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もっともっと、ずっとずっと、 車椅子を押していたかった。 消えない痛みが癒えるまで、 眠りたいと思います。 今まで本当にありがとうございました。 前へ、前へ。 いってらっしゃい・・・おかえりなさい。 エッチラホッチラ、元気にやってます。 さあ、新しい一歩です。 動き始めよう。 確かな形に。 そして、めぐりあう。 もう一度。 光を見つける。 冷静に。 掴む。 深化。 2025 2026

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教室の扉

2010年09月30日

小学2年、いや3年か。

曖昧な記憶の中にいる、その担任教師。



名前は・・・覚えていない。



ただただ、とてつもなく怖い先生だった。



授業中に突然、数人の生徒の名を呼び、教室の前に並ばせ、

端から順番にビンタを繰り返す。


またある時は、立たせた子供の足を払って転倒させ、

その子の顔の上に座る。



みんなの前でズボンを脱がされた子もいた。



子供達は、先生が何故怒っているのかさえ、わからないまま、

突然訪れる、その恐怖の時間に怯え続けた。






体育の授業、ドッジボール。






先生は、いつも生き生きとしていた。


小さな子供達に、大人のフルパワーのボールを命中させては楽しんでいるようだった。





ある時、先生の投げた強烈なボールが、眼鏡の少年の顔面に直撃した。

眼鏡は弾け飛び、少年は大きな音を立ててその場に倒れ、動かなくなった。



慌てて駆け寄る先生は、激しく動揺し心配そうに少年の名前を叫んだ。

けれど、先生が心配していたのは、少年のことではなかった。



その証拠に、先生は最後まで少年を保健室に連れて行こうとはしなかった。








しばらくして先生は、学校を去ることになる。







いつ、どのタイミングで、なんの理由で、学校を去ることになったのかは、

もう何も覚えていない。









新しい担任は、とても優しい先生だった。




子供達はその優しさに触れ、ゆっくりと笑顔を取り戻し、そして変わっていった。



特に変化があったのは、あの怖い先生に最もマークされていた少年だった。



先生の体罰の対象は、決して無差別ではなく、決まった子供達で、



その中心にいた最もマークされていた少年は、ようやく恐怖から解放され、

みるみる変化し、やがてクラス一番のガキ大将になり、



そして、いじめっ子になった。





新しい担任は、その子を抑え込むこともコントロールすることも出来ないまま、




いじめはエスカレートしていった。





教室を新たな恐怖が覆った。







今になって、


あの先生は、本当に怖いだけの教師だったのだろうか、と思う時がある。



私の断片的な記憶の中で、いつのまにか出来上がっていった、

ひとつのストーリーと「怖い先生」というイメージ。



もしも、そこに大きな間違いや誤解があったとしたならば、




本当は、もっと深い場所にあったのかもしれない真実に気付かないまま、





私はあの教室の扉に、鍵をかけてしまったのかもしれない。






記憶

2010年08月31日

時間がないので、手短に。


ちょっと変な話なのですが、

なんだかワタクシ、


もうひとつ、別の記憶があるみたいなんです。



今まで生きてきた人生の記憶とは違う、





全く別の記憶が・・・





時々、ジワーッと知らない記憶が浮かんできて、


私が慌てて、その記憶に手を伸ばそうとすると、



今のメインの記憶が、ガーッ!!と上書きをしてしまうという、





うまくいえないけれど、そんな感じなのです。








出来ればもう少し細かく、お話ししたいのですが、







 ああダメだ。



 もう時間がない。





詳しくは、Webで!!!






post by た

22:05

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スピード

2010年07月30日

「この間、駅前で見かけたよー!」

 「先週、動物園に行かなかった?」

  「昨日、すすきのでフラフラしてたでしょー!?」


そんなふうに時々、私は複数の人から目撃される。



が!!!



