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2006年01月16日
確かに地味な補強ではあるけれど、いまだ各クラブの移籍情報が行き交う中、すでに今季の選手・スタッフが完全に固まっていることは大きなアドバンテージになるのではないか。
すごーく非科学的なことだが(勝負の世界ではこれはけっこう大事)、フッキの契約が昨日の「キックオフ2006」に間に合ったことは、大きな運をつかむことに通じるように思う。
今季のリーグ戦だけを考えれば、別に昨日のイベントに間に合わなくても、問題はなかった。しかし、イベント開始の数時間前に、移籍の発表がなされた。それは、あきらめずに最大限の努力をしたからで、努力をしたのが「誰が」なのかはわからないが、とにかく、クラブの中にそういう空気があることは、心強いことだ。
最大限の努力をすれば結果がついてくる、ほど、世の中甘いものではなかろうが、最大限の努力をしなければ、目標の達成は覚束ない。
他のクラブの状況をみれば、気になる降格3クラブはいずれも監督が新しくなり、主力選手も軒並み入れ替え。中にはいまだに混乱がみられるクラブもある。J2残留クラブでは上位のベガルタ仙台、モンテディオ山形も、昨年とは違う監督で今シーズンに臨むことが決まっており、主力選手の一部は退団している(その中に大塚真司も含まれるわけで)。
過去、昇格チームの監督は、ほとんどが、前年から継続して務めているか、過去に同じチームで指揮を執っている。
2005年
京都パープルサンガ(柱谷幸一監督=2年目)
アビスパ福岡(松田浩監督=3年目)
ヴァンフォーレ甲府(大木武監督=3シーズンぶり復帰)
2004年
大宮アルディージャ(三浦俊也監督=4シーズンぶり復帰)
2003年
アルビレックス新潟(反町康治監督=3年目)
サンフレッチェ広島(小野剛監督=前年はヘッドコーチ)
2002年
大分トリニータ(小林伸二監督=2年目)
セレッソ大阪(西村昭宏監督=2年目)
2001年
京都パープルサンガ(ゲルト・エンゲルス監督=2年目)
ベガルタ仙台(清水秀彦監督=3年目)
2000年
コンサドーレ札幌(岡田武史監督=2年目)
1999年
FC東京(大熊清監督=6年目)
ここに当てはまらないのは、99年と04年の川崎フロンターレ、00年の浦和レッズだけ。この3チームのうち、まったくの新人監督が指揮を執ったのは04年の川崎(関塚隆監督;代行経験はあり)だけで、99年の川崎(松本育夫監督)と00年の浦和(赤本上は斉藤和夫監督だが途中からは実質的に横山謙三総監督体制)の場合は、指導歴の長い監督が指揮を執っている。
実際にプレーをするのは、監督ではなく選手なので、監督が決定的な要因になるわけではないのだが、監督が代わるとチーム戦術も変わることが多いから、少なくともシーズン開幕当初は、監督の能力如何に関わらず、前年と同じ監督がやっているチームにアドバンテージがある(などと言いきると、シャムスカ・マジックが説明できないのだが(笑))。
ましてや、新人監督ではそう簡単には勝てないことは、昨年の仙台をみればよくわかる(選手は揃っているから、新人監督が慣れてきたシーズン後半には勝ち始めた)<というか、暗黒の2002年にわれわれも十分理解させられたのだが(苦笑)。
ともあれ、そうやって考えていくと、今季のコンサドーレ札幌の昇格可能性は(たとえ補強が地味であっても<確かに僕も地味だと思いますが)、かなり高いのではないか(ただし「フッキがケガせずに活躍してくれれば」の条件付き)。
前年のレギュラー級で抜けたのは田畑昭宏ぐらいなんだから、補強による上積みは小さいとしても(<しつこい)、マイナスはほとんどない。そのうえ、この時期に、全員が揃っている(=開幕までにチーム戦術の十分な理解や相互のコミュニケーションが可能)。東京ヴェルディ1969や柏レイソルなんて、ほとんどゼロからチーム作らなきゃいけない。たとえ個々の選手の能力で多少劣っていたとしても(両チームからこれだけ選手が出てしまうと、もはやそんなに差はないと思うのだが)、チーム作りのスタートラインで一歩(あるいはもっと)前に出ていることは、それを補って余りあるのではないか。
