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初観戦は2000.4.23、函館千代台の山形戦(札0-2山)。このときは知人に連れられて観たので、コンサドーレって監督が岡田武史なんだ、というレベルでした。 負け試合でなぜ“魅せられた”のかはよく判りませんが、10月の昇格決定試合@平塚、J2優勝決定試合@厚別大宮戦、ホーム最終戦@厚別甲府戦も観ています。ひとえに、お付き合いいただいた方々が初心者の私を暖かく迎えてくれたからで、この場を借りて御礼申し上げます。 今年、6年ぶりのJ1。チームの目標はGMによれば実質は「石にかじりついても残留」とか。J1復帰といっても昇格初年はチャレンジャーです。何も恐れず胸をはり戦え-赤黒の勇士。

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フクアリ2

2006年11月08日

DFをMFと交代。1-9-0の超攻撃的布陣>ジェフ。

あくまでも数字上の話だが。


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19:40

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フクアリ

2006年11月08日

GK1DF1MF8FW1ってなによ>JEFの先発メンバー。


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19:20

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10周年記念の総括

2006年10月25日

先週土曜日に開催されたコンサドーレ10周年記念Dayの総括を書く気分にようやくなれました。

最初にハッキリ行っておきますが、今回の企画は「失敗」です。わざわざ札幌までご足労頂いたOBの方々には申し訳ないですが。。。
そもそもあの試合は当日を迎える前から企画的にかなり成功は厳しいと見ていました。

1)日程
イベント企画というのは、客が入らないことには成功しません。そういう意味であの日程は日本シリーズと重なっている圧倒的不利な状況です。いやファイターズがリーグ優勝するなんて思わなかった、というのは、日本シリーズ開催予定日なのに福岡ドームを押さえていなかったダイエーホークスと同じくらいマヌケです。バックスタンドの多数の空席を目の当たりにして、やっぱり、と思いました。

2)広告・宣伝
ヒトを集めるにはある程度の資本を投下が必須です。サッカーという興業なのですから、「口コミの隠れた名店」などは無意味です。チームカラーが赤と黒というどちらかというと背景として映えるカラーなのはしょうがないのかも知れませんが、ポスターなどもちょっと埋没気味でした。おまけに、10周年記念が開催されることはわかっても、実際にはOB戦とビール半額以外に何があるのか、解り難かった気がします。
ちなみに、赤と黒という色は「水曜どうでしょう」と同じなんですけどね。

3)結果
前日までの不利な状況をひっくり返す最後の砦が結果だったのですが、サッカーボールに関わる仕事をしているユーススタッフを相手に、もはやサッカーから離れたところで生活している人もいたOBが勝つ、というところまでは非常に良い状況でした。しかし、その後の本番が、全てをぶち壊す結果になってしまいました。
翌日の新聞の扱いもコンサドーレの記事は探さないと見つからない状況で、まぁこれは最初の日程がミスなのだから、勝っても負けても変らなかった気がしますが。


スター選手不在の今のコンサドーレにとって、今回はOBの力を借りることができる絶好のチャンスだった気がします。そのチャンスを活かしきれなかったのが、まさしく今のチーム状況をダブって見えます。
惜しい事をしました。逃した魚は大きい。


野々村芳和と伊藤優津樹

2006年10月17日

コンサドーレの観戦歴は今年で7シーズン目になる。よくもまぁ続いていると思うが、最初に負け試合(2000.4.21山形戦@函館)を観たのを乗り越えたためか、それほどモチベーションは下がらずに来てます。

7シーズンの中ずっとアウェイサポだったためか、選手と同じホテルに泊まったことは2度あります。両方とも2001年で、1度目は丸亀で開催されたFC東京戦、2度目が11月17日の柏戦です。

現在は柏から電車で1時間というところに住んでいるのですが、当時は関西在住だったので、柏駅前のホテルを予約しました。で、試合前にチェックインだけして、部屋に荷物放り込み、友達と待ち合わせていた場所に向かうためにエレベーターに乗ると、ひとつ下の階でネネ(フィジカルコーチ=当時=)が登場。さらにそのひとつ下で、頭を丸めた野々村選手を筆頭に3人くらい乗ってきました(あと誰がいたかはよく覚えていない)。
で、ドアがスルスルと閉まりかけたとき、伊藤優津樹が現れたので、操作パネルに一番近い位置にいた野々村が「開」のボタンを押しました。
無事に優津樹を収容?して降下中に野々村が突然「優津樹はさぁ、いつもワンテンポ遅いんだよね。試合でも。」とつぶやき、周りから助けてもらえなかった優津樹はなんともバツが悪そうに「すいません」と謝っていました。

