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初観戦は2000.4.23、函館千代台の山形戦(札0-2山)。このときは知人に連れられて観たので、コンサドーレって監督が岡田武史なんだ、というレベルでした。 負け試合でなぜ“魅せられた”のかはよく判りませんが、10月の昇格決定試合@平塚、J2優勝決定試合@厚別大宮戦、ホーム最終戦@厚別甲府戦も観ています。ひとえに、お付き合いいただいた方々が初心者の私を暖かく迎えてくれたからで、この場を借りて御礼申し上げます。 今年、6年ぶりのJ1。チームの目標はGMによれば実質は「石にかじりついても残留」とか。J1復帰といっても昇格初年はチャレンジャーです。何も恐れず胸をはり戦え-赤黒の勇士。

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総括

2006年06月30日

日本代表、というか日本サッカー協会には「総括」がないのか?

ホーム開催の日韓大会(2002年)では決勝トーナメントでトルコに敗退という結果だったが、誰もがベスト16入りしたことに安堵し、なぜトルコに敗れたのか、という原因の追及がないまま、Zicoを代表監督に招聘して4年間指揮を取らせた。
無論、内部で分析はあったに違いないが、それは内輪の了解であって、どこまで冷静に客観的に論理的に結論付けたのか詳らかでない。


そして今回もまた同じテツを踏もうとしている。Zicoはもう既に過去の人になり世の関心はオシムへ。

我らがコンサドーレも数年前、2年続けて開幕と最終戦で監督が違うというシーズンがあり、しかもその2シーズンとも最終戦の監督は同じという、訳のわからないことをやっていた。

その反省と分析があって、今の状態になっているのだと信じたい。日本代表もかくありなん。


間の抜けた・・・

2006年06月26日

グループリーグ敗退の日本代表が帰国しましたが、J1は7/19までリーグ戦がありません。まぁ実に間の抜けた4週間です。ナビスコもないし。
とにかくジーコが一緒に帰ってきたようでそれは評価してあげましょう。最後だしね。欧州組が居残りと聞いて、ジーコは帰ってこないんじゃないか、と考えてしまったぐらいですから。

ついでにもうひとつ間の抜けたことは、川渕キャプテンの「オシム」発言。まぁ時差ぼけがあったのかもしれないですが、日本サッカー協会のトップとして不用意な発言をしてしまったことを「惜しむ」。



1分2敗という結果を受けて、個々の選手の能力を、あるいは監督を含めたスタッフについて、どうこう言うつもりはありません。昨年でしたか、「ショー・ザ・フラッグ」という言葉が出ましたが、まさしく彼らは日の丸を背負って、ワールドカップに出場しました。

彼らに聞いてみたいのは、これまで日本代表として闘ってきながら今回のワールドカップ出場選手に選ばれなかった現役選手に対して、胸を張って「精一杯やりました」ということができるか否か、です。

初戦のオーストラリア戦、1-1の同点となったシーンよりあと、あるいは勝たないと可能性がほとんどなくなるクロアチア戦、その試合をTVを通して観戦して感じたのは、覇気が伝わってこない選手がいたことです。それが日本代表の試合の中で感じた物足りなさです。


日本代表23人

2006年05月16日

共通カテゴリーに「W杯」が出来ているようなので書くつもりはなかった代表のことなど。

昨日の発表は、全体としては「想定の範囲内」です。細かいところを見ていくと気になることは多いですが。実際このメンバーでドイツへ行くわけですから、勝ち負けの責任は全てZicoが背負います。6月に、「○○がいれば」などという「タラレバ」の話はやっても無意味なのでしません。どの選手をベンチ入りさせて誰を先発させて、誰と交代するのか、については批判賛同は自由だとは思います。


そういう意味で、誰を選ぶか、という点について批判できるのは、メンバー発表の直後に限られると思います。
「想定の範囲内」と書きましたが、一番意外性があったのが巻(ジェフ)の選出でしょうか。久保を選ばなかったことは、あちこちで取り上げられていますが、限られた枠の中で怪我から回復しつつある柳沢と爆弾を抱える久保の両方をメンバーに入れるのはハイリスクです。両方とも使えないと、FWが3人になってしまいます。どちらか一人となれば、「鹿島とそれ以外のJ1」という見方のZicoですから結果は明らかです。鈴木を入れなかったのは評価します(笑)。

中盤は中田浩二が入って松井がもれたことでしょうか。この点は逆の方が良いと感じます。でもZicoはひょっとしたら、中田英寿と中田浩二を両方出して、ピッチサイドで「ナカータ!ナカータ!」とヒデに指示するフリをして浩二に指示を出す、という「かく乱作戦」を狙っているかも知れません。まぁやっぱり「鹿島とそれ以外のJ1」かも。