降格組のうち1チームが1年でJ1に戻る法則は04年になくなっていること、川崎→福岡と5年ぶりJ1復帰の法則ができつつあること(ということは仙台は来年?)を考えると、ますます希望がわいてくる(ますます妄想の傾向が強くなる、ともいえる)。1チームはかならずJ1未経験組が昇格する法則に従うと、今年は、サガン鳥栖か横浜FCあたりが昇格してもおかしくない(この2チームは山形より手ごわいような気がする)。
ま、妄想ですから(^^;)。
#選手を目の前にすると、気分が盛り上がってくるんだなあと実感。
2006年01月16日
昨夜、一時的にコンサドーレ札幌オフィシャルブログ全体の利用ができなくなっていたことについて、ごくごく簡単にご報告。
イベント(キックオフ2006)終了直後の余波なのか、システムに対し瞬間的に過去最大の負荷がかかったことが原因のようです。
昨シーズン終盤の昇格争いの渦中にあったときでも、これほどの負荷がかかったことはなく、ネット上の(バーチャルな)世界ではない、リアルのイベントのパワーを感じています。
こういう事態にいかに対応していくかは、運営サイドの問題なので、利用される皆様におかれましては、余計な心配はせず、どんどん記事を投稿してくださいませ。
#このブログはサポートブログでもなければ障害報告ブログでもないので、何かあったからといってつねにここでお知らせするということではありません(公式なお知らせ事項はログイン画面等に表示します)。また、わからないことは「よくある質問」をご利用ください。
2006年01月15日
正直にいえば、この種のイベントにはもともとあまり興味がなく(要はサッカー見てるのが好きなのですね、わたしは)、実は今回が初めての参加であった。ブログコーナー出すことはけっこう前に決まっていたものの、別に自分が行かなくてもいいのだろうと思い込んでいたのだが、ある日、「大熊さん、行くんですよね?」「え?」「行くって言っちゃったから来てください」とのやり取りがあって、今日に至った次第。
ユニホームとかなんとかかんとかの画像はいろいろアップされるだろうから、わたくしはイベント終了時のオーロラビジョンを載せておくことにしましょう。

2006年01月07日

別に黒バンドとかいらないんだけどなあ、とか、トークショーとかどうでもいいんだけどなあ、とか、そもそも手持ちの現金ないんだけどなあ、とか、ぶつぶつ言いながらも天気がよかったので行ってみた>サッポロファクトリーでのシーズンチケット販売会。
この写真は正午前。僕は20分ぐらい並んで買ったのだが、もうちょっと遅い時刻だと、ほとんど並ばなくても済んだみたい。現金問題はニコスカードで解決。
並んでいる間に、外の天気は急変して、ひどい吹雪になっていたので、個人的予定はすべて中止にして、まっすぐ帰宅。こういう日は何が起きるかわからないので、できるだけうろうろしないに限る。
あと2か月、シーズンチケットを紛失しないように注意しなければ(笑)。
2006年01月05日
昨日から3月上旬の安い航空券が発売されている。開幕戦は西のほうとの噂ではあるが(金曜日を休まないと見に行くのは厳しそうだ)、いずれにしても、そろそろ真剣に今年の観戦スタンスを決めねばならない。ホームはよほどのことがない限りぜんぶ見るとして、アウェーはどこに行くか、何回ぐらい行くか、そのためにはどのくらいの費用が必要か、などなど、要は、今年の自分の生活の中で、どのぐらいの時間をコンサドーレに振り向けるか、の、判断である(<大仰な表現だ)。
僕は、2002年から2003年にかけて、リーグ戦全試合を観戦した。その話をすると、お金が大変だったでしょう?と言ってくる人が多いのだが、本当に大変だったのは、お金よりも自分の精神面だった。
そりゃ、お金はかかりますよ。でも、リーグ戦のスケジュールというのは早い時期に決まっているから、早割とかバーゲンフェアとか、2ヶ月前に発売される安いチケットをその都度ちゃんと確保しておけば、意外に安く上げられる。そもそも、最初から全部見ようと思っているのだから、それなりの旅費はあらかじめ工面してある(つもりだったがやっぱり苦労はした^^;)。
2002年のJ1リーグは楽だった。30試合しかないうえに、4月の函館(「責任を取るのは誰?」)の後は7月の神戸(バーヤックが決めていれば…)までが中断期間だったから、実質的には7月半ばから11月末までの4ヶ月半だったようなもの。これなら、惰性で乗りきれる。
それでも、いつだったか、新千歳空港のエスカレーターを上がりながら「オレ何やってんだろ?」と、つぶやいたこともあった。
