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初観戦は2000.4.23、函館千代台の山形戦(札0-2山)。このときは知人に連れられて観たので、コンサドーレって監督が岡田武史なんだ、というレベルでした。 負け試合でなぜ“魅せられた”のかはよく判りませんが、10月の昇格決定試合@平塚、J2優勝決定試合@厚別大宮戦、ホーム最終戦@厚別甲府戦も観ています。ひとえに、お付き合いいただいた方々が初心者の私を暖かく迎えてくれたからで、この場を借りて御礼申し上げます。 今年、6年ぶりのJ1。チームの目標はGMによれば実質は「石にかじりついても残留」とか。J1復帰といっても昇格初年はチャレンジャーです。何も恐れず胸をはり戦え-赤黒の勇士。

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U-22五輪予選最終試合

2007年11月22日

昨夜のU-22北京五輪アジア予選最終試合も、後半からテレビ観戦でした。

80分過ぎ位から1点取られたらほぼ決まるという状況で、出川哲郎状態(=やばいよやばいよ!)だったのですが、相手陣内で得たFKをコーナーに運んで時間稼ぎに出たのを見て(いや、正確にはその前にサウジに攻められている時にGK西川がマイボールをすぐ取らずに相手が詰めてくるまで触らなかった時が最初)、「コイツらスゲーな」と思って安心しました。

いや、時間稼ぎぐらい誰でも思い付きますが、ああいうシチュエーションでちゃんとやれるということと、何よりも時間稼ぎできる状態を作り出せる=つまり防戦一方ではなく、少ない人数で攻めてFKなりCKを取れる=に感心しました。


88分にPK取られて同点にされてしまう試合を観た後だけに、そう感じるのかもしれませんが→まぁこれもある意味“お約束”なので、ショックは実はそんなに大きくない。

ソリマチ(=タニマチではない)が、ピッチ上で挨拶のときに、こみ上げるのを堪えたのを見て、あぁこのヒトも苦労したんだなぁ、と思いました。といっても、采配という点では、昨日の試合は評価できません。よくありがちの怖くてイヂれない症候群だったようです。

【付記】
25日、ひょっとしたら昇格が決まるかもしれない時間はサッカーの母国にいます。日本にいるなら赤黒のユニをつけて西京極へ行き、京都が負けたときには、「♪J1へ行こう、J1へ行こう、J1へ行こう、仙台と行こう」と唄っていたかもしれませんが(=んなこたぁできるわけがない^^;)


【第50節】大一番こころはひとつに・・・

2007年11月19日

自身今季三度目の京都戦観戦。

一度目は開幕戦。そこで見たのは絶望に近い状態でした。今年もダメなのか、と。

二度目は夏の暑いAWAY戦。そこで見たのは暑さに耐えつつ遙かに見えた希望でした。

そして三度目。サポーターと選手の心は一つになり、準備が整いました。

ONE_HEART
そして、試合は。
あ゛ー
一試合でPKが3本というのは、ちょっとあれですね。で、最初の一本外した報いなのか、痛み分けのドロー。両チームとも最低限の結果は残したわけで、大一番と銘打った割には、不完全燃焼な感じでした。しかも次がお休みというのは、更に中途半端感をましています。 とは言うものの3位以上が確定で「J1挑戦権獲得」。あとは取ったパネルを抜いて、最終問題にアタックチャンスです。 ネガティブな計算をすると、コンサドーレが3位になるには、コンサドーレが最終節で負け、京都があと2節連勝した場合に限られます。京都の次節は負ければ2位どころか、3位すら自力では危うくなる仙台ですからホームとはいえ厳しい戦いになります。いずれにせよ札幌優位であることは間違いありません。



浦和のACL優勝

2007年11月15日

昨夜はテレビで後半から観戦。しかし、実況と解説が“あのふたり”じゃ、歯止めというか締まりがない。

それはそうと、試合終了後にコンサ関係のブログをあちこち眺めていたら、昨夜のACLを取り上げているひとは、見事に2000年を話題にしていますねぇ。

クラブ経営(<こう書くとススキノの店みたいだ)の難しさを感じた夜でもありました。分岐点では僅か1度の違いが、先では相当の隔たりが出来るのだなぁと。


【第48節】じゃこ勝つ頂きました

2007年10月29日

愛媛のアウェー戦は行きづらい。
2006年は、3月の火曜日の祝日と8月の木曜ナイター。2007年は6月の平日ナイター(例の主審の試合)で、今回が初「行きやすい」試合になり、しかも超割アリ、ということで千歳松山便満席。

