もっともっと、ずっとずっと、 車椅子を押していたかった。 消えない痛みが癒えるまで、 眠りたいと思います。 今まで本当にありがとうございました。 前へ、前へ。 いってらっしゃい・・・おかえりなさい。 エッチラホッチラ、元気にやってます。 さあ、新しい一歩です。 動き始めよう。 確かな形に。 そして、めぐりあう。 もう一度。 光を見つける。 冷静に。 掴む。 深化。 2025 2026
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2009年02月01日
遠いグアムの地では、 選手たちが、スベリの恐怖と戦っているらしく。 あの暑い暑い南国で、 見る者すべてを、凍りつかせた後、 まるで、何事もなかったかのように戻っていく後ろ姿に、 かける言葉は、見つかりそうにありません。 そんな私もスベリました。 罰ゲームでも、一発芸でもなく、 ツルツル路面で。 気を付けて歩いていたのに、やっちまいました。 前後ではなく、横方向にツルっと。 一瞬、体は宙に浮き、その姿はまるで「ライダーキック!!」状態。 おまけに靴まで脱げ、遥か彼方に飛んでいきました。 こういう時って、痛さよりも、恥ずかしさのほうが勝つわけで、 一秒でも早く、見て見ぬフリをするギャラリーの視界から消えたくて、 必死に曲がり角を探しましたが、 まあ長い長い一本道が、ただ続くばかりでした。 どこまでも、 どこまでも、 ど こ ま で も・・・
2009年01月24日
友人の「彼」は、 いつも明るく元気で、とてもとてもユニーク。 どんな集まりの時でも、常に笑いの中心にいる。 さすがにそれは言い過ぎだろうという、 過激で鋭いツッコミも余裕で受け止め、更なる笑いにしてしまう。 安心してなんでも言える、そんな「彼」が、みんな大好きだった。 もちろん私もそうだった。 でも、ある時、気付いてしまった。 「彼」の心は、ズタズタに傷ついて、 もうボロボロになっていた。 何を言われても平気なはずの「彼」の心は、 誰よりも繊細で、脆く壊れやすかった。 ・・・深くて大きな傷。 それでも「彼」は、ピエロを演じ続けた。 みんなを笑わせるため、場を盛り上げるため。 もういい!!もういいよ!!! 私の心の声は、きっと「彼」に届いていたと思う。 でも「彼」はにっこり笑って、私の肩をポンポン叩いて、 ダイジョブ、ダイジョブ、心配スンナ! と、なにひとつ変わらなかった。 いやいやなんかじゃない。 しょうがなくでもない。 それが「彼」の生き方だった。 たとえば教室で。 たとえば職場で。 たとえばコンサドーレで。 おどけた道化師たちが、あたりまえに笑顔を運んでくれている。 数えきれないほどの傷や痛みを、 隠していることさえも、上手に隠して。
2009年01月20日
行くはずだったのに。 ずっと楽しみにしてたのに。 行けなかったキックオフイベント。 なんだか、すごく盛り上がったようで。 グアムから、踊り子さんも来ていたようで。 石さん監督は、超素敵なレスラーだったようで。 さあ動き出しました、新しいコンサドーレ。 あの12月からの、たくさんの別れで、 私の中で止まったままだった、あるひとつの時計。 たぶんきっとそれは、ずっと止まったままなのだと思う。 だけど、例えそんな時計が毎年、増え続けたとしても、 別の場所で、新たに動き始める時計もあるということを、 教えてくれた、そんなキックオフイベントでした。 ・・・行ッテナイケドォ。 ところで、 魅惑のグアムドールズの美女たちは、 また日本に、また札幌に、来てくれますか?
