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無関係なのに仙台弾丸ツアー

2005年12月24日

仙台スタジアムで天皇杯準々決勝・鹿島アントラーズ-大宮アルディージャを見てきた。往路は新千歳空港10時55分発、復路は仙台空港20時15分発(短くいうと「日帰り」)。

試合はおもしろかった。鹿島は、小笠原満男にまったくキレがなく(そしてあげくの果てにラフプレー2回で退場<ブラジル人のようなメンタリティーだ)、大宮がつかまえきれていなかった深井正樹が後半開始早々に負傷交代してしまったこともあって、最後まで何をしたいのかがわからないまま。対する大宮は、森田浩史(仙台スタジアムキラー)がアマラオかと思うほどに守備に攻撃にと動きまわり(そして得点も決めた)、全選手が最後の力を振り絞って足を伸ばし、ボールを失うまいと頑張った。

久々の仙台スタジアムも最高(ガラガラだったけど)。やっぱりここは日本一のスタジアムだ(フクダ電子アリーナはこけら落としのときの印象が悪すぎたもので-もう一度行けばまた違う感想を抱くかもしれないけど)。

ただ、ものすごく寒いのには参った。防寒対策には万全を期したつもりだったのだが、ふと気がつくと鼻水がたらりと出ていたりする。そりゃ、こんなに寒いのなら、どちらのチームにも関係のない仙台の人たちは見に来ないわな(それをわざわざ札幌から見に行っている自分はかなりヘンだ)。

今の時期、航空運賃は「ピーク期」なのだが(ゆえに今回は株主優待証を使ったのだが)、往復の飛行機はガラガラ。帰りなんか、126人乗りの飛行機に乗客11人で、これほどすいている便に乗ったのは初めてかもしれない(すごく小さい飛行機でなら、乗客が自分だけ、という経験をしたことがあるが)。

その11人のうち1人は、なんと!大宮でも鹿島でもベガルタ仙台でもコンサドーレ札幌でもないJクラブに所属する某現役選手(スーツ姿)。早めに空港に行ったら、搭乗待合室には彼しかいなくて、なぜかかなりドキドキしてしまった(サインもらおうかと思ったけどあまりの軽装のためサインしてもらうモノが見つからず)。すわ札幌で入団交渉か!?と言いたいところだが、新千歳空港に城福さんはいなかったし、そもそも、彼が札幌に移籍するなんてあるわけがない(来てほしいけどね)。

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23:49

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プレミアムメンバー

2005年12月20日

ファンクラブのプレミアム制度ができた年からプレミアムメンバーになっているのだが、正直、あまりメリットを感じたことはない。一般会員との違いを感じるとすれば、オリジナルグッズがもらえることと、試合会場でのフォトカードプレゼントがかならず年2回当たることぐらいで、どちらもさほど嬉しいというほどのものでもない。

児玉芳明社長のブログでプレミアムメンバー限定パーティーの様子を知って、なるほどこれは楽しそうだとは思ったものの、では来年は行くかとなると「?」だ。無料なら行くかもしれないけれど、もともとかなり高い会費を払っているうえに参加費も取られるのは、なんとなく、納得がいかない(というか、そこまでして行かなくてもいいか、って感じ)。

2001年のようにチケットが取りづらい状況になったときに、プレミアムメンバー優先枠のようなものがあれば、メリットはわかりやすい形で出てくるのかもしれない(それにしても自分はシーズンチケットだから、他人の分が買えないのでは意味がないのだが)。そう思って、なんだかんだ言いながらも、来年のプレミアムメンバー継続申込は済ませているのであった。

でも去年のお誕生日プレゼントにもらった曽田のサイン入りグッズはちょっと嬉しかったかも(^^;)。



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14:04

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そうだ、バースデー使おう

2005年12月19日

来シーズンの開幕戦に合わせた格安航空券の事前予約がちょっと前にあったが、今回はさすがに見込み予約はできなかった。入れ替え戦のときは、仮に関係ない事態になったとしてもただ東京に行けばよいだけのことだったが(そして実際にそうなったのだが)、開幕戦に関しては、ヤマをかけて東京往復でフライトを予約したのに実際には鳥栖スタジアムだった、なんてことになったら、高いキャンセル料を払わざるを得なくなる(関東地方のクラブの開幕戦を見ればよいのだが、それはちょっと悔しい)。

まあいいや、来季の開幕戦は見なくても。どうしても見たければ、なんとかすればなんとかなるだろう(たとえばマイレージを使うとか)。

昨日まではそう思っていたのだが、今日、お誕生日ですよメールが届いて、大発見。開幕戦が行なわれる週末は、ぼく、バースデー割引使えるですよ。これなら日程が発表になってからでも安く行ける。しかも同行者3名までOKだ(誰か行きますか?)。

