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もっともっと、ずっとずっと、 車椅子を押していたかった。 消えない痛みが癒えるまで、 眠りたいと思います。 今まで本当にありがとうございました。 前へ、前へ。 いってらっしゃい・・・おかえりなさい。 エッチラホッチラ、元気にやってます。 さあ、新しい一歩です。 動き始めよう。 確かな形に。 そして、めぐりあう。 もう一度。 光を見つける。 冷静に。 掴む。 深化。 2025 2026
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2009年08月20日
雨が降ると、 思い出すクラスメイトがいる。 中学1年の、雨の放課後。 ひとり帰る、少女の後ろ姿が、不意に蘇る。 少女のさす傘の骨は、何本も折れていて、 靴には、大きな穴があいていて、 制服は、入学式の日から、もうボロボロにくたびれていた。 複雑な家庭環境と、絵に描いたような貧しさの中にいた少女は、 学校の教室でいつも、ひとりぼっちだった。 優しくて、真面目で、健気で、頑張り屋さんで・・・ 今なら、いっぱいわかるのに、 涙が出るくらい、わかるのに、 あの頃、少女はずっと、ひとりぼっちだった。 同じクラスだったのは、中1の時だけ。 だから、卒業後のことは、なにひとつ知らない。 少女は、どんな大人になったのだろう。 どんな人生が、あったのだろう。 結局、 最後まで、一度も見ることがなかった、少女の笑顔。 だからこそ、願う。 今は、笑っていてほしい。 働き者の亭主と、時々派手な夫婦喧嘩をしながらも、 生意気だけど、可愛い子供たちに囲まれて、 毎日毎日、笑っていてほしい。 ブサイクなくらい、クシャクシャにした顔で、 安心して、笑っていてほしい。
2009年07月23日
ひとり、家へ帰る、帰り道。 ある日、私は帰る道をちょっとだけ変えてみた。 何か、理由があったわけでもなく、 無意識に誘われるように、私はその曲がり角を選んだ。 もう何年も暮らしている町だというのに、 そこに広がる、見知らぬ町並み。 こんな店が、近くにあったのかぁ。 こんなでっかい公園も、あったんだぁ。 あらま、ゴミ屋敷まであったよぉ、わおッ!! そんな小さな小さな冒険も終わる頃、 大きな家の前で、ひとり黙々と筋トレをしている少年の姿が目に入った。 坊主頭の中学生。 真剣に筋トレを繰り返している途中、 ふと少年は私に気付き、ハッとした顔をした。 そして、恥ずかしそうに、逃げるように、 少年は、家の中へ・・・ うん、うん、わかる、わかる。 こっそり、頑張ってる姿って、誰にも見られたくないよなー。 この年頃の男の子ならば、特にそうだろうと思った時だった。 玄関のドアの前まで行った少年は立ち止まり、 一瞬、空を見上げ、振り返り、キーッと私を見た。 力強い眼差しだった。 そして、ゆっくりと元の場所へ戻り、筋トレを再開した。 さっきよりも激しく。 何かを振り払うかのように、もっと激しく。 いつもと違う、帰り道だった。 コンサドーレの彼等の帰り道。 赤黒を脱いで、スパイクを脱いで、 ちゃんと、迷わずに、 たどり着けているのだろうか。
2009年07月05日
その人はいつも、がむしゃらで。 失敗しても、うまくいかなくても、がむしゃらで。 笑われても、怒鳴られても、 ヘコんでも、ベソかいても、 ただひたすらに、がむしゃらで。 何度、倒れても、倒されても、 ギブアップはしない。 諦めたりはしない。 その人はいつも、がむしゃらで。 切ないくらいに、がむしゃらで。
2009年06月19日
