カレンダー
プロフィール
コンサドーレの試合をはじめて見たのは、招待券で見た1996年伝説の厚別初戦。ペレイラのフリーキックと、オテーロのVゴールを目撃しました。娯楽の少ない北海道で、それは衝撃的な体験でした。そして実際に自分がファンからサポーターになったのは98年に、オフィシャルサポータークラブに入ってから。以来、今日までホーム全試合観戦を目標に、シーズン券を買って、応援を続け、たとえJ2の最下位になろうとも、年間に5回しか勝てなくとも、(実際になりましたが)、チームがある限り、サポであり続けることを誓って、今日まで生きてきました。
最新のエントリー
月別アーカイブ
コメント
検索
2008年10月21日
前のエントリーでは、思いのほか多くのアクセスをいただきありがとうございました。一夜おきましたので、もう少し冷静に(あくまでも私個人の主観ですが)、あのときのことを振り返ってみます。 試合終了後、一部には、試合終了後の柏サポの対応を非難する向きもありましたが、私的には、さすがに自分たちも降格を経験しているだけに、自分たちの勝利を祝った後は、しずしずと引き上げていったように思いました。 その後も、ゴール裏には、誰が先導するわけでもなく、多くのサポが実に静かに残っていました。そのうちウルトラス(と思われる)の人が、ドラメガを片手に、社長と面会を交渉中と報告。 それからまたしばらく立って、同じウルトラスの人が「社長を会うように交渉中だが、社長はここに残っているのが全員ではない、と言って出るのを拒んでいる。ラチがあかない。引き続き、交渉中」と報告。特に「降格の総括もされていないのに、三浦監督の続投が報道されているのは納得ができない」と、三浦監督の続投報道について、強い憤りを示していました。 今や降格チームの社長がサポの前に立つのはお約束ですし、特に札幌は春先の持ち株会の増資で、サポから1億ものを金を「J1に定着するために」と称して集めたわけですから、出る気はないという社長に対して、私も「それはないだろう」という気持ちになりました。 でも、みんなは実に静かに待っていました。会場内の片付けが終わる頃、再びウルトラスの方が出て「競技場が閉まる時間になった。これ以上居座ると延長料金が発生するので、とにかく会場から出てほしい、と言っている。それを覚悟で残っているのだが、ここで村野GMが話をすると言っている。村野さんについて言えば、当初から自分が出て対応すると言っていたのだが、HFC内の調整に手間取ってこんな時間になっただけなので、決して悪く思わないように。とにかく競技場から出よう」と言いました。 そして第5ゲートの前に約300人ほどが集ると、村野GMが登場。「私は、どんなことにも答えたい。言いたいことがあるならば私のところに来てほしい」とまず宣言。その後のやり取りは、だいたい前のエントリーと「こっちも現地に居た」さんのコメントにあるような通りです。 村野さんは率直に自分の思っていることを話したと思います。なかでも「J2に落ちたことはたいした問題ではない」と言い切ったときには、一瞬、会場が威圧されたような静まり方をしました。もっともややおいて怒号がわき起こり、村野さんも誤解を招く発言だったと訂正しましたが。 このように村野さんは率直に発言を続けていたのですが、やはり会場からは「社長はなぜ来ない」との怒号がありました。それに対して村野さんは「社長は何も知らない。初めから全部を知っているのは私だ。それでも社長が必要か」「横にいて良いだけならば、これから呼ぶ」と言って、横にいたHFCの職員になにやら声をかけました。 そしてややしばらくして本当に社長が登場。登場と言うよりも、しゃべっている村野さんの横に、見慣れない中年男性が静かに並んだという感じで、会場から「社長も何か言えないのか」と言われるまで、本当にただ横にいるだけでした。この一連の流れの中で、私はHFCにおける村野さんの存在の大きさを実感しました。 その後、国会答弁のような社長発言に対して、村野さんは「誰かの特定の人間のせいでないが、落ちたたことについてまったく誰も責任を取らないということはない。」「誰かが今回の責任をとるのならこの自分なのではないか」と自分の進退に触れた発言をしました。 