2009年06月29日
いらぬ心配
最近、他人のことなのにいらぬ心配をしてしまうことが増えた気がする。 たとえば近所にできた唐揚げ屋さん。 フリーペーパーにお店の紹介が載っていたので、この間行ってみたのだが‥‥。 店内は、待っているお客用のイスが壁際にいくつか並んでいる他に厨房、というか家庭用のカウンターキッチンを少し大きくしたようなものしかない。小さい店なのに奇妙にがらんとしている。私たちの他に客はいない。メニューは4つしかなくて、どれも注文を受けてからその場で揚げるので15分ほど待たなければならないという。作り置きのものはないらしい(おいしさの追求だろうか)。結局何も買わないで店を出た。 240~250円出して15分待って、唐揚げ2個を、誰が買うのだろう。 できたばっかりだけれど、あの店は長くはないかも知れないね、とhousanと話した。 そうすると、そこの店の人がすごく気の毒になってしまうのだ。 わざわざ店を構えるのじゃなくて、スーパーの中に店を出すのだったら、「240~250円出して15分待って唐揚げ2個」でもいいかもしれない(ものすごくおいしいことが前提)。それか、店内で食べられる席をつくって酒やおつまみも出す、とか。唐揚げ以外のメニューを増やして唐揚げ弁当屋にする、とか。 はっきり言って余計なお世話である。 でもつい心配になってしまうのだ。 先日もある人の話を聞いて、つい心配になってしまった。 海外で取得した資格は他の国では通用しないことも多いけれど、でも資格を取らずに途中でやめてしまったら、それ以上に評価が下がってしまう。中退は、社会的には、資格が無いということではなくリタイアという意味になるからだ。人生の岐路における決断はとても難しい。 日曜日、デンパークに行ってきました。