カレンダー

プロフィール

初観戦は2000.4.23、函館千代台の山形戦(札0-2山)。このときは知人に連れられて観たので、コンサドーレって監督が岡田武史なんだ、というレベルでした。 負け試合でなぜ“魅せられた”のかはよく判りませんが、10月の昇格決定試合@平塚、J2優勝決定試合@厚別大宮戦、ホーム最終戦@厚別甲府戦も観ています。ひとえに、お付き合いいただいた方々が初心者の私を暖かく迎えてくれたからで、この場を借りて御礼申し上げます。 今年、6年ぶりのJ1。チームの目標はGMによれば実質は「石にかじりついても残留」とか。J1復帰といっても昇格初年はチャレンジャーです。何も恐れず胸をはり戦え-赤黒の勇士。

最新のエントリー

月別アーカイブ

リンク集

カテゴリー

コメント

検索

8・16京都戦17時20分開始の謎

2007年07月30日

8月16日(木)の京都サンガFC戦は、17時20分といういかにも中途半端な時間に試合が始まります。

というのもこの日は、京都では恒例の「大文字五山送り火」にあたります。20時ごろから次々と点火が始まり、約1時間ほど続きます。この間、鴨川や西大路通りなど、南北に見通しがきく場所は大勢の見物客が見込まれますので、混雑を避けるためにも試合時間を繰り上げざるをえないことになります。

それはそれとして、盆地京都の夏はかなり暑い。17時半といえば未だ西日が残る時刻(8/16の京都の日の入りは18:45)、サッカーには過酷な条件となる可能性があります。観る分には終わりも繰り上がりますから、その日のうちに新幹線で東京まで戻ることは可能になりますから、翌日仕事の身としてはありがたいのですが。


でもなぜ西京極で大文字当日に開催を強行したのでしょうかねぇ。京都といえば、スポンサー絡みの鹿児島・鴨池での開催が有名で、コンサドーレも昨年は持っていかれました。ところがそれ以外に、鳥取バードスタジアムで開催した実績もあります。
2002年8月17日(土)のベガルタ仙台戦。当時前後2ステージ制だったJ1の第1ステージ15節、つまり最終節を鳥取開催にしたわけで、これまた謎でした。第1ステージ優勝の可能性があるわけですから。仙台には村田達哉がいて、後半途中から左サイドバックで出てきて、すぐクロスを上げたのをマルコスが決めて仙台先制。でもその直後に千葉直樹がPKを与えてしまい、これを朴智星(アジア杯で久しぶりに見た)が決めて同点。その後、仙台が2人退場者を出し、延長前半の終盤に冨田晋矢が押し込んでVゴール勝ちした試合で、なぜだか全く記憶にありませんが、この試合を鳥取まで観に行っています。
仙台には岩本・財前・マルコスがいて、京都には黒部・中払・松井大輔・朴智星がいて、どっちも強くなかったけど面白いサッカーをしていた時だったなぁ。あの年のコンサドーレは見てられなかったので現実逃避してたのかも知れません。

そんなこんなで、8・16は西京極であいましょう(「誰と?」)。


契約延長

2007年07月20日

引っ張りに引っ張って、もうこれ以上引っ張れなくなった、「おにぎりQ」みたいだった両外国人の契約延長が正式に決まりました。といってもダビぃもカうエも一人前といえるかというと、まだまだで、荒削りな部分やムラがあったりといまひとつですが、コンサドーレとしてはこの若い2人の今後に今シーズンの行く末を預けたと言えますでしょうか。
しかし、依然として選手層に偏りがあるのも事実で、兼ねてから漏れ聞こえているように「両外国人が残るなら日本人DFと日本人MFかFW」の補強が急がれます。

マスコミによれば大分トリニータFW松橋章太の獲得に動いているという話もありますが、大分とて降格の危機に置かれており、彼ら自身の補強計画が上手くいかなければ簡単には手放さないでしょう。複数のチームが絡む話で、スムーズに決まるのかどうかはコンサドーレだけの意思ではどうにもなりません。

