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札幌市在住のダイです。無類のフリーキックマニアです。サッカー以外にも野球やモータースポーツ(特にF-1)も大好きです。水曜どうでしょうとSaku Sakuが大好きです。

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2006F1マレーシアGP

2006年03月20日

予告どおり今日2回目の更新です。
F1大好きなコンササポの皆様お待たせしました!!
個人的感想満載の記事に仕上がってしまいました。ではどーぞ!!

午前中の記事に関するレスは後ほどつけます。申し訳ありません。



まず予選・・・

結構荒れた予選、PPはフィジケラ、2位はバトン、3位はニコ。

注目はやっぱりニコでしょう。初コースのセパンでいきなり3位につけるなんてすごい。もうひとついえる事は今年のウイリアムズのポテンシャルの高さでしょう。開幕前から僕は言い続けました「ウイリアムズはいい」と。それがあたってホッとしています。

そして日本人なら絶対注目している「スーパーアグリ」。今GPでも苦戦が続いています。これも「テスト」として割り切るしかないのでしょうけどね・・・

そして決勝・・・

スタートで目についたのはルノーのトラクションのよさ、予選7位のアロンソが1コーナーで3位につけた。もちろん彼のスタートのうまさっていうのもあるけどルノーエンジンのトルクの効率性、これは昔から言われていた事なんだけど、V8になってよりトルクコントロールとトラクションの効率がうまくいっているんだろう。フィジコのマシンの立ち上がりの加速なんかも見てもそう感じる。

改めてスタートを見ると冷静に状況を判断したアロンソ、タダもんじゃないよね、しっかし。

そしてライコネンが早々にリタイヤ。1周も走ることなくレースを終えてしまった。レーシングアクシデントだと思うけど運が悪いよねぇ・・・そういった混乱に巻き込まれないようにする「冷静さ」を身につけて欲しいかな・・・厳しい事を言うようだけど、「アイスマン」なんだから。

ホンダに関してはエンジンは素晴らしいと感じました。パワーではトップでしょう。ただシャシーが足を引っ張っている感じがしました。昔のマクラーレン・ホンダがそうだったように「とりあえずエンジンで予選上位を取りました」的な感じが否めない。特に立ち上がりがもたついている感じがします。

そしてレース序盤でニコがリタイヤ、エンジンが壊れてのリタイヤだけどいわゆる「ヒューマンエラー」ではない。エンジンをオーバーレブさせてのエンジン損傷ではないはずなんでいかに2GP1エンジンが厳しいか?というのを物語っているんでしょうか?

トヨタはバーレーンから比べるとポテンシャルをアップしてきました。おそらくサスペンションを改善してきたのでしょう、その効果が表れましたね。ウェーバーもエンジントラブルでリタイヤ、コスワースは信頼性を見直す必要が出てきましたね。

フィジコの1回目のピットストップは驚きましたね。たっぷりとガソリンを入れて、どのような展開になるのか?非常に興味津々です。
それともうひとつ・・・雨が降ってくるのかどうか?20周過ぎてから雨が降ってきたみたいなのでまた荒れる要素が・・・

ひとつ腹立ったのは「バリチェロがセナISM正統継承者」ってどうよ?ってかセナISMって何?簡単にアイルトンの名前を出してほしくはない、アイルトンはアイルトンなんだから。

そして雨が降ってきた。でもピットに入ってくるクルマはドライタイヤでピット作業を済ませていく。雨は降って入るけど大した事はないレベルなんだろうか?

琢磨は素晴らしい!!今回はレースをしていた。抜かれても抜き返したその根性!!!大健闘でしょう!!しっかしトロロッソ、カラーリングカッコイイなぁ~~~っ!!

モントーヤの走りを見て思うのはやっぱりマクラーレンのシャシーはすごくいいということ。特に複合のS字コーナーとかでも粘りというかリアの安定感、あれは乗っているドライバーにとっては楽だろう。

フェラーリは物足りなかったですね、イマイチなレース展開だったし。バーレーンと比べると・・・ってな感じ。ミハエルの走りに輝きがないような感じがしたのは気のせいか?

でまあレースは終了。優勝はフィジケラ。2位はアロンソ、ルノーの1-2フィニッシュに終わったこのGP。最終結果はこちらをご覧ください。

レースを見ての感想・・・果たしてルノーのライバルっているのか?

今年もルノーの独壇場になりそうなシーズン、バーレーンを見た段階ではフェラーリがライバルになるのか?と思ったけどこのレース内容だと厳しいかもしれない。

マクラーレンはクルマがいいだけにあとは運だけか?なんかもったいないような気がします。

スーパーアグリ、そして琢磨は頑張りました。井出君はまた残念な結果を迎えてしまったけど着実に進歩しているでしょう。

ルノーに始まり、ルノーに終わったこのマレーシア。次のオーストラリアはどうなるのか?個人的には地元のマーク・ウェーバーに期待したいです。



2006年F1バーレーンGP

2006年03月14日

昨日の夜、西岡のたじさんのお店でリンク先の暢気さんにお会いできました。今まで3~4回ニアミスを繰り返しながらなかなか会えなかったのですが今回ようやくお話できることが出来ました。たじさんを交えて男三人ほっと12の前で「プチオフ会」を開催(笑)色々な話を聞くことが出来ました。

お互いほっと12とコンサドーレをサポートしようと確認しあって固い握手をかわしました。暢気さん今後もよろしくお願いいたします。

では本題・・・



さてさて、F1が開幕しました。

開幕戦はバーレーンで開催されました。次がマレーシアだから暑いグランプリが続くわけです。

予選はミハエル・シューマッハがPPを獲得。通算65回目のPPです。

正直複雑です、これは。

アイルトンファンにとってはPPの記録と、モナコ通産勝利数は塗りかえて欲しくない。ミハエルは次PPを取ればセナの記録を塗りかえる事になる。それだけミハエルは素晴らしいドライバーということなんだろう。

で、決勝。

前半で目立ったのは「アロンソのうまさとマッサの若さ」って感じだろうか?マッサをパスしたアロンソはブレーキングを若干早くして立ち上がり重視のラインでマッサをかわした所はプロストのような走りだった。逆にマッサはアロンソを抜こうとしてオーバーランした所は若さがでた。

そして最高峰からじわーーーっと上がってきたライコネン、マクラーレンのポテンシャルは本当に素晴らしい!!

開幕戦らしいトラブルというかドタバタが多かったですねぇ、同じチーム同士のバトルも見られたし、面白かったのではないでしょうか?