普段、あまり乗ることのない地下鉄に、 しばらくの間、乗る機会が続いた。 たとえば、早朝。 こんな早い時間は、もっとガラガラかと思えば、 意外と混んでいたりして、それが少しオドロキだったり。 足りない睡眠を補うかのように、目を閉じているサラリーマンと、 元気いっぱいに、おしゃべりしている小学生が、 同じ空間にいることが、なんだか妙にフシギだったり。 走る走る地下鉄。 あの頃、仲間と過ごした町の駅も、 痛いくらい、胸を焦がしたあの街の駅も、 今はもう、降りることはない。 走る走る地下鉄。 隣に座る人も、目の前に立つ人も、 互いに何も知らない、遠い人・・・他人。 たぶんきっと、二度と出会うことのない人たち。 もしも偶然、どこかですれ違ったとしても、気付くことさえない。 そんなとりとめのないことを、 眠り誘う心地良い揺れに、ウトウトしながら、 窓の外の黒い景色を、ぼんやり見つめながら、 ふと思う、朝のひととき、 地下鉄の中。
2009年05月26日
すっかり忘れていたけれど、 いつのまにか、ブログを始めて、 一年が過ぎていましたよ。 おもいっきりマイペース更新なのですが、 正直、続けられると思っていなかったので、ビックリです。 今、改めて読み返してみると、 アチャー!!イタタタタッ!!!の、オンパレードだったりするのですが、 何度も訪れていただき、誠にありがとうございます。 もう少しだけ、頑張ります。 このブログのきっかけになった、しまふく寮通信。 果てしなく遠い存在だった、コンサドーレに、そして選手たちに、 めぐりあわせてくれた、りょうぼ。さん。 コンサドーレを応援して、アツクなって、 しまふく寮通信を読んで、あったかくなって・・・ そんな日々が、とても心地よかった。 ・・・感謝。 今日も、車椅子を押しています。 流されるように続く、 昨日と同じ今日を、繰り返す日々の中で、 ヒーローになれなくても、その他大勢のひとりでも、 キラキラじゃなくても、ピカピカじゃなくても、 やっぱり、人生は素晴らしい。 だから、感謝。
2009年05月08日
このブログにも、 何度か登場したことのある祖母は、 実は、石崎監督に似ているんです。 『顔!!』が。 でもそれって、石さんに失礼なのか、 一応、女性である、ばあちゃんに失礼なのか、 デリケート過ぎて、私には答えは出せません。 それから、ダニルソン。 従兄弟に似てるんです。 他にも、柳沢選手とか、アグネス・チャンさんもいます。 明菜ちゃんもいます。 冠婚葬祭などで、みんなが揃うと、ある意味ちょっと豪華です。 そして、最近登場回数の多い、母。 「昔、若い頃は夏目雅子に、ソックリだったんだからぁ!!」 と、誰もきいてないのに、コトあるごとに言うのですが、 古いアルバムを何度見返しても、 逆さから見ようが、目を細めて見ようが、 夏目雅子さんには、まだ一度もお会い出来ていないわけで・・・
2009年04月20日
かった! カッタ!! 勝った!!! そしてそして、 ヤスのシュートも決まった!!! ヘン顔でもなく、ジェニファーでもない、 男前なゴールだった。 いろんな気持ちが、こめられたシュートに見えた。 4-1 いーっぱいパワーを貰えた勝利だった。 「元気になったら、札幌ドームに行ってみたいな・・・」 テレビ観戦をしていた母が、つぶやいた。 また、がんばれる。 まだ、たたかえる。
2009年04月11日
深夜、 もう二度と乗りたくなかった、 その車を呼んだ。 ・・・119。 寒い夜だった。 病院も、朝も、とてつもなく遠くに感じた。 揺れる狭い車内、 消えそうな意識の中で、 迷惑ばかりかけて・・ごめんね・・・と、母が泣いた。 発病から、43年。 その大半を、ベッドの上で天井を見て過ごした。 いつまでたっても、母のたたかいは、終わらない。 熊本戦。 ずっと病院にいた私が、その結果を知ったのは、 試合が終わって、何日も過ぎてからだった。 明日も病院、応援には行けない。 勝つということ。 負けるということ。 教えてください。 たたかうって、なんですか?