2009年01月12日
19才の夏、 朝、目覚めると、まぶたが二重になっていた。 生まれた時から、ずっと一重だったのに、 突然の出来事に、どびっくり!! そーいえば、母も19才の時に突然、二重まぶたになったらしい。 ・・・遺伝? まさか、そんな話は聞いたことがないけれど。 夜、鏡の前で、歯ミガキしながら、 ふと、その日の朝のことを思い出していた。 若さの意味も知らないまま、全速力で走っていた、あの頃。 風のように過ぎた、十代最後の夏、 大人になる、少し前のそんな出来事。
2009年01月05日
恐る恐る、 そぉーっと、 乗った体重計。 ・・・ ・・・・・ ・・・・・・・ 「セーーーフ!!!!!」 毎年、この時期になると、こんな恐怖と戦っている方、 たぶん、少なくないのでは??? さてさて、 あけました、2009年。 おめでとうございます。 今年もまた、 たくさんの「ありがとう」と、 たくさんの「ごめんなさい」を、 アンバランスに積み重ねながら、 きっと、あっという間に一年が過ぎてしまうのでしょう。 そしてすぐに、恐怖の体重測定の日が、やってくるのです。 ・・・コンサドーレを信じて、また一年。 今年もよろしくお願い致します。
2008年12月26日
ある朝、 私の少し前を、おばあさんが二人、歩いていた。 姉妹だろうか、友人だろうか、 おそろいのマフラーが、二人の仲のよさを象徴するかのように、 冬の風に揺れていた。 途中、喉が渇いたのか、自動販売機の前で足を止める、おばあさん達。 バッグの中から、財布を探すおばあさんの隣で、 もうひとりのおばあさんが、自販機を真剣に見つめてつぶやいた。 「これ缶詰かい?」 「んもー、缶詰なわけないっしょやぁ、ジュースだべさー!!」 「あらそうかい、ガハハハハハハ!!!」 「がはははははは!!!!」 ・・・ナカヨシ、コヨシ。 ずっとずっと、そんなふうに笑っていてください。 先日、テレビで放送していた、 去り行く、しまふく寮のりょうぼ。さんの特集。 寮生達から、お別れにもらったという写真集の中に、 帰国する前日のエジの写真があった。 泣いているエジの隣で、もっと泣いている純貴。 切なかった。 切なかったけれど、 最高に、ステキな写真だった。
2008年12月19日
もしも、あの時、 テレビをつける時間が数分、遅かったら、 別のチャンネルだったら、 私は今もきっと、しまふく寮の存在さえ知らず、 コンサドーレに出会うこともなく、 赤と黒を見ても、何も感じることのない、 全く違う日常の中にいたのだろう。 そして、このブログを始めることもなかった。 今にして思えば、このブログは、 りょうぼ。さんに語りかけるような、話しかけるような、 そんな気持ちで、綴ってきたような気がする。 ねぇねぇ、あっこさん、 寮メシ、作りながら。でいいから、ちょっと聞いてよ。 あのさぁ、昔さぁ、あーんなことや、こーんなことがあってさぁ、 それでさぁ、それからさぁ・・・ お世辞にも人気ブログとは言えない、ひとりよがりなこのブログを、 りょうぼ。さんが見ている可能性なんて、 限りなくゼロに近いけれど、 それでも私は、そんな気持ちで綴ってきた気がする。 だからこそ、続けられてきた気がする。 今の正直な気持ちを言えば、 りょうぼ。さんのいない、しまふく寮やコンサドーレは、 サッカーボールのない、サッカーの試合を観るような、 そんな深くて大きな喪失感の中にいて。 だけど、りょうぼ。さんが、時折、使っていた言葉、 ・・・分岐点。 私は、この言葉が好きだった。 しまふく寮通信の中で、この言葉に出会う度、 私は、りょうぼ。さんの、優しさと強さを見たような気がしていた。 だから、もう少し、時間はかかりそうだけれど、 あの出会いも、この別れも、 意味のあるものだったと思える日が、きっと来るだろうと信じている。 りょうぼ。さんがいたから、 出会えたモノ、始まったコトが、いくつもあって、 たくさんのありがとうで、溢れています。 私の人生に変化をくれた。 6年間、お疲れ様でした。 そして、ありがとうございました。 あなたに出会えて、本当によかった。 いつか、また、どこかで。
2008年12月09日
雪祭りの会場に、イベントで来ていた、 当時の人気ヒーローの、ライオン丸と握手をした時、 その衣装の背中の隙間から、中の人の素肌が見えて、 「本物じゃない!!!」と、 とてもとても、がっかりした記憶がある。 あれから随分、時間も経ったが、 今、改めて、考えてみると、 握手する機会って、そう多くはなかったことに気付く。 挨拶する時でも、お辞儀はしても握手まではしない。 日本人だからなのか、たまたま自分だけなのか・・・ そんなことを考えながら、 私は、目の前に立つ、その人を見た。 ・・・石井謙伍。 私は、少し戸惑うように、そっと手を差し出した。 不思議な感覚だった。 人は皆、きっとどこかで、繋がっている。 幼かった私を、ずっと見守ってくれた、 苦労ばかりの人生だった、祖母の手も。 不自由な体で、懸命に私を育ててくれた、 箸も満足に持てなかった、母の手も。 互いに、名前も顔もわからない、 見知らぬ、誰かの手も。 最終戦の札幌ドーム。 私は初めて、プロサッカー選手と握手をした。 誰よりも優しい笑顔のヒーローの背中には、 ファスナーは、付いてなかった。