ウルトラスの人が問題にしていた三浦監督の続投報道については、村野さんの「5段階計画に則り最適な人選をした」「監督に責任があるならば、監督を選んだ私に責任がある」という言葉の中に、飲み込まれてしまったようですが、このことについて追求するよりも、ウルトラスの人は村野さんをかばう方向で場をまとめていきました。 これは私のまったくの主観なんですが、村野さんは進退をかけてこの場に臨んだんだと思います。サポから「責任を取って辞めろ」という声が高まれば、その場で「わかりました。辞めます」と言ったのではないでしょうか。もっと言えば、そもそも村野さんは、自分の進退をこの場に委ねようとして、積極的にサポの前に出たいと言ったのかもしれません。 そして、この空気をウルトラスの方は読んだんだと思います。彼が何度か強調していた三浦続投問題について明快な解答が無くとも、彼は村野GMを守る方向で場をまとめていきました。ウルトラスが自分に成り代わって責任追及をしてくれると期待していた人にとっては、尻切れトンボな、溜飲の下がらない、すっきりしない展開だったとは思います。 こうして振り返ると、柏戦後の集まりは、コンサドーレの歴史上かなり重要な場面だったと思うんです。というのはウルトラスの人があくまでも責任追及ということで、福岡のオブリのように強行に迫ったら、また会場から辞めろの怒号が渦巻いたら、村野さんはきっぱりと職を辞したと思いますが、そうなったら札幌はどうなっていたでしょうか。 そして、ウルトラスは村野さんを守りました。この伏線になったのが村野さんの「コンサドーレはみなさんのクラブです」という言葉だったんだ思うんです。それは、言葉に出してすべては言いませんでしたが、「お客さんではなく、コンサドーレの当事者の一人として、一人ひとりが自分の問題として考えてほしい」と村野さんは言いたかったんだと思います。 現場の最高責任者として責任取るべきだという意見もあるでしょうし、村野さんが続投を決意したという証拠もありませんが、この日の一連の流れは私的はとても良かったと思いました。なので広がりはしませんでしたが、「参加者」さんには怒られそうですが「we are Sapporo」のかけ声に手をたたいてしまったんですけどね。そして、そこにジョンカビラにあおり立てられて「コンサドーレ」コールを叫び続けた98年との違いを感じます。 さて、村野さんはハッキリとはこたえませんでしたが、ずっと発言を聞いていると、昨年松橋入団の大誤報を出した日刊スポーツの24歳君が飛ばした「オシム就任」よりも、三浦続投の方が村野さんの真意だったように思います。(その理由は、またエントリーを改めて)
2008年10月19日
試合終了から、2時間後、およそ300人ほどが、厚別競技場の外で村野GMと社長のコメントを聞きました。 対話を仕切ったウルトラスの人によると、初め社長は顔を出すことを拒否していたものの、村野GMは積極的に対話に臨みたいと言っていたそうです。しかし、HFC内部の意見調整が手間取って、こんな時間になりました。 村野GMの発言で、印象に残っているのは、 ・どんなことでも答えたい。 ・昨年は楽しそうだった来場者が、今年はガックリしているのを見ると、 申し訳ないと思う。 ・降格の事実についてこの場で原因を究明しようとすれば、何日もかかる。 ・監督、選手、フロント等々、それぞれに責任があり、 特定の誰かだけに責任があるわけではない。 ・社長はなったばかりで説明できるものを持っていない。 最初からずっと見ていた自分が一番責任者として相応しい。 ・横にいて良いだけならば社長を呼んできても良い(その後社長登場) ・J2降格はたいした問題ではない(後で訂正) ・コンサドーレ札幌は、みんなで作るクラブだ。 ・金のない中で戦えるチームを作ろうと思えば、育成をしっかりやるしかない。 ・5段階計画は粛々とやってきた。一度もぶれていない。 ・現在は3.5段階程度。この降格で少し後退は止むえない。 ・5段階計画にのとっり相応しい監督を選んだ。 ・監督に責任があるとしたら、監督を選んだ私に最大の責任がある。 ・責任を取って辞めろと言われれば、辞める。 ・当初からこの戦力では、入れ替え戦に出場しての残留が現実的な目標と思っていた。 ・それでもプロクラブである以上、J1優勝、AFC制覇は目標 ・10年後、20年後のために、みんなでこのクラブを育てていってほしい。 やはり降格直後の会見だけに、怒号が飛び交う場面もありましたが、仕切ったウルトラスの方(と思われる)が、たくみに場面を取りなし、「このままでは収拾が付かない恐れがある。村野さんへの感謝しよう」と結んで、お開きに。 また後で登場した社長も、「申し訳ない」の言葉と、「自分も創設からのサポーターだった。サポーターの気持ちは理解できる」の言葉を残しました。 それ受けて、ウィアーサッポロを叫ぶサポーターはあったものの、 全体には広まらず、もやもやっとしたまま散会となりました。 同じ降格でも、ジョンカビラがコンサドーレと煽った98年の降格とは様変わりでした。 それでも私的には、今までもやもやっとしていたものが、くっきりとした、会見でした。それはどういうことかというのを、また改めて報告します。
2008年10月19日
決まってしまいました。 私自身、目の前で降格を体験するのは2回目の体験でした。 さて、写真は試合終了後の厚別ゴール裏ですが、 会場の撤去が終わっても、多くのサポが残りました。 その時の模様は、また後ほどにでも。 決まったので、いろいろと言いたいことがあります。
2008年10月08日
HFCが三浦監督に続投要請をするそうだ。 http://www.hokkaido-np.co.jp/news/consadole/121935.html?_nva=1 サッカーの一般常識でいうと「あり得ないこと」。 だけど、私は不謹慎ながら「面白い」と思ってしまった。不謹慎ながら、と言ってしまうところが不謹慎なんだけど。 これをとんでもないと言う人は、その前提に「プロは結果だ」というのがあると思う。結果を出せなかった以上、辞めるのは当然という考え方だ。 私が、これを聞いて面白いと思ったのは、J1で断トツの最下位をひた走りにする札幌の監督に続投を要請することが、「プロは結果だ」という言葉への強烈なアンチテーゼであるからだ。 「プロは結果だ」とい言葉を聞くたびに、「裏返せばしょせんプロは結果論」と思ってしまう。結果論を積み重ねていけば、素晴らしい結果にゴールすることができるのだろうか。とてもそんな気はしない。それよりも、目先の「結果」ばかりにとらわれて、堂々めぐりを続けてしまいそうな気がする。 「決まったら」書こうと思っていたけれど、こうした有様で降格して、来期を再びJ2で迎えるとしたならば札幌の場合、チーム作りは、とても難しいと思っていた。 こんな有様になってからでは、とても通常の、ありふれた、どこでもいそうな、ありきたりの展開では、とても満足できない。 かといって、通常ではない、ありふれてもいない、どこにもなさそうな展開とはどんな展開なのか、想像ができなかった。 そう考えると、ここまでの成績を残した監督に続投を要請するというのは、私が思ってもいなかった、通常ではない、ありふれてもいない、どこにもなさそうな展開だ。そうか、そんな手があったのか、と正直思った。 虎穴に入らずんば虎児を得ず というか、死中に活を求める、というか、ものすごく面白い手だと思うけど、ほとんどみんなは大反対だろうな。 「決まったら」、もう少し考え方を述べてみます。
2008年10月06日
悪いが、最下位はこれで3度目。 J1も、J2も経験している。 優勝だって3度ある。JFL1回、J2回だ。 まぁ、だから、今年のようなこと慣れていると言えば、まぁ、慣れている。 いろいろと言いたいことはあるけれど、それは「決まった」あと。 それはそれとしておいて、 こうなったら、こうなったで、 深刻に考えたり、思い詰めたりしないで、 一時ぐらい、忘れてしまうぐらい感じでいいと思うよ。 そしてほとぼりが冷めたら、 何事もなかったという感じで、こんにちわ、と というのが、サポを長く続ける秘訣かな。 過去2回の最下位で学んだことでした。
2008年09月28日