私はその日、そこには行ってはいない。




どうやら私にソックリな人が、この札幌にいるようなのだ。



ただそれは、ソックリとかいうレベルなどではなく、

「私」そのものらしい。



顔、体型はもちろん、歩き方から服のセンスまで、

もう何もかもが、「私」なのだという。



目の前まで来て、視線が合っても全く反応がないので、

そこで初めて別人と気付くらしく、



中には、いくら別人だと説明しても、


「酔っぱらってたみたいだから、覚えてないんだねぇー。」


と、最後まで信じてもらえない人までいた。







この世界のどこかに、


いや、とても近くに、



もうひとりの私が、まぎれもなく存在する。






 不・思・議






数ヶ月前、

TVに映る征也を見ながら、私は無意識につぶやいていた。


 「征也も今年、結婚かぁ・・・」






 不・思・議






そして、おめでとうございます。





でっかい幸福と、もっとでっかい責任を、



だっこして、おんぶして、




全速力で、走れ征也。





ゆっくりゆっくり、歩け征也。







父の日々

2010年06月20日

幼い頃、両親を亡くした父は、

すぐに養子に出された。



子供のいない、ある夫婦の大きな大きな家へ。



その養父母には、もうひとり養子がいたが、

最初の子供は、父がもらわれる少し前に亡くなられたらしい。





・・・父が養子。





その話を、父から直接聞いたことは一度もない。



いつだったか、母が教えてくれた。






父の体に残る、いくつもの傷跡も、


右手の親指の関節が変形し固まり、全く動かないのも、





その全ての原因が、養父母からの虐待だった。







食事も満足に与えられず、


朝から晩までこき使われ、殴られ、蹴られ、罵られる日々。







養父母にとって父は、我が子ではなく、ただの奴隷だった。







虐待、虐待、虐待の毎日が続く中、


中学を卒業した父は、逃げるようにその家を出た。







そして、十年後、







父は母と出会い結婚し、やがて私が生まれた。







時々、私はつい思ってしまう。





 もしかしたら、

  たぶんきっと、





母は、父と出会わなければ、病気になることもなく、


車椅子の生活を、強いられることもなかったであろうと。








父と母の出会いは、そういう出会いだった。





次の悲しみが、すぐそこまで来ていた。







post by た

21:55

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不思議な空間

2010年05月26日

先日の日曜日、

行って来ました、宮の沢。


お久しぶりの「白い恋人サッカー場」です。




練習試合をしていましたよ。




石さんがいました。


近くで見るのは初めてだったので、感激しました。




ゴンさんには会えませんでしたよ、ションボリです。










練習試合・・・だけど、きっとみんな真剣勝負。





夢を叶えようと、必死に手を伸ばしている若者と、


夢を叶えた、その先にある現実の中でもがく大人達。





甘くないです、ビターチョコレートです。







宮の沢に来ると、何故だか不思議と、いろ~んなコトを考えさせられます。



白恋は、いつもそこだけ、別世界です。












そして、ゆうすけパパ。


本当に本当に、おめでとう!!!




ゆりかごダンス、絶対、見たい。







デビュー

2010年04月27日

一昨年、

札幌ドームに入ると、すぐそこに彼が立っていて、


彼の隣には、純貴がいて、

そして、エジがいて。


少し緊張したような、ぎこちない笑顔で、

サポーターの人達と握手をしていた彼の姿が、ふとよぎる。







厳しい世界で生きる彼等。

きっと、いろんな想いを重ねてきた日々だったのだろう。





誰かに聞いてほしい、気持ちがあって。


誰にも知られたくない、感情があって。







 堀田秀平。







遂にピッチに立った彼は、あの日とはまるで別人のように、

すごくすごく、でっかい男に見えたから、




「おめでとう!!」の言葉さえ、


一瞬、忘れてしまいそうな、




ずっと待ち続けていた、デビュー戦。






裏通り

2010年04月07日

母は、病気で、

障害者で、車椅子で。


何度も何度も手術を繰り返し、

手も足も全身、消えない傷跡だらけで。





だからビジュアル的には、やはり美しいとはいえず・・・





いつかのある日、

母と近所のスーパーまで、買い物に行った時、


反対側から歩いて来た女子高生が、車椅子の母をチラッと見て、

すれ違いざま、無機質につぶやいた。





「キモイ・・・」





その瞬間、私は心臓をえぐられるような痛みを感じた。





「なんか、おいしいもの売ってないかなぁ~。」


いつもと変わらないように振る舞う、母の声を聞きながら、

私は遠い昔のことを、思い出していた。





それは、私が思春期の入り口に、さしかかる頃・・・





あの頃の私は、母の車椅子を押すのがイヤでたまらなかった。


理由は単純、その姿を友達に見られるのが恥ずかしかったから。








毎日毎日、ずっと家の中にいる母は、

たまの外出を、本当に楽しみにしていた。


けれど、内心イヤイヤ車椅子を押す私は、

いつも人通りの少ない、狭い裏通りを選んだ。




「向こうの商店街のほう行こうよぉ。」

そう願う母に、


「こっちのほうが、近道だから!!」

と、私は遮るように返事をする、



同じようなやりとりが何度もあったが、

やがて母は、もう何も言わなくなっていった。





そんな忘れてしまいたい記憶が、痛みと共に蘇った。





母は、病気で、


障害者で、車椅子で。



それでも必死に、それでも懸命に、私を育ててくれた母を、



私は、恥ずかしいと思っていた。


誰にも、見られたくないと思っていた。





ひっそりと暗い裏通りを、隠れるように車椅子を押す、



あの頃の安っぽい自分を、





私は一生、許さない。







post by た

00:25

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悲劇

2010年03月02日

静かな雪の夜、

やがて眠りにつく私は、


またいつもと同じ朝が訪れることを、疑いもしなかった。



けれど、違った。



まるで胸騒ぎのように、繰り返し見続けた夢は、




 ダークで、ヘヴィで、リアルな悪夢で。




堪えきれず、うなされて、目覚めた私は、



突きつけられたその現実に、言葉をなくした。










おもいっきり、私のアゴが、外れていた。







    どゆことッ!!!?