ただし、バースデーってのも、枠はけっこう小さいから、ギリギリになると取れない可能性もある。あるけれど、まあ、取れない場合は行かなきゃいいだけのことで。

どうせバースデーで安く行けるんなら(日本語で「バースデー」と書いていると、阪神のバースの日、みたいな感じがしてくる)、鳥栖でも愛媛でもいいぞ(いや、愛媛は直行便がないからダメか)。神戸空港ができるから神戸ウィングや鳴門でもいいぞ。むしろ水戸(パウリーニョにとっては札幌よりも遠く感じる場所らしい)や草津よりも、鳥栖のほうが行きやすくていいぐらいだ。

鳥栖で土曜日の13時、なんてのは、それはそれで困るのだが。



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15:18

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新・トヨタカップのおもしろさ

2005年12月18日

日テレの実況が地球一地球一ってやたらと言うから(うるせえ北海道には宇宙一があるんだぞ)、副音声の英語実況にしようかと思ったら、あらま、副音声ないじゃない。でも、それを除けば、日テレのサッカー実況は、ボールのないところの話もするし、けっこういいと思うんだけどね(ただしカズを映し出しているうちにサンパウロのゴールが決まってしまったことは反省してください<平川さんふうに読んでください)。

それでもおもしろかった世界クラブ選手権。決勝は、両チームがすでに日本で1試合やっているからか、選手のコンディションはよさそうだし、見る側にとっても2試合目ということで多少なじみのあるチームになっているから、従来の一発勝負のトヨタカップよりもおもしろく見られたような気がする。

それ以上に意外だったのは(FIFAが新たな収益源を作るためにむりやり参加させたのだと思っていた)南米と欧州以外のチームがみな本気で、しかもそれなりに強かったこと。大会が始まるまではけっこう冷めてたけど、今日なんか準決勝の中継もけっこう真剣に見ちゃったもんな。

僕は世界のサッカーのことはあんまり知らなくて、電車の中で他人が読んでいる新聞の見出しに「クラウ」の文字が見えたときには「クラウチ」ではなく「アルバート・クラウス」だと思ったぐらいなんだが(鈴木隆行=知っている外国人の名前はサッカー選手よりプロレスラーのほうが多いらしい=にはその点では親しみをおぼえる)、世界のクラブサッカー、選手のこと知らなくても、十分におもしろい。見たことのないユニホームや歴史を知るだけでも、けっこう楽しめる。

今年の夏ごろからは、あちこちでこの大会のチラシをもらったが、そのたびに、こんな高い入場料ではお客が来るわけないだろ、知らないチームばっかりなんだしと思っていた(実際に昨日まではあまり客の入りはよくなかったようだが)。でも、これなら、来年はもっと入るんじゃないかな。クラブレベルの本気の勝負、キリンカップの日本じゃないチームどうしの試合よりもずっとおもしろいもん。

何日か前、FIFAの誰か(?)が「札幌や大分など屋根付きスタジアムでやれば寒くないから集客が期待できるんじゃないか」と言ったのに対して、日本側の誰かが「札幌や大分では観客が集まらない」とコメントしたとかなんとかかんとかのニュースがあったが(<すごくいいかげんな書き方でなんですが)、そんなこと言わないで、1試合ぐらい、札幌ドームでやってみてくださいな(ただ、札幌だと、入場料は多少下げないと、きついかもしれないなあ…決勝でもない限り、遠方からわざわざ札幌に見に来る人もそうはいないだろうし)。

来年は、豊田でも横浜でもいいから、1試合ぐらいは見に行ってみよう(でもできれば札幌でもやってほしいなあ)。

※写真は大会記念の東京メトロパスネットカード(東京在住のマニアな友人から譲ってもらった)




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21:37

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来季の陣容が見えてきた?