2008年12月03日
転校していく級友を、クラスのみんなで見送った、 夜の東室蘭駅のホーム。 吐く息は皆、白かった。 寂しさを隠すように、ふざけて、おどけて、 ひっくりかえって笑った。 ・・・最後に交わした言葉は、なんだったろう。 友を乗せ、やがて動き出す列車。 窓を開けて、力一杯手を振る友の顔が、クシャクシャに歪むのを見た時、 気が付けば、まるで映画のように、みんなで列車を追いかけていた。 その時の場面を、最近よく思い出す。 セピア色で、スローモーションで。 先日、やっと買えた、 しまふく寮通信の本には、 知らない人の写真が、いくつもあって。 みんな、いい顔してて。 ピカピカに、輝いてて。 見てるだけで、こっちまで楽しくなるというのに、 何故だろう。 涙、出そうになる。 12月は、さよならがいっぱいあるって、 知ってたけど、知らなかった。
2008年11月26日
遠い遠い日。 私はひとり、イタンキ浜に立っていた。 小さな左手には、祖母からもらった、ママレモンの容器。 その中に丸めて入れた手紙には、幼い文字が並んでいた。 何を書いたのかは、覚えていない。 私は全身をバネにして、ママレモンを海へ放った。 すぐに波に押し戻される容器を、拾っては放り、拾っては放り、 何度も何度も繰り返した。 誰が読むわけでもない手紙を、 あの時、私は必ず誰かに届くと信じていた。 ただ伝えたい想いがあった。 やっと波に乗り、ママレモンの容器が沖へと向かったのは、 もう、日が傾く頃。 もしかしたら、ただ容器を見失っただけなのかもしれない。 水が入って、沈んでしまっただけなのかもしれない。 でも、あの時、私は生まれて初めての達成感に包まれていた。 まるで、でっかい勲章をもらった気分だった。 あの日、 沈む夕陽の中、 水平線の、更にもっと向こうを見ていた私の目は、 きっとキラキラして、最高にいい顔をしていたと思う。 日曜日のサンピアザ。 初めて行った、パブリックビューイング。 光の広場の隣にある本屋さんで、 ずっと欲しかった、しまふく寮通信の『本』を見つけた瞬間の私の顔も、 あの日に負けないくらい、 きっと、いい顔をしていたと思う。
2008年11月20日
暖かいなぁと思っていたら、 ある日突然、冬景色になってしまう北の国。 子供の頃は、雪が積もるとテンションも上がり、 すぐさま外へ飛び出し、雪だらけになって遊んでたっけ。 ・・・雪だるま、かまくら、雪合戦、ミニスキー。 まるで寒さなんて関係なかった。 母の子供時代は、竹スキーだったらしく、 急な坂道を、それはそれは華麗に滑走したと得意気に話すのだが、 イマイチ想像がつかなくて。 私は、車椅子の母しか知らない。 楽しいばかりではない、雪の季節だけれど、 寒い冬だからこそ感じる、ぬくもりがある。 凍えた体、急ぐ家路。 待ってる人がいても、ひとりきりでも。 あったかい場所があることは、あたりまえじゃないって、 冬はニンマリ顔で、教えてくれる。 毎年、毎年、アリガトさん。 とは言っても、雪なんて、 ホントは降ってほしくないというのが、本音なのだが、 エジが、喜んでくれるなら、 すべてを白く染める、雪降る季節も、 そう、わるくはないのかも。
2008年11月17日
いつからだろう。 近所で、よく遭遇する人がいる。 あっちでも会い、こっちでも会う。 毎日の同じ行動パターンの中でならば、 さほど珍しいコトでもないのかもしれないが、 いつもと違う時間、違う道、違う店でも、 何度も繰り返し会ってしまう。 まるで、懐かしいトレンディドラマのようだ。 で、その人は、 いつも同じ服を着ていて、 長い長い髪に覆われた顔は、青白く無表情だった。 ある時、ふと思った。 この人はもしかしたら、私にしか見えていないのではないだろうか、と。 こっそり隠れて見ていたら、スーッと消えてしまうのではないだろうか、と。 近所の別のおじちゃんと、普通にオシャベリしてました、ハイ。 たまたま、その人がとても特徴のある人だったから、 強く印象に残り、何度も遭遇していることに気付いただけで、 ホントは、同じような出会いが、他にも繰り返されているのかもしれない。 出会いって、どこか不思議。 今年、私はコンサドーレに出会った。 だから、他のサポーターのみなさんのように、 いくつもの熱い思い出や、重ねてきた歴史もない。 みなさんのブログ等を読む度に、 もっと早くに、コンサドーレに出会いたかったと思ってしまうのだが、 たぶんきっとこれが、私のタイミングだったのでしょう。 たとえば、3年前、5年前では、 私は、コンサドーレに出会ったとしても、素通りしていたかもしれない。 何もキャッチ出来なかったかもしれない。 そして来年、 私は、J2にめぐりあう。