後半は、アロンソとシューマッハーの争いでしたね。ピット戦略でどうなるか?という手に汗握る展開、どうなるのか???

結果は、アロンソの勝ち!!むしろよくあそこで抑えきったなと思いました。

今回のレースで目についたのはN.ロズベルグ。初めてのレースでファステストラップを記録した。これは素晴らしい!!

トヨタは不発でしたね。明らかにタイヤとのマッチングがうまくいっていない。これはタイヤのせいに出来ないでしょう、フェラーリとウイリアムズの走りを考えると。Bスペック待ちなのかなぁ、やっぱり。

あとトロ・ロッソはたいした事はなかったね。V10のアドバンテージ云々とか言ってたけどまあどんぐりの背比べみたいなもんでしょ?これで「V10はズルイ!!」とかいう話はなくなるでしょう。

まあ、そんなこんなでアロンソがそのまま優勝!!開幕戦を制した。2位はシューマッハ、3位はライコネン。

最終リザルトはこちらをご覧ください。

注目のスーパーアグリ。

井出君は残念ながらリタイヤに終わってしまいました。マシントラブルだからしょうがないんだけどそれがなかったら完走は出来たでしょうねぇ。

そして琢磨、よく完走しました!!これは次に繋がる意味のある完走でした。

今のこのチームは「レースというテスト」をしている状態。だから見ている僕たちは長い目で見ていきましょう!!

しかし、改めてニコは素晴らしい。さすがケケの子供だね。そしてライコネン、よく追い上げたと思う。思い切って1回ストップにしたのがよかったのだろう。

ただ、やっぱり1戦を見ただけでは今後の展開を占う事は出来ない。でも注目すべき点は見つける事は出来た。それに注目しつつ次のマレーシアを楽しみにしましょう!!



もうひとつの開幕戦

2006年03月09日

3月4日にJリーグが開幕しました。

サッカーに飢えている僕たちにとってこれほど嬉しい瞬間はないでしょう。

そして3月12日にはもうひとつ開幕するスポーツがあります。

それはF1。

いよいよ、バーレーンから今年のF1サーカスが開幕します。



アロンソ防衛なるか?シューマッハーリベンジか?または第3勢力の台頭か?琢磨やホンダ、トヨタの日本勢の活躍は?と見所満載でしょう。

さて今年の新車を見て、印象に残った車があります。

マクラーレンです。

この車はヤバイ。本当にヤバイ。

まずは見た目。これがカッコイイ。今年の車の中で一番カッコイイんじゃないだろうか?

カラーリングが素晴らしい。メッキ調のシルバーが鮮やかで、その中にあるマクラーレンオレンジの配色が・・・もう、いいです、最高!!本当に。

見た目のよさって結構速さと関係があります。なので僕は新車をチェックする時はその部分をまず見ます。

そしてリアの空力処理の見事な事。さすがエイドリアン・ニューエイ、いい車です。

だけどそれにエンジンが伴わない。今年のメルセデスはカスらしいので、かなり苦戦するんじゃないだろうか?シャシーがすごくいいんだからエンジンがもうちょっと頑張ってくれないと・・・

あと、興味深いのはフェラーリ。

思いっきりコンサバなデザインだけど妙な説得力を感じる車に仕上がった。ただここもエンジンに問題があるようで、オーバーヒートの解消を必死に行っているらしい。

あとルノーはそんなにピンと来るものを感じなかった。確かに速いんだろうけど・・・何かが足りない感じがした

ホンダは正直またやっちゃったかな?って感じがした。見た目の速さが全く伝わらなかった。今年も苦戦するのかなぁ?この予想を裏切るいい走りを期待したいですねぇ。

個人的に「おぉ!」と感じたのはウイリアムズ。でもここのネックって空力にあるんで今年の車も結構キビシイかな?フィーリングはすごくよかったんだけどねぇ。

そうはいってもF1の開幕ももうすぐです。コンササポータの中には結構F1が好きな方もいらっしゃるんで、土日と楽しみがありますよね??

僕もその楽しみを待ちわびているひとりですが。(笑)



F1ドライバー列伝VOL.11

2006年02月25日

本題の前に・・・

セバスティアン加入決まりましたね。

ポジションがトップ下という事なんで個人的にはかなり注目しています。ただ開幕には間に合わないのかなぁ・・・どーなんでしょ?

では本題・・・

今回久々に復活します「F1ドライバー列伝」。

復活にふさわしいドライバーは誰か?と考えた時、全く思いつきませんでした。(苦笑)

でも今回はこの人に焦点を当てました。興味のある方は続きからどうぞ。

そしてふみちさ~~~~ん!!みかんさ~~~~~ん!!!コメント待ってますよぉ!!あなた達頼みのこのコーナーなので。(爆)



今回注目したのはこの方です。日本人で最初に表彰台に上がった男・・・

Aguri Suzuki   鈴木亜久里

1960年9月8日生まれ、セナやベルガーと同じ世代にあたる。

そして中嶋悟に続いて2人目の「フルタイムF1 ドライバー」になった。

亜久里は1972年にカートでキャリアをスタートさせる。でも順調にステップアップできたわけではない。

国内で一気にスターダムに上ったのは87年、フットワーク&由良拓也ムーンクラフト&ヤマハによるF3000への参戦だ。翌88年、3勝をあげて星野一義をやぶってチャンピオンに輝く。

そんな亜久里にF1デビューは唐突な形でやってきた。

ヤニック・ダルマスに変わってラ・ルースから参戦する事になったのは88年の日本GP。結果は3周遅れの16位完走。

翌89年はザクスピード・ヤマハからフル参戦を果たすが全戦予備予選落ちという裏レコードを記録してしまう。

90年、古巣のラルースに移籍して開幕アメリカGPで予備予選を通過、それからイギリス、スペインで6位入賞を果たし、鈴鹿で3位表彰台に上がった。が、この年チームの不手際でポイントを剥奪される。

91年、ベネトンへ移籍できたにもかかわらず、ラルースに残留、ランボルギーニエンジンを失い、戦闘力の落ちたマシンで開幕戦6位入賞。この年はベルギーを含む4戦で予選落ちも経験した。

92年、アロウズに移籍、エンジンは無限ホンダ。にもかかわらず無得点でシーズンを終え、翌93年はシャシーもそこそこよく、かつマクラーレンからギアボックスとアクティブ・サスペンションを有償供給を受けて戦闘力が増したマシンに乗りながらも無得点でシーズンを終えた。

94年はパシフィックGPでスポット参戦し、95年はリジェ・無限ホンダに移籍、でもこれは「準レギュラー」扱いだった。

95年の日本GPの予選中にS字コーナーでクラッシュをして肋骨を骨折、レースに出ることなくF1から姿を消した。

そのあとはチーム監督としてARTAを立ちあげ若手ドライバーの育成に携わりながらも自身もドライバーとして現役を続けた。

そして今年「スーパーアグリ・フォーミュラ1」としてF1のチーム監督としてF1に戻ってくる。

亜久里の特徴は調子の波が激しいところだ。いい時は本当に速い、だけどダメな時はとことんダメ。おまけに自分のミスを車のせいにするコメントがよく聞かれた。

ただ車さえよければ速さを見せるのも事実。93年にマクラーレンからギアボックスとアクティブ・サスペンションの供給を受けてから格段に速さを見せた。ただし予選までの話。

ではそんな亜久里のベストレースはなんだろう?