きつかったのは2003年のJ2リーグだ。なにしろ、3月から11月まで、ほとんど休みがない。本州のチームならアウェーといっても自宅にほど近い場所で行われることもあるが、コンサドーレの場合はアウェー=飛行機で行く場所なので、単純にいえば隔週でどこか遠くへ出かけている感覚。おまけに第2クールの途中あたりから早くもJ1昇格が怪しくなってきて、観戦のモチベーションもどんどん下がる。
夏場を過ぎてからは、こんなふうに全試合見られるシーズンなんかそうそうないだろうから今年はなんとかして全部見なければ、せっかくここまで全部見たんだからやっぱり残りも全部見ないともったいない、と、このわけのわからない理屈だけが唯一の支え。
見ているほうですらこうなんだから、やっている選手は何がなんだかわからないうちに時間ばかりが過ぎてしまったのではないかと思う。次の試合はここをこうして、とか、談話としては出てきても、心と体のリフレッシュができないうちに次の試合が来てしまって、まだチャンスはある、まだあきらめちゃいけない、などと言っているうちに10試合、20試合と消化してしまう、なんて感じではなかったか。
とにかく、かなりの覚悟がないと、全試合観戦は難しい(しかも今年は48試合だ!)。
心構えができていても、交通機関の乱れが全試合観戦を阻む場合もある(僕自身、2003年には乗るはずだった電車が事故で運休になって危なくなったことがあった)。昨年の山形(雷雨)のようなことがあって日程が変更になれば、その分の時間は新たに捻出しなければならなくなる。
2004年の第2節、雪の埼玉スタジアム2002での大宮アルディージャ戦は、見ようと思えば見られたのだが(だってその前日は東京で仕事してたんだから)、これを見たらまた全試合観戦の誘惑に駆られる、どこかで連続観戦記録をストップさせなければ、と、あえて(前日の最終便で札幌に戻って)テレビ観戦にした次第である。
昨年の観戦数はちょうど30試合(いちばん遠かったのは鹿児島)。このぐらいが、ちょうどいいような気がする。
2006年01月02日
新年早々、コンサドーレ札幌オフィシャルブログに浦和レッズの写真というのもどうかと思うが(苦笑)。

浦和レッズ-清水エスパルスの埼玉-静岡決戦。いつもなら表彰式を眺めてから帰るのだが、今年は同行者の「浦和の表彰なんか見てもしょうがないでしょ」との素晴らしい一言で、帰りの駅が混まないうちに退散…のつもりが、浦和側の通路は鉄柵で通行止めにされており、どこを通ればいいんだよ状態。スタジアムの外に出るまでにちょっと時間がかかった。
そんな同行者ですら「でも浦和は強かった、優勝にふさわしいチームだった」と言わざるを得ないほどの、浦和の完勝(浦和2-1清水)。それは素直に認めますよ、はい(<往生際の悪い表現だ^^;)。浦和の優勝を見るのはうっとおしいなあと思っていたけど、試合がおもしろかったから、まったく気にならなかった。
でもでもでも、試合が始まる前までは、すっげえ憂鬱。寒いからマフラーと手袋は必携なんだけど、僕のマフラーは赤と黒と白で、手袋は赤なんですよ。よほど近くで観察しない限りは、どう見てもレッズサポーター(笑)。新宿で黄色い電車に乗ったら、まわりはレッズサポーターらしき人だらけ。オレは違うんだぞ~ぉとアピールしたいけどできないもどかしさ。ああ、早くこのへんな空気から解放されたい!
国立競技場に着いたら着いたで、千駄ヶ谷門から入ってバックスタンドにまわろうとしたら、清水側には「浦和レッズのグッズを身につけた方は通れません」の表示があって、なんか面倒なことになりそうなので自発的に(やむを得ず)浦和側のゴール裏へ。レッズサポーターが、大勢、通路にたむろしている中を、ゆっくりと進む(人が多くてなかなか前へ行けないのだ)。落ち着かないったらありゃしない。
ようやくバックスタンド聖火台の下の自分の席にたどり着き(昨年に引き続き知人発見)、ここまで来ればまわりはみんな普通のサッカーファンだろう、まだ対戦カードなどまったくわからない11月初旬にチケットを買っている人たちなのだからレッズサポーター率は低いはずだ、現にすぐ後ろの人は横浜FCのマフラーを身につけているじゃないか…と、自分を安心させようとしたものの、観客が増えるのと比例して、レッズのグッズを身にまとった人がどんどん増えていく。
みなさん決勝進出が決まってからネットオークション、ですか?