2009年04月01日
最近、なんだか忙しい。 落ち着かない日々が、続いていて、 気付けば、もう4月。 何かが始まりそうな、ココロ踊る季節・・・春!!! まあ、実際は特に何もない、いつもと同じ毎日なのですが、 この季節になると、街中のあちらこちらで見かける、ピカピカの新人さん達。 おぼえたてのセリフを緊張しながら、 ガチガチに、棒読みで、カミカミで、汗かいてる姿を見る度、 あぁ、自分にもこんな時があったなぁーっと、一瞬、時間が戻る。 根拠のない自信と、出口のない不安の中、 愚かなくらいに正直で、カッコばかりの嘘つきで。 あの頃、想像していた場所に、今、自分は立てていないけれど、 後悔はしていない。 ・・・そう思った、エイプリルフール。
2009年03月21日
沖縄に向かう飛行機の中で、 偶然、見かけた人気歌手は、物凄いオーラで、圧倒的で。 素顔を隠すための、黒いサングラスは、 あまりにも小さすぎて、顔が丸見えで、バレバレで。 ちょっとアンタそのシャツどこで買ったのサー!!!って、 思わず、声が出そうになるくらい、 ど派手でビックリ仰天な服装に、ずっと大ファンだった私は、 とても複雑な気持ちになりました。 ・・・あれから、いくつ季節を重ねたのだろう。 時折、ふッと思い出す沖縄の景色。 アルバムを開くまでもなく、記憶の中に刻まれた風景は、 再生される度、その輝きを増す。 ただ不思議なことに、 いつも最初に思い出す景色は・・・月。 暑い夜、ひとり見上げた月。 何故だろう。 その時の月の形も、 その時に何を想ったのかも、 もうなにも憶えていないというのにね。 北海道で見る月と、同じだというのにね。
2009年03月11日
中学の時の学校行事。 春だったろうか、秋だったろうか、 マラソン大会。 私は、これが苦手だった。 グラウンドを二周して、それからコースへ出る。 しばらくして私はまるで予定通りに、走るのをやめる。 いつものこと。 横をスイスイ走り過ぎて行く、他の生徒の後ろ姿を見つめて、 キミタチすごいねー・・・と、歩きながら、そう思った。 見慣れた景色と、変わらない町並みは少し退屈で。 私を追い越していく時、クラスメイトのひとりが、 歩いている私の背中を押して、そして手を引っ張った。 すごく乱暴に、とてもめんどくさそうに。 だから私も、わざとめんどくさそうに、また走り始める。 ふたりで並んで、走った。 疲れて歩くと、手を引っ張られた。 何度も歩いて、何度も走った。 そうやって、ゴールした。 毎年毎年、そうだった。 友よ。 いつだって、めんどくさそうに、私を助けてくれた友よ。 不器用な私の隣で、めんどくさそうに笑ってた友よ。 今はもう、どこにもいない友よ。 小学生みたいな、あどけなさを残した横顔、斜めにして。 踵をふんだ運動靴で、背伸びして。 早く大人になりたかった、なれなかった。 友よ。 また会おう・・・また、走ろう。
2009年03月02日
いつも、楽しみにしている、選手ブログ。 基本、サッカーのことを、よくわかっていないということもあってか、 読むのは、コンサドーレ中心なのだが、 時折、他のチームの選手のブログを開くことがある。 理由はない、ただの気まぐれで。 当然、その選手のことも、所属するチームのことも、 なにひとつ知らない。 だけど、そこに書かれた言葉には、確かにどこか見憶えがあって。 ありふれた日常も、歓喜も、感謝も。 隠しきれない焦りも 痛みも、涙も。 いつも、すぐそばで見てきた風景だった。 見知らぬ誰かの選手ブログ。 その中に綴られた想いに触れる時、 知らない町も、知らないチームも、知らない選手も。 彼等のために、声を枯らしているサポーターも。 なにもかも全てを、 ただ両手いっぱいに、ハグしたくなる、 この気持ちは、何故なのか、 その答えなんて、きっといらないんだと、そう思った。
2009年02月17日
