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初観戦は2000.4.23、函館千代台の山形戦(札0-2山)。このときは知人に連れられて観たので、コンサドーレって監督が岡田武史なんだ、というレベルでした。 負け試合でなぜ“魅せられた”のかはよく判りませんが、10月の昇格決定試合@平塚、J2優勝決定試合@厚別大宮戦、ホーム最終戦@厚別甲府戦も観ています。ひとえに、お付き合いいただいた方々が初心者の私を暖かく迎えてくれたからで、この場を借りて御礼申し上げます。 今年、6年ぶりのJ1。チームの目標はGMによれば実質は「石にかじりついても残留」とか。J1復帰といっても昇格初年はチャレンジャーです。何も恐れず胸をはり戦え-赤黒の勇士。

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【07天皇杯3回戦】とっても、ダメだった、今回

2007年10月09日

上野から北斗星で行きました。
といっても1日早く乗ったので長万部からニセコへ入って一泊。翌日、ニセコから厚別へ。試合が終わった日の夜、青森行き急行<はまなす>号に乗って、そこから東京まで地べたを這って戻りました。

いや、はまなすには乗っていましたとも。TDKサポ数名。まぁ彼らは青森から<いなほ>に乗り換えて、ホームタウンへと戻っていきました。

まぁ、指4本掛かっていた“勝ち”があと一本の隙間からスルッと逃げていったのは間違いないですが、その責めを佐藤優也に求めるのは可哀想ってもので、90分で勝てなかった試合ではなかったですし、119分に点が取れた試合でもあったと思います。

敗因を考えると、TVの生中継がなく、つまりはどこかの空の下で息子を応援したい父親がナマで見れなかったということであり、あのPKを蹴る佐藤優也に必要だったのは、あくまでも冷静な父親のテレパシーではなかったでしょうか。リンク先を見れば解りますが、優也は父の生まれ故郷に負けたということです。
そんなの関係ねぇ!だとは思いますが。

札幌vs仁賀保
コートも着ず、顔を上げることが出来ない佐藤優也。キミだけに責任はない。 でも、Tottemo Damedatta Konkai。



TDKに負けたというと、未だ納得できるのですが、仁賀保に負けたと言い換えると、ちょっと悔しいなぁ。


post by tristar

23:45

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