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“ホームチームはわが子同然”というコンセプトで日々暮らしています。 去年よりもっと応援!思いついたらアクション! 強く美しい札幌のサッカーの完成を夢見て…(~o~) 何があっても応援だけはやめません!

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曽田選手のこと

2009年11月27日

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曽田選手の引退発表には、私もほんとうに驚いた。 サテライトの試合に出てた時 「ああ、問題なく動けるんだ。復帰ももうすぐだ」 と単純に思っていたのに、その後も出てくる気配もなく… 今になって、本当に辛い状態で闘っていたのだと知り、 改めてショックだった。 曽田選手は、私にとっても、とてもインパクトのある存在だった。 大学生の時にコンサの練習に来ていて、ちょうど最後の日に居合わせた事がある。 今日で最後です、ということで選手達に挨拶をして去るところを 当時の岡田監督が握手し、当時の守護神・佐藤洋平さんが近寄って、 わざわざキーパーグローブを外して握手を求めていた。 練習生にそこまでするのは、あんまり見たことないように思った。 それを見て、「曽田という選手は相当見込まれてるんだな」と感じた。 そしてコンサドーレに入団し、「あの、曽田だ」と思って期待した。 この人には、コンサドーレ札幌の名物選手になってもらいたい、と思った。 札幌と言えば曽田がいるチームだな、と人々に思われるように… 長身で、独特の雰囲気があり、目立っていた。 FWからDFにコンバートされた後、室蘭で見た試合で 曽田さんが前線に送る長いパスがビシビシと決まって 「なんて視野が広くて素晴らしい」と感激した覚えがある。 長いパスが通るたびに、わーっと歓声が上がったものだ。 ヘディングで競り勝つ姿がカッコよかった。 相手と競り合うので、流血することもしばしばあった。 止血のために頭をぐるぐる巻きにして出てくると、なぜかチームは勝つことが多かったような気がした。 友人達と「曽田が巻いたぞ」「よし!もらった!」などと言って喜んでいた。 こんな話があること自体、すでに伝説的だ。 サポーターがつけたあだ名が「神」というのも、いかにもレジェンド。 ミスが失点に繋がるポジションだけに、批判されることも多かった。 でもいつしかプレーが安定し、「うまくなったなぁ」と思った。 これだけの身体能力があれば、長い選手生活を送れるのではないかと はなはだ勝手に思っていた。 ブログに高尚なことを書いたり、易しいことも書けたり 相手に合わせて対応できる曽田さんも 地下鉄で宮の沢に通っていた曽田さんも 頭にホチキスでとめた後がついていた曽田さんも 後にも先にも こんな選手は、曽田さん、あなたただ一人だけ。 私が思っていた「名物選手」に、ちゃんとなってくれた。 できればもうすこし選手でいてほしかったけれど… 引退記念のTシャツが「ラストファンタジーTシャツ」だなんて このネーミングはきっと、ご本人がつけたんだろう。 TVで告知する時、くすっと笑っていた。 最後のジョークかな。なんて粋な。 引退後の曽田さんが、健康で幸せで ご自身が決めた道を洋々と歩んでいかれるようにお祈りしています。 9年間、お疲れ様でした。 そして、 ありがとうございました。



post by ほほやん

23:37

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