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2005年12月07日
「TSUNAMI留学生帰国支援・北海道」のブログに、先日のザスパ草津戦での募金活動の模様が報告されています。
タイトルが「世界一温かいコンサドーレ札幌」。嬉しいじゃないですか。
こういう地道な活動が、コンサドーレに対する理解者を増やし、広い意味でのサポーターを増やしていくのです。
※本日午後は普通に仕事してます-お休みの予定だったのだがなあ(笑)。
2005年12月06日
J1・J2入れ替え戦が近づき、札幌駅の地下街では「ヴァンフォーレ、ヴァンフォーレ、ラララーラララララ♪」のチャント(の原曲のインストルメンタル)が流れている。
そうじゃなくて、年末というか、クリスマス商戦用の選曲なのだろうが、僕にはどうしても「ヴァンフォーレ、ヴァンフォーレ」に聞こえてしまう。バカだ。
このCDは、そんなヴァンフォーレ甲府の公認応援歌なのだそうだ(2003年発売-今も使っているのかどうかは不明)。「GO TO THE TOP」「☆また遭いに来るから★~青の残像(きおく)~」の2曲が収録されている。「GO TO THE TOP」(作詞/伸太郎、百年構造)のサビの部分「ヴァンフォーレ ヴァンフォーレ いつか一緒に行こうぜ GO TO THE TOP」がいい。おそらく買った当初以来、このCDは聴いていないと思うのだが、サビの部分だけは歌詞を見なくても歌える。
2000年(その前にコンサドーレがJ2だった年)に小瀬を訪れたときには、CDではなく音楽テープが売られていたように思う。会場で流れていた「ヴァンフォーレ、ヴァンフォーレ、オーレオレオレヴァンフォーレ」という曲は、素人が普通の部屋で録音しました、みたいな感じで「おいおいこれ売るのかよ」と思ったものだが(ごめんなさい)、それを知っていただけに、「GO TO THE TOP」には、おお、ついにちゃんとしたCDを作れるまでになったのかと嬉しくなった。
なにしろ、1999年だったか2000年だったかには、競技場の入口で、サポーターが「このチームをつぶしちゃいけない、協力してください」と必死に訴えていたんだから。リーグ戦25連敗(だったっけ?)とか、解散の危機とか、よくぞあそこからここまで上がってきたものだ。
今年の入れ替え戦はスカパーで中継があるようなので、イライラせずに見られそう。
2005年12月05日
昨日の「コンサドーレが何倍も楽しめる社長日記」のタイトルは「コンサ移住計画」。
考えてみれば(みなくても)、僕も移住組の一人だ。東京で12年間勤めた会社を辞めて、札幌に引っ越してからはや3年8ヶ月。コンサドーレは、退職→転居の主たる目的ではなかったが、コンサドーレがなければ引っ越してくることはたぶんなかった。
東京にいるときの主たる楽しみの一つはスポーツ観戦で、Jリーグが開幕してからはとくにどこのファンということもないままながら、水曜日や土曜日に首都圏のどこかで試合を観戦していることが多かった(埼玉県育ちゆえにレッズを応援していた時期もあったのだ!)。
たとえば、J初年度のニコスシリーズでヴェルディ川崎が4-0で浦和レッズを破った(たしかステージ優勝を決めた)試合、なんてのも、国立競技場で見ている。平日の夜で寒かったうえに途中で雨がぱらぱらと来て、しかも強きをくじき弱気を助けるわたくし的には気に入らない存在だった川崎の圧勝で、高い金を払って見ているのにちっとも楽しくなかった。
当時のレッズは、あまりにディフェンスがザルだからと、FW登録のウーベ・ラーン(元西ドイツ代表)にDFやらせたりしてたんだよなあ。曽田雄志がDFやったのとは違って、本来のポジションがFWとか関係なしに、とにかくチームでいちばんうまいからDFやってもらった、みたいな感じだったんだよねえ(エースで4番、みたいなものだ)。
…こんな話をしていたら、いつまでたってもコンサ移住の話題に行き着かないではないか(^^;)。