雨模様だったので、カメラは持っていかなくて写真無しで、ごめんなさい。試合前には晴れて、素晴らしい秋空で、後悔しました。 それはさておき、試合はナイスチャレンジではあったと思います。結果はすでにご存じでしょうが、選手の“気持ち”は十分に受け取りました。 結果は別にして、良い試合になったのはレフリングが大きかったと思います。今日のレフリーは試合を止めない方で、ハードワークが信条の札幌は、ホイッスルを気にしすることなく、思い切った試合が出来たようでした。 一般に、日本の審判はボディコンタクトに厳しい判定をする傾向があるように思います。こうした審判の元では、ボールの保持時間が短いパスサッカーが有利になります。審判の間にも、フィジカルコンタクトの少ないパスサッカーが“良いサッカー”という共通観念があるのかもしれません。 いわばレフリングを通して“こういうサッカーをしなさい”と審判が言っているようもの。各国のサッカースタイルの違いは、選手や指導者よりも、そのリーグに所属する審判たちの“良いサッカー”という共通了解によって、決まってくるのかもしれません。日本のパスサッカーは、パスサッカーを好む日本の審判たちによって作られていると。 ところが、札幌のハードワークサッカーは、審判のお気に召すものではなかった。J1に上がってからの苦戦は、こうしたレフリングのスタンダードに、札幌が対応するのに苦悩したということも大きかったと思います。生で見ていて、その思いを強くしました。 とは言え、結果として、東京に勝てませんでした。実力差と言えばそれまでですが、1-0でリードした後に、札幌は1点を守りに行かずに、積極的に2点目をねらいに行きました。これが結果的に相手のカウンターを呼んで、失点していった形です。 降格決定まで後がない札幌。リードした時点で、どっしりとか構えるゆとりのなさが招いた敗北だったと思います。思えば、ここ3試合の敗北は、すべて積極的に仕掛け主導権を握ったものの、ゲームに緩急を与えないために、招いた敗北でした。 「窮すれば鈍す」という諺がありますが、まさにその通りで、2002年の時のように、降格が決まってしまえば、勝ち始めるのではないでしょうか。 いずれにしろ、上昇気流に乗った千葉と、勝ちに見放された札幌との違いは紙一重なんですが、まさに気流をつかみ取ったか、つかみ損ねたかの違いだと思います。 蛇足です。後半からですが、それまで日本人選手を信用しないクライトンが西を信用し始め、パスを出すようになりました。そのため、クライトンー西の間で右サイドにいい起点が生まれました。もっと早くこれを見たかったですね。 横野がJデビューを果たしました。新人のデビューは、何か思いもしないことをやってくれるか、まったく試合に入れないかとのどっちかですが、横野は後者でしたね。
2008年09月25日
こんなことを書きました。 http://www.consadole.net/hm1644/monthly/200710 >かなり厳しいゲームになるだろうとは思っていましたが、札幌の守備がこれほど >厳しく試されるとは思っていなかった。しかも10人対12人(11人+○○1名)の >試合に勝利するとは。 > J2を何年もやっていると、第4クールの今頃に、理屈の上では昇格の可能性の >あるわがチームと実際に昇格を目指して戦っているチームとの「本質的な違い」 >を何度も体験されらて、その都度、悔しい思いをしてきました。 >でも今年は、おそらく今頃、福岡の人たちが「本質的な違い」について思いをめぐ >らしているに違いありません。 >そして我々は、昨年までずっと「本質的な違い」の“あっち側”に置かれていたけれ >ど、今年は“こっち側”にいるんだ、という確かな実感を今日の試合から与えられま >した。 千葉、大分との2連戦。今年は明らかに「本質的な違い」の“あっち側”なのですが、去年はきっちり“こっち側”だったんですね。忘れていました。 この書き込みを思い出して、理不尽というか、無情というか、いろいろ不合理はあっても、長い目で見るとイーブンというサッカーの原理を、思い知りました。 つまりさ、大丈夫。私たちだけがことさらに不幸なのではない。それは、たまたまなのであって、明日にはまた明日の風が吹く。きっと。 ということで、気持ちを切り替えてFC東京戦に参戦します。
2008年09月23日