そんな愛媛が2度目なのですが、前回は昨年夏に東京から18時間掛けて負け試合を観に来て、また夜行で戻るという、松山ピストンだった試合でした。

さて、今回。なんだか松山よく来るなと思ったら、6月にヤクルトvs日本ハムを見に来たばかりでした。そんなわけ、試合前に道後温泉本館でサイコロは振らなかったですが「坊ちゃん」の真似事をしてから、競技場入りしました。

なんだか解らないのですが、ジャコ天のカツって2度揚げのような気がするが、いいのか↓
じゃこ勝つ
で、まぁ結局、パンがなくなって、ジャコ天カツだけ食べたのですが…



正直に言いますと、ロスタイムに入った段階で“勝ち”は諦めました。一緒に見ていた人の手前、クチには出しませんでしたが。内容的に悪くはなかったのですが、ゴールマウスに嫌われている(いろんな意味で)のが両チームともあって、こんな日はどうやっても入らないのがこれまでの経験則です。

そんな中で、「緊急招集」して、「途中出場」した「秘密兵器」がロスタイムに「西決勝弾」を決めてしまったのですから、これはもう何かの後押しがあるとしか思えませんでした。なんだか四文字熟語ばかりですが、気にしない気にしない。
愛媛で昇格が決まると信じて、2ヶ月前に超割を決済してやってきたサポの皆様方もご満足いただける結果だと思います。西だけに“Go West”したのは間違っていなかった。

時計を少し戻すと後半40分ごろ、ゴール前にいた曽田がベンチに対して手を上げていたのが全ての始まりでした。どうやら、前線に上がっていいか?と聞いているみたいで、こんなシーンは初めて見ました。曽田としては、自分が上がれば何とかできる、と思っていたのでしょう。紙一重ながらも首位を護り続けている自信なのかもしれません。

ロスタイムの歓喜から21時間後、松本でヴェルディがロスタイムに追いつかれました。J1では広島がロスタイムに2点取られて追いつかれる。この週末のJリーグはロスタイムで流れが変わる展開が多かったのが印象的でした。

見難いけど、ヒーローインタビュー終わってゴール前でひとりバンザイする西↓
バンザイ西よ



スポーツビジネスの難しさ

2007年10月19日

昨日の北海道日本ハムファイターズのクライマックスシリーズ制覇のシーンを見ながら、頭の中の冷静な部分が、すごい勢いで回転しだした。

ファイターズが北海道に移転したのは2004年からですが、それにあたってはいろいろ紆余曲折があった(2004年以前は実はほとんど知らない)。スポーツビジネスと言うのは観客があって成立するものでありながら、経営収支を担うのは観客からの興行収入よりスポンサー収入の方が大きい、という現象が普通に起きます。とは言うものの観客あってのスポンサーですから、観客をないがしろにすることは不可です。

プロ野球チームがいくつも存在する関東において、日本ハムファイターズを応援する人は、「なんとなく応援」ではなく「積極的に応援」する人たちの集まりです。逆説的に言えば、そこに限界があるから、日本ハムは移転を考えたわけで、「最初に北海道」ではなく、「最初に移転」だったわけです。

そこでプロ野球チームがない地方から北海道をチョイスしたわけで、そこには、旧来からのファン層を失っても構わない、という覚悟があったと思います。その代わり、日本ハムというチームをまったく知らない人たちを掘り起こす必要があったわけで、その道具(あえてこういう言い方をします)が新庄剛志だったといえます。
ただ新庄といえども、いるだけで観客を動員するほどのパワーがあるわけではなく、2004年4月にスカスカの札幌ドームで野球を観た経験もあります。
移転元年の2004年、ファイターズの応援はほとんどが旧来の東京を中心とした応援団に支えられていました。東京時代のファンには、新庄剛志なんて客寄せパンダにしか見えないという意見があったのも事実で、その見方は間違っていないのも事実です。

新庄呼んでもそれだけでは効果は少ない。そこから最大限の効果を引き出すには、ひとつは宣伝、もうひとつは成績です。2004年、ファイターズはシーズン3位、2位の西武ライオンズにプレーオフで敗れて終わります。そこそこの成功を納めたといえます。

翌2005年は5位、この年に近鉄とオリックスの統合、東北楽天イーグルスの参入でパリーグの世間的認知が拡大しましたが、成績はパッとしませんでした。しかし、この2005年にダイヤモンドの原石を手に入れます。ダルビッシュ有投手の獲得です。