駒野はちょっと驚きです。巻よりも個人的にはサプライズでした。確かにZicoのチームを見たときに、サイドは極めていろんなパターンがあり、単純にMF・DFという括りで線をひいてはダメなのでしょう。でも2月のフィンランド戦から出場がないのですから。

全体を見て一番残念なことは若い選手が少ないと言うことでしょうか。もっとも若い駒野で24歳。次の2010年南ア大会とその次を考えると、大変厳しいものになるでしょう。トルシエ前監督は批判も多いですが、トルシエ・ジャパンの主力は当時23~25歳の中田英・柳沢・稲本・宮本ら、だったという事を思い起こすと、平均年齢がそのまま4つ上がったのが、今回のメンバーとも見えます。


韓国で思ったこと

2006年05月09日

GWは厚別にも笠松にも行かず、韓国に行ってきました。
といっても、お仕着せのパック旅行なぞ出来ない人間(仕事でやったことはある)なので、釜山とソウルの2泊3日ですが、しっかりサッカーは観てきました。それも赤と黒の縦縞を着たチームが5-1で勝つという、痛快な試合でしたが。ちなみに赤黒にはチェ・ヨンス(崔龍洙:市原→京都→磐田)がいたりします(出てませんでしたが)。

ここから先は話の方向性がまったく変わりますので、ご注意ください(笑)。


その夜、韓国のTV放送でW杯を見据えた特集があったのですが、2002年を振り返る内容で、ゲストがユ・サンチョル(柳想鐵:横浜FM→柏→蔚山現代→横浜FM)でした。そのとき、2002年の韓国チーム並びにヒディング代表監督の映像を見ながらふと気付いたことがあります。

韓国人の国民性として攻撃的なことを好むという特徴があると思います。韓国国民が好戦的というわけではありません。というのも韓国で人気のあるサッカー選手を見ると、MFから前の選手の人気が非常に高いです(パク・チソン、アン・ジョンファンetc)。日本でいうところの宮本とか中澤とかの位置にいる選手はあまり注目されず、マスコミも取り上げず、ファンはレアな存在のようです(日本でもDFのファン層は前の選手に負けるかもしれませんが、ある程度の層はあります)。

韓国代表にはかつて洪明甫という世界に誇るDFがいたのですが、やはり前の選手には叶いませんでした。

そういう韓国の国民性に対してヒディングが取った戦略は、先制点至上主義といいますか、何が何でも先に先取点を取ってやる、というスタイルだったと思います。だからあれほどの人気があったのだと、今になって思います。
だからこそ、イタリア戦でそれまでの戦術や守備位置を無視してどんどん攻撃的な選手を投じて、むちゃくちゃな戦い方をして勝ってしまったのだと思います。多分、トラパットーニのメモリにはあんな戦い方への対応はなかったのだと。

なにを今更、と思う人がいるかと思います。でも多分、もしヒディングが日本代表監督でトルシェが韓国代表監督だったら、多分お互いに2002年6月まで持たずに解任させられていたのだろうと思います。フラットスリーなどという後ろ向きな考え方は受け入れられないだろうと。

サッカーの監督という立場は、10人のフィールドプレーヤーを攻撃のときに何枚使い、ディフェンスで何枚使うのか、ということを最初に考えないと普通は思います。そのバランスを見つつ選手交代をしていくものだと。しかしヒディングはあの時、その考え方を捨てました。

翻ってコンサドーレを見るとき、柳下監督で3年目の今年、戦術的には完成されていると思います。ここの選手が何をする必要があるのか、理解して動いていることが観客席でもわかります。ただ、選手のあるいはチーム全体の調子にもムラがありますし、想定外の状況になったときの臨機応変は弱いような気がします。黄川田賢司がサイドバックをやっているのと同じ光景をもう一度見たいと思いませんが、何が何でも点を取ってやるという気迫に満ち溢れたプレーを見てみたい気もします。

なんだか長文の上、まとまりがなくてすいません。


ボスニア・ヘルツェボニア戦

2006年02月28日

某局ではないので、音声付で見ていました。
まぁそれはそうと、後半です。クリアボールがことごとく相手にキープされてしまうところは、2年前のどっかのチームを見ているようでした。ついでに言うと、左サイドバックの人は集中的に相手に狙われ、守っているのは黄川田賢司とちゃうか?と思わせぶりに危なっかしく、見てらんなかったな、もう。
いやはやハラハラドキドキさせて貰いました。後半ロスタイムの露骨な時間稼ぎも“本番”ぽかったですが、あそこで決めるかねぇ、中田英。ジーコはかなりの強運の持ち主のようで、本番も期待します。