2005年12月18日

芳賀博信、野本安啓までは「ふーん」としか思えなかったが、児玉新、千葉貴仁と知っている名前が出てくると「ふむふむ」になってきて、さらに関隆倫と来ると「おおっ」だ。これに、今シーズンの開幕前はえらく評判の高かったフッキが加わるとなれば、そこそこいい補強になるんじゃないかと思う。

ま、決まってるのは、芳賀と野本だけ、なんだけど、これだけ名前が出てるんだから、たぶん、来るんだろう。時期も時期だし。

こうやって並んだ名前を見ると、柳下正明監督がほしい選手ってのは、がんばれる選手、走れる選手だということがよくわかる。関なんてホントわかりやすい(ヤツが水戸ホーリーホックからいなくなると水戸とやるのはずいぶん楽になる…って、そういうことがねらいじゃないよね^^;)。ジュビロ的というよりオシム的。中央からスペースを見つけて配球する(だけの)選手よりも、スペースに向かって走り続ける選手がいい。極論すると全員が羽生直剛。なるほど、それなら砂川誠も生きてくるかもしれないし、金子勇樹や鈴木智樹のちびっこ中盤でもいいのかもしれない。

そうはいっても、汗かき球拾い的なボランチはほしい。多少荒っぽいこともできるようなタイプ、となると、あんまり若くてもダメなんで(かつての今野泰幸のような例もあるが)、とかなんとか言ってるとなかなか出てこないわけで、後ろが安定するなら池内友彦のボランチ転向(復帰?)、なんてのはダメなのかな?



post by issey11

13:39

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コンサ!ラジオブログ 公開録音

2005年12月17日

20051217-02.jpgさっぽろ村ラジオで毎週金曜日に放送中の「コンサ!ラジオブログ」公開録音に行ってきた。

トークの中身は番組(今月23日放送予定だそうです)で聴いてもらうとして(といっても聴ける人は限られるのだが-かくいう僕もこの番組を実際に聴いたことはない)、まずは野々村芳和さんが台本も何もないのにすらすらとしゃべるのに感心。さすが自分は動かずに他の選手を動かしてきたテレビやラジオで売れっ子になっただけのことはある。

その野々村さん、登場時には僕のすぐ脇をすり抜けていったのだが、雪まみれになった小走りの兄ちゃんは、その辺の兄ちゃんだった(笑)。あれじゃその辺ですれ違ってもわかんないだろうな。全日本ユース決勝の試合前に埼玉スタジアム2002でお見かけしたときは、男から見てもすごくかっこよかったんだけど、今日は「大雪にやられてます」って感じ(<わかるかなあ?)。

司会進行のHFC水澤佳寿子取締役は、開始当初、かなり緊張されていた様子。人前でしゃべるのには慣れているはずの水澤さんでもそうなのかと、僕、ちょっと安心しました。コンサドーレサポーターの、熱気というのとはちょっと違う、でもなんか不思議なパワーのある空気にやられたのだろう(と勝手に想像)。挨拶しただけで拍手をもらうのはありがたいことなのだが、あれ、すごく緊張するのですよ(だからやめてくれってことじゃないです、もちろん)。

あの紀伊国屋書店のビルの1階でどうやってやるのかなあ、ギャラリーを収容しきれるのかなあと、他人事ながらちょっと心配していたのだが、ふだん置いてあるソファー類はすべて撤去されていた(そりゃそうだろ、そうじゃなきゃできないよね)。えらい勢いで降る雪の中、わざわざ見に来た物好きな人の数は、ざっと70人ぐらい(関係者らしき人は除いてカウント)。

今回のイベントは基本的にさっぽろ村ラジオのスタッフの方々が仕切っていたようで(HFCの方は水澤さん以外にはお一人だったみたい)、なるほど、こういうふうにしてクラブの外にいる人たちが盛り上げていけばいいんだなと、よくわかった(<最後の「、」のところ、自分の頭の中では多くの暗黙知が動員されているのだが、いちいち言葉に落としてないのでかなり唐突かも<わかりにくかったらすいません)。

最後に自分の話をすると、知らない(とこちらが思っていた)方々から「こんにちは」と挨拶されて、ちょっとびっくりした。みなさん、ブログ講座に参加された方だそうで(覚えてなくてすいません)、短い時間ながら、お話できて楽しかった(というより嬉しかった)です。僕はこれまで試合はたくさん見てきているけれど、有名サポーターの方々と知り合いだったりすることはまったくなく、サポーターとしては基本的にステルスでやってきたので、ああいう形で声をかけられることには慣れていないのです(別にイヤではないのでお気軽にどうぞ)。失礼があったらごめんなさい。

なんか謝ってばかりだなあ(苦笑)。


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15:50

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コンサ移住の話 その4

2005年12月16日

昨日の続き。

初めて厚別に行ったのは1997年の8月で、なぜかこのときはすでにファンクラブに入会していた(いつ入ったのか記憶がまったくないのだが、当時はファンクラブの会員になると無料招待券がもらえて、それを使って観戦したのだ)。

大通公園に面したところにあったコンサドーレショップで、オフィシャルガイドブックを買ったのはたしかこのときで、カウンターのおねえさんの「試合会場で売ったサイン入りのもありますよ、ディドとコータ(吉原とは言わずにこう言った)とフェルナンデス監督と…」と言われて、「じゃあディドのください」と答えたあたりは、相変わらずひねくれている(普通なら吉原にするよねえ)。