結果だけを見れば90年の日本GPだろうけどこの結果に繋がったレースをお薦めしたい。

90年スペインGP。このレースはフェラーリの1-2フィニッシュで終えたレースなんだけど、亜久里の走りは素晴らしかった。中でも6位に上がるために前車をパスするシーンは圧巻だった。それまで予備予選すら通らなかった男の姿はそこにはなかった。

この時点で2度目の入賞、自信がついて次の鈴鹿での表彰台につながったのだろう。

ではこれで以上です。次は誰にしようかな?



2006F1展望PART4

2006年02月10日

今日のニュースでちょっと嫌な気分になるニュースがありました。それは時間があれば夜にもう一度更新して個人的見解を書いていきますけど。

では今回もF1の記事を掲載します。ではどーぞ!



いよいよ最後です。今年のF1に参戦するチームを紹介していますが残り3チームを紹介しましょう。

まずは・・・

フェラーリ

早速掟破りなテストを繰り返しているフェラーリ。これもチャンピオンを失った焦りだろう。

ドライバーはミハエル・シューマッハーとフェリペ・マッサ。ミハエルは正念場のシーズンを迎えてしまった。世代交代がこのまま進んでしまうのか?はたまたミハエルが「皇帝」としての意地を見せつけるのか?

車はロリー・バーンデザインが強くなる傾向があるとおもったらそうでもないようだ。でもバーンは今シーズン限りでチームを去ることが決まっている。ミハエルも今シーズンで契約が切れる。来年以降に不安が残るフェラーリです。ひょっとしたら来年ライコネンが乗るかも?という噂もたっています。

次に・・・

ホンダ

BARを買い取って100%ホンダ体制になった今シーズン、何が何でも結果が求められる。

そのためのバリチェロ加入だろう。優勝経験豊富でフェラーリのノウハウを知っているバリチェロだからホンダへ与える影響は大きいはず。

バトンだって負けられない。結果を残さなければ自分の立場だって危ういのだ。

その結果とはもちろん「優勝」である。

仮にトヨタが先に優勝したならホンダの行き場がなくなる。何が何でもトヨタより先に優勝を!正念場を向かえたホンダの実力はいかに?

最後に・・・

スーパーアグリ

つい最近ようやくエントリーが決まったこのチーム。はっきり言って今シーズンに期待は出来ない。

エンジンはホンダ、でもいいのはエンジンとタイヤだけといっていいでしょう。そう言わせる一因がシャシー。開発はしているが開幕の数戦は「アロウズA23」を使うらしい。これは「3年落ちのシャシー」です。3年落ちの車で勝てる程この世界は甘くはない。早く新車を開発してほしいものだ。

ドライバーは2人とも日本人になる可能性がある。

ひとりは佐藤琢磨。もうひとりは井出有治といわれている。

オールジャパンのこのチーム、応援しないわけにはいかないでしょう。相当厳しいシーズンになる事確実だけど頑張って欲しい。

以上で2006F1展望を終わります。いかがでしたか?

これによって久々に「F1ドライバー列伝」を復活させます。さぁ、誰の事を書こうかなぁ?



2006F1展望PART3

2006年02月02日

雪がすごいですなぁ・・・

もういいよ、雪は。

冬は好きなんだけど雪は嫌い、こんな僕はわがままですか?(爆)

では今回もマニアックな内容になっています。では続きからどーぞ!



今年のF1に関する記事はこれで3回目です。では前回に引き続き今年参戦するチームを個人的観測から紹介します。

まずは・・・

マクラーレン

みかんさんお気に入りのマクラーレン(笑)。このオフの間のチャンピオンと言ってもいいでしょう。

来年からフェルナンド・アロンソが加入すると発表された。これによってライコネンかモントーヤが放出されることが決定された事になる。ドライバーのモチベーションはどうだろう?高める事を狙ってしたのであれば「恐るべし、ロン・デニス」である。

またボーダフォンとスポンサー契約を結んだ。着実に力を蓄えるマクラーレン。しかし不安材料もある。

A・ニューエイの離脱である。新しいマシーンはニューエイの作品だが肝心の生みの親がいない中でどのように開発を進めるのか?
そしてふみちさん指摘のとおりタイヤ交換復活の恩恵を受けるのは間違いなくマクラーレンでしょう。

暴れん坊モントーヤがどれだけ暴れ、泥酔王ライコネンがどれだけ酔っ払うか(爆)このあたりにも注目しましょう(激爆)

次に・・・

ウイリアムズ

個人的に一番注目しているチームです。ドライバーはマーク・ウェーバーとニコ・ロズベルグ。ニコはお父さんが元ワールドチャンピオンのケケ・ロズベルグ。お父さんはフィンランド人なんだけどお母さんの国籍であるドイツ人として参戦する。ニコの走りは注目したい。

エンジンは以前の記事でも書いたようにコスワースエンジンを搭載する。V8エンジンのスペシャリストのようなエンジンを搭載したのであとはシャシーさえしっかりしたものを作ればかなり面白い存在にはなると読んでいます。

でもコスワースエンジンはあくまでも来期トヨタに繋ぐためのものなのか?そのあたりの考え方に疑問は残ります。

さらに・・・

BMWザウバー

BMWがザウバーを買収して本気でF1を戦う事になった今シーズン、ドライバーはビルヌーブとハイドフェルド。果たしてビルヌーブのパフォーマンスがチームの足を引っ張らないのか?そのためかサードドライバーにロベルト・クビカが控えているわけだ。タイセンお気に入りのクビカ、今年中のデビューはあるのか?