一方、もうひとつの補強、日本人DFですが、4バックという陣形を取る上で、センターバックをこなせるのが「青野さん・ソダン+池内」では怪我や累積を考えるともう1枚欲しいのが真情でしょう。かといってセンターバックというポジションは、試合に出ていないと感覚が取れないポジションであり、出ていない元祖“畳男”秋田豊とかを獲得してもいまのチームでは使えないでしょう。かといって、闘利王やシジクレイのような、ガンガン前に行くCBも要りません。「本職はCBだけども、現状はやむなくSUBでサイド投入される選手」というのが狙い目でしょうか。うーーん、まるで池内の紹介みたいだ。


ともかく、来シーズンは松山とか徳島とか鳥栖とか熊本に行くのは勘弁してほしいです。せめて静岡ぐらいの行きやすいところでお願いします、って静岡県では89分に「とりあえず蹴ってみました」みたいなロングボールを受けた高原に決められて延長突入→Vゴール負け、とか元札幌の某チーム関係者が視察している前でメタメタにやられた試合とか、天皇杯の準決勝でオフサイド疑惑の試合とか、全然勝ってないのは知っていますとも、ハイ。

追記:20日正午過ぎ
松橋、ダメになったのね。ま、お見合いみたいなもんだから。ってお見合いやったことないけど。


【第23節】勝利の味の素はセットから

2007年06月25日

味の素スタジアムは京王飛田給駅が最寄り駅ですが、自宅からのルートを考えると武蔵境駅からバスの方が便利なので、今回はそのルートで往復しました。

で、バックスタンドの中央からちょっとアウェー寄りに座ったのですが、廻りには赤黒ばかり。この人はフツーの人かなぁ、と見ていると試合開始にはどこからともなく赤黒いタオルマフラーが…ここ、ホームだよなぁ、もう。

さて、東京ヴェルディ1969。前回の対戦では、3点とって3点取られて、1点追加して勝つという、今年のここまでの成績でも異彩を放つ結果となっていますが、そのときと較べるとコンサドーレに大きな変化はないものの、ヴェルディはGKも代わり、4月に2点取った金澤と名波がいなくなり、いなかった廣山望が不気味です。


味スタ



さて前半は、お互い腹の探りあい、ジャブの打ち合いといった感じで、サッカーのスペクタルのようなものはまったくなく、子供が飽きるゲームを展開します。

前半はどちらかといえばボールの支配では僅かながら上だったヴェルディに対して、札幌は前からプレスといういつものことを再確認したのか、札幌ペースで後半が始まります。その流れを失わないうちに、51分にセットプレーから先制します。

そこからヴェルディのスイッチが入ったのですが、これがちょっと変な方向に入ったようで、それまで連携もよかった前線-中盤-最終ライン、中央-サイドのリズムが合わなくなります。ただし個の力はヴェルディの方が上で、コンサドーレは度々ピンチを招きますが、どうしても最後のツメが決まりません。そのまま耐え忍んだ、札幌が勝ち点3をあげました。


笛よけ紙よけ主審よけ

2007年06月17日

こんなものを見つけました。魔除けに買っておくか?

とにかく紙ショックの試合も、ダヴぃのなんというか、相手に脱力感100倍というゴールで、引き分けになりました。下(2位以下)との勝ち点差が3の倍数だったので、この1点はあとで効く可能性を秘めた1点だと思います。

それにしても、大沢親分と張本に、「喝!」まで言われたGK鈴木は立場ないなぁ。可哀想とは思わないけど。


主審明暗

2007年06月15日

色んなトコロで話の種になっているようですが・・・。
第21節愛媛戦の主審についてはヒドイと思いますが、まぁそれがJ2ってもんだろう、と自分自身で納得している部分もあります。現地に行った人や映像で見た人はそんな醒めた感情はもてないでしょうけども。しかし、その前の鳥栖戦でも兆しはあったのですが、異議はいけません、異議は。基準を聞きに行ったのに、胸ポケットに手を入れられて“威嚇”されれば腹も立ちますが、心の中で何を考えてもいいので表に出してはいけません。沈着冷静に虎を想定して行動したのに「シカでした」で済めば、安全策としては成功です。