うーん、さすがに凹むな。 連続のロスタイム逆転弾ですか。 こうなってくると選手のメンタルが心配ですね。リーグはまだ続くわけで、最後までプロの矜持を保ちながら、ファイト出来るかどうか。 もちろんプロなんだから、このような状況でメンタル的に崩れおちてしまうようならば、プロとはいないんだけど、一人の人間としては、連日のショッキングな負け方は、やはり応えたと思う 昨日も書いたように、こういうことがあるのもサッカーなので、あえてどん底からはい上がる強さを見せてほしい。それはサポにも言えることだけど。 残留とか、そういうことはとりあえず置いておいて、まずは1勝を。勝ちを早くみたい。それが最大のリカバリーになると思うから。
2008年09月22日
前半14分。箕輪のPKで全て決したゲームだったと思います。 勝ち点3しか念頭にない札幌はいつも以上に高いラインを引き、攻めの姿勢を見せました。ところが、その高いラインの裏を突かれて、慌てて箕輪が追いかけてPK。 ここで審判は、PKを与えたのだから、箕輪にはイエローであってもよかったと思います。レッドを出さないことで何も非難されはしないでしょう。まして降格という危機を背負ったチーム同士の直接対決です。 この運命的な試合に臨むにあたって、最後までイーブンな状態で両チームの持てる力の全てを出させてやろう、とは審判は考えなかったようです。レッドを出しても出さなくても、非難されなかった状況で、出せば一方の側に大きく試合が傾くにも関わらず、審判は躊躇無く退場を宣告しました。そして私は、このことに何とも言えない無常感を感じました。 その後、一人少ない中札幌は善戦し、2度も追いつきました。しかし、残りわずか時間でダヴィが2枚のイエローで退場。そして終了間際に突き放されます。 確かにゲームは前半のPKで大きく変わりましたが、あそこで箕輪がイエローですんでいれば、と思うこともあります。しかし、スタジアムで見ていて、危機的状況の中で、さらに人為的に足を引っ張られた札幌イレブンの怒りに近い反発心と良い意味での開き直りが、千葉を追い詰め、拮抗したゲームを作っていたようにも思いました。 こうしてゲームは人数の少ない札幌の優位のまま、ロスタイムに入ります。ここで少ない人数ながら逆転打を放り込めば、97年にバルデスが見せた厚別の奇跡の再現だったでしょう。私は密かに、そのことを期待しました。 ところが、起こったのはダヴィへの2枚目のイエローカード。確かに悪いのはダヴィでしょうが、退場を意味するイエローカードに値したかどうか。このカードを見たときに、ピッチの選手たちは、自分の力ではどうしようもない、勝利への壁のようなものを感じたのではないでしょうか。緊張の糸が切れる、プツという音が聞こえたようでした。 ハリウッド映画であれば、正義はかからず勝利するし、努力は最後に必ず報われるでしょう。しかし、実際の人生は不条理なもので、努力とか頑張りとは別なところで、運命が決まってしまうことは多々あります。 だからアメリカの人は、ゲームから極力不条理を排除すべくスポーツのルールを組み立て、旧世界であるヨーロッパの人々はゲームの中の不条理を許容していったといいます。というのも、今日の試合で不条理に襲われたとしても、明日は助けられるかもしれない。長い目ではイーブンだというのですね。 まぁ、次は札幌が審判に助けられることを期待しましょう。97年の厚別の奇跡、あのロスタイムの長さは、相手にとってはきっと不条理以外の何ものでもなかったはずですから。
2008年09月20日
今日はあえてフットボールと言おう。 なぜ、フットボールが The Name of the Game なのか。 なぜ、フットボールが、世界で愛好されているのか。 その理由が今日わかった。 フットボールは、たんなるゲームだ。 しかしフットボールほど、リアルな「人生」に近いゲームはない。 多くの娯楽としてのスポーツが、リアルな人生からの「一時の逃避」 としてある中で、フットボールはあえて「人生そのもの」なのである。 そのことが、フットボールに世界人類が熱狂する原因なのだ。 ということに、今日、厚別で気がついた。 ・・・後ほど詳細を
2008年09月16日
