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1978年生まれ。 コンサドーレ創立年度から応援を始め、1998年よりアウェイコールリーダーとなる。2003年春に札幌へUターン。 またコラムサイト「コンサイズム」では2001年末~2003年末までコラムを掲載。このブログではそのアーカイブと、当時を振り返るアフタートークをお送りします(予定)。

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aftertalk #20

2008年02月15日

clasics #20ということでした。見られないとかなんとかいってこの後ワールドカップ見られることになったんだけどね。

ワールドカップの開幕4日目、というと6月10日辺りかな。ワールドカップが生で見られないなんてと嘆きつつ仕事から帰ってきてBSの録画中継見たりしていたけど、夜更かし早起きして必死に見るなんてことはしなかったなあ。つまりそれほど肩入れしてみているわけではなかったってことか。まあ今もテレビつけてサッカーやってれば見る、大事な試合やどうしても見たいけど深夜早朝で見られなさそう(見ても記憶が薄そう)な場合は録画するというスタイルはずっと変わらない。当時は会社の人たちがワールドカップに浮かれていて(あえてこう書いておきたい)睡眠不足な人たちがイタリアとかベッカムとか言ってたのに背を向けて、アイルランドとかメキシコとかそういうところを見ていた。会社で馴染んでいなかったからひねくれた、もしくは元々人間がひねくれているだけなんだろうけどね。にわかフーリガン、みたいのが渋谷とか新宿にうわーっと出てきているのをニュースで見たときは、正直に言うと寒気がした。鳥肌が立って興奮してと言う意味ではなくて、恐ろしかった。
「サッカーが人々の心をひとつにした」なんてテレビのニュースで言っていそうな言葉はまったく思いつかなかった。思ったのは、サッカーが人々を「洗脳」するという恐ろしさと、社会の表面をなぞるように浮遊しながら生きていく人たちの恐ろしさだった。

あのときなんであんなことを感じたのだろう。自分の方がサッカーを長く見ているぞ、というくだらない自尊心?それとも単純に群衆への恐怖?そのわりにはぎゅうぎゅうに詰まったゴール裏に通ってるわけだけど。まあ、単純にうらやましかったんだろうな。まっすぐに物事を楽しめる人たちのことが。
自分はすぐに疑うし、すぐに諦めるし、すぐに嫌悪する。人の好きなことが嫌いで、人の目につかないようなところにあるマイナーさを好む。10年以上も同じサッカーチームを応援している、ということ自体が奇跡のようなものだ。コンサドーレは奇跡を生んだとかかっこいい言葉をほざくつもりはない。自分にとっては「奇跡」じゃなく、「そこにあるもの」だ。
ワールドカップの終わった後は札幌の試合を見に行く人が劇的に増えたというわけでもない(まあ弱かったしね)し、劇的に変わったとすれば練習場などのインフラ面が大きいだろう。ただ、それだけでもワールドカップの価値はあったのかもしれない。


post by retreat

22:30

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