2008年11月09日
浦和戦。 札幌ドーム。 お出迎えの選手達。 考え事をしながら歩いていた私は、 彼等の存在に気付くのが一瞬、遅れた。 ・・・握手できなかった、ショボーン。 でも、こんな間近で会えたのは、初めてのこと。 寒さも、どっかに飛んで行きました。 ドーム内は、たくさんの人、人、人・・・ やがてピッチに現れる、両チームの選手達の姿に反応するサポーター。 このままではいけない、変わらなくてはいけない、 何かをしなくてはいけない、という思いを、 試合を静かに見守ることで、強いメッセージを伝えようと、決意した者達と、 その思いを理解しつつも、それでもなお、 今、目の前で戦っている選手のために、 今、サポーターとして出来ることをすると、決意した者達。 バラバラに見えたかもしれない。 中途半端に感じたかもしれない。 でも、私にはひとつに見えた。 結局、チームを愛する気持ちは同じなのだと。 理屈ではなかった。 不意に、 涙で、彼等の姿が見えなくなった。 いつか、 いつの日か、 胸を張って、彼等の隣に立てる時が、私にも来るのだろうか。 ・・・監督。 三浦監督。 今年からコンサドーレを応援している私にとって、 貴方は、これからもずっと特別な存在として記憶に残っていくと思います。 ありがとうございました。
2008年11月05日
レミオロメン、 なにげに好きだったりします。 といっても、CDも持っていなければ、コンサートにも行ったこともなく、 ちゃんと口ずさめる曲といえば、サビでいきなり、切なさMAX!!にしてくれる、 「粉雪」くらいしかないという、 レミオの彼等にとって、まったくアリガタミのないファンなのですが、 それでも、やっぱり好きだったりするわけで。 たぶんきっと、彼等の周りを包む空気とか、流れてる時間とか、 見えない色とかが、私を静かに癒してくれているのでしょう。 どこかまだ、未完成な彼等をゆっくりと、知っていけたらいいなと思っている。 コンサドーレを、ゆっくりゆっくりと知っていったように。 街も人も、 足早に、セワシナク過ぎていく現在、 ゆっくりとしか生きられない人がいる。 今の時代に、まだこんな人が残っていたのかと驚いてしまうほど、 純粋で、透明で、まっすぐな人。 私は、そんな人に出会うと胸が震えてしまう。 めったに出会えないその人は、 ある意味、不器用だったり、生きるのが下手だったりするから、 時に、いいように利用されたり、騙されたりしてしまう。 嫌味や皮肉にも気付かずに、エヘヘと頭をかいて、ニコニコして、 だけど、心の奥の深い深いところでは、やっぱり傷ついていて。 それなのに、いつだってニコニコしてる。 分刻み、秒刻み。 誰も皆、ラッシュアワーの中。 立ち止まる場所さえ、見つけられない。 どうか、どうか、 正直で屈託のない、あの優しい笑顔が、 これから先もずっと、 消えることが、ありませんように。
2008年10月28日
しまふく寮から、 これまで、どれくらいの人が去って行ったのだろう。 ・・・それぞれの理由で。 言葉に出来ない、いろんな気持ちを、 精一杯の笑顔に作り替えて、最後のドアを開けて。 バイバイ、みんな。 バイバイ、しまふく寮。 まるで迷路の中にいる、揺れるコンサドーレ。 人のココロの天気図は、いつも不安定なものだけど、 小雨の中、傘をさそうかどうか迷うより、 時には、どしゃ降りのド真ん中で、ズブ濡れになるのもいいさ。 でっかい声で、叫べばいいさ。 そして応援にも、いろんな形があって。 燃えるような、魂をぶつけ合うような応援もあれば、 街角で、ふと目にした赤や黒の色に、選手のことを想い出す、 そんな応援もあるのかもしれない。 手探りでも、 出口は、きっと見つかる。
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もっともっと、ずっとずっと、 車椅子を押していたかった。 消えない痛みが癒えるまで、 眠りたいと思います。 今まで本当にありがとうございました。 前へ、前へ。 いってらっしゃい・・・おかえりなさい。 エッチラホッチラ、元気にやってます。 さあ、新しい一歩です。 動き始めよう。 確かな形に。 そして、めぐりあう。 もう一度。 光を見つける。 冷静に。 掴む。 深化。 2025 2026
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