まぁ、降格の危機というのは初めてではないので、ぶっちゃけて言いますけど、 いっそ降格が決まってしまえば、ああだ、こうだと言いようがありますが、まだ確定したわけではない。かといって前節のあんな試合を見せられた後では、残留に向けて決して諦めるな、気持ちを切らすなと、と入れるべき気合いが削がれてしまいます。 ということで、なかなか新規にエントリーを上げづらいんですよ。それで、しばらく更新が滞り、前のエントリーがしばらくぶりの投稿になりましたが、アクセス数が多いのにビックリ。けっこう見て下さる方が多いんですね。ありがとうございます。なので、なんか言ってみます。 さて、こうしてみると京都のみなさんというのは偉いですよね。うちは3回上がって2回落ちたと言うところでしょう(まだ降格3回とは言いません)。あそこは、降格3回、昇格4回と言うことなんですから、それでもコアなサポは決してチームを見放さず、しっかりとサポートしていった結果が、今の順位になっているのかと思いますよ。 いずれにしろ、今はJ1にいるわけで、来期はどうなるか、わかりませんが、京都ほどではないにしろ、この歴史の浅いJリーグのなかで、3度も昇格を成し遂げた。一度はJ2の最下位にもなりながらも、今現在はトップリーグを経験しているということをもっと前向きに捉えて、胸を張って戦いたいですね。
2008年09月15日
おそらくゲームプランとしては、失点しないことを第一に、守備の安定を目標にゲームに臨んだのでしょう。 なるほど、前半の終了間際までは、失点をゼロに抑えていました。 クライトンがいないことで、そうなってしまったということもあるんですが、相手の攻撃をかろうじて防ぐだけの、面白みのない展開でした。これでも、前半をゼロで折り返せば、希望があったんですが、間際に失点。 後半は、西谷と上里を入れて、いくぶん攻勢に出たものの、裏を突かれて失点。2-0となったところで、選手の間には「あきらめ」みたいなものが生まれたと思います。追いつこうという気概も見せないまま、3点目を入れられてゲームは決まりました。終了間際に西が1点返したものの、それはまぁ、おまけでしょうね。 見ていて思ったんですが、J2では機能した3ラインのゾーンデフェンスが、結局、J1では機能しなかったということだったんでしょうね。J1の巧みなパスワークに、この試合でもゾーンとゾーンの間のスペースが有効に使われて、振り回され続けました。 一方、札幌はミスパスのオンパレード。それも数少ない攻撃の起点のところで、ミスがでるので、攻撃にリズムが出ません。明らかにボールを繋ぐというスキルが、相手よりも数段落ちます。 守備と攻撃にこれほどの欠落があるのならば、勝つのは無理。 まぁ、気持ちの上では、諦めない、と言うことに変わりはありませんが、HFCの経営陣は、そろそろ来期はJ2であることを前提に準備を進めなければならないのでしょうね。 うーん、コンサドーレに向き合う気持ちを、新たに作り替えるのに時間がかかりそう・・・
2008年09月07日
試合がないと、張り合いがないですね。 そんなんで、コンサ関係の小ネタを 今期のスタッフ人事でちょっと不思議だったのが、財前さんの降格。それまでトップで指導をしていた人が、ユースの監督ではなく、コーチに格下げになりました。 何でだろうなと思っていたところ、次のリンク(アビスパの藤川コーチのブログ)で財前さんの名前を発見。 http://tf-1.net/top/diary/ つまり、S級を受けていたんですね。S級を受講するには、実技や講習に長時間拘束されますから、負担の少ないユースのコーチになってもらって、じっくりとS級取得に取り組んでもらおうと言うことだったんですね。 将来、生え抜き監督第1号として財前監督誕生もあるかな。
2008年08月31日
水曜日、仕事が圧して厚別に行けずに、試合を見ないまま帰宅。夜に録画をリプレイすると、なんと録画失敗。(あまり情熱的ではない家人に録画を電話で頼んだんですけど、めんどくさそうだったもんな) 結果がわからず、やきもきしながらパソコンを立ち上げて確認しました。チャンピオンチームのガンバ相手なので、前節の調子を見ると3-0,4-0の大敗もあるか、と思っていました。もしそんな結果ならば、これはもうチームが壊れてしまった状況なので、監督更迭だろうと。 しかしその一方で当然、勝ちという望みもありました。しかし勝つとしたら1-0ぐらいで、セットプレイかなんかで奪った点を、全員が守りきるような試合だろうと思っていました。 