post by た

20:50

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刻む

2010年02月05日

もうカレコレ、

20年は使っている、目覚まし時計の長針が取れた。


数年前の秒針が取れた時とは違い、今回は長針だ。

時計を見ても、時間がサッパリわからない。


さすがに、もう使えないかなぁと思っていたら、

針がなくても、ちゃんと私の起きる時間を覚えていてくれた。






たかが、目覚まし時計。






だけれども、20年間、朝の弱い私をずっと支えてくれたサポーターで。




 幸福な朝も、普通の朝も、孤独な朝も。


 もう忘れてしまった朝も。




生活環境が変わる度、目覚めの時刻を変えながら。







20年は、やっぱり長い。



・・・アリガトウ、コレカラモヨロシク!!













コンサドーレのみんなや、

チームを離れていった彼等も、


新しい時間がスタートしているようだ。



ブログ等で、元気そうな姿を見ると、本当にホッとする。





 あぁ笑ってる、頑張ってる、始まってる。





寝室のベッドサイドの携帯電話の隣の一番いい場所で、


変わらず動き続けている、針のないあの時計のように、




それぞれが、それぞれの時を刻んでいる。





進んでいる。







クシャクシャの地図

2010年01月16日

子供の頃に暮らしていた町の、

大きなビルが建つ、その場所には、


ひとつの小さな思い出がある。



それは、まだそこが空き地だった頃の話で・・・





その日、ある計画を思いついた私は、すぐ実行に移した。



ある計画とは、いつもは誰も行かない空き地に、こっそり宝物を埋め、

その場所を記した宝の地図を、近くの公園に置いておく。




そして偶然、誰かがその地図を見つけ、やがて宝物を探す大冒険が始まるのだ。




 想像しただけで、ワクワクした!!




高鳴る胸と踊る心で、一気に地図を書き上げ、


手には小さなスコップと「たからばこ」と書いた箱に、お気に入りのオモチャを入れて、

私は、その空き地に急いだ。



誰にも見られていないか、周囲を気にしながら、

隠れるように、私は宝箱を埋めた。



次は、宝の地図だ。



昼時の公園、子供達の目を盗んで、さりげなくさりげなく、

砂場の横の、もう少し奥の、結局は公園の片隅の外れに、


わざとクシャクシャにした地図を置き、風に飛ばされないように石をのせ、

満足げに笑みを浮かべると、そのままダッシュで家まで帰った。




そして、大冒険が始まるのを、じっと待った。




ただひたすら、待った。





 ワクワク!
  ドキドキ!

 ワクワク!
  ドキドキ!







だけど、最後まで、


冒険者は、ひとりも現れなかった。






夕暮れの、子供達も帰った公園に、宝の地図だけが、そのまま残っていた。



ノートの切れ端に、エンピツで書いた、ただそれだけの宝の地図。


誰にも見つけられず、拾われず、砂まみれで。






私は手を伸ばし、そっと地図の上の石を取った。



強い風が音を立て、



宝の地図とワクワクを、遠くにさらい、




見えなくなるまで、ずっと吹いていた。







2010

2010年01月04日

道を歩いていると、

虫が顔に、よく激突してくるんです。


当たった感触からして、

それはそれは大きな虫さんが。



苦手なんです、虫さん。


飛び上がりそうになります。









・・・おっと、挨拶が遅くなりました。



新年、あけましておめでとうございます。



また、新しい一年の始まりです。


きっと、あっという間の一年です。



年々、加速するのです。




それでも、ゆっくり生きたいのです。










・・・そうそう、虫さんが激突してくるんです。

つい先日も、ドカ~ン!!と体当たりしてきまして。




 あれっ?・・・この真冬に??




