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北海道から出発してどんどん西へ向かい 2018年はついに国外へ出てしまったが また西の端へ戻ってきた。 9歳、11歳、14歳、そしてhousanと いっしょに暮らしています。 このブログでは日々のつぶやきを 公開中。

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Vision

2007年09月18日

9月16日に35歳の誕生日を迎えた。
前日は何年かぶりで旧友に会い、当日はハンニバルで家族と食事をした。
たくさんの人におめでとうと言ってもらい(もちろんtomoにも)チュニジア風のケーキを食べた。
すてきな誕生日だったと思う。

誕生日を迎える前に、35歳か、と思ったとき漠然とした不安を感じた。
それはたぶん選択肢が狭まることに対する不安だったのだと思う。
若いときにはこれがダメなら違う道もあると思えた。
実際に違う道に進むかどうかは別にして、他に選びうる可能性があるとどこかで思えることで何事も思い切りやってこれたように思う。
でも35歳という年齢は、今やっていることをやめて一から新しく何かを始めるには、遅すぎる。



houさんと、もし今子どもがいなかったら、という話をした。
夫婦共働きならお金も時間も十分にあるだろう。
海外旅行にばんばん行き、衣食住で贅沢をする。そんな生活をしているのではないか。
自分はそういう生活を望むだろうか。
今はとにかく時間がない。全ての行動が自分の思い通りにいかない。
それでもtomoのいない生活は考えられない。



どういうふうに生きたいのかは年をとってからではなく、むしろ若いときにもっと考えるべきなのではないか。
でも若すぎると自分の行動の意味がよくわからない。
無限の可能性があるように見えても現実にできることは少ないものだ。
そして年を経るほどにその可能性はますます少なくなっていく。

しかしそれはけっして悲しいことではない。
ひとつの道を深く生きることは豊かなことだと思うから。
もっとはっきり人生のVisionを描いてよい、そして現実的に描くことのできる年齢になったのだと思う。


post by mou3

11:10

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決断

2007年09月06日

学生から進路の相談をうけることがたびたびある。
私自身は教職から心理学へ進路変更をした身なので、進路変更について相談されることもある。

若いときにはその選択が後の人生を左右してしまうなどとは思いもせず、結構簡単に就職や進学を決めてしまうものだ。自分自身もそうだった。
けれど、ひとつひとつの決断が実は確実に後の選択肢を狭めていくのだ、と今は思う。
人生の中には取り返すことのできない決断がある。

しかし、その決断はあなたの人生を変えてしまうよ、といったい誰が教えてくれるだろう?渦中にいる人間には自分の行動の「意味」などわかるはずもない。


思えばそうだった、ではない、先を見とおした進路選択をそのときそのときでしていくのはそう簡単ではない。
時間的展望の研究はこういう問題にどのような答えをだしているのだろうか。ちょっと聞いてみたい気がする。


post by mou3

16:49

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