短い時間でしたが私以外はコンサ関係者ばかりでした。「野々村」「優津樹」の名前を聞くとこのときのエピソードがリンクしています。

ちなみに丸亀も柏も負けました。選手と同宿すると星の巡りは悪いようです。


10.21天王山

2006年10月16日

10月21日の神戸戦がコンサドーレの今年を分ける天王山、だったらいいのですが、そういう話じゃありません。

10/21は北海道日本ハムファイターズが25年?ぶりに日本シリーズに出場する第1戦がナゴヤドームで開催されます。そのまさしく同じ時間帯に札幌ドームでコンサドーレ札幌10周年記念企画が行われます。
今年の状況から考えると、マスコミの扱いなどおそらくファイターズ一色となるでしょう。10周年記念の前座のOB戦がどれほどの扱いを受けるのか、実に興味があります。

(以下、ファイターズの応援をしているヒトは見ないほうがイイかも)


どうでも良いけどファイターズの快進撃は今年だけの可能性が高いです。いや、あまり大きな声ではいえないんですけど。夏頃に札幌のファイターズファンがSHINJO残留署名を集めていましたが、私、しませんでした。
というのも正直に言って、SHINJOは守備面はともかく攻撃面では貢献度低かったですし、ムードメーカーとしてなら森本稀哲で来年はいけます。

なによりファイターズの主砲として柱になっていた小笠原道大が今年FAの資格を得ました。残留署名集めるならこっちだろ、と思ったので賛同しなかっただけです。小笠原が抜けたら、来季のファイターズは今年のオリックス並になるでしょう。もし、そうなったら札幌のファイターズファン層がどう変化するのか、見ものだと思います。

ま、コンサドーレはバブル人気がどういうものか経験してますし、地道にサッカー文化を定着していくのが良いのではないでしょうか。敵と考える必要な無いと思います。あっちの方が動いているヒトもカネもでかいですので、使えるところは使わせていただく、ということで。


ご無沙汰してます

2006年10月12日

「一週間のご無沙汰でした」というのは玉置宏(で漢字よかったっけ?)ですが、いつの間にやら1ヵ月半のご無沙汰でした。

その間、当然ながら生きて世間の片隅でもがいていたわけですが、コンサドーレもJ2の中の上辺りで同じようにもがいていたのはチェックしていました。

それどころか仙台なぞにも行っていたのですが、スコアレスドローの仙台の記憶はあまりなく、仙台駅の改札を入ったところにあるうどん屋で食べた「唐揚げうどん」でキモチ悪くなったことしか記憶にありません。とココまで書いたのですが、唐揚げうどん食ったのは試合の次の週でした(2週続けて仙台に行ったんでした)。

そんなわけでコンサドーレは、もはや昇格は数字だけの世界に入りつつあります。こうなれば先頭集団が落馬するか斜走(斜里+網走ではありません)するかして、失格になるのを待つしかないのですが、競馬では起こりうることでも蹴球では起こりません。


そうなると、合言葉はたったひとつ、夢運んでくれシャーマン・オバンドー・・・ではなく、天皇杯に期待が膨らみます。

とは言うものの、期待に応えることは苦手でも、期待を裏切ることは得意という、まさしくオレの仕事のようなチームですから、過度の期待は禁物です。しかも相手は社会人。これまでアマチュアチームには痛い目にあったプロチーム数知れず、と自分に言い聞かせながら結果を見れば、誤算というのは失礼と思いますが、嬉しい誤算です。
さらに嬉しい誤算は相手がオシムジュニアで、平日のフクアリと京葉線沿線で働く人間にとってはこの上ない環境です。あとは信号機室が燃えたり、送電線が切れたりしないことを祈るだけです。

高校生相手の試合でその年、唯一のゴールを決めて引退した元コンサの選手が監督のチームは負けましたか。「キモチよ、日本人ならキモチが大事よ」だったのかもしれません。え?そっちも負けた?そーですか、そーですか。

静岡FCの得点、50分 河村優。


この道の先にあるもの

2006年08月28日

8月26日土曜日16時、厚別競技場の空気は形容し難い温度だった。

8月下旬にしては暑いが、それまでの数日に較べれば涼しい温度で、2時間前には心地よかった微風が、どんよりねっとりと肌にまとわり付く。そんな感じの空気が漂っていた。

52節48試合という春先には気が遠くなりそうな気がした2006年JリーグDivision2の残り試合も15試合(16節)、もはや1/3もない。

3年契約の3年目を迎える柳下体制の下で、今年こそはとコンサドーレを応援するものは気持ちをひとつにして今シーズンを迎えた。史上最速という歓迎せざる記録でJ1から降格した2002年以降、監督が代わろうとも、選手が変ろうとも常にコンサドーレ札幌というチームをサポートし続けた立場にある人からすれば、8月26日の試合は屈辱的で、輝かしいものになるはずだったシーズン後半の道のりが消失してしまうような気になるものでした。


