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北海道から出発してどんどん西へ向かい 2018年はついに国外へ出てしまったが また西の端へ戻ってきた。 9歳、11歳、14歳、そしてhousanと いっしょに暮らしています。 このブログでは日々のつぶやきを 公開中。
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2008年12月31日
慌ただしい一年であった。 yohが生まれた。 tomoが荒れていた。 子どもが二人いてよかった、と思った。 研究の方はあまり進まなかった。 形になったのは教科書の1章と紀要くらいか。 あと学会のラウンド2つ。 非常勤の数を減らし、housanに協力してもらい、研究できる環境を最大限整え(てもらっ)たにも関わらず、これだけか、という気もする。でも、がんばったな、という気もする。 女性研究者の一般的なライフサイクルでは、30代後半~40代にかけて仕事量が減るらしい。それは、そうだろう。 人にやさしく、という今年の目標の方もあまり達成されなかった(ありがちだけれど)。忙しすぎてそんな余裕はなかった。 でも、1つわかったのは、自分自身が気持ちよくないときには、人にはやさしくできないということ。だから今年は自分がまず、いい状態になるようにしよう。ママは一家の柱だ。 来年は…… tomoがよく寝ますように(それ以外は心配なし)。 yoh-chanがにこにこ、我が家の太陽でありますように。 housanがビョーキになりませんように。
2008年12月16日
どうも家のなかの気の流れが悪くなっているらしく、病人続出の我が家。 先々週末はtomoが嘔吐をくりかえしてぐったりしていた。 先週末は私、そしてhousanが頭痛と発熱に苦しみ、yoh-chanは湿疹が出てしまった。 前回のエントリーが、妙に思い詰めた雰囲気の文章だったのは、すでにその時点で具合が悪くなっていたせいかもしれない。 応援にすばやく駆けつけてくれたkanako、ありがとう! おかげで私は早めに復活できました。 でも私の分をフォローすべく無理したのが原因か、今度はhousanが先週に引き続きふたたびダウン。とはいえ、休めない仕事なので病体に鞭打って今日も出勤‥‥。思うように体が動かないのに気ばかり焦って不安定になっているようで、本気で鬱発症の危機をおぼえてしまう。こんなとき、いつも頭に浮かぶのは「搾取」ということば。 もう少しスローペースで生きてもいいのかもしれない。 昔、「ひとつのこともまともにできない」と奥さん(その当時はまだ彼女)に文句を言われながら、たいして気にしている風でもなかった先輩の生き方にある種の尊敬の念を抱いたことがある。どんなふうにだって生きていけるのに、なぜか「こうあらねば」と真面目になりすぎてしまう。 年の瀬も近づき、世間は賑やかしくなってきているようだが、そんな気分になることができるのは、我が家ではまだ先のようだ。本当は都心に買い物にでも出かけたいけれど。 洋服を買うと本当に元気が出る。買っている時間も楽しいし、着ているときも気持ちが上がる。子どもたちの服を選ぶのもとても楽しくて、女の子でよかったなー、と、しみじみ思うときがある。housanの服もしばらく買っていないし、パリっとした服を買いに行きたいなぁ。 最近の小確幸: tomo トイレの後パンツも履かずにおしりをふりふりして「とんぼのメガネ」を踊っていた。
2008年12月12日
金曜日は週末へ向けて気持ちを引き締め、体調を整え、準備をする日だ。 まず台所に立つことのできる時間は最長10分。tomoの「ママ」攻撃を牽制しながら食器を洗うのが精一杯で、料理をする時間はない。なので、土曜3食、日曜3食、月曜朝の分まですべてメニューを考え下準備をし、あとは鍋に入れて火にかけるとか、焼くだけとかの状態にしておく。これくらいならできる。お腹がすいたときにぱっと食べられないと本当にひどいことになるので、食事の準備だけは欠かせない。 洗濯は、干している間に絶対tomoかyohがぎゃーっと泣くことになる。予約洗いにしておいて、朝早く起きて子どもたちがまだ寝ている間に干すとかすればできないことはないが、早起きできないとどうしようもないので、基本しない。それに最近は、私が起きるとtomoが必ず目を覚まし、ひどいときには檄泣きになるので不可能だ。 掃除は、tomoの機嫌と体調がよければ、テーブルの下のみ掃除機をかける程度は可能。でも基本しない。 掃除と洗濯はできれば金曜日までにやっておく。