というわけで、続きは稿を改めて。
2005年12月04日
タイトルの主語は「わたしは」です。
何がって、昨日の「しまふく寮通信」の最後に書かれている「WEBOSSの素敵なお兄さん」のこと。これ、わたくしではありません(そりゃそうですよね、わたしは事前に紹介されているのだから、名前がわからないはずはないわけで)。
一応、誤解なきように説明しておくと、全体の講座終了後に村野明子さんにマンツーマンで教えたのは事実なのですが、村野さんだから特別扱いしたわけではなく、参加者の中で唯一、村野さんだけが自身のノートパソコンを持って質問に来たからそういうことになった、という次第です。
重そうに、けっこう大きなノートパソコンを抱えてきた熱心さには、頭が下がります。これで「しまふく寮通信」がさらに楽しくなれば、嬉しい限りであります。
2005年12月04日
BNNさんで紹介していただきました。
記事の最後のほうにさらっと書いてあることは、実はブログ講座参加者以外には本邦初公開の情報かも。
こうやってあらためて写真を見ると、この格好はないよなあと反省してます。講師なんだから、それらしい服装と姿勢でないといかんです。別にスーツじゃなければいけないとはまったく思わないのですが、コンサドーレパーカーというのはいかにも中途半端。カジュアルならもっと思いきって、レプユニでやっちゃったほうがよかったかも。
もう少し室温が高ければ、曽田Tシャツでやるつもりで、下に着てはいたのですが(笑)。
2005年12月04日
昨日の試合の中身についてはまったく納得していないのだが、もうちょっと俯瞰して眺めてみれば、今季は17勝12分15敗で、2つ勝ち越している。去年の最下位からのジャンプアップ以上に、これは評価すべきことだろう。なにしろ、去年は、5勝15分24敗で負けのほうが19も多かったのだから。
それが昨日の試合後の、妙な「やりきった感」「大晦日のような感覚」の原因かなと思っていたのだが、久しぶりにぐっすりと眠ってから朝を迎えてみて、それだけではないことに気がついた。
勝って終われるシーズンって、実は初めてなのだ。
いつもなら、この後に天皇杯があって、リーグ戦が終了しても「まだ天皇杯が!」と気合を入れ直さなきゃいけない。それでいて、結局、天皇杯は勝てない。天皇杯で優勝しない限りは、かなりのチームが、シーズン最後の試合は負け試合になる。
ところが、今年は、日程の関係で(と言いたいところだが本当は佐川急便東京に負けたために)、勝ったままシーズンを終われる。それがチームにとってどうなのかはわからないが、見る側にとっては、とても気分がいい。
同じように、勝ったままシーズンを終えられるチームは、今のところ、コンサドーレ札幌のほかは、モンテディオ山形、湘南ベルマーレ(気がつけばサガン鳥栖をに抜いて7位でフィニッシュ)、水戸ホーリーホック、東京ヴェルディ1969の4チームしかない(ヴァンフォーレ甲府はまだわからない)。ベガルタ仙台のサポーターなんて、最後の最後にひっくり返されたもやもや感を持ったまま、あと3ヶ月を過ごさなければならない。
自分が仙台サポーターだったら「この悔しさを来年の開幕まで忘れてはいけない」とか言って、どうにか合理化しようとするだろうから、「勝ったままシーズン終了の幸せ」などと言ってもそれもまた自分に都合のいい解釈でしかないのかもしれないけれど、でも、やっぱり、いいじゃない(<最後の最後になっていきなり論理破綻(笑))。直感的に「いい」と思えることは大事なこと。
なんか、気持ちいいんだよな。あんな試合を見せられた直後なのにね(と、無理して批判的になろうとするのはやめなさいって<もっと素直になろうよともう一人の自分が叫んでいる)。
2005年12月03日
試合後のサンクスウォーク、ゴール裏両側各2箇所、バックスタンドとメインスタンド各3箇所で選手が立ち止まって整列し、スタンドに頭を下げたのはとてもよかった。先頭を走っていたHFCの方は大変だったと思うが(そんなこと気にしてどうする)、いい仕事でした。