正直、明確なビジョンがない状況です。数字の可能性として昇格圏内はありますが、実際にはかなりの幸運に恵まれない限り、自力だけではどうにもならない段階です。

あくまでも可能性に賭ける、というならそれもまた良し。ただ、ガムシャラに勝ちに行くという覇気が感じられない戦い方だけは、辞めて欲しい。

来シーズンを考えるのなら、それもまた良し。それならばいっそのこと、来シーズンに繋がる選手を起用して欲しい。

今の状況は中途半端にしか見えない。ガッツと希望をサポーターに示して欲しい。


愛媛の地で

2006年08月14日

今更ながらですが、青春18きっぷで東京から18時間掛けて松山まで行って来ました。結果は…皆さんご存知の通り。
まぁこの3人目の交代が終わった後の、哀愁漂う背中が全てを物語っています。



ちなみに試合が終わった1時間半後にはもう夜行列車に乗っていました。道後温泉すら入ってません。行ったことあるから良いけど。
来年は愛媛なんか行きたくないぞ!行きたくないぞ!(自己暗示か?)


昨日の出来事

2006年07月27日

昨日は、調布で東京ヴェルディ1969vsコンサドーレ札幌の試合がありました。むろん平日で仕事がありますから、江戸川区夢の島競技場かフクアリぐらいで開催してくれないと、仕事が終わってから観戦は出来ません(職場は京葉線沿線)。

しかし、昨日は出社後、頭痛で細かい仕事が手が付かない状態になり、だんだんとひどくなるので、午前11時頃には午後半休を決断し、許可を貰いました。その時点では「少し休めば良くなるだろう、あわよくば夜は調布へ」という雑念があったのは事実です。

ところが、そんなに甘くはなかった。冷房の効いた社を出て、強い日差しの中、駅までの徒歩7分で状態は急激に悪化。その後の記憶が途切れ途切れしか残っていない。というのも、電車の乗換駅ホームで、電車が出発してしまい、次の電車まで7、8分あったので、ホームのベンチに座ったのは覚えています。しかし、家に帰り着いたのはそれから1時間後。乗換駅から自宅まで電車8分+徒歩2分ですから、ベンチで50分くらい座っていないと計算が合わない。でもどんなに記憶を探っても、ベンチに座って、電車が目の前に入ってきたから立ち上がって乗り込んだことしか覚えていない。


そんなわけで、自宅へ帰るとクーラー入れて、頭痛薬呑んで寝てしまいました。とても夕方、起き上がって飛田給へ行こうという考えは吹っ飛んでいます。断続的に目が覚めては眠り、ということを繰り返し、ようやく23時ごろ“復活”しました。

携帯のメール着信ランプが点滅しており、それを見て、おお結果結果、と受信メールを開けると「勝ちました」というタイトルが。「なに、勝った!?」とメールを開くと、こっちの方でした。そんなわけで、その2通ぐらい下のメールで勝利を確認したのですが、なんとなくテレビを見ていると、某ニュース番組のスポーツ欄は、サッカーはJ1結果のあとユベントスのセリエB降格問題の第2審判決で終わり。

やっぱりというかワールドカップ終わっても何にも変っちゃいない。代表の底上げのためにはJリーグ強化と報じながら、J1だけ取り上げれば、代表は強くなると思っているのか?
毎年入れ替わりがあるのだから、2010年まで今のチームがJ1に居続けるわけではない。当日に試合をしたJ2の結果と、まだ確定していないイタリアの八百長疑惑とどっちがNewなのかちゃんと判断しているのかねぇ>メディアの方々。


憤懣やるかたなし・・・愚痴ともいう

2006年07月18日

更新が滞っていますが、止めた訳ではなく、時間がないのです。

仕事が忙しくなり、平日だけではどう頑張っても廻らない状況に置かれているにも関わらず、水曜日夜に東京ドームにいたり、では週末出てきて仕事片付けるかというとそうでもなく、3連休は信州~関西~信州と訳のわからない動きをしていました。

そんなこんなで来週の休みが吹っ飛び(厚別行けねえんだよ、チクショウ)、今月のコンサドーレは平塚だけに終わりそうです(おっと、22日の超割まだ取り消してないぞ)。

かような状況(ひたすらサイドからボールを掘り込まれる曽田のような忙しさ・・・つまりたまにミスをして怒られる)ですので、落ち着いたらまた更新再開したいと思います。


post by tristar

12:55

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