で、試合終了後は逆に踏み越えてはならない一線を越えなければ、表現は自由です。三浦監督は会見拒否で不満を痛烈に表明しました。選手もサポーターもそれぞれの責任ある枠内んにおいて自由です。だから逆にブログといえども「審判氏ね」等と書いてはいけません。心の中で思うのは自由ですが。


そういう前提で水曜日の主審を分析したいと思います。彼は今季7試合目の主審を務めました。水曜日の試合を含め、7試合で出したレッドカードは1試合平均0.9枚(黄×2→赤1を含む)、イエローカードは1試合平均5.3枚です。赤の割合ではJ全体で34主審中最下位、黄では34主審中29位です。ちなみに誤審で名を知られるI主審は今年15試合で主審を務めて、赤0.4枚/1試合、黄3.2枚/1試合です。まぁ選手も警戒しますから、必ずしもコントロールがよくなった証明ではありませんが。(以上のデータは、ここここによります)。
イエローを出さない方がよい試合だとは必ずしも正しくないですが、今年見た中でレフリングとしては最高だった4.11福岡戦@西が丘で主審を務めた砂川恵一氏は7試合を担当し、赤0.1枚/1試合、黄は1.6枚/1試合(34主審中ダントツのトップ)です。

アメリカの野球・マイナーリーグでは、審判も育成の場という考えから、試合の中での抗議は控える代わりに、終了後に一括して指摘する監督もいます。それで判定が覆るわけではありませんが、長い眼でリーグというものを考えたときに、裁かれる側からの指摘というのも重要です。今回の件について、チームは協会に文書を出すようですが、協会は少なくとも真摯に受け止めて、どうすれば審判のレベルが向上するかを考えて欲しいです。100年構想という夢をいくら描いても、足元が覚束なければ砂上の楼閣に過ぎません。


【第20節】アタックにはトスが必要です

2007年06月12日

バレーボールで効果的なアタック(攻撃)には、タイミングよくトスを上げてもらう必要があるわけで、アタッカーばかり揃えていても勝つことは難しい。たった一人のセッターがいるのといないのでは大違いになります。

というわけで、第20節鳥栖戦。序盤、開始僅か1分で西澤にイエローを出した主審が一番テンパっていたのは間違いないですが、2番目にテンパっていたのはでっかいフラッグを持っていた人たちでしょう。風が強い日でスタジアムの構造上、気まぐれに向きを変えていましたから。
そんな訳で前半にやたらと黄色い紙がピッチ上に舞い、このままだと誰か退場するのは確実という情勢でしたが、主審も選手もハーフタイムでアタマを冷やしたので、後半は静かなスタートを切りましたが、早々に藤田征也が「J加盟後」通算500ゴールとなる得点を挙げました。J加盟後とこだわるのは、チームとしての歴史を考えるとJFL時代をなかったことには出来ません。この主張というか危惧はもっともで、みんな(マスコミも含めて)が500という数字を前に押し出すなら、それを違うといえるのはサポーターだけです。