違うって。バックスタンド中央の指定席なんてのは、対戦カードがどうであろうと、毎年、元日には天皇杯の決勝を見に来る人たち(たぶん)。そして、そういう人たちの中の浦和レッズサポーター率が高い、ってことなんです(推測)。つまりは、浦和レッズサポーターってのは、浦和レッズだけを見てるわけじゃなくて、サッカーならなんでも見てるってことです。
こういうサポーターが大勢いるんだから、そりゃ、レッズはビッグクラブになっていくわけだよなあ、2000年シーズンは札幌についで2位だったのに、と、妙に感心してしまったのでありました。
2006年01月01日
あけましておめでとうございます。
いきなりなんですが、元日の夕方からこのオフィシャルブログが落ちていた由。みなさまにはご迷惑をおかけしました。
元日なので、というわけではないのですが、わたくしは帰省中でネットの常時接続環境がないので、メールとかインターネットとかなんとかかんとかをすべてほったらかしにしていたら、まったく知らないうちにWEBOSSスタッフ間のMLで「コンサドーレブログが見えないようだ」「我が家でも見えない」との情報が飛び交っており、一部スタッフが回復作業を行なったとのこと。一年の計はなんとやら、に従えば、一瞬たりとも気を抜いてはいけませんよ、のんびりなんかしてたらダメだよ、ということなんでしょうか。
本年も引き続きよろしくお願いします。
2005年12月29日
今年はアウェー観戦は控えめにするつもりだったのに、気がつけば鴨池にも博多の森にも行ったし、鳴門にも西京極にも行った。開幕戦終了直後の甲府駅前のほうとう屋は赤黒な人で埋め尽くされ(地元客が「今日なんでこんなに混んでるの?」と言っていた)、鹿児島の天文館むじゃきでは赤いシャツの人が白熊を食べていた(そしてその後に僕も白熊を注文した)。
5月の室蘭は寒かった。中山峠で雪に遭遇したときにはもう帰ろうかと思ったけど、指先が動かなくなるほどの冷たい雨と風の中で、サテライトの試合を見た。あの頃はまだ、柏レイソルがJ2に落ちるなんて、思ってもみなかった。
コンサドーレ札幌U-18が全日本ユース選手権で決勝に進出した日は、日帰りで東京を往復した。メインスタンドでお会いしたHFCの児玉芳明社長に「お世話になってます」とお辞儀をされたときは、正直、かなり戸惑った。まさか自分がそんな立場になるなんて、デルリスの移籍話が出てきた頃までは、まったくの想定外だった。
今でも、自分の立ち位置をどこにしたらよいのか、答えを見つけられずにいる。サポーターはあくまでもサポーターでしかないのだが、多少なりともクラブとの接点が出てくると、見えなくていいところまで見えるようになって、サポーターとしての自分を作り直さなければならなくなる。たぶん、今は、そういう場所にいるのだと思う。
このコンサドーレ札幌オフィシャルブログの最初の企画書は、確かに、僕が書いたのだが、WEBOSSという会社としては、別に、コンサドーレありきの企画ではなかった。同じような企画を(スポーツに限らず)複数社に持ち込んだ中で、もっともすばやく反応してくれたのがHFCだったに過ぎない。
札幌ドームに隣接したHFCのオフィスを初めて訪問したのは、デルリスの移籍が報道された直後だった。児玉社長の「水戸でかなり点を取っていたみたいですね」との、ビジネスの潤滑油的雑談に、「デルリスはいいですよ!」とサポーター的反応をしてしまってから、心の中で反省して、それからはできるだけサポーターとしての自分を封印して、あくまでもビジネスとして、プレゼンした。
ここには書けないことも含めて、さまざまな幸運が重なって完成に至ったコンサドーレ札幌オフィシャルブログではあるが、児玉社長の、早すぎるぐらいに早い決断と、ブログをメディアとしてとらえることへの的確な理解がなければ、実現はなかった。
多くの企業経営者が、リスク管理を気にしすぎてなかなかこうしたサービスの提供に踏み切れないでいる中、児玉社長は、ネガティブな側面もあることを承知のうえで、ブログの可能性を信じてくれた。これこそが、オフィシャルブログを立ち上げる中での、最大の幸運だったように思う。