2006年のリーグ優勝、日本チャンピオン、アジアチャンピオンは記憶に新しいところですが、ひっそりと東京時代からのマスコットで、東京主催限定で存続していた“ファイティー”が引退します。つまり球団として、東京との決別をしても大丈夫な基盤が北海道に出来た、という判断がそこにはあったのだと思います。

さて、翻ってコンサドーレはこの現象をどう分析しているのか、そこから何が学べるのか。


プロ野球を眺めていて、サッカーと根本的に違うのはマスコミの扱い方です。ある程度の枠は絞っていますが、試合前の練習中でも結構マスコミの人間が選手の間をウロウロしています。
無論マスコミと言うのは、必ずしもチームの思うように報じてくれない。あるいは批判もある。そんなことはおそらく承知の上で、清濁合わせ呑んでいるのだと思います。マイナスがあってもいい、トータルでプラスになれば、それで良いと考えている節があります。
だから、的外れな質問をするキャスターの番組にも出演させるし、監督も批判的な報道をする記者に対しても、表面的には平静に応対する。

一方、残念ながらサッカーの世界ではかなりクローズな状況になっています。試合直前の選手の映像で出てくるのはだいたい、バスから足早に競技場に入っていく姿だけで、ましてや声なんてありません。試合当日に拾える声といったら、終了後のコメントぐらいです。
練習も遠巻きに眺めて、終了後に帰るところで少しインタビューするぐらいでしょうか。ちょっと長い話をしようと思えば、チームを通してセッティングが必要になります。

こんな状態の選手をテレビ出演させても、通り一遍のことしか聞けません。サポーターは普段から見ていますから、それなりの思い入れもあるので、的外れな事を聞くキャスターに対して苛立ちを覚えるかも知れません。仕事とはいえ、お互い良く解っていないのですから、ピントがずれるのは当たり前です。

いずれにせよ、マスコミへの応対は世間の関心を呼ぶ、つまりは観客を増やす、それによってスポンサーが期待できる、という部分が多なワケですから、もうちょっとやりようがあるのは間違いなく、そして今年のコンサドーレ(選手もスタッフもフロントも)はそれを学ぼうと努力しているように見えます。

どんなに一生懸命学んでも、そこに成績が伴わなければ効果の期待度は薄いのですが、今年は良いことに成績が伴っています。あと少しで、その学習が一気に開花するところへ来ています。もう少しです。



んーかなり無理やりにまとめた気がする・・・時間切れなので、また書き直すかもしれません。


星読み

2007年10月16日

別に星大輔の来季を占う話ではありません。

さる方のブログによれば、上位5チームが下位との対戦に全て勝ち、上位5チーム同士の対戦は引き分けと仮定すると、3位以内が11/11に決まって、自動昇格は試合のない11/25に確定することになるそうです。野球のマジックが、本当に“マジック”と思えてしまうぐらい、計算能力のない脳細胞には、勝ち点積み上げ方式のサッカーの方が解りやすく(これでも高校で微分積分・確率統計までやったんですが・・・)、京都が1試合少なく札幌の休みがラス前にあることから優勝マジックは最後まで点灯しない可能性が高そうです。

現状で、昇格(3位以内)の可能性をそれなりに残しているのは7位福岡までで、今後の予測はきわめて難しいですが、足らない脳味噌を駆使して考えてみました。


チーム別に見ると3位仙台はかなり苦しい日程です。休みを除いた6試合中、昇格に絡むであろう上位7チームとの対戦が5回あります。最初にセレッソ-休-福岡と自チームより下位とあたるので、手を抜けません。逆にいうと、6チーム中5チームとあたるわけですから、昇格争いのカギを握っているとも言えます。
もっとも福岡は、札幌に今週末に敗れると戦線脱落の可能性があります。札幌としては勝つことは当然ながら敵の数を減らすことも意義のあることで、福岡戦はなんとしても勝ち点3が欲しいところです。

あと7節、もちろん全部の試合が大事ですが、中でも47節は休みの仙台以外の上位が全てホーム開催、つまり上位vs下位のカードが並ぶので、取りこぼすと一気に順位が下がる可能性があります。その裏返しが48節で、仙台-福岡以外は全てアウェー開催。この47/48節は極めて重要です。そのあとの48-50節は上位7チーム同士の対戦が2試合ずつ組まれているので、47/48節の結果如何によっては、一気に自動昇格/入替え戦進出が決まってしまう可能性もあります。

勝ち点積み上げ方式での順位決定というルールなので、上位3チームにそれぞれ1回ずつ休みがあるのに、4位と5位のチームは休みがない、というのが星読みを極めて難しくしています。