その前に、アウェー(江戸川)の東京ガス戦でまたサポーターに驚かされる、という出来事があるのだが、これはまた別の機会に書くことにしよう。

ファンクラブの無料招待券は、自由席ならどこでも入れたので、バックスタンドもOKだったのだが、僕が見に行ったブランメル仙台戦は観客が集まりすぎて入場制限がかかった。だから、ホーム側のゴール裏(まだ芝生だった)に座ったのだが、試合前に仙台サポーターがやってきて一触即発、ならぬ、エールの交換が行われて、かなりびっくりした。僕の中でのJリーグ的常識では、アウェーチームのサポーターがホーム側のゴール裏に来て声を出すなんてのは、あり得なかった。

まだスカパーでの中継はなかったから(そもそもスカパー自体がJスカイBとパーフェクTVで、ヴァンフォーレ甲府のユニホームの背番号の上には「PerfecTV!」の文字があった)、リアルタイムに近い試合速報は、PHSを使って実験的に行われていた1分間隔の画像更新ページぐらい。静止画しか見えないくせに、本田技研戦のマラドーナのフリーキックに大声上げたりして(牧歌的な時代だ)。

全然移住にならないな。。。というわけで、さらに続く。。。



自明の与件

2005年12月16日

コンサドーレ札幌にさほど関心のない人が今季を振り返ったならば、目につくのはとにかく6位という結果であって「J1昇格は来年に持ち越しになった」「監督が目標にしていた5位以内も実現できなかった」「でも去年は最下位だったことを考えればよくやった」ぐらいのところが無難な総括だろう。ただ、これはあくまでもトップチームの成績の話であって、もっと大きなクラブという単位でみたならば、最大のトピックはHFCの役員逮捕(とそこからの復活)だ(<復活はまだかな?)。

J2で最下位になってもクラブが消滅することはないが、あの事件は、クラブを消滅させる可能性があった。いや、別に、何か特別な情報を握っているとかではなく、推測で言っているに過ぎないのだが、ただでさえ逆風にあったあの状況(金を集めるだけ集めておきながら実質的には破綻状態、おまけにチームはJ2最下位)を考えれば、スポンサーやファンが一気に引いてしまうことは十分にあり得た。

そんなこと起きるわけがないだろうと思うようなことが現実に起きるのは、1998年の横浜フリューゲルスと横浜マリノスの合併なる事象で経験済みだ。あのとき、みんなが慌てふためいたのは、あれが「想定外」の出来事だったからだ。つねに、最悪の事態は、頭の片隅に置いておいたほうがいい(そうすることで救いようのない状況に陥ることだけは避けられる)。

内田樹さんの新刊『知に働けば蔵が建つ』(文藝春秋、ISBN4-16-367700-3)を読んでいたら、こんなことが書いてあった。ちょっと長くなるが、以下、引用する(指示代名詞が何をさしているのか気になるかもしれないが、とりあえずそこは無視してください)。

(引用ここから)
彼らはやはり日本が国民国家として安定期にはいった時代にお育ちになったので、「かなり効果的に法治されている」ことや「通貨が安定していること」や「言論の自由が保障されていること」などを「自明の与件」とされていて、それを「ありがたい」(文字通りに「存在する可能性が低い」)と思う習慣がない。/だから、そのような与件を維持するためには「水面下の、無償のサービス」(村上春樹さんのいうところの「雪かき仕事」)がなくてはすまされない、ということについてあまりご配慮いただけない。/だから、この世代の特徴は、社会問題を論じるときに「悪いのは誰だ?」という他責的構文で語ることには抵抗がないのだが、「この社会問題に関して、私が引き受けるべき責任は何であろう?」というふうに自省されることが少ないという傾向がある。
(~以上、同書p.265より引用、太字強調は大熊による)

世代論はさておき、なんでもかんでもコンサドーレに置き換えて考えてしまう習慣のある僕としては、コンサドーレが存在していることがあまりにも「自明の与件」になっていないか?と、これを読みながら考えた。そこで思い出したのが、例の事件なのだ。

あんなこともう思い出したくもない、という人もいるだろう。しかし、あのときにわざわざ厚別へ出かけた人たちがいたからこそ、今がある。HFCの方々も、関係者も、みな、それぞれの立場で頑張ったから、今がある。「ほれ見ろ、コンサドーレなんてそんなもんだ」と、自分が何をすべきかを考えずにただ(建設的ではない)批判だけする人ばかりだったら、今、6位という最終成績の是非を振り返っていることはなかっただろうし、来季の戦力予想(妄想?)を楽しむこともできなかっただろう。