あともうひとつ気になったのはウィレム・トーエの加入だ。ロリー・バーンの弟子のような人でベネトン、フェラーリ、BARなどのチームに関わっていた人です。着実に体制を固めているBMW、やっちゃうかもしれない(笑)

最後に・・・

トロロッソ

いかにもおいしそうな名前なんだけど(爆)これはミナルディをレッドブルが買い取って出来たチーム、つまり「レッドブルのセカンドチーム」という事になる。

このチームに関して注目が集まるのは来年「唯一V10エンジンを使う」からだ。いくらレヴ・リミットが働いたエンジンとは言えV10とV8では明らかに違う。話によるとレヴ・リミットがついたV10のほうがV8より速く走れるというから他のチームもナーバスになってしまう。

ドライバーはスコット・スピードとビタントニオ・リウッツィ。もともと速さはあるドライバー2人なのでひょっとしたら快走を見せてくれるかもしれない。

今後はシーズン中の開発しだいだけど大バケする可能性大、テールエンダー脱出なるかも?

以上です。次回は残り3チームを紹介します。



2006F1展望PART2

2006年01月29日

今先程、帰宅しました。

今年初の「黄金のカルテット」による飲み会が厚別区の「某鶏肉専門居酒屋」で行われました。

個人的には鶏肉大好き人間なので酒が飲めない(車での参加のため)事を除けば十分楽しめました。まあ、ノンアルコールのカクテルを飲んだんですけどね・・・

そこでなぜか「デアゴスティーニ」の話で盛り上がり(?)「あの大人心をくすぐるジャンルが素晴らしい!!」などと勝手に評価する始末。(爆)

僕も個人的な事やこれから先どうしたいかなど色々な話をすることが出来て有意義な時間が過ごせました。

1人当たり2700円・・・そんなに食べてないのかなぁ(笑)

あともうひとつお知らせ・・・

以前ブログで書いた祖母のその後ですが金曜日に一時退院という事で今は家にいます。週明けの月曜日に検査の結果次第ではそのまま退院という運びになりそうです。お気遣いしていただいた方々ありがとうございます。

では本題・・・

2006年のF1を勝手に講釈したこの企画、興味のある方はご覧ください。



前回はシーズンの概要(?)に関して書きましたが今回からは参戦するチームの状況を僕の観点から見ていきます。

まずは・・・

ルノー

ドライバーはアロンソとフィジケラで変わらないけどひとつ問題が生じました。

来年アロンソがマクラーレンヘ移籍する。これは下手したら終盤仮にアロンソがチャンピオン争いをしている時に「足かせ」にならなければいいが・・・

車自体はよくまとめられているようだ。ただこのチーム、結果を出し続けなければ”社長”の手によって撤退する可能性を持ち合わせている。

続いて・・・

トヨタ

開幕前のテストが非常に内容のあるトヨタ。今期もやってくれそうな気がする。

ドライバーはラルフとトゥルーリ。そろそろ優勝できるような気がするのは僕だけだろうか?

トヨタはモナコでBスペックのマシンを出すようです。なによりこのチームのアドバンテージは「パスカル・バセロン」がいる事ではないでしょうか?

もともとミシュランの人間だった彼がBSと組む事になった。ミシュランの弱点などをきっとBSのスタッフに伝えているだろう。BSにとってもトヨタと組んだ事は大きいはず。

で、モナコで登場予定のBスペック、BS専用のサスペンションが搭載されるらしいので後半戦のトヨタには注目したい。

次は・・・

レッド・ブル

このチームに関して最大のニュースは「A・ニューウェイの加入」でしょう。そしてニューウェイの車をよく知っているデビクルがいるし。

でも今年の車はニューウェイデザインでは無いので今後彼がどのような形で開発に関わり、車が発展するかに興味があります。下手したら本家フェラーリを凌駕するかもしれないし・・・

最後に・・・

ミッドランド

今年もトヨタからエンジン供給を受けるミッドランド。スポンサーも決まり安定するのだろうか?相変わらずテールエンダーを演じるのだろうけど。(爆)

今日はここまでです。次回お楽しみに!(ってそんな人いるのか?)



2006F1展望PART1

2006年01月22日

久々に書くF1の記事です。またマニアックな内容なので興味のある方は続きをどーぞ!



いよいよ近くなってきたF1の開幕。今年は3月12日バーレーンからスタートします。

昨年はフェルナンド・アロンソが史上最年少のワールドチャンピオンになり、コンストラクターズではルノーがタイトルを久々に獲得し、シューマッハーとフェラーリの終焉の年とまで言われた・・・かもしれない。(爆)

そこで今回は「2006F1展望」として4回に分けて今年のF1をみていこうかなと考えています。

早速ですが今年のF1で注目すべきなのはやはりレギュレーションの変更でしょう。その中でも注目すべきなのはこの2つです。

2.4LV8エンジンのみ使用可
レース中のタイヤ交換復活

この2点です。

まずエンジンに関して・・・

今年から2.4LのV8エンジンのみの使用となり、マルチシリンダーが禁止になります。まあ、安全面を重視した決定と思いますがモータースポーツ最高峰のF1でV8はないだろう?と思ったのは僕だけですか?

そんなFIAの決めたことに愚痴も言わずに開発を続けたエンジンメーカー。注目すべきなのはコスワースではないでしょうか?

かつてDFVという名器を作り出し、V8のすべてを知りつくしたコスワース。今年はウイリアムズとのコンビで戦うことになる。ウイリアムズにとってはBMWとは別れたが「一番無難な」相手を選択したとも言える。今年はシャシーさえしっかりしていれば怖いウイリアムズではないでしょうか?

また早い時期からテストを続けていたトヨタも気になります。テストタイムとはいえ内容のあるタイムを連発していることも大きな要因ですが冬のテストが本番に果たして繋がるのかどうか?は見ものではないでしょうか?