WEBOSS株式会社の役員という立場からいえば、このオフィシャルブログは、広告媒体としてはまだまだで、売るための仕組みづくりと商品設計を日々試行錯誤している段階ではあるが、それはそれとして、サポーターとしては多くのみなさんの投稿記事を日々楽しませていただいている(おかげで生活時間の中に占めるコンサドーレ比率がさらに高くなってしまったのは困ったことというか、なんというか)。
まだ今年は2日残っているので、これが年内最後のエントリになるかどうかはわかりませんが、とりあえずご挨拶ということで、今年はお世話になりました(>みなさま)。来年も引き続き、ごひいきにお願い申し上げます。
天皇杯決勝のチケットが見当たらずかなり焦っている(^^;)吹雪の夜に
2005年12月26日
その名も「BEST OF COURAGE 2003 ~THE SONG OF THE YAMAGATA SUPPORTER~」。モンテディオ山形のサポーターによる手作りCD。実物を手に取るとすぐにわかるのは、CD-Rにインクジェットプリンタで印刷したものであること。中に入っているペーパーやジャケットも、おそらく、インクジェットで印刷したもの。2003年シーズンの第2節(曽田雄志の持ち味を存分に発揮したミスで83分に同点に追いつかれるも、その2分後に曽田が勝ち越しゴールを奪って勝った、曽田のための試合)、まだベットが健在でジョアンとウィルがJ1に連れて行ってくれると無邪気に信じていた頃に山形で買った。確か1000円。
同封されているペーパー(ライナーノーツ?)の冒頭には、こんなことが書いてある。ちょっと長いけど引用。
---(引用ここから)---
★BOC2003を手に入れてくれてありがとう!サポートソングをより多くの人に知って欲しくて、カセットテープの手作りから始まったBOCも、今回で早くも6シーズン目。最新版の2003は、参加人数過去最大の規模で収録されました。/今回は、事前に音楽スタジオで楽器・歌の練習などを重ねてクオリティーアップを行い、渋滞の車中で聴いてもイライラしない(微妙な)完成度を達成!さあ!今年もBOCを聴いて、週末はべスパのバックスタンドでハジけようぜ!
---(引用ここまで)---
(注:べスパ=山形県べにばなスポーツパーク。ザスパの間違いではない)
これに続いて、全選手の応援歌の歌詞と、ちょっとした解説が添えられている。この解説がまたおもしろいのだが(たとえば大島秀夫の欄には「伝説のストライカー『真下』のナンバー9とコールを受け継ぐ男」とある)、それをいちいち紹介していると大変なので、さっさと本題に行こう。
本日、コンサドーレ札幌入りが発表された川崎健太郎選手の欄には、こんなことが書いてある。
---(引用ここから)---
▲川崎 健太郎
俺達の健太郎はスゲエ楽しい奴だぞ!
コール:ケンタロウ
オレー!カワサキ! オレー!カワサキ!
オレー!カワサキ!(オイ!)
(太鼓)
ケンタロウ!
---(引用ここまで)---
これだけなら別にどうってことないのだが、川崎選手は、このCDに登場する選手の中で唯一、応援歌がもう1曲収録されているのである。これがもう、一度聴いたら絶対に耳を離れない。僕が、この年、山形の試合の中継で川崎健太郎という選手を意識して見たのは、この歌があったからだ。
この当時、「♪なんでだろう~なんでだろう」ってのが流行ってたことを思い出してほしい。
---(引用ここから)---
▲川崎 健太郎スペシャル
健太郎がゴールを決めたらスペシャル発動!
今話題のあのリズムに乗せて(振りも忘れずに!)
けんたろお~けんたろお~かわさっき けんたろお~
けんたろお~けんたろお~かわさっき けんたろお~
けんたろお~けんたろお~
かわさっき かわさっき かわさっき けんたろお~
---(引用ここまで)---
ちなみにこのシーズン、川崎選手のリーグ戦での得点は「1」なのだが、これはホームで決めたもの(第7節サガン鳥栖戦、山形は4-1で勝利)。その頃、僕は小瀬にいたはずである(ウィルが芝に足を取られてケガをした日、なのだ)。
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