鳥栖20th



1点取ってしまうと、このチームは点を取られる匂いを感じないのは毎度のことで、開幕戦の京都サンガ戦@西京極でのヘタレ具合で「合宿の打ち上げの練習試合」と自分を慰めたのが僅か3ヶ月前とは思えないほどの安定感です。相手のサガン鳥栖が妙に中央突破にこだわっていたこともあって、CB2人がことごとく攻撃を跳ね返していきます。まぁ何度もあれば危ないシーンも一度や二度はあるのですが、高木の鋭い判断や相手のツメの甘さがあって点は入りません。
鳥栖が中央突破から抜け出せないのは、札幌のボランチとバックラインの間にスペースがある(ここを最初に使ったのは草津だったかその前の愛媛だったか)からで、そこにボールが入るとそれこそ、雲霞のごとく鳥栖の選手が中央に引き寄せられます。レベルが違うのを承知の上で喩えるなら、見た目は「小学生のサッカー」です。というかいまどきの小学生サッカーでもサイドを使いますが。バレーのアタックにはトスが必要なのと同様に、一度サイドへ出せばかなり違った攻撃になった気がします。特に中央で短いパスを繋いでいくうちにサイドに流れていくと、逆サイドがガラあきで、そこを使われるのはこの日のサイドバックが2人とも絶好調ではなかっただけに札幌にとっては嫌な流れになったと思います。
鳥栖に欠けていたのはボールを散らすことができる視野の広いプレーヤーだったことは間違いありません。本来は尹晶煥がその役割を負っているのでしょうけど。

それでもおそらくハーフタイムでもっとサイドを使うように、という指示が鳥栖にはあったのでしょう、前半は札幌の左サイド、西谷が全く攻撃には機能しなかったのが、後半は何度か左サイドから形を作れるようになりました。そもそも後半開始早々に西谷からゴール前へのクロスが入ったのを相手GKがキャッチして、そのフィードを芳賀が拾って石井に繋いで、DFラインの裏へ出したパスに藤田が走りこんで得点が生まれました。

この日の鳥栖スタジアム、観客は1万人弱ですが、バックスタンドの上部席(2階席、3階席と呼んでます)の大半は招待券でした。席種的にはレギュラー席なのですが、メインの両サイド、バックスタンドの両サイド、バックスタンド上部スタンドとレギュラー席はあちこちに設定があるのですが、「招待券はメインスタンドには入れません」「招待席は1階スタンドには入れません」という案内板が出ており、せっかく足を運んでくれた観客がネガティブな案内ばかり見せられて、次回以降に有料入場者となってくれるか疑問です。とは言うもののメインスタンドアウェー側で我々の前に大人ひとりで子供5人を連れてきた親父のように、ジッとしていない子供を試合中、終始躾ているのも気が散って困ったのですが。


【第13節】草津温泉一度は負いで

2007年05月06日

今更ながらに、ザスパ草津戦の感想を。
ま、あのまま実家に戻って、先ほど帰宅したし、今日は次の試合があるのでそれまでにまとめておかないと、というのが理由です。

個々の内容があげませんが、全体的にザスパ草津のパフォーマンスが良く、コンサドーレ札幌は足が重かった感じです。先制点はコンサが先にとりましたが、自分の試合にしていたか、というとそうではなく、あのままもし終わっていたら、「ワンチャンスをものにした」という展開でした。むろん、そういう形で勝てることもありますが、前半の1点を守りきるのは難しいです。

ちょうど第1クール最後の試合にあたる訳ですが、開幕戦の京都は別として、2戦目以降とにかく突っ走って来たほころびがあの試合で遂に破けた、という感じでしょうか。といっても裂け目は小さく、拡がるのかそれとも縫うことができるのかは、まだ判断できません。少なくとも「タンクトップを着たつもりが腹巻だった」、あるいは「コートを着たつもりが腰巻だった」という状態でないことは確かです。


ザスパ草津の戦い方は、あの試合だけ見れば、見事でした。1点取られた後は、とにかく点を取るということでチームが結束していましたし、まともにコンサドーレの守備陣にぶち当たったら、得点が難しいと選手共通の考えがありました。まぁ、監督が植木繁晴ということを考えると、コーナーからの1点目も、FKの素早いリスタートからの2点目も「入れ知恵」は充分考えられます。それだけに、コンサドーレも敗因は明白であり修正しやすいといえます。逆転した後は、バッタバッタと選手がピッチ上で倒れて試合を止めて、コンサのペースを乱すのは明らかに「入れ知恵」かと・・・。