三原廣樹の、前面には「I(ハートマーク)12」、背中には「ありがとう」と書いたTシャツ(水曜どうでしょうの最終回のようだ)、すばらしい。サガン鳥栖で矢部次郎と組んでいた頃のキレキレは、結局、札幌では復活しなかったのが残念。
優勝も昇格も関係なく、NHKが生中継をやめたほどの消化試合に1万5千人も入った(今日のJ2では最多!)のはすごいことだと思う(往時に比べればもちろん寂しいのだが、それはとりあえず置いておこう)。
と、試合に関係ないことばかり書きたくなるほど、試合の中身については「???」だったなあ。勝つには勝ったけど、みたいな。石井謙伍が決勝ゴールで最後には藤田征也も出てきた、ということで、むりやり「来季につながる明るいどうこう」とストーリーを作ることは不可能ではないが、そういう試合ではなかったよなあ。石井本人がインタビューで言っていた通り、決められるところ決めてないし(小島伸幸の股抜きをねらったのには恐れ入ったが)。
西谷正也は「おらおら走れ走れ」の昔の10番みたいなスルーパスと、えらく雑なアーリークロスばかりだし(最後はシュート打てたのにパス出したところで柳下正明監督の怒りを買って三原と交代させられてしまった)。
デルリスが前半にして消えてしまったのは、監督からすれば、想定外だろう。イヤだね、あの、動けないまま地面を手で叩く姿。今日はメインスタンドで見ていたので、担架で運ばれる姿も見てしまったのだが、あれは、もしかすると、全治何ヶ月というレベルなんじゃなかろうか。本当に運が悪い。
でも、最大の想定外は、開始直後のわけのわからない失点だ。なんだよ、あれ。曽田雄志はあの凡ミスで自信を失ったのか、久々にエンターテイナー的才能を存分に発揮。以前はそんな曽田が好きだったのだが(笑)、最近はちゃんとしたディフェンダーになっていただけに、この期に及んでああいうのを連発されると、かなりつらい。鈴木智樹のボール扱いの軽さも相変わらずだし、これが来季につながる試合であっては困る(<厳しいっすね^^;)。
とはいえ、最後が勝って終われたのはよかった。シーズン中なら、負けても次の試合がすぐに来るから忘れられるけど、これから3ヶ月の間は、今日の印象を抱えたまま過ごすしかないんだから、勝てずに終わるのと勝って終わるのとは全然違う。
あー、なんか、終わったなーって気分。もう、しばらく、試合はないんだなぁ。
2005年12月03日
「初心者のためのコンサドーレブログ講座」、告知が直前だったにも関わらず、多くの方にお集まりいただきました。参加されたみなさま、どうもありがとうございました。
準備期間がものすごく短かったこともあり(企画から実現までのHFCさんの意思決定の速さ、普通はありえないです^^;)、「初心者」の定義が曖昧だったり、時間が短すぎていろいろと中途半端なことが多かったりと、反省点の多い講座ではありましたが、終了後「またこういう機会を作ってください」「2回目があれば参加します」と、直接、声をかけてくださった方がいらして、救われた気分です(感謝、感謝)。
また、HFC児玉芳明社長からは、非常にわかりやすい(と、ちょっとだけ、オフレコな?)お話があり、私も参考になりました。
おもしろかったのは、開始時、簡単な挨拶をしただけなのに、参加者のみなさまから拍手をいただいたことで、緊張状態だったわたくしは嬉しいというよりびっくりしました。さすがはコンサドーレサポーターのみなさま、温かいです。
もっとおもしろかったのは、アンケートの自由記入欄に「大熊さんはブログのイメージと違って…(以下略)」との回答があったことで、そうかぁ、オレそういうふうに見えるのかぁ、と、笑ってしまいました。正直に書いていただき、とても嬉しいです。
次回があるかどうかはわかりませんが、ご希望があれば、今度はもっと人数を絞って、自由な意見交換ができるような形で開催できればと思っています。

2005年12月01日