彼女の長男の祐太朗が、 歌手デビューしたという話は、少し前から知ってはいた。 なになに、PeakySALT・・・? そのバンド名の意味は、よくわからなかったけれど、 とうとうきたか、やっときたか。 私は心のどこかで、ずっとその日を待っていたような気がする。 山口百恵。 私は、彼女の生き方が好きだった。 先日、テレビでようやく、その息子の姿を見ることが出来た。 母親に似ていた。 昔々、雑誌で百恵ちゃんのその頬に、 まだ赤ちゃんだった彼が、そっと手を伸ばしている写真を見た記憶がある。 ちっちゃくて、ぷくぷくした手だった。 母親と同じ道を選んだ、その彼が今、 どんな大人になり、そしてどんな歌を唄っているのか、 なにひとつ、さっぱりわからない。 だけれども、そんなことなど、もうどうでもよく、 ただ無条件に愛情を感じ、応援していることに気付く時、 私は、自分が単純な人間でよかった、と思った。 遠い遠い、いつか。 コンサドーレの選手の子供たちが大人になり、 父親と同じ、赤と黒のユニフォームを着て、 ピッチに立つ時が、もし訪れたとしたならば、 きっと私の目には、その戦う息子の姿に、あの日の父親の姿が、 何度も繰り返し蘇り、そして重なり、 やがて、涙で何も見えなくなるのでしょう。
2009年02月11日
今年の雪まつりも、今日で終り。 1950年の、たった6つの雪像から始まって60回。 すごいねー。 私は毎年、この雪まつりが終わると、春のスタートを感じている。 とはいえ、実際のトコロは、 まだまだ、ぜんぜん、おもいっきり、冬ッ!!!なのだが、 私の中では、もう既に春で、いつもこの時期になると、 周囲から「おめでたい奴」光線を、浴びまくりなわけで。 そんな私にも、今年は別の想いがあった。 ・・・エジに見せたかったなぁ。 大雪像も、でっかいスベリ台も、あの混雑も。 突然、帰国した、もう会えないエジ。 札幌ドームで、一度だけ会えたエジは、 まだあどけなくて、日本人にはない陽気な笑顔が似合っていた。 思えば、 会える人より、会えない人のほうが、はるかに増えてしまった。 名前も思い出せない人。 最後まで他人で終わった人。 そして、忘れようとしても、忘れられない人。 どうしてだろう。 いつも、そばにいる人と、 ずっと、一緒にはいられないことを、 つい、忘れてしまう。
2009年02月04日
祖母は、ラーメンが好きだった。 いつも食べていた、というイメージがある。 ・・・インスタントラーメン。 たぶんきっと、安かったからだろう。 祖母は、幼い時に両親を亡くしたため、 まだ小さい子供の頃から、働きに出ていたという。 だから、小学校さえ通うことなく、大人になった。 やがて結婚し子供を産み、そして戦争もあった。 戦後、事故で夫を亡くした祖母は、室蘭の港で男達に混じり、 力仕事をいくつもして、三人の娘を育てたと聞いたことがある。 誰もが必死になって生きていた時代。 綺麗事では済まされない、いろんなことが祖母にもあったのだろう。 祖母の本当の苦労なんて、誰ひとり知らないのかもしれない。 そんな祖母に、私は育てられた。 物静かで、優しい祖母だった。 祖母との思い出のひとつに、こんなことがある。 学校に行けなかった祖母は、字を書くのが苦手だった。 だから、よく書き間違いをしていた。 ある時、祖母がチラシの裏をメモ用紙にして、 その日、スーパーで買う予定の物を書いているのを、 こっそり、のぞいたことがあった。 間違いだらけだった。 その中でも、インスタントラーメンを、『らめん』と書いていたのが、 まだ子供だった私のツボに入ってしまい、大爆笑した。 それからというもの、私は祖母が何か書いていると、 いつもノゾキこみ、その度に大笑いした。 祖母の気持ちなど、考えもせず・・・ 今になって思う。 もしかしたら祖母は、ものすごく傷ついていたのではないだろうかと。 一緒に笑いながら、ホントは悲しかったんじゃないだろうかと。 後悔と自己嫌悪が、ずっと消えずに残っている。 ばあちゃん。 いつになるか、わからないけれど、 いつか、ばあちゃんのいる、そっちに行った時、 ちゃんと謝るからさぁ。 でも、その時、久しぶりに、ばあちゃんのメモ見たら、 やっぱり爆笑しちゃうと思う。 ごめんよ、ばあちゃん。 だけど、ばあちゃん、その時、一緒に食べよう。 ばあちゃんの好きだった、 ちょっとのびた『らめん』を。
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