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1978年生まれ。 コンサドーレ創立年度から応援を始め、1998年よりアウェイコールリーダーとなる。2003年春に札幌へUターン。 またコラムサイト「コンサイズム」では2001年末~2003年末までコラムを掲載。このブログではそのアーカイブと、当時を振り返るアフタートークをお送りします(予定)。

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aftertalk#1

2007年12月12日

そんなわけで「classics」第1回をお届けしました。

最初から中盤過ぎの回くらいまではですます調で書いていて、それはたぶんにかしこまった気持ちで書いていたというか、文章と自分の距離を測りかねてよそよそしくなってしまっていたような感じだったのかなあ、と読み返してみて思う。それに第1回だったし、丁寧に自己紹介をするような気持ちもこめて書いていた。核になる文体というのは今でも変わっていないけど。

ただ、考え方だけは変わったなあと思う。
仕事(生活)とフットボールに線を引くという考え方はあんまりなくなっていて、全部一緒くたにして考える、それもこれもまとめてひとつのものとして考えるようになった。線引きしても人生においては特に何も変わらなかったし、ちょっとゆるくしてみてもこれまた何も変わらなかった。なら、ゆるい方がいいだろうと思って今に至っている。20代の始め、就職したあたりはなにごともきっちりとやっていこうという思いがあったんだけど、そのうちに切り替えのスイッチが壊れてしまったというか、ONもOFFもうまく切り替わらないみたいなことになってしまって。
「No Life,No football」という考え方も、年が過ぎるにつれてゆるくなっていった。最初のほうは「生活がしっかりしてなきゃフットボールは見られない!だからがんばって働かないと!」みたいにきりきりしていたのが、今になっては「死んだらフットボール見れねーから生きとくか」てな感じに変わってきている。というか、あの頃は考えすぎていたんだろうと思う。それが良かったのか悪かったのかにかかわらず。ちなみに最初にこのコラムで書きたかったことというのは「人生におけるフットボール」とか、「生活の中のフットボール」みたいなことを考えていて、そこから生まれたのが「No Life,No football」ていうコラムのタイトルだったりする。いわゆる「日常系」を何となく目指していたわけだ(それがどういうことになったのかはおいおい語りたい)。当時様々なサイトで目にするコラムはゲームリポートやフットボール原理主義みたいなテーマに寄っていたものが多かったので、そういうのとは逆のアプローチをしてみたいと書いていたのを覚えている。

あのコラムを書いてから何年も経って、いろいろなシーンに遭遇し、いろいろな人生観が変わった(あるいは変えさせられた)。けど、変わっていないのは「フットボールに救われている」という思いじゃないかな。自分自身の状況にかかわらずフットボールはいつもそこにあって、フットボールを見て、応援すること、勝敗を超えてコンサドーレというクラブが「ここにある」ということだけで救われるような気持ちになったことは数え切れないし、いつかその感謝を何らかの形で恩返しできればと思う。昔も今もそれだけは変わっていない。


post by retreat

23:52

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