札幌にとっての天王山は11/18のホーム京都戦になるのは間違いないでしょう(結局、結論はココにくる)。

愛媛戦と京都戦は行きます。愛媛はコレだな。


【07天皇杯3回戦】とっても、ダメだった、今回

2007年10月09日

上野から北斗星で行きました。
といっても1日早く乗ったので長万部からニセコへ入って一泊。翌日、ニセコから厚別へ。試合が終わった日の夜、青森行き急行<はまなす>号に乗って、そこから東京まで地べたを這って戻りました。

いや、はまなすには乗っていましたとも。TDKサポ数名。まぁ彼らは青森から<いなほ>に乗り換えて、ホームタウンへと戻っていきました。

まぁ、指4本掛かっていた“勝ち”があと一本の隙間からスルッと逃げていったのは間違いないですが、その責めを佐藤優也に求めるのは可哀想ってもので、90分で勝てなかった試合ではなかったですし、119分に点が取れた試合でもあったと思います。

敗因を考えると、TVの生中継がなく、つまりはどこかの空の下で息子を応援したい父親がナマで見れなかったということであり、あのPKを蹴る佐藤優也に必要だったのは、あくまでも冷静な父親のテレパシーではなかったでしょうか。リンク先を見れば解りますが、優也は父の生まれ故郷に負けたということです。
そんなの関係ねぇ!だとは思いますが。

札幌vs仁賀保
コートも着ず、顔を上げることが出来ない佐藤優也。キミだけに責任はない。 でも、Tottemo Damedatta Konkai。



TDKに負けたというと、未だ納得できるのですが、仁賀保に負けたと言い換えると、ちょっと悔しいなぁ。


【第38節】冷凍みかんに歯が立たず

2007年09月03日

11日間で4試合という過密スケジュールの中の第3ラウンドは、愛媛FCを迎えての函館ホーム開催戦。

結果を見れば1-1のドローですが、かたやホームで首位、かたやアウェイで10位でサポ推定20人の対戦ということを考えれば、負けたに等しいのが札幌で、勝ったに等しいのが愛媛でしょう。全日空最終便で羽田に飛んだ愛媛の選手の表情も明るかったです。

試合内容をひと言でまとめれば、「ウチがやりたい事を相手がやっていた」。コンサ・ホームユニvsコンサ・アウェイユニって感じに見えなくもないくらい、白い方は前線からプレス掛かっていましたし。たぶん実現は薄いと思いますが、宮の沢で対戦したFCソウルと向こうで試合するとこんな風になるのではないでしょうか。FCソウルのホーム・ユニはアディダスの赤黒縦縞です(なぜかウチに一着ある)。

主審は岡田正義氏。かつてはJ主審の中でも評価の高かった方ですが、最近は芳しくないウワサもチラホラ聞きていたので、お手並み拝見という感じでしたが、さすがと言うかベテランの味というか、カードゼロで見事にコントロールしていました。9年前のフランスW杯を吹いた氏も49歳、体力的な面もあるでしょうし、J自体が高スピード化していますから、難しい面もあるのでしょう。イタリアの審判の定年は45歳ですし。

というわけで、“続き”は試合には直接関係のない余談です

スナマコFK



さてこの朝はニセコからレンタカーで馳せ参じました。アチコチで繰り広げられる白黒熊(赤色回転灯付)とのバトルを回避しつつ、昼過ぎに函館空港でクルマを返して、バスと市電を乗り継いで千代台へとやって来ました。まずは昼食調達とハセガワストア千代台店でやきとり弁当(大)を入手して競技場に向かったのですが、ここで問題発覚。友人とSA席で観るハズが、なぜか私が買ったのはSB席。差は500円とはいえ、芝生と椅子の差はでかい。こんなチケットを2800円(前売)を金出して買う人がいるのか、かなり疑問に思っていたチケットを自分が買っていました(苦笑)。


そんな訳で、前半は芝生の一番後ろで立ち見していたのですが、前の通路を試合中にウロウロする人多数で、とても落ち着いていられない。どこか落ち着くところを探しつつ、前半が終わる直前に移動していたら、SB席のホームよりまで来たところで池内先制弾。ゴールの瞬間は見逃しておりました。
前半終了した瞬間にトイレに駆け込み、用を済ませて出てきて、ファンクラブブースを往復して売店を冷やかしていたら、3~4年前に厚別で何度かお会いしたことのあるKさんとバッタリ出会い、そのままホームゴール裏B自由席へ拉致られました。