次にタイヤ交換復活に関して・・・

昨年はタイヤ交換禁止で大いに盛り上がったのは事実ですが危険も伴いました。代表例なのがアメリカGPでしょうか?ミシュランユーザー全チームがボイコットするほどのタイヤの危険性が浮き彫りになってしまいました。

でも、今年からタイヤ交換が復活、一番恩恵を受けるのはやはりフェラーリでしょう。

ロス・ブラウン支持の元ほぼ完璧に行うピット作業、昔は「フェラーリ・マジック」とまで言われたものですがタイヤを使い切るのがうまいシューマッハーがどんな走りを見せ、ピットでどのようにシューマッハーを送りだせるのかが注目です。またタイヤ交換ありになって昨年みたいな「ボイコット」事件にまでは発展しないでしょう。

今年のF1の最大の注目は「ミハエルとフェラーリの復活」でしょう。それともこのまま世代交代が進むのか?楽しみになってきました。

次回以降は参戦する各チームの状況を僕自身の見解でお伝えします。



F1ドライバー列伝VOL10

2005年12月28日

久々の列伝です。相変わらずマニアックです。今回はちょっと力作です。興味のある方は是非ご覧くださいな。



とうとう10人目です。本当に誰について書こうか迷いに迷いました。ネタはないかとF1サイトを巡っているとあるニュースが入ってきました。それを取り上げなくてはいけないと思うし今後の彼のレースを応援したいし、そう思い今回のブログはそのドライバーを紹介します。

Takuma Sato    佐藤琢磨

レーシングドライバーとしてのキャリアスタートは遅すぎる20歳から始めた琢磨。でもわずか5年でF1に上がれるのだからこの人の持つポテンシャルは計り知れないものがあるといわざるを得ない。

モータースポーツを始める前には自転車競技をしていたのは良く知られている話。でも、もともとは大の車好きで小学生の頃には鈴鹿でF1を観にいっていた。そしてセナに憧れを抱くようになる。

96年、ホンダが主催するレーシングスクール「SRS-F」に入校、同期には金石年弘や松田次生らがいた。そんな彼らに対して琢磨は圧倒的な速さを見せつけ97年首席で卒業する。

98年全日本F3に参戦するも免停中に免許取り消しになる交通違反を犯し、国内レースに出走できなくなってしまう。そこで琢磨は一日も早くF1ドライバーになるべくイギリスに渡ることを決断、シーズン半ばに渡英した。

99年にはイギリスのジュニア・フォーミュラなどのカテゴリーを経験し、2000年からイギリスF3にステップアップ、01年にはシリーズチャンピオンを獲得した。イギリスF3王者は83年はセナ、85年はグージェルミン、87年はハーバート、90年はハッキネン、91年はバリチェロ、96年はR・ファーマン、00年はA・ピッツォニアなどF1ドライバーがこのカテゴリーからステップアップしている。琢磨のその仲間入りを果たした。

それで終わりではない。01年の国際F3レースであるマールボロマスターズとマカオGPでも優勝しF3ドライバーとしての頂点を極めることになった。そして満を持して2002年ジョーダンからF1デビューを果たす。

とはいってもこの年のジョーダンはチーム状態が最悪だった。序盤はリタイヤが多く終盤になって完走することが出来るようになり最終戦の日本GPで5位入賞にとどまった。

03年B・A・Rホンダに移籍、待遇はリザーブドライバー、レースに出れない日々が続いたがその年の最終戦鈴鹿で琢磨がレースに出ることが出来た。予選13位、決勝6位。1年間のブランクがあるとはいえ最高の形でこの年を締めくくることができた。

04年B・A・Rホンダのレギュラードライバーに昇格、この年の琢磨は暴れまくった。バーレーンGPでは日本人予選最高グリッドタイの5位に付け、スペインGPでは日本人予選最高位3位を記録すると思いきやヨーロッパGPでは予選2位を獲得、日本人初のフロントローについた。そしてアメリカGPで3位表彰台に上がった。90年の鈴木亜久里以来の快挙を果たした。

この04年の活躍で05年の成績にも期待を持ってしまったがそうはいかなかった。クルマのトラブルやチーム内のゴタゴタで思うように走ることが出来ないでいた結局1ポイントしかあげる事ができなかった。そしてルーベンス・バリチェロが来期加入するために琢磨は移籍を決断する。鈴木亜久里が監督を務める「スーパーアグリ・フォーミュラ1」だ。何とか来年参戦できそうなので琢磨の勇姿が見れることになる。

だが噂されているように来年のエンジンはホンダエンジンを使えるとしてもシャシーが「4年落ちのアロウズ」であるために苦戦は免れることは出来ない。その中でいかに光るものを見せるか?琢磨の来期はそこにかかってくる。頑張ってほしい。

そして12月23日に琢磨夫人が男の子を出産、パパになった。ますます頑張らなくてはいけない。

琢磨はなぜこれまでの日本人F1ドライバーと違って好成績を収めたのだろうか?

色々理由はあるだろうがひとつは「海外のカテゴリーを経験」したことが一番大きいと思う。中嶋悟にしろ、鈴木亜久里にしろ、片山右京にしろ「日本国内で」実績を挙げたが海外経験はF1が初めてだった。琢磨はイギリスF3を経験し、日本の外の空気を知ったことが後に生きる結果になった。そして「卓越した英語力」も見逃せない。あれほどの英語力は過去の日本人にいなかった。メカニックとの意思疎通を図れることも大きな武器になったのだろう。

ここで04年のヨーロッパGPを振り返ってみたい。このレースは終盤バリチェロをパスしようとした琢磨がバリチェロと接触しそのレースをリタイヤしたというものだ。

このレースの直後琢磨は散々叩かれた。「危険なドライバー」というレッテルを貼られてしまった。「あそこで我慢すれば・・・」という意見も多く出た。そうすればアメリカではなくてニュルブルクリンクで琢磨の表彰台を見れたかもしれないからだ。

僕の見方は琢磨を擁護する。あそこは「攻めて当然」だったと今でも思う。琢磨の判断は間違っていない。琢磨はレースをしているのであって「安全運転」しにきているわけではない。もしセナがそのレースを見ていたらきっと琢磨を褒めていただろう。きっとアイルトンも同じ判断を下すと思うからだ。レーサーは前に言ってナンボ、レースに勝ってナンボの世界、琢磨がレースに勝つために、少しでも順位を上げようとすることは間違っていない。絶対に間違ってはいない。

琢磨のレースの中でベストはどれか?はっきりいって無い。むしろこれからベストレースを作るだろう。ベストレースはもちろん「勝つ」レースだ。琢磨は勝てると信じている。その日が来るのを首を長くして待とう!!

以上で終わります。いかがでしたか?楽しんでいただけましたか?ここでこの「列伝」はいったん終了します。年明けに「2006年参戦チーム分析」なるものをしまして、そのあと「F1ドライバー列伝VOL11」を展開いたします。そしてシーズン開始と共にそのレースを個人的に分析していこうかなとも考えています。



F1ドライバー列伝VOL9

2005年12月24日

なんかすごい疲れた・・・

ってのも「総括」の下書きをしていて4時間かかったもん。(疲)首筋に痺れを感じてきたからもう寝よう。でもその前に「列伝」をアップしなくては(汗)

てなわけで列伝いきますよぉ~~。ではどうぞ!!