ただあの戦法は1回しか通用しません。対草津では初の黒星となりましたが気にする必要はないでしょう。昇格争いに絡むのも、難しいと思います。

草津ゴール裏ダンマク



【第10節】新緑は4月の札幌には早過ぎた

2007年04月23日

室蘭から始まった連続観戦の打ち上げ、札幌ドームの東京ヴェルディ1969戦。キックオフ25分前にたどり着くと、結構な入りでご同慶の至り。見える範囲に観客が隙間なく(=隙間が目立つほどではなく)入っているのは実に久しぶりの情景です。もっとも自分が一番隙間の多いところ(=AWAY側SA席上段)にいるからなのでしょうが。

選手入場の赤黒の縞々は、感涙モノでした。ドームという人工照明の下ですので、黒が映えないのは如何ともしがたいのですが、5~7月くらいの抜けるような青空の厚別競技場でもう一度観てみたいです。前評判的にも、昨年は札幌でプレーしたフッキをはじめ、名波・服部・土屋という名の知れたベテラン勢、監督はメンタル重視のラモス、コーチは札幌では鬼門の某氏という布陣の上、勝ち点差1の首位仙台がお休みということもあり、勝てば名実ともに暫定首位、と上々です。「名実ともに暫定」は変な書き方ですが、室蘭でセレッソを下したあと、記録上は首位になりましたが、翌日開催の同節の試合で首位陥落という瞬間首位ならぬ1日天下がありましたから。


さて、試合で15分で3点(記録上では3点目は16分)をコンサドーレが入れてしまうという“ありえない”展開で幕が開きました。こんな展開は、おそらく1万8千人超の観客、ピッチ上の22人の選手、リザーブ・コーチ・関係者・諸々、誰も予想しなかった展開で、コンサドーレは浮き足立ちます。逆にヴェルディは、とにかく1点からという目標で、選手の気持ちがひとつになり(彼らは「気持ち気持ち」と気持ちが悪くなるくらい毎試合、言われ続けていた)、25分過ぎからヴェルディ時間が続き、1点返して前半終了します。

後半は、とにかく気持ちを落ち着かせようとする札幌に対し、気持ちだけなら経験豊富なヴェルディ陣が畳み掛けてきます。もっともその上手をいったのが、某主審で、前半の大量得点で動転した彼は、徐々に気持ちを落ち着かせて本領を発揮します。コンサドーレ札幌の試合速報によると、「後半11分【GOAL】曽田が船越(東京)を倒したという判定で東京VにPK。このPKをフッキに決められて、1点差に追いつかれてしまう」。“判定”です、「判定」。この判定という文字は記録に留めておきましょう(笑)。

なんだかんだで気付けば同点に持ち込まれました。同点になってから膠着状態が続いて終了間際に失点というのがコンサドーレのこれまでのパターンなのですが、なぜか同点でもへたり込む選手はなく、さらに安定度が増したようなプレーが観られ、負ける気はしませんでした。でも「勝てる」と思わなかったのは、やはり過去のトラウマだと思いますが、同点だったのは僅か5分(もっと長く感じられたが)、ダビィのこの試合2点目でリードを取り戻します。気持ちで闘ってきたヴェルディもさすがに意気消沈、お茶漬けだけではスタミナが持たないという感じで運動量ががた落ちになります。こうなれば、札幌DF陣は今年のパターンとばかり攻撃を跳ね返し、大塚投入で逃げ切りに成功しました。

この試合、結局勝ったのはやっぱり主審で、試合後の反省会?を控え、組んだ副審・第4の審判の方々は心中察するにあまりある。

桜もまだ咲かない4月の札幌ですから、雪がないとは言え、新緑の季節には早い。ただ、枝の中で新芽は明らかに膨らんでいることを実感させられてた東京ヴェルディの3得点でしょうか。


思い付くままに

2007年04月18日

今週末は、札幌ドームで東京ヴェルディ1969戦です。これまた性懲りもなく観に行ってしまうわけですが(もともとの目的はこれ)、第6節から5試合連続観戦というのは、自己記録ではないかと思います。