やらなくっても子どもたちから文句は出ないので、忙しいときには目をつぶることもある。あまりに家が汚くなるとhousanが時間と気持ちの余裕があるときにやってくれる。 休みの間どうすごすのかをおおざっぱに考えておくことも重要だ。出かける予定がある場合には、何時までに何をしておくべきか(食事をさせておく、昼寝をさせておく等)だいたい頭に入れておく。実際にそうならなくても見通しをもっておくと動きやすい。 そして土日は、基本何もしない方針で、子どもたちを見守る‥‥。 となればベストだが、なんだかんだで準備ができなかったりアクシデントが起きたりして、結局tomoもyouもぎゃーっと泣き、housanも私も怒れてしまって、疲れ果てて週末を終えることが多い。 最近では週末がくるのが怖いなぁ、と思う。 連休なんて、本当に気が重くなる。 休みなんだから、そんなに戦々恐々としなくても、とか、たかが子ども相手に、とか、思う節もあるだろう。ほかの家庭ではどうなのだろうか。 すべてはtomoの機嫌次第だ。tomoがほんの5分でもひとりで遊んでくれたり「ちょっと待っててね」を受け入れることができれば、何ということはない。すぐに「~じゃないよ!」とか「ダメ、ヤだよ」とか言うけれど、そんなのかわいいものだ。こちらが変化球を投げることができれば、ストライクを取るのはそれほど難しいことはない。つまり、言い方やり方をちょっと変えるだけで、思ったように行動させることはできる。 でも今はダメだ。以前は一日のうちで一人で遊ぶ時間も少しはあったのに、最近はとにかくママにべったりで少しも離れようとしない。 そしてhousanの休みがない。三連休全日出勤だったときはキツかったなぁ‥‥。敵は二人に増えたのに守備が一人減っている。 だから準備できることは全部やっておき、要求に即対応できるようにしようと思っているのだが、ほかにもやり方があるのだろうか? とにかく練習(準備)を重ねて個人(ママ)の技量を磨き、気合いを入れて土日の試合に臨む!みたいな気持ちなのだ。この頃は、公園に行ったり図書館へ出かけたり、守りに終始せず攻撃も試みているけれど、はてさて。
2008年12月09日
ここ二週間ほどtomoの夜驚と昼間の感情爆発に悩まされている。 なんとも表現しがたいが、ほんとうに力の限り泣き叫ぶ。動物が吠えるというのに近いかもしれない。他人が聞いたらまず間違いなく虐待だと思うだろう。これにつきあうこと自体疲れるし、夜落ち着いて眠れない、夜の時間を安心して家事や仕事に使えないというので、大人もいらいらしている。子どもが眠った後の時間というのは、親にとっては大切な時間なのだ。 こうしたtomoの姿は、生活の中で気持ちを受け止めてもらえていない、満足できていない、というメッセージなのだということはわかっていた。だから受け止めてあげたい、と考える。が、現実に目の前で激しく泣き叫ぶ子どもに対峙すると、何とかして今すぐこれをやめさせたい、という思いにとらわれてしまうのだ。ほんとうに何とかして。何としてでも。 実際には何もしない。ただ待っているだけだ。30分くらいたつとtomoは自分で泣き止み、だっこしてと言ってくる。 朝に昼に夜に泣き叫ぶ子どもにじっと耐えるということを続けて、大人の方にもそろそろ限界が近づいていた。 原因はなにか。 子育てにおける問題を解決しようとするときに原因を追及することは、ほとんどの場合あまり有効ではない。子どもの粗暴のきっかけが両親の離婚だったとして、では再婚したら子どもの粗暴はおさまるのだろうか?コンピュータがうまく作動しないときに原因のプログラムを書き換えるように? 関係性の問題を解決する際に、当事者と関係者にできることは、システムをオープンにすることだと思う。 今日、2歳児についての文献を読んでいて気がついた。 そうか、tomoは大きくなったのだ‥‥! まだ小さくて一番甘えたいときに妹が出現して、両親は忙しくて、でも思いをうまく表現できなくて‥‥じゃなくって、彼女は2歳児らしく自立し始めたのだ。周りの状況もよくわかったうえで、プライドをもって自分を主張しているのだ。王道を歩んでいるだけじゃないか。感情が爆発してしまうのも、2歳児らしいといえば2歳児らしい。 「自我」ということばは、安易に使われすぎてブラックボックスみたいになっているのではないかと感じていたので、今まで自分ではあまり使わないようにしてきたのだが、2歳児をとらえるときにはやっぱり必要な概念なのではないかと思えてきた。
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