いわゆるコアサポのとなりのような場所で、飛び跳ねる必要は無いものの、立ち続ける必要はある場所に無理やり詰めてもらって入りました。当然ながらチームカラーに染まる必要があるので、この瞬間から半袖シャツ一枚に。いやぁ寒いの何の。で、各自のスペースを調整している間に、愛媛が一点返し(また見逃した)、ゴール裏はイヤな空気に。とりあえず寒いので大声上げて45分間応援しつづけました。
30半ばのオジサンには、相手チーム攻撃中は休めるファイターズの方がラクですな。もっとも以前は足に負担が掛かるのは田中幸雄と古城だけだったのが、最近は工藤やら稲葉ジャンプ100人飛んでもダイジョーブ、とか過激なものが増えていますが。

そんなわけで、函館からJAL最終便で帰還しました。


ナンちゃって蘇我

2007年08月30日

昨夜は会社が終わってから、蘇我の方へサッカーを観に行ってきました。定時退社で試合開始から見れる唯一の競技場です。その割には未だ2回目で、1回目が昨年の天皇杯、つまりジェフが燃え尽き症候群だった試合です。

さすがに今日はまともでした。というか前半は互角の戦いでなんとかジェフが1点取ったのですが、後半2点目が入った後はトリニータがバランスを崩してしまって、ジェフの遣りたい放題になりました。トリニータとしてはバランス崩してでも前がかりにならざるを得ず、実際3点目が入るまで諦めていませんでした。結果、前半1-0/後半5-0とワンサイドゲームになってしまいました。

さて、千葉の11番については「続きを読む」へ・・・。


蘇我臨海



千葉の試合で、後半途中から出てきた彼に触れない訳にはいくまい。

まぁ、スピードとかテクニックについてはそれなりの素質を持っていたので、大分相手だと勝負できます。ただ、羽生から「シュートをどうぞ」とばかりのパスをゴール前で貰ったのに、トラップをミスってモタモタしている間にシュートを打てなくなってしまっているのは、昔と変わっていない。

ついでに血気盛んなところもそのままで、大分の選手とセンターライン付近で小競り合いになっていました。もっとも、それを見つけた主審が、ゲームを止めないまま走りよって注意を与えた為、主審が見ていない中央でジェフの選手と大分の選手とが交錯して、大分の選手が傷んでいる間に2対0という決定的場面を作る(ジェフの5点目)お膳立てをしたのは事実ですが。

FWとして点を取るというのがどうもやはり上手くないのは、どうもねぇ。容姿は違えど、ウチのいまの11番と全く同じです。これは2人揃わなくて良かったというべきか?

ああ、蘇我へ行ったのですから、当然サマナラのナンは食べましたとも。豊平峡とどっちが旨いか、と聞かれても、北の方は食べたことがないので比較できません。


8・22日本代表戦

2007年08月23日

昨夜の代表戦(ぢつは3つあったのですが、国内で開催された2つについて)をテレビで観戦しました。
といっても大分の方は後半25分過ぎからしか見ていないので、いやぁカメルーンすごいなぁ、スーパーサイヤ人みたいなプレーするなぁ、と思っていて、後半終了間際にトゥーリオが笛がなってから大きく外にボールを蹴りだしたときに、をいをいと思ったことぐらいしか印象ありません。

で、国立の方。こちらは強化試合と違って本番ですから、ムードも緊張感も全然違います。ただひとり、いつも通りだったのは実況アナウンサーでしょうか。テレ朝がイチオシするアナウンサーをA代表ではなく五輪予選に持ってきたのですから、放送局としてどっちが重いかは解っていたのでしょうが、いつものようにどうみてもCKで主審がそれを指し示しているのにゴールキックと言って堀池巧に訂正されたり、「平山のシュートォォォ!惜しくもバーの上!」といってからセルジオ越後(の壁)に「ハンドだね」と指摘されたり、まったくいつもと同じ。

ウルサイだけでなくイライラするんですよね、見てて。これだったらオーストラリアでゴルゴルを10何回か言ったヒトの方がマシに思えます。イライラはしませんから。


ボクはこの人が実況のときは、基本的に全裸です。盗み聞きですか?メモまで取って・・・ではなく、基本的にミュートです。

昨日まともな音量にしていたのは、アジアカップでの日本ヴェトナム戦で、ヴェトナム人が「ホーチミン師」を唄っていたので、今回も聞けるかな、という淡い期待があったからです。
ま、実際はホームが逆転しているので、聞こえませんでしたが。「ホーチミン師」、“水曜どうでしょう”ではそれなりに有名な唄です、ハイ。