シーズン中は勝ち負けに一喜一憂してときには怒ってもかまわないと思うが、シーズンオフは、ときどき、もしこのクラブがなかったら(なくなったら)ということを(ごくごくたまに)頭に思い浮かべながら、自分は何をすべきなのか、HFCはどうあるべきなのか(余計なお世話ですが)という観点で、冷静に、コンサドーレをめぐる動きを眺めていきたい。



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07:29

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コンサ移住の話 その3

2005年12月15日

12月8日の続き。

北海道に縁もゆかりもなかった僕をコンサドーレのサポーターにした決定的な要因は、1997年3月、小雨の三ツ沢競技場で行われたヤマザキナビスコカップだった。相手は注目のルーキー・背番号25番の中村俊輔を擁する横浜マリノス。当時のコンサドーレはJFL所属だったが、Jリーグの準会員という立場で大会に参加していた(懐かしいですね、準会員という響き)。

この頃はまだ、僕の中では、Jリーグよりはラグビーだった。この試合の翌日だったか翌々日だったか、香港までラグビー(7人制ワールドカップ)を見に行っているぐらいで、ちょうど同じ時期にやっていたフランスワールドカップの一次予選がテレビ中継されていることに対して「なんでサッカーは一次予選ごときで生なのに、ラグビーは本番ですら中継がないのだ!」と憤っていたりしたのだ。

ともあれ、その三ツ沢の試合で、「昔の名前で出ています」みたいなメンバーばかりのコンサドーレは、日本代表選手が抜けたとはいえそうそうたる顔ぶれが並んでいたマリノスに、3-1で勝った。後藤義一をはじめとする、Jリーグから捨てられた男たちの奮闘に興奮し、寒さを忘れた。

それ以上に僕を熱くしてくれたのは、アウェー側のゴール裏で旗を振っていたサポーターの姿だった。平日の夜だったこともあってか、せいぜい、10人ぐらいしかいなかったのではなかったか(間違ってたらごめんなさい>当時のことを知ってる方)。その数少ない、スタジアム全体でみれば明らかに浮いている人たちの歌-行くぜ、行くぜ、Jリーグ-が、静まり返った会場に響き渡る。あれがなければ、ここまでコンサドーレにはまることはなかった。

まだまだ続く(いつになったら移住するのだ?)。



オフィシャルチームソング

2005年12月14日

20051214-00.jpg僕には、かつて、スポーツ中継とNHKのニュースとワールドビジネスサテライト以外にはほとんどテレビを見なかった時期があるのだが、最近、その時期がかなり長期にわたっていることがわかってきた。たとえば、僕にとっては、ドリカムという人たちはいつのまにかみんなが知っていた人たちであり、宇多田ヒカルという人の存在を知ったのは売れ始めてから2年後ぐらいだったらしい。日本経済の失われた10年は、僕にとっては、「芸能・音楽の10」ですら答えられない時期である。

だから、ヴォイスという人たちのことも、まったく知らないのだ。コンサドーレ札幌オフィシャルチームソングをヴォイスという人たちが歌ってるんだけどこの人たちって有名なの?と、ある人に聞いたら「24時間の神話とか売れましたよね」と、普通に言われて、ああそうなのかと(ヴォイスが有名だというより自分の無知さ加減に)妙に感心した記憶がある(感心というのもへんな表現だが)。

とにかく、この「AMBITIOUS~炎になれ~」は、コンサドーレ札幌オフィシャルチームソングとして、1998年5月に発売された。ジャケットの裏に「参加ミュージシャン」が掲載されていて、これを見たときに、僕が知ってるのは堀江淳だけだと思ったことをいま思い出した(水割りをくださ~い)。

サビの部分の歌詞に「ファミリー」が登場するのは、当時のフェルナンデス監督を意識してのことなのか。それ以外は、とくにコンサっぽい感じはないけれど、これ、なかなかかっちょいい曲だと思う。ただ、みんなで盛り上がれる曲ではないわな。だから定着しなかったのかな?

ジャケットの裏には「インターネット・コンサドーレ札幌ホームページアドレス」なる文字もあって、その下にURLが書いてある。7年前は「インターネット」と断らないと「ホームページアドレス」の意味がまだまだ通じなかったんだなあ(それにしても「ホームページ」って表現はイヤだなあ…ま、僕も、仕事上やむを得ない場合は使いますけどね)。

というわけで、昨日に続いて、コンサ関連CDのご紹介でありました。




post by issey11

22:39

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