これまで書いてきてひとつの事に気づきました。「イタリア人ドライバーのことを書いてねぇ」と。(笑)そこで今回はイタリア人ドライバーを紹介します。

「鉄道模型マニア」であり「鉄人」とも呼ばれた「偉大なるナンバー2」といえば・・・

Riccardo Patrese    リカルド・パトレーゼ

1977年シャドウというチームからデビューしたパトレーゼ。このとき彼はまだ大学生、学生ドライバー誕生である。デビューしたての頃は運転が荒々しかったようだ。それが年々丸みを帯びてきてうまくなっていく。円熟というものか。

シャドウからデビューの後アロウズ、ブラバム、アルファロメオ、ブラバムとチームを移り87年の最終戦にマンセルの代役としてウイリアムズから出走することになる。そこから92年までウイリアムズで走り続けることになる。93年にはベネトンへ移籍、その年を最後に引退する。

彼の魅力は円熟したドライビングに加えて卓越した「開発能力」だ。92年のウイリアムズFW14Bの開発はパトレーゼ抜きには考えられないものだったろう。マンセル一人であのクルマを熟成することはできない。絶対ありえない。パトレーゼだからできたことだ。またルノーの黄金期を支えたのもパトレーゼといって過言ではない。パトレーゼのおかげでマンセルやプロスト、シューマッハーはルノーエンジンを用いてチャンピオンになったのではないか?

そして円熟されたドライビングに加えてアグレッシブさも加わったドライバーだ。91年マンセルに勝っているレースがいくつもあるし、チームにおける自分の立場、完璧なナンバー2をなんとも思っていない。そんなメンタルな強さと大きさがパトレーゼに備わっている。本当に素晴らしいドライバーだ。

通算出場数256戦、絶対に破られることはない記録、鉄人と呼ぶにふさわしいと思う。

そんなパトレーゼのベストレースはなんだろう?

91年メキシコGP。同僚マンセルに完勝したレース。このレースはウイリアムズの1-2フィニッシュだったがマンセルがどんなに頑張っても、ファステストラップをいくら刻もうがパトレーゼには勝てなかった。それほどこのレースにおいてパトレーゼは「強かった」。その後マンセルがフランス、イギリス、ドイツと3連勝する原動力を与えてしまうほどのインパクトを残した。個人的には92年の鈴鹿も挙げたい。表彰台にあがったのはトップ3のナンバー2ドライバーたち。下克上を思わせるリザルトだった。

先日行われたGPマスターズにも出場したパトレーゼ、このレースでも3位に入った。白髪で頭が真っ白になったパトレーゼ、いつまでも元気でいてほしい。

以上です。次は10人目、いったい誰になることやら・・・という訳でリクエスト受付中!!正直ネタがつきつつあるんでよろしくです!!



F1ドライバー列伝VOL8

2005年12月23日

本題の前に・・・

100の質問の総括は順調に進んでいます。回答の可否を24日の24時で締め切ります。詳しくは「告知っていうかお願い」というブログタイトル(12月18日付け)をご覧ください。回答してくださった方は是非そちらをご覧になりコメントをください。お願いいたします。

あと引き続き「わたしのまわりのナチュラリスタ!!」を募集していますのでこちらもよろしくです。(爆)

では本題・・・

相変わらずサッカーに関係のないマニアックな内容になっています。ではどーぞ!!



もう8回目です。すごいですねぇ、ここまで続くとは思いませんでした。
ではいきましょう、今回のドライバーはいたずら大好き人間です。

Gerhard Berger    ゲルハルト・ベルガー

1984年デビューしたゲルハルト、そのころの情報はほとんど無く具体的なことはよくわからない。ATSというチームからデビューしたことぐらいしかわからない。そのあとアロウズに移籍し、86年からはベネトンへ移籍する。

その86年のメキシコGPで初優勝、次代のチャンピオン候補として注目が集まるようになる。

87年フェラーリに移籍、ポルトガルGPでは初めてPPを獲得し、第15戦日本GPで優勝した。フェラーリにとって約2年半ぶりの勝利をもたらした。89年までフェラーリに在籍する。

その89年に最大の危機が訪れた。第2戦サンマリノGPでタンブレロコーナーでクラッシュ、マシンは大炎上した。その中からベルガーは奇跡的に生還、次のモナコは欠場するも第4戦から復帰、根性のある男である。

90年、プロストとトレードの形でマクラーレンに在籍。しかし、セナには勝てなかった。91年の鈴鹿ではセナに譲られる形での優勝、この行為は後に物議を醸し出す結果になる。

そして93年フェラーリに移籍。チームメイトはジャン・アレジ。97年まで一緒に戦うことになる。96年にはアレジと共にベネトンへ移籍、97年に引退する。初優勝を飾ったチームはベネトン、最後の勝利97年ドイツGPで優勝したときもベネトン、ベルガーらしいと感じるのは僕だけだろうか?

ベルガーはここ一番で勝つドライバー、なので「記憶に残るドライバー」といっても過言ではない。

なんといってもベルガーを有名にしたのは「数々のいたずら」だった。女性も読んでいるので書くのも躊躇するがセナのパスポートの顔写真のところに「男性性器」の写真を貼り、セナが入国審査に3時間拘束されたとか、逸話はいろいろある。そんなベルガーがこのF1の世界に長くいられたのはその性格だからだろう。いたずらはするが好漢ベルガーとしてみんなから愛されていた。

そんなベルガーのベストレースはこれにする。

92年オーストラリアGP。ウイリアムズ独走のこの年にベルガーが素晴らしいパフォーマンスを見せた。一台一台丁寧にクルマをパスしクルマをいたわりトップを快走する。しかし終盤シューマッハーの追撃を受けるがそれを退け優勝する。ホンダ71勝目、第2期ホンダの最後の勝利をベルガーがプレゼントしたのだ。

「ありがとう、ゲルハルト!!」三宅アナの実況が涙を誘う。本当にありがとうゲルハルト!

以上です。第9弾は誰になるんだろう?自分でもわからないです。(笑)

追記:ベルガーのいたずら武勇伝を他にも知っている方がいれば教えてください。かなりえげつないことをやっていますよねぇ、この人は(笑)

ベルガーの武勇伝を募集中!!

武勇伝、武勇伝、ブユーデンデンデデンデン!!Let's Go!!!(笑)



F1ドライバー列伝VOL7

2005年12月21日

ではいきましょう。今回もマニアックな内容です。では続きからどーぞ!!



