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初観戦は2000.4.23、函館千代台の山形戦(札0-2山)。このときは知人に連れられて観たので、コンサドーレって監督が岡田武史なんだ、というレベルでした。 負け試合でなぜ“魅せられた”のかはよく判りませんが、10月の昇格決定試合@平塚、J2優勝決定試合@厚別大宮戦、ホーム最終戦@厚別甲府戦も観ています。ひとえに、お付き合いいただいた方々が初心者の私を暖かく迎えてくれたからで、この場を借りて御礼申し上げます。 今年、6年ぶりのJ1。チームの目標はGMによれば実質は「石にかじりついても残留」とか。J1復帰といっても昇格初年はチャレンジャーです。何も恐れず胸をはり戦え-赤黒の勇士。

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野々村芳和と伊藤優津樹

2006年10月17日

コンサドーレの観戦歴は今年で7シーズン目になる。よくもまぁ続いていると思うが、最初に負け試合(2000.4.21山形戦@函館)を観たのを乗り越えたためか、それほどモチベーションは下がらずに来てます。

7シーズンの中ずっとアウェイサポだったためか、選手と同じホテルに泊まったことは2度あります。両方とも2001年で、1度目は丸亀で開催されたFC東京戦、2度目が11月17日の柏戦です。

現在は柏から電車で1時間というところに住んでいるのですが、当時は関西在住だったので、柏駅前のホテルを予約しました。で、試合前にチェックインだけして、部屋に荷物放り込み、友達と待ち合わせていた場所に向かうためにエレベーターに乗ると、ひとつ下の階でネネ(フィジカルコーチ=当時=)が登場。さらにそのひとつ下で、頭を丸めた野々村選手を筆頭に3人くらい乗ってきました(あと誰がいたかはよく覚えていない)。
で、ドアがスルスルと閉まりかけたとき、伊藤優津樹が現れたので、操作パネルに一番近い位置にいた野々村が「開」のボタンを押しました。
無事に優津樹を収容?して降下中に野々村が突然「優津樹はさぁ、いつもワンテンポ遅いんだよね。試合でも。」とつぶやき、周りから助けてもらえなかった優津樹はなんともバツが悪そうに「すいません」と謝っていました。

短い時間でしたが私以外はコンサ関係者ばかりでした。「野々村」「優津樹」の名前を聞くとこのときのエピソードがリンクしています。

ちなみに丸亀も柏も負けました。選手と同宿すると星の巡りは悪いようです。


post by tristar

12:36

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