僕が言わなくても「そんなことわかっとるわい!」という人はたくさんいるであろう、ということは承知のうえで。
11月末期限のいわゆる0円提示は、契約を更新しません、という意味であって、「解雇」ではない。選手は基本的には1年限りの契約しか結んでおらず(複数年契約の場合もあるが)、一般社会でいえば契約社員のようなもの。サラリーマンのように雇用の継続が暗黙の了解になっている世界を前提に考えると、理解を間違える。
解雇というのは、本来はまだ契約が残っているのに辞めさせられることで、たとえば昨年の新居辰基や中尾康二のケース(これまた「わかってるよ!」とか言われそうだが)。
岡田武史がコンサドーレ札幌の監督を退任したとき、「辞任」と報道されたことに対して「契約満了なのだから辞任ではない、退任だ」と言っていたのも、同じことだ。
1年間の契約が保証されているから、その間、選手は安心してがんばれる。逆に、1年という期限があるから、その間に、がんばらなきゃいけない。契約を更新してもらえなかったということは、1年間がんばったけれど修了試験は残念ながら不合格です、だから次のステップには進めませんと告げられた、ぐらいに考えたほうがいい(とくに今回のように前年も翌年も同じ監督の場合はそうなんじゃないかな)。
解雇、では、まるで、悪いことをしてクビになったみたいでしょ。
本来はもっとも言葉を大事にしなければならないはずのマスコミが、その辺の意味を考えずに「解雇」だの「戦力外」だのを使うのは困ったことだが(「来季の戦力外」という意味では間違いではないのだが)、サポーターとしてはそうした言葉に振り回されることなく、より正しい理解をしていきたいものだ。
※それはそれとして、堀井岳也は残念だ。この話はまた稿をあらためて。
2005年11月30日
赤黒勇者達とぁっちゃんに反応。
そもそも、バモだのフォルツァだのなんて言葉は、サッカー以外ではまずお目にかかれない(僕が知っているのはクィネル『燃える男』の「フォルツァ!クリーシィ!」か、札幌市がやっている「さっぽろベンチャー支援事業」ぐらいだ)。だから、わからなくても当然だ。
フォルツァサッポロをコンササッポロだと思ったことのある人は、かなり多いだろう。自分の身近にも「コンサ、サッポロ、アレアレアレ」と歌っていた人がいたし、ずいぶん前には、道新だったか日刊だったか、新聞の紙面に「サポーターは『コンサ、サッポロ』と声援を送り」みたいな記事が掲載されたこともあった。
フランスワールドカップのアジア最終予選でソウルに行ったときは、「ニーーッポン、ニーーッポン、バモニーッポーン♪」のとき、隣のオヤジが「ニーーッポン、ニーーッポン、(一瞬沈黙)ニーッポーン♪」とやっていたのが、とても気になった(早い時間帯にリードしちゃったから、途中からはけっこう余裕があったのだ)。
当時は「バモニッポン」を「加茂ニッポン」だと思っていた人も少なくなかった(ネタではなく、本当に)。ソウルのときは、もう加茂さんはいなかったのだが。
その最終予選の初戦(vsウズベキスタン、国立)は、僕は知る人ぞ知る12番ゲートにいたのだが(そんな時代もあったねと♪)、試合開始直前に加茂周コールがあった。文字にすると「か・も・しゅー!か・も・しゅー!」という感じになる、というわけで、翌日、会社に行ったら、バックスタンドで見ていた人から「なんでラムシ勇利ラモスコールが起きてたんですか?」と聞かれた(そうそう、あれ日曜日の夜だったんだよねえ-なのに試合が終わってから飲み屋行っちゃったりして翌朝は大変だったのだ)。
大宮アルディージャの「大宮 はじけよう 攻めろオレンジ軍団♪」は、つい最近まで「大宮 アルディージャおお」だと思っていた(ちなみにその続きは「奇跡を 見せてくれ 無敵大宮 ワッショイ」だ)。
ブラジル人もイタリア人もフランス人もいなくても使われる言葉は、もう、日本語みたいなもの、なんだろうな。
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