ようやく私は気付くのです。



その虫に遭遇する場所は、いつも決まって同じだということに。


激突してくるのは、いつも必ず左目だということに。



そして私は、

まだ一度もその虫の姿を、見たことがないということに。







 あわわわわわわわわわ







今年もよろしくお願い致します。







post by た

15:32

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ずっと

2009年12月02日

今年もまた、

私にとって、とても大切な存在がチームを去る。


目を閉じ、耳を塞ぎ、

ずっと祈り続けたけれど、やはりその季節は訪れてしまった。



こんなコトならば、



去年、札幌ドームで、初めて握手をした時、

ひと言でもいいから、話しをすればよかった。



「はじめまして、『車イス、押しながら。』です!」と言って、

おくちポカーンと、されてもいいから、

自己紹介でも、なんでもいいから、



言葉を交わせばよかった。



警備員さんに、ツマミ出されてもいいから、

ハグして、抱き上げて、クルクル回せばよかった。



その重さも、その体温も、ずっと消えないように、

全身に、刻みつければよかった。










宮の沢で、頑張ってる姿を見るのが好きだった。



戦う眼差しが、優しい笑顔が、


いつだって、パワーをくれた。



背中を押す、風になってくれた。









近くにいた日々も、遠くに行く日が来ても、

ずっとずっと変わらない。










いつか、また、どこかで。




いや、ちがう。




いつか、また、札幌で。





・・・宮の沢で。






月のように

2009年11月10日

いつの頃だろう。

月が、どこまでも追いかけてくることを知ったのは。



 銭湯の帰り、祖母とふたり、見上げた夜空。



そんな大発見に驚き、いつまでも月と追いかけっこする私を見つめる、

あったかい祖母の目が、たまらなく懐かしい。



 「見て見て、ばあちゃん!!まだ追いかけてくるッ!!追いかけてくるよぉー!!!」



どんな感動も、そのまま声に出して、言葉に出来た。




高い建物なんて、ひとつもなくて、



星も月も、今よりずっと近くにあった。














そして、遠かったゴール。


謙伍のゴール。



もっと、もっと、


ずっと、ずっと、見ていたい。




追いかけていたい。






坂道で

2009年10月22日

子供の頃、母の車椅子を借りて、

自宅前の小さな坂道で、よく遊んでいた。


車椅子に乗ったまま滑走する坂道は、

とてもとてもスリリング!!!で、たまらなかったけれど、


大人用の車椅子に乗って上る坂道は、

小さな子供の腕の筋肉には、けっこうキツかった。






 上っては下り、下っては上り。






そんなある時、

杖をついた、見知らぬお婆さんが、私に声をかけてきた。



 「足が悪いのかい、可哀想に・・・」



優しいその声は、かすかに震えていて。




私は突然の事で、どう返事をしていいのか、わからないまま、

気が付けば、小さく「ハイ・・・」とだけ、答えていた。





それから少し話をしたが、私は最後まで足が不自由な子供を演じ続けた。



どうしてだろう。



本当のことは言えなかった。




やがてお婆さんは、私の手をそっと握りしめ、真っ赤な目で、


 「頑張るんだよ・・・」と、言うと、



涙を隠すように、その場を去った。








 嘘を、ついた。








杖をつき、足を引きずりながら去って行く、

お婆さんの後ろ姿は、とても小さく寂しそうで。



けれど幼かった私は、そんなことなどすぐに忘れて、車椅子滑走を楽しんだ。







しばらくして、疲れた私はそろそろ家へ帰ろうと、

車椅子から降り、片付けをしている時だった。



私は強い視線を感じ、振り向いた。



するとそこには、買い物袋をさげた、さっきのお婆さんが立っていた。





・・・!!!?





お婆さんは、普通に歩いている私の姿を見て、

一瞬、何がなんだか、わからなく混乱していた。



が、やがて全てを理解したお婆さんは、何故だかちょっと笑って、

そして、とても哀しい顔をした。








坂の上と下で、


ただ見つめ合ったまま、私達はずっと動けなかった。








全てが止まって見えた。









その日から、


私は車椅子で遊ばなくなった。











・・・と、


そんな思い出話より、




 しゅんピーです!!


  岩ピーですッ!!!
   沼ピーですッ!!!
    俊ピーですッ!!!
     介ピーですッ!!!



 しゅんピーです!!!!!







試合に出られるって、


たたかえるって、



凄いことなんだってこと、



当たり前じゃないんだってこと、




忘れてしまうところだった。





おめでとう、しゅんピー。







兄妹

2009年09月16日

大伍と桜子ちゃんが、

兄妹だと知ったのは、いつだったろう。


ちょっとビックリしたけれど、顔を見て納得。

ウン、たしかに似てる。




ひとりっ子の私は、兄弟というものが、

基本的に、よくわからない。


たぶんきっと、こんな感じなんだろうなぁーっと、

何度、想像してみても、結局やっぱり、想像でしかない。



だから、

兄ちゃんとか、妹とか、

姉ちゃんとか、弟とか、


私にとってそれは、ずっと憧れにも似た、羨ましい存在だった。





純と蛍や、「ひとつ屋根の下」の柏木兄弟や、


そして、大伍と桜子ちゃんは、



私の心の奥の、手の届かない場所を、いつだって、チクチク刺激する。








・・・ひとりっ子。








親の愛情を当たり前に独占し、

お菓子やオモチャの取り合いもなく、

当然、兄弟喧嘩を一度も経験することなく、


私は、のんびり大人になった。





そして、ある時、



私は、その事実を知る。




私には、妹がいる・・・ということを。






post by た

14:20

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