もう7回目になりました、そろそろ飽きてきませんか?(爆)皆さんがおなかいっぱいになるまで頑張っていきますよぉ。今回はこの人に注目しました。

フランス人ドライバーでもっとも「27」が似合う男・・・

Jean  Alesi    ジャン・アレジ  本名ジョバンニ・アレジ

89年フランスGPでティレルからデビューしたアレジ、いきなり4位に入り周囲の評価を得ることになる。当時は国際F3000との掛け持ちなのでスポット参戦のような形だが90年からフルシーズン参戦することになる。

90年のティレルでのレースは2位2回というティレルというチーム力を考えれば素晴らしい成績を残した。そんなアレジに目をつけたあるチームが彼にオファーを出した。その年の末、ジャンは移籍を決意する。

91年、フェラーリに移籍。周りから早すぎる移籍といわれたがやはりその年はおとなしく見えた。プロストの影響だろう。しかし翌年プロストの呪縛から解かれたようにアレジはレースでのびのびとした走りを見せるようになる、しかしなかなか勝てない、これは本人にとってもフラストレーションになったはずだろう。

しかし、時は訪れた。95年カナダGPで初優勝、しかしこれは最後の優勝でもあった。

96年シューマッハーとトレードのような形でベルガーと共にベネトンへ移籍。96年のアルゼンチンGPで2勝目のチャンスがあったにもかかわらずそれを逃した。このことに気づいた人間はどれほどいたのだろうか?
その後ザウバー、プロストとチームを移籍する。特にプロストではチーム状況が最悪の中ポイントを稼ぎチームに貢献、でもプロストとの確執が表面化、01年途中にジョーダンへ移籍、その年を最後にF1から引退する。今はドイツツーリングカー選手権に参戦中、相変わらずキレた走りを見せてくれているのだろうか?

アレジの走りの特徴はとにかく「速く走る」というものだった。だからブレーキもギリギリまで我慢する、そんな走りを展開していた。しかしそんなドライビングスタイルは当時のF1では通用しなかった。でも型にはまればとてつもない速さを披露する。そして公道サーキットには強かった。モナコではベルガーや(90年)、シューマッハーとバトルを繰り広げ(92年)、我々をワクワクさせてくれた。

そんなアレジのベストレースはこれにしようと思う。

90年アメリカGP。開幕戦でアレジはやってくれた。スタート直後いきなりトップに立ちそのまま独走、しかしあるドライバーが後ろから追いついてきたのだ。「アイルトン・セナ」である。セナとアレジの一騎打ちは本当に面白かった。

セナがアレジのスリップに入る。1コーナーでインをつくセナ、だがアレジも負けてはいない、すぐ2コーナーでセナを抜き返す、これにはセナも驚いたようだ。次の周にまたも1コーナーでセナはアレジのインをつき抜くことに成功、アレジはまた抜き返そうとするがセナは抜かせない。再三セナを抜こうとするアレジ、だがマシンの性能差ゆえにどんどん引き離される。結果2位入賞、セナもアレジのファイトを讃えた。

アレジは後藤久美子さんの夫としても有名で日本人にはなじみのあるドライバーだろう。そんなアレジのドライビングは忘れたくても忘れることができないぐらいインパクトのあるものだ。

これで第7弾は終わります。次回をお楽しみに~~!



F1ドライバー列伝VOL6

2005年12月19日

本題の前に・・・

100の質問総括のまとめは順調に進んでいます。なので自分の回答が使われてもいいのか悪いのか今週中に返事をしていただく様お願いいたします。詳しくは先日のブログを見てください。

では本題・・・

今回もふつーにマニアックな内容かつサッカーに関係のない内容になっています。興味のある方は続きをどうぞ。



いよいよこの男の登場です。ターミネーターと呼ばれた男です。

Michael Schumacher  ミハエル・シューマッハー

僕がミハエルをはじめてみたのはF1ではなく全日本F3000の時だった。91年唯一スポット参戦をしそのレースで2位表彰台に立った。コースは菅生、ありえないことだ。日本人ドライバーでさえ菅生になれるのにはかなりの時間を要するがミハエルは「たった」10ラップでトップタイムをたたき出した。これに星野一義が危機感を募らしたのは有名な話。

それからまもなくF1でデビューする。91年ベルギーGP、乗る車はジョーダン。難コースのスパ・フランコルシャンでいきなり予選7位につける。結局決勝は0週リタイヤに終わるがこのインパクトがあまりにも大きすぎで次戦、イタリアGPではなんとベネトンへ移籍してしまった。もともと持つナチュラルなスピードを生かしチームメイトを圧倒、ネルソン・ピケやリカルド・パトレーゼを引退に追い込んだ。

92年ベルギーで初優勝、デビュー18戦目での快挙だった。そして94年に初のワールドチャンピオンを獲得するもそれは悲劇的といわざるを得なかった。その年のサンマリノで前を走るセナがクラッシュ、つまりセナの最後を看取ったのはシューマッハーだったのだ。シューマッハー自身セナにあこがれてこのレースの世界に飛び込んだ。そのセナが自分の目の前で死んでいった事実は何にも変えがたい経験になったはずだ。それが証拠にサンマリノ以降運転が異常にうまくなったのだ。そして凄みも増した。94年、スペインGPではギアボックストラブルで5速のままレースを終えて2位に入った。今までこんなことができたのはセナだけだ。94年の段階で「天才の成熟」を目の当たりにしたような気がする。

95年もワールドチャンピオンをとり翌96年フェラーリに移籍、ここからフェラーリとシューマッハーの黄金時代がスタート・・・・したわけではない。この年のフェラーリの車はジョン・バーナードがデザインしたがはっきり言って「駄作」だった。そんな中でも3勝をあげたミハエルの腕は高く評価されてもいい。

そして97年はジャック・ヴィルヌーブと98年はミカ・ハッキネンとチャンピオン争いをするが惜しくも負けてしまう。

そして危機は訪れた。99年のイギリスGPでストウコーナーを曲がりきれずにクラッシュ、足を骨折してしまった。当然レースには出られない。ここでミハエルの99年は終わりを迎えた。

そして2000年、フェラーリはF2000を開発した。それに乗ったシューマッハーは他を圧倒する力を見せつけチャンピオンに返り咲く。以後01,02,03,04年と続けてチャンピオンになりまさしく「皇帝」となった。

ミハエルは様々な記録を塗り替えてきた。あとはセナが持つポールポジションの記録(65回)ぐらいだろう。このままいけばミハエルは確実に超えるだろう、いや超えてほしい。憧れのセナのために・・・

ミハエルのベストレースはどれがいいのだろう?色々ありすぎで迷うが印象に強く残っているのが93年のベルギーと96年のスペインだ。

93年ベルギーは終盤プロストを抜くアグレッシブさを見せた。96年スペインは雨の中ラリーのような運転で優勝をした。どれもシューマッハーのテクニックが冴え渡ったレースだった。それが個人的に印象に強く残っている。

以上です。次は誰になるのでしょうかねぇ?



