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初観戦は1997年。 初参戦は1999年。 2001年より、本格的に応援に通う。 2006年11月よりゴール裏参戦。 鹿島を究極の目標と設定(勝手に) 浦和の歌に憧れる。 応援スタイルの基本はまったり前向き。 ミスを怒るより好プレーを褒める主義。 攻守によく走るFWとおれはやるぜ系の選手が好きらしい。 ミドルシューターも好き。 2001のイチオしはウィル。 2002は不在。 2003は砂さん。 2004は岡田くん。 2005~2010はカズくん。 2011は祐介。 GKは全体的に別格。 (言うまでもないけど、上記はあくまでも「イチオシ」。好きな選手は上げたらキリがないw) オンチだけど歌うの好きw ゴール裏では好い迷惑かもorz ======== フィギュアスケート 長野五輪のクーリックとロロのエキシで見始めたので、必然的に男子中心。 女子はトリノ五輪の荒川さんから見始める。 バンク五輪までは「テレビでやってたら見る」という程度の「ウルトラライト」。 バンクの結果に納得がいかなくて、色々調べ、ネットで動画を見る事を覚え、すっかりハマる。 男子はプルシェンコ・女子は真央ちゃん中心に応援中。 好きな選手は挙げると切りがないので割愛。 クワドジャンパー中心に自分の限界に挑む選手に愛あり。 …流れでブログを借りちゃったから、フィギュア特化ブログとして立ち上げてみたw

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されど背番号12の日々

2008年12月05日

            『 背番号12の日々 』



室蘭には、何度も足を運んだ。函館にも行った、仙台にも行った、九州にまで、行った。1997年10月22日優勝の日、人目をはばからずに泣いた。1998年12月5日降格の日、もっと泣いた。初詣は、家内安全と勝利昇格を祈願する。車にステッカーが貼ってある。タイヤカバーにエンブレムが描いてある。ステッカーを貼った車を見ると「よっしゃ」と思う。月寒に雪割に行った。飲み屋の親父に「どーなの、今年は?」などと聞かれる。衛生放送に加入した。勝った日は大谷地駅までニコニコ歩く。負けた日は無言でトボトボ歩く。メガホンを3つ壊した。試合の翌日、良かったねーとか、残念だったねーとか言われる。コンサート、という文字につい反応する。赤黒のデザインに反応する。飛行機はあれしか乗らない。北海道土産は必ずあれにする。宝くじが当たったら半分は寄付する(つもり)。家族みんなでレプリカを着て地下鉄に乗る。娘が、ドールズになりたいと言っている。なったらうれしい、と思っている。ゴール裏で友達ができた。ゴール裏で出会った人と結婚した。スタジアムでは、よく通る声で知られている。裸になることで知られている。ツボをおさえた(?)ヤジで知られている。月曜日は声が枯れている。勝った試合のビデオは2回見る。負けた試合は早送りで見る。見ないこともある。メモ帳に結果を記入している。インターネットで熱く議論する。仕事の途中で、練習グラウンドをのぞく。出張は、アウェー試合にあわせようとする。いろんなバッグにカンバッヂがついている。全てのスケジュールは試合を中心に決める。そしてふと考える。北海道の人みんながこんな気持ちになって、こんな生活をしてくれたらいいなと。さて今日も、クラシックを飲みながら私は思う。私にはこんなに夢中になれるチームがある。心から応援できるチームがある。私は、シアワセだ。がんばれ、コンサドーレ札幌。勝つぞ、コンサドーレ札幌。私が、ついてるぞ。


                               

                  2000年サッポロクラシック広告コピー
                  「背番号12の日々」より













要は、そういう事なんだ。
このチームが好きなんだ。





Jリーグ発足から16年。
地道でも確実に、サッカー文化は全国に広がってる。
サッカーは日本中に根付き始めてる。

当初みたいな華やかさはないけれど。
でも、確かにサッカーを愛する土地は増え続けている。

たった10チームで始まったJリーグが、来年36チームになる。
そして、J参入を望んでいるチームはまだまだある。
地道でも地域に根付いて。
地元の人達と一緒に育っていこうとしている。



1992年、私にとってJリーグは「テレビの中のスポーツ」だった。
遠い世界の出来事だった。

それが、コンサドーレ札幌というチームが出来て。
試合に行く様になって。
ようやく、身近なものになった。


日常の中にサッカーを想う時間がある事。
生活の一部に試合に行く予定が入っている事。
その試合で一喜一憂出来る事。
チームと共に、笑い泣き怒り時には落ち込んで。
それら全てが喜びだった。
その全てに倖せを感じた。


日本中でその同じ想いを共有する人達が増えている。




それが、本当の意味で「サッカー文化が日本に根付く」って事じゃないかと思う。




日本各地で芽吹き始めた「サッカーの若木」。
それはまだまだ幼く頼りない。
だから、大事に育てなくちゃいけない。
せっかく芽吹いた若木が、冬の寒さで凍える事のないように。


今、この若木に必要なのは、冬の寒風ではなく、夏の陽射し。
異国の水ではなく、馴染んだ地元の水。

土が合わなければ、木は育たず枯れてしまうから。



まずはこの木をもっと大きく逞しく育てて。
異国の土に合わせるのは、それからで十分だと思う。





日本中のサッカーを愛する者達と共に。
この『自分達にとって唯1本の木』を育ててゆく為に。


post by 半月

21:19

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