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1978年生まれ。 コンサドーレ創立年度から応援を始め、1998年よりアウェイコールリーダーとなる。2003年春に札幌へUターン。 またコラムサイト「コンサイズム」では2001年末~2003年末までコラムを掲載。このブログではそのアーカイブと、当時を振り返るアフタートークをお送りします(予定)。

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aftertalk #18

2008年02月07日

世間のニュースとを全く無視して過去へと進むこのブログ、今回はclasics #18でした。時期的にGW空けに書いたってことか。この時期に試合に行ったかなあ、と考えてみてしばしのこと、ようやくナビスコで仙台に行ったんだっけと思い出した。どうも仙台の記憶はありすぎてなかなか思い出せない、もしくは昔のことすぎてもう思い出せない、もしくはいい歳になってきたので記憶力が衰えて思い出せない、どっちかだな。どっちかっていうと三つ目の可能性が最も強いんだけど。そもそも年齢の話をしているという時点で自分もいい歳こいているという突っ込みは自主規制しておこう。

仙台とか山形に行くには鉄道と車と半々ぐらいの割合で、鉄道だったら早朝の新幹線、車だったら近くに住んでいる友人に乗せてもらうかレンタカーを借りてみんなで行くか。このときは確かワンボックスのレンタカーを借りて相乗りしていったんだっけなあ。車で行くときは金がかからないように深夜集合(「じゃ、24時に八重洲口ね」と軽ーい口調で)して、そこから行けるところまでずっと下道(国道4号線)。うまくいけばそのまま仙台、うまくいかなかったら黒磯あたりで東北道に乗って北上。そしてどこぞのSAで時間調整という名の仮眠。というパターン。山形に行くときもまあだいたい同じルートで、村田JCTから山形道に乗るかどうかっていう違いくらいしかない。確か、この仙台行きの時がまさに「国道4号激混み→一向に進まなくて東北道に避難」っていう感じだったと思う。夜中の国道4号はトラックが高速でばんばん向かってきたり煽られたりでかなり怖くて運転なんてできなかったので、自分はもっぱら助手席で運転してる人を寝かせないために喋ってるのが主な役目だった。運転してるよりも、そうやって口を動かしていた方が自分も眠くならないし、RCサクセションの「スローバラード」みたいに上手く寝られない。だったら帰り道に疲れて眠るほうがいいし、そうでもしないとろくに眠れやしなかった。

もっと昔に車で遠征したとき(山形だっけか)、深夜に国道を走っていて休憩しようということになり、通りがかったファミレスに入ったことがあった。午前3時とか4時とかそれくらいの深い時間だったと思う。みんなで飯を食ったりコーヒー飲んだりしてまったりしていると、自分の後ろで若い女の人と細身のスーツを着た男の人が話している。眠気と変な高揚感で頭の中がごっちゃになっている自分たちはろくに会話らしい会話もなくぼけっと過ごしていたんだけど、次第に後ろの男女が話している内容にみんな聞き入ってしまっていた。

マルチ商法ってやつでした。

まあ、こういう経験をするのも遠征の醍醐味、ってことで。


post by retreat

23:32

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