と思ったら、2001年に室蘭(東京V)→神戸ユニバ→函館(G大阪)→日本平→丸亀(F東京)→厚別(鹿島)→磐田と7戦連続というのがありました。馬鹿やってたんだなぁ(笑)。ただ神戸と函館の間にナビスコ(平日の室蘭)が入るので、実質は5戦連続です。磐田の次のホーム名古屋戦は行っていないと思うのですが(試合終わって大通でお祭観たのはこの年だっけ?-いずれにせよあのお祭はあの後、商業化に走って「観る分には」つまらなくなった)。

しかし、2001年の対戦相手は、そこにいる選手が中々興味深いです。


東京ヴェルディ1969にはボンバー中澤は当然として、今週末お休みの永井秀樹もいれば、前園の交代で西田吉洋が出てきます。GKは菊池新吉<ギャツビー(^^;)>。神戸にはシジクレイがいて、播戸と仲が悪かったし(その後同じチームに)、ガンバには吉原宏太が、観たかどうか不確かな名古屋戦(ストイコビッチがPK決めている)には、先発に西澤淳二の名が・・・。

本来は別の話を書くつもりが、幹線記録から予想外の方向へ拡がってしまった。ま、タイトルがタイトルだからいいか・・・。


【第9節】梅は未だか鶯は何処へ

2007年04月16日

●--△-○△△○

ココまでの私の観戦成績です。チームは5勝1敗3分と大きく勝ち越していますが、第8節までの私の観戦成績は1勝1敗3分と五分でした。唯一の負けを見ましたし、引き分けは全て見ています。そんな訳で、いまいちチームに乗り切れないことに責任を感じていた私は、西が丘でのスコアレスドローの夜、水戸参戦を決めました。

とはいうものの、笠松に馳せ参じることは土日のスケジュールでは容易ではなく、レンタカーを駆使して試合開始10分前に笠松運動公園にたどり着きました。


さて試合の内容は・・・。
立ち上がり、連戦の疲れもありダメモードの札幌と、未だに勝ち星のないダメダメモードの水戸がピッチ上でダメ3乗の試合を見せてくれました。とはいうものの、チームとしての形が出来ている札幌と、どうやったら良いのか統一性のない水戸の差は、ダメひとつ分の差であり、早い時間に札幌が先制します。先制点は前節お休みのダビが、明らかに周囲とは違ったハジケ方をしており、そこから生まれました。
先制されても、やはりピッチ上はダメ空気が漂っていて、これは、1点取られたのに攻めてこない水戸に札幌が、「さっき点取ったよな?、な?」的な戸惑いを見せたことによるものです。水戸としては守備はともかく、攻撃は札幌の弱点をハーフタイムで選手に伝えて後半攻める。そのためには前半は何とか1失点で・・・という思惑があったのかもしれませんが、そういう時はセットプレーに気をつけろ、という言葉の通り、西谷のFKを元気が頭で合わせて2点目が入りました。

こうなると後半はもう札幌が、ミトナチオのお株を奪う守備モードに突入します。守りに入った札幌に対し、水戸はカウンター可能なタイミングでボールを持っても、中盤で札幌のプレスに引っかかって時間を使わされ、その間にゴール前にびっちりと2枚の壁が築かれては、打つ手なし。それを見た三浦監督はブルーノに代えて池内というDF同士の交代で、西澤曽田のセンターバックに移行します。このため、コーナーキックでは札幌サポが異様に盛り上がります。
残り15分、漸く水戸にエンジンがかかり始めてきた印象を受けましたが、どちらの選手も連戦の疲れもあり、プレーの正確性に欠ける部分もあって、札幌が無失点で守りきりました。

ここ数節、気になっている主審ですが、さすがにJ1のトップクラスだった西が丘に較べると?と思うこともありましたが、選手で笛と仕草で説明をし、ハッキリと意思表示もしていましたので、仙台に較べると基準がキッチリしていましたので、安心してプレーしていることが窺えました。

さて、これで観戦成績上も勝ち越し、得失点差もプラスになりました。でも全失点も見てます。