F1ドライバー列伝VOL5

2005年12月16日

今回もやってきましたこの企画。またマニアックな内容になっていますので興味のある方は続きからどうぞ。前回の「しりとり」で誰もコメントをしてくれないから慌てて更新しました。(爆)



なんだかんだいって続いてしまったこのブログ。今回で第5弾です。今回はこのドライバーに注目しました。「フライングフィン」といえば・・・

Mika Hakkinen ミカ・ハッキネン

91年ロータスからデビューしたミカ。このときにデビューしたほかのドライバーと比較してもレベルが違っていた。デビュー戦アメリカGPで予選を非力なロータスで中段の位置に付けたり3戦目のサンマリノで5位入賞、初ポイントゲットをしてみせた。ライン取りも正確だしコーナリングも速い。実際92年にはジョニーハーバートと共に入賞を繰り返しその速さと強さを思う存分アピールした。

そして93年、マクラーレンに移籍。しかし待遇は「リザーブドライバー」いわゆる控えだった。そんな中腐ることなくもくもくとテストをこなしチャンスをうかがっていた。その機会が訪れたのは93年のポルトガルGPだ。いきなり予選でセナに勝ってしまったのだ。いままでのうっぷんを晴らさんばかりにレースでもアグレッシブに攻めた、でもそのレースはリタイヤしてしまう。でもこういう部分が評価されてマクラーレンでF1人生を過ごすことになる。

途中、選手生命の危機にさらされるクラッシュもしたが(記憶が確かなら95年のオーストラリアGP)見事にカムバックした。そして97年最終戦へレスで初優勝を飾る。ミカの実力を持って知れば遅すぎるものだった。

98年、ミカは一気にチャンピオン争いの中に加わることになる。精錬されたマクラーレンのシャシー、熟成されてパワーアップしたメルセデスエンジン、そして何よりこの年から「ブリヂストンタイヤ」を履いた事が一番のアドバンテージになった。98年はミハエル・シューマッハー相手に、99年はエディ・アーバイン相手にチャンピオン争いを演じそして勝った。

しかし、その後はフェラーリとミハエル・シューマッハーが横綱相撲のようなレースを見せ、ミカはF1からの引退を決意した。今はドイツツーリングカー選手権に参戦し、レーサーとしては引退はしていない。

彼の性格は冷静だがかなり攻撃的だ。それはあくまでもレースの中であって私生活ではそうではない、よきパパである。

そしてなにより息子ヒューゴが心の支えだろう。個人的にはミカの息子ヒューゴ・ハッキネンとミハエルの息子ミック・シューマッハーがF1で争ってくれるのを期待してやまない。

ではミカのベストレースといえばやはりチャンピオンを決めた鈴鹿でのレースだろう。特に99年のレースはスタートで勝負が決まってしまった。ミカは驚異的な集中力を持ったドライバーだ。これはミハエルにはないものだ。そして自分に絶対的な自信があるのだろう、そういう特質はチャンピオンに向いている。ミカはそういう人だ。ただあの「かっこ悪いポーズ」を表彰台ではやらないでほしい。まあ、それもミカらしいが・・・

今回はこれで終わりです。次は誰になるのか?お楽しみに~~!



F1ドライバー列伝VOL4

2005年12月13日

第4弾まできちゃいました。相変わらずサッカーとは関係のない内容になっています。では続きからどーぞ!!


さて、今回は誰にしようか?とちょっと悩んだりもしたけどやっぱりこの人の走りが好きなのでここで書いてしまいます。とっておきにしたかったけど忘れちゃいそうなので・・・今息子さんもレーサーとして活躍し、現在はチーム監督として数々の栄光を経験している人です。


Satoru Nakajima 中嶋  悟

1986年全日本F2選手権でシリーズチャンピオンになり翌87年「ロータス・ホンダ」でF1デビューを果たす。チームメイトはアイルトン・セナ。セナと中嶋はこうした接点があったのだ。

しかしデビューしたはいいがやはりF1、なかなかうまくはいかない。1000馬力のホンダターボエンジンにこのときのロータスは「アクティブ・サスペンション」を搭載、しかもこのサスがうまく機能しない。セナはもちろん、中嶋も苦戦した。しかしデビュー2戦目で初入賞、その年のイギリスGPではホンダ1-2-3-4の一端を担いF1の歴史を刻んだ。

89年、レギュレーションが変わり、ターボエンジンが全面禁止になる。そうなると中嶋はホンダエンジンを2年間手放さなければならなかった。特にこの年のロータスは本当に厳しい戦いを強いられ中嶋はもちろん、チームメイトのピケでさえ予選落ちをすることもしばしばだった。

90年、ティレルに移籍、チームメイトはジャン・アレジ。中嶋はアレジを見て「彼はチャンピオンになる」と断言、見事に外れる。この年のティレルは独特なウイング「アンヘドラルウイング」を開発しティレル019に搭載、このマシンを駆ってこの年3度入賞を果たす。

91年、ホンダがV12エンジンを開発しそれをマクラーレンに供給したことで中嶋にホンダV10エンジンが供給される。中嶋とホンダのジョイントが復活した年だ。その年の開幕戦アメリカGPで5位入賞、幸先のよいスタートかと思えばこの年の入賞はこれだけ。結局表彰台に登ることができなかった。原因は「重すぎたホンダエンジン」だった。なんとも皮肉な結果に終わってしまったが本人は笑顔でサーキットを去った。

では中嶋のベストレースを挙げるとこれは間違いなくひとつしかない。

89年オーストラリアGP、雨のアデレイド。伝説の「雨の中嶋」を表したレースだ。

後方からスタートした中嶋、スピンする車が多発する中で安定した走りで次々と前車を抜き去っていく。そして「ファステスト・ラップ」を記録した。結果1秒ないところまでリカルド・パトレーゼを追い詰めたはしたがそこでゴールを迎える。なんとも惜しい4位だった。このレースに限っていえば「世界で一番速いドライバー」は中嶋悟だった。だからこそ雨でセナと真っ向勝負をしてほしかった。雨なら絶対セナに勝てる、今でもそう信じている。皮肉なことに引退レースとなった91年のオーストラリアGPも雨だった・・・

以上で第4弾終了です。第5弾は誰にしようかなぁ?