そして見ると3-3の引き分け。これまったく想定していなかった結果なので、ビックリしたのが第一印象。そして、次に「3点も取れるのならば勝っちゃえよ。どうして勝ち点1なの」という気持ちがおきました。そして再放送を見たのが昨日のこと。 つまり、ようするに審判によって勝利を奪われた試合だったのですね。録画を見て、ようやく溜飲が下がりました。 とはいえ、実際には高木と藤田のとんでもないミスが無ければ勝っていた試合なので、審判の不可解な判定は本質的な問題ではありませんね。後半に決定的なミスで勝ち点を逃した藤田ですが、それまでは対面する日本代表の安田に堂々と挑み、決定的なクロスを配球していました。良いも悪いも含めてもっとも印象に残った選手でした。 さて、前の試合でかなり凹んだ私は、この試合の状況如何によっては、監督に対する考え方を切り替えたいと宣言したわけですが、録画を見終わって、もうすこし猶予を与えたいという気持ちになりました。 それぐらいテレビ画面を通しても選手からは気持ちを感じましたし、試合後の遠藤のコメントにも「相手も気持ちが入っていたので仕方がない部分もあったとは思う。」とあります。 戦術的には、連戦の疲れか、勝てないことからの萎縮か、パフォーマンスが落ちていた芳賀を下げたこと、中山のサイドを諦め、砂川を入れて、藤田と二人で再度攻撃を徹底させたことが好パフォーマンスを呼んだのでしょう。前節に、足を引っ張ったアンデルソンもそこそこ気持ちが見られました。 また、前節、まったくプレスに行けなかった中盤も、積極的でかなりセカンドが奪えていました。個人的にファンである上里の元気な姿が見れたのも嬉しかったです。 しかし、今札幌が置かれている状況からすると、勝ち点を2失ったことには変わりなく、この中断期にモチベーションをさらに高めて、次節には勝ち点3を奪ってほしいものです。
2008年08月27日
明日のガンバ戦も見に行くことが出来ません。 がんばれば、終了間際に会場入りできるか、というところです。 前のエントリーでも書いたように、残留する、しないは別にしても、この試合は大きな試金石になると思います。 これまで見てきて思うのは、三浦札幌が特に弱いのは、テクニカルにボールをまわすチームでした。前節の横浜の巧妙なパスまわしに全くついていけず、奪いに前に出るのでもなく、引いてかんぬきをかけるのでもない、中途半端な位置取りで、相手に自由にパスをまわされてしまったのでした。 こうしたパス回しでは、ガンバは横浜よりも上です。同じようなタイプのチームに、まったく策もなく、同じような展開で、破れてしまったとしたならば、さすがに、監督にはNGを出さざるえないでしょう。 起きてしまった過去は取り返しがつかないとするならば、そこからどのような教訓を引き出し、どのように次につなげるかしかないと思うのです。横浜では相手にいいようにパスをまわされましたが、ガンバが同じように巧妙にパスをまわすことが予想できる以上、たとえ準備期間が短いとしても、何らかの策を施し、相手に思うがままさせない。これができれば、たとえ勝ち点をとれなくても、三浦さんに対しては一定の評価ができると思うのです。 しかし、横浜戦とまったく同じような展開、つまり、中途半端な位置取りで、相手のパスまわしに振り回されるだけだったならば、これははっきりと監督には、リカバリー能力がないとして、解任やむなしと思います。 相手は優勝候補のガンバではありますが、選手、監督の奮起を期待したいところです。
カレンダー
プロフィール
コンサドーレの試合をはじめて見たのは、招待券で見た1996年伝説の厚別初戦。ペレイラのフリーキックと、オテーロのVゴールを目撃しました。娯楽の少ない北海道で、それは衝撃的な体験でした。そして実際に自分がファンからサポーターになったのは98年に、オフィシャルサポータークラブに入ってから。以来、今日までホーム全試合観戦を目標に、シーズン券を買って、応援を続け、たとえJ2の最下位になろうとも、年間に5回しか勝てなくとも、(実際になりましたが)、チームがある限り、サポであり続けることを誓って、今日まで生きてきました。
最新のエントリー
月別アーカイブ
コメント
検索